23 Hakubi Kureha-呉羽狛猫-
招集から二日後、部隊の振り分けを知らせるメールが隊員たちに届けられた。
頼は呉羽狛猫を部隊長とする呉羽隊に決まり、集合場所の部屋に向かうため、慣れない本部の廊下で右往左往していた。
同じ場所を何度か往復した後、この階ではないと知り、階段で十四階へ向かう。
そこはコピーしたかのように下のフロアと同じ構造だった。
時計を気にしながら、くらくらする頭を酷使し、扉のボードを一つ一つ確認していく。
そしてようやく集合場所を発見すると、恐る恐る部屋の扉を叩いた。
しばらく待ったが、返事はなかった。
「し、失礼します」
「チッ、何だお前か」
頼を一番初めに迎えたのは、無機質なコンクリートの壁に背を凭れ、腕を組んでいる男子生徒だった。
その顔を見て、頼は目を疑った。
「君は……えっ、どうして?」
「何故、だと?」頼と同じ訓練生の制服の胸ポケットから身分手帳を取り出し、広げる。そこには彼の名前と、ランクを示す大きなアルファベット記号が書かれていた。
仄加宗宜。
瀞井の腰巾着だと堂壁純一郎が言っていた相手だった。
「……ランクA、じゃあ君もあの日、本部に」
「そして遺憾ながらお前と同じ部隊に振り分けられた、という訳さ。なあ、ランクAプラスの瀞井ネオ」
メガネを掛けなおし、隣でポータブルゲームをしているもう一人に視線を投げる。
すると瀞井は無関心そうに「別に」とつぶやいた。
「雑魚は空気。いても何も感じない」
「いや空気以下だ。俺たちの足を引っ張る」
「……その時は殺せば?」
「……まあ、それはそうだが」
「殺せば……って」
瀞井の残酷な一言に頼が動揺していた時、扉が開いた。
「待たせたな」
男性とも女性とも付かない、中性的な声。その姿もまた声と同様だった。
線の細い、すらりとした長身で、灰色の長髪。着物風のゆるりとした衣服に、紐のないローカットの靴。飄々とした雰囲気だったが、髪と同じ色をした冷たい瞳が無遠慮な接近を警告しているかのように光っていた。
「どうした? 隊長がやって来たというのにその反応は」
「あっ、おっ、お疲れ様です」
「……どうも」
頼と仄加が挨拶をする。瀞井はなおも無視を決め込むかと思われたが、「裏ボス」とそうつぶやくとゲーム機を床に置いて、呉羽に手を差し出した。
「よろしくお願いします。ランクBマイナスの呉羽狛猫隊長」
「……Bマイナス? 隊長、Bマイナスなのか。なるほど素晴らしいじゃないか」
年下二人の発言、特に灰加は明らかに毒のある言い方だったが、呉羽は何も言わずに握手を交わした。
「先に言っとくが、うちのメンバーは五人だ。もう一人のガキは倉井隊長のお気に入りだから訓練はあっちでやるらしい。ということで当日までは俺達四人でやる」
「……こんな時にも牧島千鶴は特別扱いか。あいつ、慰安婦にでもなってんじゃねえか?」
「おい!」
仄加の差別的な発言に怒鳴ったのは頼だった。
「牧島さんに何てこと……あっ」
口を開けたまま、言葉が止まる。
仄加の前に立った呉羽がその顔を殴り吹き飛ばしたからだった。
「……ってー」
「何だ。お前、弱いのか。っつーことは友達のお前もか?」
仄加に一瞥すら向けず、今度は瀞井を見る。
「……NPC。その他大勢と同じ姿かたち。僕もそんな風に見えますか?」
「ああ、見えるね。日々自意識醸成中の引き籠り野郎。お前らの世代のマジョリティーだろ?」
「……なら、お試しプレイで」
瀞井が腰のナイフを抜き、切っ先で鞘をカンカンと弾く。
呉葉が不敵に笑い、頼の前に風が生まれ、そして火花が生まれた。
「……ガッ!」
瀞井が後ろに吹き飛ぶ。
「残念だったな。お前らじゃ俺に傷一つ付けられねえよ」
「……チート」
からからと笑う呉羽の傍で頼は今の一瞬で起こった不可思議な現象が理解できないでいた。
「……瀞井のナイフ、呉羽さんの横腹に届いたはずなのに……その瞬間、まるでバリアに弾かれたみたいに吹き飛……バリア?」
「おっ、鋭いねえ。でも違うぜ」
頼にしたり顔を向け、手で拳銃の形を作る。
「お前らじゃ今の俺を傷付けられん。本気で殺りたきゃピストルでも持ってくるんだな」
「……データ不足」
「ちっ」
瀞井と灰加が抵抗をやめたのを見て、呉羽は壁に背中を凭れ、「さてと」と腕を組んだ。
「理解してもらえたところで、最初にお前らに一つ問いておきたいことがある」
「解いておきたいこと?」
「ああ……我々個人における勝利の定義。何だと思う、仄加」
「……早速、お偉い隊長様からご講釈かよ」憎しげに呉羽を睨みつける。「勝利だと……そんなの決まっている。MHOの殲滅だ」
「知性的な顔付きに似合わず、普通だなお前」
「……何だと」
「瀞井、お前は?」
「現在、知恵袋で質問中」
「ダメだ。自分の考えを言え」
冗談の聞かない呉羽に対して、瀞井の指が再び腰のナイフに触れたが、さっきのことを思い出したのか、あきらめたようにその場に座り込んでゲームの電源を入れた。
「……プレイヤー同士だったらチートした方が勝つに決まってる」
「それは俺の事か?」
「……プレイヤーは決して勝利者にはなれない。真の勝ち組はプレイを上から見下ろしているだけの奴ら。例えば、ここよりもっと上の階にいるオールダー」
「アッハッハ、なるほどな、一理ある」瀞井の返答に対して、呉羽は似合わないぐらいに開けっぴろげに笑って見せた。「……ならどうする? あのジジイ共をここまで引き下ろしてきて殺すか?」
「そんなの不要……攻略法はもう見えてる」
「そうか。まあ、もし殺したくなったら言ってくれ。ぜひ手伝わせてもらおう……と、それで、お前は?」
「えっ、あっ」突然、話を振られ、口をパクパクさせる頼。「あの……分かりません」
「解答なしか。普段何も考えてない証拠だな」
「そんな……」
「まあいい。お前らが戦士になった理由なぞ、俺にはどうでもいいからな。だが、しばらくの間、お前らには自分の考えを捨ててもらうぜ。そして、そのぽっかり空いた胸に新しい定義を刻んでもらおう。これが最初の命令だ。いいな」
「こんな状況で今さら許可を求めるのかよ……で、それは何なんだ」
「絶対に死なないことだ」
「絶対に死なないこと?……はっ、はははははッ!」呉羽の言葉に対して仄加がおかしくてたまらないというように笑う。「隊長、今すぐ辞表を出してこの場から立ち去ってはどうですか?」
「最ら受け入れてもらえるとは思ってねえよ」呉羽はあくまでも冷静だった。「まあ当日になれば否が応でも理解することになるさ」




