25 In the variety show -バラエティー番組より-
相手を倒すごとに、敵のレベルは徐々に上がっていった。
「はぁはぁ……あと七分。今度は二体か」
ゆっくりと立ち上がりながら、灰加が言った。一時間近く動き続け、明らかな疲労の顔が見える。
「さっきと同じ、肉食じゅ……うタイプ。でも……サイズが」
頼も立ち上がるのが辛いほどには疲弊していた。体力にはそれなりに自信があったが、敵がレベル十五を超えた辺りから、少し弱気が見え始め、それに比例するかのように動きが鈍くなってきていた。
「レベル二十五。かける二」
一方で瀞井には疲労の色は見えない。さすがにゲームは途中で止め、汗も掻いている。それでも、小走りで新しい武器を見繕う余裕があった。
「ねえ、そこのショットガン、僕にくれないかな」
頼が申し訳なさそうに頼むと、瀞井は無言でその武器を床に滑らせる。
「ありがとう」
受け取ったショットガンを杖替わりに立ち上がる頼。膝が笑っている。
その間、灰加は手りゅう弾をベルトに装着していた。
「……多分、これで最後だね」
「くそっ、明日は筋肉痛で動けそうにないな」
「おーい、ガキども。たったあと五分だ。死んでも避けろよ」
「……勘単に言ってくれる。っつーか、死んでも避けろって矛盾しているだろうが」
隊長の言葉にケチを付けていると、四足歩行のロボットの前脚がぴくりと動いた。
「向井頼」ふいに瀞井が声を掛ける。頼の名前を呼んだのはこの時が初めてだった。「作戦。右側、集中砲火」
「……瀞井」頼は驚いたが、彼の言葉の意味を理解して、安心したように笑みを浮かべる。「うん。分かった。任せて」
「狙いは前脚二本の関節部分」
「了解」
「瀞井、俺は」
「灰加」灰加の言葉を瀞井が遮る。
「……何だ?」
灰加が訊ねると、瀞井は背後を指さし、敵に目を向けたまま答えた。
「君は後ろで援護」
「……それは一体どういう?」
「スロウ状態になったらコマンドは『後衛に回る』の一択」
「瀞井、つまりそれは俺に」
「だから」瀞井が振り返り、顔を上げる。「隅っこで震えてろこの雑魚キャラ、的な」
「なっ、瀞井……あんた」
仲間だと思っていた相手の裏切りに会い、灰加の顔が青ざめる。
「……行くよ。向井頼」
「えっ、あっ!」
瀞井の三十五口径の弾丸が火を吹く。
その瞬間、二体の猛獣は跳躍した。
「さっきよりも早い!」
巨大な牙を伸ばした口を開き、敵が一直線に向かってくる。頼は経験上その行動が分かっていたが、初めて戦うレベル二十の動きは驚くほど俊敏だった。
頼は飛びかかってきた敵の攻撃予測範囲よりも大きく回避した。追撃を食らう危険性はあったが、それを覚悟してのことだ。そして、その判断は間違いではなかった。鎌のように曲線を描く敵の巨大な爪は、回避中の頼の髪の一部を切り裂いた。あと数センチ近ければ……横に激しく転がりながら頼はぞっとする思いだった。
頼と距離を縮めた敵はすぐに襲い掛かってきた。しかし、それを瀞井の銃弾が阻止する。瀞井に襲い掛かるもう一体の攻撃を避けながらの攻撃だった、
「近い近い近い近い」
「う、うん」
急いで立ち上がり、距離を取りながら敵の前脚に銃弾を浴びせる。
そのうちの一発が関節を貫いた。片脚の機能を停止させる所までは行かなかったが、それでも動きがかなり鈍くなる。
「よし。もう一方も」
「それ、ダメパターン。損傷した方を完全に潰す」
「えっ……わっ、分かった」
瀞井の指示に従い、遠距離から射撃を開始する頼。しかし、敵はひとっ飛びでその距離を縮めてくる。 しかし、行動パターンを把握しているのに加え、動きが鈍くなったお陰で回避はそう難しくなかった。
「これなら……」
もう一体を瀞井が食い止めている間に何とか――そう思った時、瀞井が叫んだ。
「馬鹿っ! そっち行くな!」
「えっ!」
「……えっ?」
頼が後退した位置。
そこに、三人目の仲間が茫然と立っていた。
「うわっ!」
灰加との衝突を避けるには気付くのが遅かった。頼は背中から灰加にぶつかり、敵の攻撃範囲外に出るのに失敗してしまう。
そして、敵は頼が脳裏に描いた通りにその牙を自分の喉笛に突き付けた。
「うわあああああっ!」
殺された。
頼はそう確信した。
「はいっ、終了!」
いつの間にか部屋の中にいた呉羽が両手を叩き、言った。
「……あっ」
その時、頼が感じたのは首元のチクリとした痛みと、自分が助かったという事実だった。
「うわあああっ、ってお前。ビビり過ぎだろ」
「えっ?」
AIが攻撃を中止し、エレベーターの床へと戻っていく間、頼は唖然とした顔で呉羽を見つめていた。
「訓練ロボが本当に人間を殺すかよ」
「知らない訳じゃありませんけど……」頼はため息と尻もちを同時に付いた。「さすがにあの状況じゃ、怖くて……」
「ふーん。まあ、いいや。じゃあもう一回」
「ふっ、ふざけるな!」
叫んだのは灰加だった。
「……ふふ、随分いい顔になったな。アイツに足手まといだと言われたことがそんなにショックだったか?」
「……何だと?」
「く、呉羽さん、いくら何でも」
「まっ、さすがに無理か」呉羽は三人の様子を確認しながら、呑気に背中を伸ばしはじめる。「ふーっ、でもまあ最近のバラエティー番組よりは楽しめ――」
「コンティニューでもいいよ?」
一歩前に出て言ったのは瀞井だった。
「その替わり、次は一人でやらせてよ」
「バーカ」そう言った時、瀞井の肩がぴくりと跳ねた。
気が付かないうちに、呉羽の手が瀞井の頬に触れていた。
「……いったい、どんなステータスなんだよ。あんた」
「何だ。普通に会話できんのか、お前」
「黙れ。俺を本気にさせやがって」
「ハンッ、あれで本気だったのか?」
「こ、この僕を馬鹿に」その手が腰のナイフに伸びる。
「ぐあ……」
「隠されていた真の力とか、そんなモンがあるなら出してみろよ」
瀞井の腕を掴み、笑う呉羽。
震える手からナイフが落ちる。
「何だよ。つまんねーな」
「畜生……殺してやる。殺してやる」
「フフッ、やっとお前もいい顔になった」
落ちたナイフを瀞井の腰に収める呉羽。
その穏やかな笑みは、見れば子どもの成長を誇らしく思う父親か兄のように見える。
ただ、そんな呉羽に対して頼が抱いていたのは本能的な恐怖と、そして嫌悪感だった。
殺意を向けられた相手を目の前にどうしてそんな顔ができるのか。
不自然、異常。
そんな概念が呉羽の存在に対して浮かんでくる。
「今日はこれで解散する。明日はクリアしろよ」
「……嫌だ」灰加は震える声で拒絶する。「絶対に嫌だ」
頼は灰加に対して同情的な視線を向ける。瀞井に言われた言葉が彼にはよほどショックだったに違いない。
しかし、呉羽はそれを認めなかった。
「ダメだ。必要なことだ」
「……俺はやらない」
「それもダメだ。引きずってでも連れてきてやる。逃げるなよ」
「……くっ」
「呉羽さん、いくら何でもひどすぎるんじゃ」
「……向井頼」呉羽が頼に近付く。思わず引き下がるが、呉羽はそれを見てにやりと笑った。
「最後のお前は時間がかかりそうだ」
「えっ?」
「お前は残れ。俺が直接指導を付けてやんよ」
「こ、これから……ですか?」
「ああ……二人は戻っていいぞ。明日の午後二時にここに来い。午前中の授業はちゃんと出ろよ」




