26 R4
いくら相手が隊長だとは言え得体のしれない相手と二人きりになるのは不安だった。
呉羽と共に、研究棟から本部へと移動した頼は、これから待ち受けているものに対して怯えていた。どこへ連れていかれるのか。もしかして彼と一対一で戦うのだろうか。呉羽が無言なのもあって、頼の中の不安は膨らんでいくばかりだ。
しばらく進むと、業務用のエレベーターがあった。毒々しい赤の『使用厳禁』という四文字。
「運がいいよ。お前」
呉羽はにやりと笑い、読み取り機にカードを通す。ランプが黄緑色に変わり、扉が開いた。
階数を示すボタンは飛び飛びだった。
呉羽は『R4』を押すと、内部にもう一つ設置されていたリーダーに再度カードを読み取らせる。
やがて金属製のチェーンが擦れる音と共にエレベーターが降りはじめた。
「地下牢に閉じ込められる囚人みたいな面だな」
「えっ?」
「フンッ、大丈夫だよ。ただ、お前に見ておいてほしいものがあるんだ」
「見て欲しい、もの?」
「ああ。倉井豪の息子、倉井頼にな」
「……どういう意味ですか?」
「どういう意味だと思う」
責めるような口調だった。
「……分かりません」
「何でも『分かりません』と言えば済むと思うな。考えろ」
「そんなこと言われても……」
せわしなく頬を掻き、目をきょろきょろとさせる頼。
自分の外側に解答を求めているかのようなその仕草を呉羽は腕を掴んで止め、そして目を細める。
「なぜだ?」呉羽は問う。「なぜお前は怯えている」
「……それは」
「俺が怖いか?」
「……いえ」
「いや、お前は恐れているよ。だが正確には俺にじゃない。見えない何かに怯えている。それは何だ?」
「……すみません。質問の意味がよく……」
エレベーターが停止した。呉羽は突き放すように腕を放し、先に歩き出す。
「出てみろ」
呉羽の言葉に引っ張られるようにしてエレベーターの外へ足を踏み出す。
外部は異様な熱気に包まれていた。先ほどから地響きのような音が連続的に響いている。
その音は正面の向こう側にある巨大な建造物から聞こえていた。
「……何だ、これ」
呉羽を追うように前へと進む。エレベーターのある付近は薄暗くてよく見えないが、足音の響きから考えても部屋は相当広い。天井もゴムボールを思い切り投げても届かない高さだ。
しかし、やはり一番気になるのは中央にそびえ立つ赤い柱だった。
柱自体は透明なのだが、内部からの光で真っ赤に明滅している。
頼は小走りで柱の傍までやって来ると、螺旋階段を上り、柱を囲う円形通路の手すりに胸を付けた。
「……焼却炉? でもどうしてこんなに大きな……それに」
「何を焼いているんだと思う?」
呉羽は頼のいる通路の少し先に立っていた。その全身はゆらめく赤に照らされていた。しかしその光の中に時折、濃い紫が混じった。
当然、頼は答えなど知らないし、検討も付かない。しかし、先ほどと同じ回答をすれば呉羽の返答もやはり同じものになるだろう。
当てずっぽうでもいいから何か言おうと思い、頼は特に考えもせずに口を開いた。
「MHO……とかですかね?」
「ご名答」
「……えっ?」
呉羽の即答、しかも正解だというその言葉に頼の理解が追いつかない。
しかし呉羽は続ける。
「MHOは死なない。再生能力があるためだ。完全に消滅させるには肉片も残さず焼却処分するしかない。授業で習っただろう?」
「……確かに習いました。でも、まさか本部内に焼却施設があるなんて誰も」
「そのあたりは有耶無耶にしているからな。まあ逆に言えば、この施設のことを外部に知られるのは都合が悪いってことでもある」
「都合……MHOを処分しているだけですよね?」
「……だけじゃないから都合が悪いんだよ。なあ、向井頼」
そして呉羽は腕を組み、頼を見据えた。
彼のその待ち構えているかのような表情を見て頼はあることを悟った。
きっとこの先の話は訓練生には知られていない内容。いや、おそらく本部の戦士達も。
それでも訊ねるなら答えてやると彼はそう言いたいのだ。
「……誰にも言いません」
頼がそう言うと、呉羽はフッと笑った。
「MHOを焼くと、フォビックオリジンというエネルギーが発生する。この黒い光がそうだ」
「……フォビックオリジン?」
「この光には不思議な力がある。といってもほとんど何も分かっていないのが現状だが、MHOの活動や融合、そして再生にはこのエネルギーが関係していると言われている」
「……じゃあ、本部でMHOを処分しているのは、そのエネルギーについて研究するため?」
「研究だけじゃないぜ」呉羽の指先が首輪を叩く。「すでにそのエネルギーは使われはじめている。色々なことに、な」
「呉羽さん……あなたは一体」
「単に研究の被験者として選ばれた一人だ。あいつは否定していたが、多分俺と同じような奴が他にも何人かいるはずだ。ひょっとしたら本人も気が付いていないかもしれないがね」
「……あいつって」
「本当はそいつもここに来るはずだったんだがよ」呉羽は手を柱の方へと伸ばす。「直前になってやっぱり来れねえって……ったく研究者ってのは臆病だからな」
「……あちっ」
「どうした?」
呉羽が訊ねる。頼は眉間に皺を寄せて激しく手を擦っていた。
「いや、呉羽さんを真似て手を近づけてみたら……熱くないんですか、手」
「手?」
そう言われ、呉羽は初めて手を引っ込めた。
手の平は真っ赤で、軽い火傷を負っていた。
それを見た呉羽は一瞬、目を丸くしたが、その後自嘲気味な笑みを浮かべた。
「ところでお前、女を口説いたことはあるか?」
「……ありませんけど。いきなり何ですか」
「サクランボか。仕方ねえな。俺が教えてやろう」
「教えるって……今、何の話をしてるんですか?」
「ん? これでも俺はそこそこモテるんだぜ」
肩まで伸びた銀髪を掻き上げるその姿に対し、頼は何を今さらという感じで目を細めた。凛とした中性的な美形に細身の身体、飄々としていて知性的で、同時に何を考えているか分からないミステリアスな雰囲気もある。
どれも自分にはないものだ。
俯き、ため息を付く頼。
その頭頂部に呉羽が声を投げた。
「お前には牧島千鶴を口説いてこっちに連れてきてもらう。これは命令だ」
「命令って」
「簡単だろう。話じゃ毎日牧島の訓練を受けているそうじゃねえか」
「それは……でも、牧島さんを口説……それに何の意味が」
「あるんだよ。でっかい意味が。クイーンをあちらから奪えればこちらの勝算もグッと上がるからな」
「勝算……?」
「ああ、そうか。言ってなかったな」呉羽は思い出したように言った。「俺はお前の親父が嫌いなんだ」
「……はあ」
「何だ、嬉しそうな顔だな」
「はっ? へ、変なこと言わないでくださいよ。そんな訳」
「別に隠すことねえだろ。親にガキがムカつくのは自然だよ」
「……そもそも、牧島さんはなぜ僕たちの部隊に配属されたんでしょうか。最初から父さんの部隊だったら」
「それは俺が頼んだからだよ。お荷物の訓練生を全部面倒見てやるから牧島もくれってな。倉井豪の隊員は猛反対。あいつら、仲いいからな」
頼の脳裏に、先日の招集で牧島と親し気に挨拶を交わしていた戦士たちが浮かぶ。
そして男子トイレで豪と会話する牧島の態度も。
「その後、倉井豪と俺とで話し、当日の作戦部隊には呉羽隊、それまでの訓練は倉井隊に所属になった」
「牧島さん、モテモテですね」
「そうだぜ。そのモテモテの女をお前が手に入れるんだ。お前の父親の手から奪って」
頼は驚いたように顔を上げる。
自分が父親から牧島を奪う。そんなことが、できるだろうか。
牧島にとって倉井豪は命の恩人だ。他人を寄せ付けない彼女が、頼の父親の前では自ら冗談すら言うのだ。
それに……
「……はははっ、無理ですよ。だって牧島さん、多分父さんのことが」
「弱気弱気……頼むぜ。下手すりゃこれで戦局決まんだよ」
「これで、決まる?」
「ああ。そしてこれは今のお前に必要なことなんだぜ」
「……弱気の克服、ですか」
「そうじゃない」呉羽が視線を下げ、頼の右手を見る。そこには梢の形見である指輪が嵌められていた。「過去を断ち切るってことさ」




