13 At the lowest level-一番低いレベル-
頼は無我夢中でトレーニングルームの中へ。しかし、ドアが開かない。ロックが掛かっていた。
「このっ、何でだよ……開けよっ!」
力づくでドアノブを回す頼。しかし、それではどうにもならないと気付いたのか。今度は足を上げ、靴の踵でドアノブをがんがんと蹴りはじめる。
「このっ、開けっ!」
「やめなさい」
「うわっ!」
片足を振り上げていた時、急に後ろから肩を引かれた頼は、バランスを崩して激しく尻もちを付いた。
「いててっ……何するんだよっ!」
「それは私のセリフ」
自分の顔を睨みつけくる頼を牧島は無表情に見下ろす。彼女の顔に感情がないことは出会った時から一貫していたのだが、今の頼の目には他人に興味のない、冷酷で非情なものに見えた。
「人が死ぬかもしれないって言う時に……」頼は土下座するような体勢で、牧島の足首を掴む。
「どうしてそんなに普通でいられるんだよ!」
「これは訓練」冷静さを欠いた頼に対し、牧島は真下に声を落とす。「だから死なない」
「……えっ」
頼がその体勢のまま顔を上げる。真下から見下ろす女性の胸部。その谷間の向こう側から牧島がこちらを見下ろしていた。
「頼、お前。何をしているんだ?」
「えっ、じゅっ、純一郎君っ、どうして!? 敵に刺されたんじゃ……」
「おいおい、これは訓練だ。本気で刺すわけ……っつーか、お前」
堂壁の眉間に皺が寄る。
この時の彼の目に映ったのは、こちらに尻を突き出して牧島の足に縋っている頼の姿だった。
「……お前、もしかして変態なのか?」
「いやっ、これは違っ!」
すぐさま立ち上がり、堂壁に近寄る頼。
しかし、その手が届く前に――
「堂壁君っ!」
――興奮した声を上げたのは、さっきの村尾という小太りの生徒だった。
「凄いよっ! レベル二十五相手にあそこまで戦うなんて」
「何だお前は」
「僕のことなんてどうでもいいよ。ねえ、今度はレベル二十で戦ってよ! きっと勝てるから!」
「はあ? お前何言って」
「そうだよ」別の生徒達も堂壁に声を掛ける。「次こそは勝ってくれよ。堂壁」
「堂壁君、あなたは私たちの希望だわ」
「希望って……」
「なあ堂壁。放課後、俺達の集まりに来てくれよ。実は俺達――」
「はーい、ゲームオーバー」
その時、廊下に一際大きな声が響いた。
声の主はベンチ横の地べたでゲームをしていた三人組の一人だった。ヘッドフォンを付けていて、頼よりも背が低い。
その中には初めに模擬戦闘訓練を行った男性生徒もいた。
「……ちっ、瀞井かよ」
堂壁の近くにいた一人が憎しげにつぶやく。
すると三人組の中の長身の生徒がすっと立ち上がった。
メガネをかけ直し周囲を威圧するように睨みつける。
「誰だ。瀞井を呼び捨てにした奴は」
「……うう」
その言葉に、生徒は怯えた表情を見せる。
「灰加」三人組中で最も背の低い瀞井と呼ばれた少年がさっきと同じぐらいの声量でつぶやく。「ゲーム中」
「瀞井」
「雑魚は無視でオッケーだから」
「そうだぞ灰加。ランクC以下の奴らなんて相手にするな」
「……ちっ」
灰加が腰を下ろす。
三人がゲームを再開し始めたのを見て、周囲は安堵した表情を見せた。
空気が白けたせいか、堂壁の周囲にいた生徒達も散り散りにその場を離れていく。
「ふーん」三人を眺めながら堂壁がつぶやく。「ああいうのは三年前と変わらないんだな」
「ああいうの、って?」
「あの三人はBランク以上だからね」頼の質問に答えたのは村尾だった。「Cランク以下の僕たちを見下してるってわけさ」
「Bランクって、そんなに凄いの?」
曲がりなりにもSランクを付けられた頼にとって、それは素朴な疑問だった。
「そりゃBランク以上なんて全体の十パーセント未満だからね」
「その割には、最初に戦った奴なんて随分と腰抜――」
「ダメだよっ!」村尾が堂壁の口を押える。「彼らに目を付けられる」
その時、牧島が頼の手を引いた。
「次、あなたの番よ」
「あっ……うん」
■■■
『やっと来たか。倉井頼』
誰もいない広い部屋に教官の声が響き渡る。
「す、すみません。遅くなっちゃって」
『……自由気ままな軍神の息子か』
「……はい」
「……軍神の息子?」
「どういうことだ?」
教官の言葉を聞いて、窓の向こうが何やら騒がしくなる。
そしてそのざわめきは比留間の次の言葉で激化した。
『そういえばお前もランクSだそうだな……虎の子は虎という訳か』
「えっ?」
「ねえ、みんな、これ見てよ! 彼、ランクS!」
「えーっ! マジッ! ランクSだって!」
「嘘だろっ!」
その声は頼の耳にまで届いた。
「やばい……みんなにバレた」
頼は中央に直立した状態で、目をきょろきょろさせていた。落ち着かない様子だ。
「ええと……あそこにあるのがショットガンで。拳銃があそことあそこ」
『倉井頼、敵のレベルはどうする?』
焦る頼に比留間が訊ねる。
「はっ、はい……ええと」頼は俯き、両手の指をくねくねと絡ませながら言う。「僕、その、初めてで……武器を握ったことなんて授業以外ではほとんど……それで……あの」
『私の質問が聞こえなかったのか』スピーカー越しから比留間の苛立ちが伝わってくる。『レベルを答えろと言っているんだ』
「ええと……その……一番低いレベルって何でしたっけ?」
『……何が言いたい?』
「ですから……一番低いレベルで……」
『……』
「……ダメですか?」
比留間は沈黙した。堂壁の時とは正反対の沈黙だった。
「……おいっ。倉井のレベル、何だって?」
「小さくてよく聞こえなかったぞ」
「あっ、でも始まるみたいよ」
比留間からの返答を得られないまま、頼の目の前のエレベーターは音を立てて動きだした。