28 Flashback-フラッシュバック-
街のはずれにあるというその場所に向かうため、二人はバスに乗った。
車内後部の二人掛けの席。牧島が勧めたので、窓際に頼が座る。
風船は手に持った。
「「……ねえ」」
タイミングが偶然一緒だったのか、それとも意図的だったのかは不明だが、頼が口を開くのと同時に牧島も声を発した。
「……僕が、何?」
自分の話題を引っ込めて訊ねると、牧島は躊躇せずに口を開いた。
「あなたは豪の……ううん、自分の母親のことって覚えてる?」
「母親のこと?」
「小さなクリニックの院長だったって、豪から聞いたわ」
「……うん」
頷く頼の脳裏に、当時の記憶がフラッシュバックする。
狭い事務室を照らすスタンドライトの明かり。
シュシュで束ねた黒髪。
影の付いた桜色のナース服。
そして光を反射して輝く宙に浮いたビニールパック。
それは勤務先のクリニックを閉めた後、自分の腕に点滴を打っている母親の後ろ姿。
「どんな人だったの?
「そうだね。自分の命を削って他人の命を救うような、そんな人だった」
「過労死、だったのよね」
「うん……厳格な性格の人だったから。父さんとは違って」
頼が付け加えた一言を聞いて、牧島は足を組んで頼とは逆の方向に目を向けた。
「……向井君は豪のこと」
「牧島さんは、あの人をどう思ってる?」
牧島が言い終えない内に、頼が言葉を重ねた。
その時、赤信号でバスが停止し、車窓の風景も止まった。
二人もしばらくの間沈黙し、車内の吊革だけが揺れていた。
「私にとって」ふいに牧島が口を開いた。「豪は自分の命よりも遥かに大切な存在よ」
そう言った牧島の肩はしぼんでいた。そんなしおらしい態度を初めて見て、頼は改めて彼女を異性だと意識した。
そして、彼女には好きな相手がいる。
「……やっぱり説得は無理だな」
「説得?」
「いや、何でもない。こっちの話」
頼はそう言ったが、頭の中は呉羽からの命令のことで一杯だった。
牧島を口説くことで、彼女を自分の父親の元から引き離し、呉羽隊に引き戻す。
あの時は、それで戦局が変わるとか、自分にとって必要な試練だとか言われて、ついその命令を受け入れてしまった。今日、こんな風に牧島と二人で街に出かけたりなんかしているのもそういう理由からだったが、しかし彼女の気持ちがはっきりした今、彼女を口説くことは困難になった。いや、それどころかもはや不可能だと言っていい。
「……うざったいって思うでしょ?」
そう言ったのは牧島だった。
「そんな……僕がどうして」
「私だって馬鹿じゃないわ。たかだか十四歳の女が、自分の父親のことが好きになるなんておかしいって思う」
「十四歳だったんだ」まさか自分より年下だったなんて。「でも……君にとってあの人は命の恩人なんだよね? だったら好きになるのも」
「それだけじゃない」牧島は少し感情的になった。「豪は私にとっての全て。世界そのものと言ってもいい。もし彼が私に死ねと命令したら私は喜んで自分の首元を刃で突く」
「そんなこと父さんは言わないと思うけどな、絶対」
「今回の作戦が終わったら」牧島が青い風船を抱きしめる。「私はもう一度、あの人に自分の気持ちを伝えるつもり」
「そっか……ごめんね。それなのに僕なんかが誘って」
「別にいいわ。だってあなた、私のこと苦手でしょ」
「そ、そんなことないよ」
「……いいわよ、無理しなくて」
「無理なんて」
「……そう。ならいいけれど」
二人の会話はそれきりだった。
やがて信号が青に変わり、運転手がアクセルを踏んだ。
再び風景が流れはじめた。




