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T.T.O.T.T  作者: むこーむこ
Development:The snake which cannot cast its skin has to die.
10/41

10 Chizuru Makishima-牧島千鶴-

 

 頼たちがトレーニングルームまで辿り着いた時、廊訓練を控えた十八名の生徒は廊下にいた。ペアでじゃれあいながら準備運動をしたり、ヘッドホンを付けてベンチでリラックスした時間を過ごしたりしている所を見ると、まだ教官は来ていないようだ。

 牧島はトレーニングルームの扉に貼られた紙を眺めながら腕の腱を伸ばしていた。

 何を見ているんだろう。疑問に思った頼が訊ねるより早く、堂壁が口を開いた。


「俺は何番目だ?」


 元戦士科だけあってそれが何かを知っているのだろう。巨大な体躯が牧島の後ろから用紙を覗き込む。

 頼も少し離れた距離からその紙を見る。

 そこに書かれていたのは模擬戦訓練を行う順番だった。


「僕は……六番目か」

「俺は三番。ラッキーだな」

「早い方がいいの?」

「自分の番が終わればその後は自由だからな。牧島は最後か」

「純一郎君が僕より前で良かったよ。自分がやる前に見て勉強できるから」

「……あなた、レベルはどうするの?」


 突然、牧島が二人の間に割って入って来た。


「ま、牧島さん。レベルって?」

「MHOは吸収した人間の数を基準にして強さをレベル分けしている。例えば吸収した人数が五人の場合はレベル五。人数が多ければそれだけサイズは巨大化し、それに比例して強さも上がる」

「あ、ありがとう」


 それぐらいはさすがに知っているんだけどな。


「模擬訓練のレベルは自主宣告制。自分が戦うレベルを自分で決める」

「といっても、相手は訓練用AIだけどな」

「AI……」


『時間だ』


 その時、廊下のスピーカーから比留間の声が聞こえた。


『一番、トレーニングルームに』

「はい」


 立ち上がったのは、床に腰かけてゲームをしていた三人組のうちの一人だった。

 こちらに向かってきたので、頼達が道を開ける。

 部屋に入る前、その男子生徒は新参者二人を一瞥した。


「……ちっ」


 嫌悪感丸出しの舌打ちだった。


「……何か感じ悪いね」


 男子生徒が部屋に入った後で頼がつぶやく。


「気に入らねえのさ。途中で入ってきた俺たちが。なあ?」


 堂壁はそう言って廊下のクラスメイト達に目を向ける。

突然、声を掛けられた彼らは動揺した。しかし、それをごまかすかのように元の作業に戻る。

そんな中、一人の男子生徒が堂壁に強い視線を送っていた。

たった今部屋に入った男子生徒の仲間の一人だった。


「……なるほどな」


堂壁は少し不機嫌そうに愚痴をこぼすと、その場を離れようとした。


「純一郎君、どこへ行くの」

「屋上でのんびりしてくる」

「屋上? じゃ、じゃあ僕も」


 さっきのようにコーヒーでも飲みに行くのだろうと思い、頼は後を追おうとしたが、堂壁はそれをぴしゃりと止めた。


「お前は見学してろ。初めてなんだろ」

「……で、でも」

「自分の番が来る前には戻る」


 堂壁が視界から消えると、さっき堂壁を睨んでいた男が立ち上がった。

 しかし、それをもう一人が止める。


「……だが瀞井」

「ゲーム中。三次元は気にしない」

「……ちっ」


 二人のやり取りを不思議そうに見ていた頼だったが、突然、沸いたように頼の表情に緊張の色が現れはじめる。


「見学するって言っていたけれど」


 一人になった頼に声をかけたのは牧島だった。


「見ないの?」

「えっ……あっ、うん」


 牧島の隣に立ち、トレーニングルームに目を向ける。

 そこは講義室室の三分の二程度の広さの無機質な空間だった。天井は高く、中央には十メートル四方の大きさの四角い穴がぽっかりと空いている。

 その穴の数メートル手前にさっきの男子生徒が立っていた。


「比留間教官。今日もレベル六で」

『またか。ずっと同じレベルの相手と戦っているじゃないか。いい加減、レベルを上げたらどうだ』

「いえ、レベル六で」

『……フンッ、勝手にしろ』


比留間の批判めいた一言を最後に、床の穴のコンベアーが作動しはじめる。

穴の下から床が上昇し、銀色のボディの訓練用ロボットが姿を現した。

それは先月、頼が見たMHOと同じ蜘蛛型だった。


「……あれが訓練用AI」

「ええ、あなたが遭遇したのより小さいでしょ」


 どうやら先月研究棟を襲撃したあのMHOのことを言っているようだ。

確かにその通りだった。あの時のMHOに比べれば、大したサイズではない。

だが、それでも……


「……充分大きいよ」

「緊張しているの?」

「そりゃ……初めてだし」

「単体のレベル六なんて私なら素手で倒せるわ」


 信じられないという顔で牧島の顔を見ると、彼女はその顔と正面から向き合った。

 

「先週、レベル三十オーバーのMHOと一人で戦ったわ」


 その時、巨大なブザー音が三度鳴り響いた。

 訓練開始の合図だった。


「フフッ」


 男子生徒はすぐさま動いた。壁にあった拳銃を手に取るや否や遠距離から射撃をはじめる。

 放たれた三発の弾は、まだ微動だにしていないAIに直撃した。


『命中。〇・八、〇・六、一・二。合計ダメージ二・六ポイント。残り三・四ポイントです』

「おっ、クリティカルじゃん」


 スピーカーからのAI実況を聞いて、さっきの仲間がつぶやいた。だが視線はポータブルゲームに向けられたままだった。

 彼らは緊張していないようだ。それどころかむしろ退屈そうにすら見える。

 戦士科の訓練生はこんなものなのかと思い、眉をしかめる。


「来いよ」

 

 男性生徒の声に応えるように、AIが三メートルほど跳躍し、上から襲い掛かる。

 男子生徒はそれを軽々と横に交わした。すぐさま銃を構え、至近距離で撃ち込む。

倒した、頼はそう思った。そのまま更に数発撃ち続ければ確実にAIのポイントはゼロになる。彼が数秒の後に勝利する未来は揺るがないことに思えた。

しかし男性生徒はそうはしなかった。

彼は二発の弾をAIのボディにめり込ませると、後退したのだ。


「えっ……どうして?」


充分に距離を取った男子生徒は腕時計に目をやる。

何やら時間を気にしているようだ。


『残り〇・二ポイントです』

「……今、やれたと思うんだけれど」


 自分の判断が間違っていないか確かめるために訊ねると、牧島は自分の腕時計を頼の眼前に向けた。


「三分以内でクリア」

「……えっ?」


頼が訓練風景から目を反らしている間、男性生徒は止めの銃弾を発射した。


『訓練終了。戦闘時間三分一秒。ノークリアです。お疲れ様でした』 

「ちっ、あと一秒早ければ……」


 そのセリフとは裏腹に悔しがっているようには見えなかった。トレーニングルームを出た後も何事もなかったかのようにゲームを再開していた。


「……何だか」

「倉井君」その時、牧島が初めて名前で呼んだ。「次の人が終わったら堂壁君の順番ね」

「えっ……あっ」


 頼の横を、次の出番の生徒が通り過ぎる。

 

「そっか。探してくる」

「彼、屋上に行くって言ってたわ」


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