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記憶の行くえ  作者: 野兎
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舞踏会への招待状

「それで姫様、どうでした?」


 キャシーが私の意見を窺おうと、顔を覗き込んで来る。


「え? なにがですの?」

「ですから、姫を掻っ攫って閉じ込めたのはその餓……人物で間違いないですか?」

「……言葉遣いの訂正、ありがとう。日々精進しているようで安心したわ。」


 私は深く頷いて、新たに耳にした情報は聞き流そうとした。

 聞きたくなかった拉致監禁情報。なんとなくあの状況だけに、その言葉と合致してしまうのは仕方がないのだろうか。


 ……でも、だめよ。キャシーからの意見からだけで判断しては。相手方の意見も聞いてから判断しなくては。もしかしたらほら、記憶のない私をたまたま拾って、私の為を思って、外部との接触を遮断してただけの事かも知れないし。

 ……うん。今はその事については深く考えないでおこう。


 私は気を取り直し、改めて王の姿絵に目を通した。


「目が黒いわっ!!」


 私はつい歓喜の声を上げてしまう。


「姫様、どうされました!? もしや私の知らないうちに、目を黒で塗りつぶしました!? さすが姫様。犯人は目を黒で覆うのが一般常識ですからね、貴女様の本能がそうさせたのでしょうね!」

「……それ、どこの常識よ。」


 息巻く彼女を、私は白い目で見つめた。


「それに、王の目を黒塗りとか、そっちの方が犯罪者ではないですか。」

「ええ! 姫様、牢に入れられるのですか!? それは……まあ、私がそれは全力で阻止しますが、一応、証拠は隠滅しておきましょう。」


 そういって、キャシーが私の手にある姿絵をとろうとするので、私はひょいと頭の上にそれを持ち上げた。


「あ、姫様、ずるい。届かないじゃないですか!!」


 と、ぴょんぴょんと私の周りを飛び跳ねる彼女は、何とも愛くるしい。


「一介のメイドが、犯罪者をどうやって無罪放免にするのか考えたくもないけど、そもそも私は王の目を黒塗りなんかしてませんわ。」

「え。だって姫様、“王の目が黒で塗りつぶされてる”っておっしゃってたじゃないですか。しかも、嬉しそうに。」


 彼女がきょとんと私を見上げる。


「……それだけ聞くと、私って嫌なやつね……。違うわよ、そもそも“黒で塗りつぶされてる”なんて言ってないし。王様が“目を開けてる”って言いたかったの。」

「……姫様、私、もっと理解できませんわ。寝ている絵姿がここでは一般常識だったんですか? 起きてる姿のは貴重だと。なんか、そっちの方が犯罪の匂いがぷんぷんするんですけど。一体みなさん何に使……。」

「これ以上掘り下げないで。」


 彼女の思考を遮るべく、私は言葉を挟んだ。


「違うの。私の記憶の中の青年は、だいたいこういう絵姿みたいな背格好なんだけど、いつも目が細く垂れてて黒目の部分が見えないの。貴重だったのよ、彼の黒目。」


 そう言いながら私は、自分の両方の目じりを指で下に引っ張り、どんだけ彼の目が細かったのか彼女に強調する。

 そんな私の表情と、私の手元にある姿絵をキャシーは交互に何度も見返していた。


「じゃあ、別人でしょうか? 王が“垂れた細目”なんて噂、一度も聞いたことありません。」


 キャシーはこてんと首を傾げた。


「ん——。そうねえ。」


 私もまた、腕を組んで考えに耽る。


「——いいえ、やっぱり、この方で間違いないと思うわ。そっくりな双子が居ない限り、だけど。」

「じゃあ、会いに行きましょう!」


 目をらんらんと輝かせながら見上げてく彼女がなんだか怖い。


「……犯罪は犯しちゃだめよ。ここは彼の国なんだから、この国の規律に沿って、まっとうな方法以外、使っちゃだめよ。」

「え、何でですか? ばれなきゃ大丈夫ですよ。スパッと会って、記憶を取り戻して、同時に力も取り戻して、この国を足掛かりに世界を牛耳りましょう! たぶん、記憶の量と力の量は相対関係になっているのだと思われます。姫様に戻った今の力だけでは、一国を捻り潰すには少々心もとないですからね!」

「……ああ、聞きたくなかったわ。」


 それがその時の、私の心からの言葉だった。



 それからキャシーと“王と会う会わない”の押し問答をしているうちに朝食の時間になり、私は食堂に足を運んだ。

 私の前には、壮年のご夫婦が座っている。この部屋に来る前にキャシーにそっと聞いたのだが、このご夫婦は長年子宝に恵まれず、良い養子縁組もなかなか出来ないでいる所に、私が降って湧いたのだそうだ。

 もちろん、文字どうり、空から降って来たらしい。

 ……よくそんな怪しい人物を受け入れてくれたわね。

 人の良さそうなご夫婦に、私は申し訳なく感じると同時に心配になってしまう。だが、これからは自分が彼女達を守ればいいのだと、私は力強く頷いた。


「おはよう、アナベラ。」


 恰幅のよい男性がにこやかに私に話掛ける。


「おはようございます、お父様、お母様。」


 私は二人に大きな笑顔を向けながら、そっと席に着いた。


「アナベラはますます、アンに似てきたね。」

「まあ、お父様、光栄ですわ。国一番の美女と言われるお母様に似てるだなんて。」


 私は頬を染めながら小さく笑った。

 そう、私が彼らに簡単に受け入れられた理由と言うのは、私がこの女性の若い頃にそっくりだったのだそうだ。しかも、髪と目だけは、旦那様であるこの男性のブラウン色を身に纏っている。

 ご夫婦にとっては、願ったり叶ったりの二人の愛の結晶の様な少女が空から降って来たという事で、彼らは天が願いを叶えてくれたのだと信じているらしい。


「もう、アナベラ。国一番だなんて、そんなのとっくに昔の話よ。」


 そういうと、お母様は可愛らしく笑う。

 ……幸せだわ。

 関係は造り物かもしれない。だけど、今ここにあるのは本当に温かな家庭で、私の心は芯から満たされた。



「そうそう、アナベラ。」


 食事の途中で、お父様が何か思いだしたかのように懐から手紙を出した。


「これなんだが、お前には関係ないから捨てておくな。」

「まあ、あなた。アナベラに届いたんでしょう? 本人に見せないで捨てるだなんて駄目よ。」


 ちらりとそれに目を向けたお母様が、彼を窘める。


「しかし……、王妃候補を探す舞踏会の招待状で……。」


 お母様は勿論の事、部屋の隅で給仕を手伝っているキャシーもまたそれにピクリと反応していた。

 ……う。絶対会わないわよ!! 世界征服なんて興味ありませんもの!!

 私は心の目でキャシーを睨んだ。

 極力王と会わないと私は決心したのだ。無駄な争い事がしたくないというのが理由だが、両親に会ってさらにその思いは募った。

 王様にに会って、万が一にも記憶や力を取り戻したら、この幸せな時間もなくなってしまうかもしれないのよ……。そんなの嫌だわ……。


「あなた。それ、捨ててちょうだい。」


 そんな私の想いを代弁するかのように、お母様がピシリと言い放った。

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