朝の訪れ
「おはようございます。」
メイドの声かけで、私はゆっくりと瞼を開ける。
窓から差し込む朝日が、ベッドに横たわる私の顔を照らした。
……思い出したわ……。
私は、昨晩の夢を思い返す。
夢というより、私の忘れ去られていた記憶の一部だけど。
「どうかされましたか?」
私付きのメイドが、不思議そうに顔を覗き込んで来た。
彼女の後ろで何かがゆらりと揺れる。
「……あなた、隠せてないわよ。」
私は“それ”から目を反らし、肘を付きながらゆっくりと起き上がった。
本当に、どんな状況でも忠義を尽くそうとしてくれるのね。
「何のことでしょうか?」
困惑気味のメイドの声に、私は音を立てないように小さく吹きだす。俯いている私の表情は彼女には見えないはずだ。
私は、笑いを堪えながらメイドに優しく微笑み見あげる。
「いいえ何でもないわ。」
そう言うと、ひらひらと手を振ってメイドに下がるよう命じた。
だが、彼女から動く気配が感じられない。
「どうかしたの?」
私は小首をかしげながら尋ねる。
メイドはじろりと私を見下ろした。目からは異様な空気が垂れ出ており、なんとも恐ろしい光景だ。彼女の愛くるしい顔が、余計に異様さを引き立てている。
私を中を探ろうとしてるのかしら。でも、これが昨日までの私だったらどうするつもりだったの? きっと怖すぎて泣き叫んでいるわ。……いえ、そうでもないかもしれないわね。きっと、鈍い私は何が起きているかさえ気付かず、平然としてるはず。でも、他の人は分からないわよ。
「ねえ、あなたはいつもそんな事をしているの?」
私は苦笑しながら、彼女を窘めた。
「……お嬢様?……。 どうかされましたか?」
自分のしている事がばれたと気付いたのか、メイドが少し息を呑むのが分かった。
「驚かせてごめんなさいね。記憶が少し戻ったの。」
彼女の目を優しく見つめながら、私は呟く。だが、メイドはじっと目を見開いたまま微動だにしない。
「まあ、私の言葉が信じられないのも無理はないわね。でも、あなたの背にあるそれ、もう少し上手に隠した方が良いわよ? 私にばれるくらいだもの、きっと他の誰かもすぐに気付いてしまうわよ。」
私は彼女の脇を指差しながら、一応、指摘しておいた。
信じなくとも、警戒していても損はないだろう。
「まあ! これが見えるのですか!? ではやはり……。」
「あら? 信じてくれるの? でも、喜んで貰えてるところに悪いんだけど、」
大きく破顔しながら体を反らした彼女に、私は水を差す。
「私、あなたが誰だか分からないの。そこまでは思い出せないみたい。ごめんなさいね。」
「……。」
メイドがしゅんと身体を縮こまらせながら、眉を下げるのが分かった。
「でも、あなたが私の大切な存在である事は分かるの。私の魂にあなたの存在が刻み込まれてるみたい。いつかきっと思い出すから、それまでどうか許して貰えないかしら?」
そう言いながら、私は彼女の手をとると、両手で包み込む。そんな私の態度に慌てたのか、メイドが急に膝をついて私を見上げてきた。
彼女はしっかりと私を見つめると、宣言した。
「はい、姫様。許すも何も、“大切な存在”と言って頂けただけで私は充分です。……残念がら、私から自分の名前を申し上げる事が出来ません……。ですが、たとえそうでなくても、私はあなたを命に掛けて守ります!」
「まあ! 頼もしいわね。ありがとう。」
私は心の底から喜びが湧きあがるのを感じた。
彼女が何者なのか、どういった存在なのかは、全く分からない。でも信じたい。こんなにも一生懸命な彼女が私の敵であるはずがないのだ。
……そうよ。まったく記憶も力もない私にも、今まで尽していてくれたじゃない。
私は昨日までの自分の記憶をたどりながら、彼女の行動を思い返していた。そして、私にこんなにも頼りになる存在がいる事を誇らしく思った。
「それにしても、あの顔……どこかで見たことあるのよね……。」
ふと、私は記憶の中にある青年の姿を思い浮かべる。
「姫様、どうかされました?」
着替えを手伝いながら、メイド(ここの家では“キャシー”と呼ばれているらしい。)が私の独り言に答える。
「……さっきから言おうと思ってたんだけど、“姫”は止めて欲しいわ。ほら、記憶が少し戻ったって言ったでしょう? その中に男の人が出て来てね、どこかで見た事がある顔だなって。」
「……男?……。」
キャシーが首をひねりながら私のドレスのリボンを締めあげて行く。
「あっ。ねえ、王の絵姿とかある? 似てる気がするのよね。」
「王ぅ!?」
鏡越しのキャシーの顔が酷い事になっている。
苦虫でも噛んでしまったのだろうか。キャシーの眉間の皺がかなり深い。
「やはり、あのガキか。殺してやる。」
「……。」
……なんだか凄い言葉を聞いた気がするわ。
「キャシー? 王様ですわよ。この国の王様。そんなこと冗談でも呟いてはだめよ?」
私は冷たい笑みを顔に張り付けながら、優しく彼女を窘めた。
「ですがあ……人間の王ごときがあ……。」
キャシーが涙目で訴えてくる。
そんなに可愛い顔で見上げられたら、責められないじゃないの……。そして“人間の王ごとき”宣言。本当に一体キャシーは何者!?
「って私は人間よね?」
つい思わず私は心の中の疑問を声に出していた。
「姫様です。」
キャシーは真剣な眼差しで私を見つめる。
目で何か訴えようとしているのだろうか。でも、私には汲み取れない。
「ねえ、キャシー。何が言いたいの? それじゃ答えになってないわ。」
「……。あ、王の絵姿でしたわよね。」
急に話題を反らそうとする彼女は、部屋の隅にある私の机へと向かった。そして、一番上の引き出しの奥の奥から一枚の絵葉書のようなものを取り出したようだ。
「姫様、これになります。」
「……もう、姫でいいわよ。でも、二人の時だけにしてね!?」
「心得ております。」
「信じているわ。」
大きなため息をついて、差し出された彼女の手に目を向けると、そこには正装に身を包んだあの青年の姿が描かれてあった。
「……キャシー、なんで私の机の中を知り尽くしてるの!?」
私は、その青年が夢の中の人物に似ている事よりも、キャシーが迷わずこの姿絵を持ってきた事の方が気になっていた。
「姫様付きのメイドですから。」
「そこまで知らないで良いわよ! そして、どうして私の机に王の姿絵が!?」
「ご友人に頂いて、捨てるに捨てられずしまわれたではないですか。」
「そんなの忘れてたわ! しかも“捨てられず”って私ってなんて罰あたり。そして王がかわいそう!」
私は過去の自分を攻め立てた。
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