03
頼は動揺した。
気ままな軍神――それは自分の父親、倉井豪のイグサイズにおける異名だった。
「倉井豪の一人息子と儚志徹の一人娘。客観的に見てお似合いだと思いますよ」
「今時、血筋なんて」
「私が思っている訳じゃないですよ。最初に私のお父さんを話題に出したのは頼さん自身じゃないですか」
「……血筋のことはいいとしても、それでも僕と君とじゃ釣り合わないよ」
「……それは私がAプラスで、あなたがそうじゃないからですか」
「……」
頼は返事の替わりに深い息を漏らした。
「……そうですか」
梢の身体が頼から離れ、地面に足を着ける。
そして頼に背中を向けると桜の木の方へと歩み寄っていった。
「……頼さんはどうして研究者になりたいんですか?」
「……えっ」
「だって頼さん。研究をしている時、ずっと辛そうです」
「……そんなこと、ないよ」
頼は否定したが、その瞳はせわしなく動いていた。喉も苦しい。透明人間に首を絞められたかのようだ。
「私はお父さんみたいになりたくてこの道を選びました」梢は舎の三階まで枝を広げる巨大な桜の樹を眩しそうに見上げていた。「MHOからみんなを守るために戦うお父さんを尊敬してるんです」
梢は嘘を付かない。いつでも真っ正直で、自分の思いをそのまま口に出すことができる。
しかし、その素直さが今の頼にとっては何よりも心を苦しめる。
「頼さんは自分のお父さんのこと、どう思ってますか?」
「……い、一緒だよ」頼の返答には明らかな動揺があった。「父さんを尊敬している。父さんみたいになりたい。そう、思ってる」
「じゃあどうして戦士科じゃなくてこっちを?」
「……」
頼はベンチに座ったまま顔を上げた。
見上げた先には空を覆い尽くそうとするかのように枝を広げた桜の木。
樹齢六百年。周囲に植えられているどの木よりも巨大なのは、きっと先にこの世に生を受けたからなのだろう。
「父さんはイグサイズの中でも三本の指に入る一流の戦士。それを超えるなんて……絶対に不可能だと思う」
梢が自分を見ている。
その表情はこれまでに見たことのないほど哀し気で儚く、まるで今にも消え入りそうだった。
「頼さんは諦めるんですか」
もし、命と引き換えに願いが何でも叶うなら—―
「そうやってお父さんも、そして私のことも」
――時間を逆行してあの時の悪夢から彼女を救い出したい。
例え、自分の命を捨ててでも――
「違っ! 僕は儚志さんをあきらめたりなんか、するはず……」
――少なくともこの時この瞬間だけは間違いなく頼はそう思った。
「…………アッ」
その時、少女のその小さな唇から漏れたのは小さな叫び声。
そして桜の色よりも遥かに濃く、赤黒い血の塊だった。