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T.T.O.T.T  作者: むこーむこ
Turn: A relationship formed due to a strange turn of fate.
22/41

22 pee together and ties of blood-黄色い線と赤い線-

 


「父さんっ!」


 洗面所に入った所で、頼は豪に声を掛けた。


「おっ、どうした。お前もションベンか?」


 便器の前に立ち、首を無理に回して頼を見る。


「ほら、俺の横に来いよ」

「あっ……えっと」


 頼は躊躇したが、そう言われると尿意を感じないわけでもなかった。


「はっはっはっ、親子で連れションなんて初めてじゃないか」

「うっ、うん……」


 おずおずと隣でズボンのチャックを降ろす頼に親し気な言葉をかける。


「あのさっ、父さん」

「……分かってる。安心しろ」

「えっ?」

「俺から前線の部隊に入れるよう頼んでおくさ。じゃないと他の奴らに先を越されちまうもんな」


 頼の気持ちを全て理解しているかのように笑う豪。

 しかし、頼はその意味が分からないという顔をしている。


「……えっと、それって」

「やりたいんだろ? 梢ちゃんの仇討ち」

「あっ!」その驚きは、まるでたった今そのことを思い出したかのようだった。「うん、そうだね……」

「何だよ、違うのか?」

「ううん。お願いするよ、父さん」

「……つっても、俺信用ねえからなあ。期待はしないでくれよ」

「そんな……隊長でしょ」

「俺、好き勝手やってるからなー……。まあ後部支援部隊に回されたら、当日こっそり抜け出せ。俺の隊の所に来いよ。手伝ってやるから」

「いや……さすがにそれは味方に殺されるっていうか」


 用を済ませ、二人そろって手を洗う。

 その姿を正面の鏡で見ながら、頼は自分の表情が暗いのを自覚した。

 理由はもちろん分かっている。

 自分はまだ迷っているのだ。

 敵を討つ以前に、今回の作戦に参加するかどうかを。

 なぜなら、僕は……


「……でも僕、まだレベル九がやっとなんだ」

「ん?」

「今の僕じゃ、マルスどころかMHOすら相手にできない。そんな僕が、本当に参加していいのかな?」


 父親に対してコンプレックスを抱き、時にはその才能を羨み、憎んできた頼。

 だが、いざこうやって頼もしい父親を目の前にすると、つい甘えたい気持ちが出てしまう。

 自分の不安を父親が消し去ってくれるのではないか。そんな期待が無意識的に浮かんでくる。


「バーカ」


 そんな息子を映した鏡に向かって、父親は目を細めた。


「……えっ?」

「研究科を辞めてまで、何のために戦士になったんだよお前は」

「そ、それはいくらなんでも。だって父さんが」

「おいおい、俺が勧めたから戦士になったのか? 俺が敵討ちをしろと言ったからそうしたって?」

「……そういう訳じゃ」

「じゃあ何だ? 俺に憧れて戦士になったとでも言う訳でもあるまい」

「……最初に研究の道に進んだ理由はそうだったかもしれない」

「はっ、だったら逆だろ?」

「分からなくていい。自分でもよく分からないから……」わずかに蛇口をひねる。少量の水と共に悲鳴のような音が洗面所に鳴り響く。「本当はね、まだまだ先のことだと思ってたんだ。だから今のうちに少しずつレベルを上げて、自分の手で敵が討てるぐらい強くなって、そしたら……そう思った。でも……だって、まだ訓練して半年も経ってないんだ。なのに……いきなり過ぎるよ」

「……人生なんて『いきなり過ぎる』の連続だぜ。そんな中で必死に準備して、無理にでも間に合わせる。今の世界じゃ、そうしないと生き残れない」

「でも僕は父さんとは違」

「甘えないで」


 背後から飛んできた男性ではない声に、頼のみでなく豪もぎょっとする。

 正面に映る二人の姿、その背後に立っていたのは牧島千鶴だった。


「えっ、牧島さん?」

「千鶴っ……おま、ここ男子トイレだぞ!?」

「あら、豪。あなたでも驚くことがあるのね」

「いや、誰だって驚くだろ……」

「そう」


 牧島は踵を踏み鳴らしながら二人に近寄りしな、頼を見て平手打ちを食らわす。

 パシンッ、という軽快な音が狭い室内に響いたかと思うと、同じ音がもう一度。


「……おい、何で俺も殴られんだよ」

「殴ってない。手の平で打っただけ」

「同じだよっ!」

「……生クリームの上にチョコレートソースをこれでもかというぐらい捻りだして」パフェを作るような手つきを加える。「更に練乳をかけたぐらい甘えん坊の子どもと同じぐらい甘い過保護の父親、を見て吐き気がしたから。オエッ」


 気分が悪そうに口を押える彼女の仕草。それが当然演技であることは言うまでもなかったが、それが自分の知っている牧島とは違う一面だったため、頼の目は点になった。


「ははっ、相変わらず変な奴だな。お前は」


 頼と違い、豪は全く驚いていない様子だった。牧島の髪をがしがしと掻き回し笑っている。


「触るな……糖分が移る。太る……その前に手を洗ったの?」

「洗ったよ。だから安心してわしゃわしゃされてろ」

「……分かった。されてる」


 豪の無邪気な攻撃に抵抗することもなく、されるがままに受け入れる牧島。そんな二人の関係が頼の目には父親と子どものように見えた。

 頼自身気が付いていないが、眉が悲し気に傾き、瞳が潤んでいた。


「っつーか、親子のプライベートを盗聴とはいい趣味じゃねえな」

「……偶然、二人の声が聞こえて」

「おい、目を反らすな。かなり嘘くせえぞ、なあ頼もそう思わないか?」

「いや僕は……」

「……どうしてそんなに甘いの?」


 頼に訊ねた時、牧島の表情がいつもの冷たさに戻る。いや、戻ったというより再び仮面を被ったというべきなのかもしれないと頼は思った。


「甘い……のかな」

「さっきから聞いてたけれど、敵を討ちたいとか、でも今は早いとか自分の都合ばかり気にして……正直、気持ちが悪い」

「おい千鶴、頼はお前と同じ訓練生だよな? 仲が良くないのか?」

「当然でしょ。こんな二千キロカロリーオーバーな言葉ばかり連発するシュガー少年と仲良くなんかしたら胃もたれするもの」

「あのなー、一応、俺の息子だぞ」

「血の繋がりなんて無意味。そんなものより、一緒に過ごしてきた濃密な日々の方がずっと重要だわ」

「濃密な……」


 豪の手を握り、背の高い瞳を見つめる牧島に頼の動揺は高まる。なぜこんなにショックを受けているのか、自分でも分からなかった。


「いや、違うぞ息子。こいつはちょっと頭がおかしいんだ」

「私は至って冷静」牧島は豪の胸に耳を当て、「ほら、ドキドキしているのはあなたの方じゃない」

「も、もう牧島さん、冗談はやめ」


 頼は笑顔を引き吊らせながら、二人の遊戯を止めさせようと手を伸ばす。

 しかしその瞬間、豪の表情は一変した。


「触るな!」

「……父さ、」


 急に怒鳴られ、瞳が丸くなる。頭が真っ白になった。

 牧島も意外そうに豪を見上げ、訳を尋ねる。


「豪、どうしたの?」

「……お前」怒りを宿した瞳が頼を睨みつけていた。「石鹸、使ってなかっただろ」

「……は?」


 牧島の目が点になった。


「俺はそういう所、潔癖なんだよ。息子なんだから知ってるだろ」

「そ、そんなの知ら」

「黙れ黙れ」


 頼が何を言っても豪は聞く耳を持たなかった。首を振り、聞こえていない振りをする。まるで子どものような駄々っ子ぶりに、牧島もため息を付くばかりだったが、父親の強い拒絶を受けた頼はかなりショックを受けたようだった。


「父さん……」

「フンッ」


 ついには背中を向けた父親に対し、頼は腕をだらんと落とし、納得したように深く俯いた。


「……いいよ。分かってた。ずっと前から分かってたから」髪で隠れ、その表情は見えない。「そうだよね、父さんは僕を軽蔑している、嫌っているんだ」

「……頼、お前」

「くっ!」

「おい、頼!」


 勢いよく廊下へと飛び出す。豪は慌ててそれを追いかけようとしたが、牧島がそれを阻んだ。


「……千鶴」

「あの人は自分の弱さと向き合わないといけない。自分の劣等感と」

「おい、何を言ってるんだ」

「……あの日、彼と戦ったわ」

「戦った?」

「あなたにキスをしたあの日……」牧島は唇を噛んだ。「彼に足りないのは愛情じゃない。それが必要なのは私」


 ふいに豪の胸元に飛び込んだ。

 豪は何事かと思ったが、自分を抱きしめる腕に力がこもるのを感じた時、その意味を察したように目を細めた。


「彼のことなんてどうでもいい。私が大切なのはあなただけ……お願い」

「……千鶴」

「あなたがいなければあの時あの場所で私は家族と一緒に殺されていた。それを救ってくれたのがあなた。だから私の命はあなたのもの。好きに使ってくれていい。ううん、好きにして欲しいの。それが私の望みだから」

「お前、それ誰から習った」

「……」

「……そうか」


 彼女の肩にそっと触れ、身体を離れさせる。

 何かを求めるかのように潤んだ瞳。


「千鶴」震える少女の頬に触れ、豪は言った。「頼に戦い方を教えてやってくれないか」


 その瞬間、牧島の瞳の色から光が消えた。


「……」

「悪いな。出来が悪くても血の繋がった息子だからさ。死んでもらっちゃ困るんだよ」

「……血の、繋がり」

「もちろん、お前のことも大事だぞ。自分の娘のように愛していると言ってもいい」

「……っ!」

「おっ、おい、千鶴?」


 牧島は何も言わずにその場から立ち去った。

 豪は上半身を膨張させるほど大きく息を吸い込んで、そしてそれを一気に吐き出すと鏡の前に立った。蛇口をひねり、もう一度手を洗い始める。

 さっきよりも丹念に。

 その時、個室から水の流れる音がした。


「……悪かったな」手を揉み続けながら豪が独り言のように言った。「急に閉じ込めて」

「いえ」個室のドアが開く。「俺もそっちの方が好都合だったんで」


 

 

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