表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

始まりは 5年目 3.5

殴られた真相が気になる。と言うことで。

本編で名前しか登場していないこの人に実況して貰いました。

天月食事処


 俺は朱禾(あかのぎ)、天月の遊男である。

 花魁でも直垂新造でも無い普通の遊男。普通と言う事が嫌な人間もいるらしいが、俺は心底普通で良かったと思っている。周りを見ていると心底な。


 今日の朝飯は鰈の煮付けに大根の漬物、豆腐の素揚げに塩をかけた物はこれまた単純だが旨い。

 少し寒いこの時間帯に飲む温かいもやし入りの味噌汁は、昨日の疲れを癒してくれる逸品だ。白米の上に掛けて食べても旨いが、下品だと言われる食べ方でもあるため人が周りに沢山いる時は絶対しない。でもそんな事しなくても旨い物は旨いので満足している。あぁ、旨い旨い。


 そんな爽やかな良い気分になれる貴重なこの時。


 俺はとんとまずい場面に出くわしてしまっていた。


「でな、桃の節句っつって愛理に着物着させてたろ?で、なら野菊に雛霰でもやろうとおやじさまの所行ったらよ、野菊が紅い着物着て化粧しててさ」

「ふーん」


 調理場と食事処は横長の調理場が見える台の仕切りを堺に向かい合っている。

 仕切りのすぐ内側が厨房になっている為、できたての食事をそのまま受け取れる形になっており、作る側と食べる側が対面する形式に。そんな中、作務衣姿の十義さんがその台の向こう側から朝兼昼の食事をとっている兄ィさん達に話をしていた。

 遊男を辞めたのに、何だかまだまだ居ても全く違和感の無い人である。


 この人、辞めて飯炊きとなってからは何度も野菊の所へ行っているらしく、度々俺たちに様子を教えてくれている。

 教えてくれるのはありがたい…ありがたいんです。ありがたいんだが。


 しかし、


「一瞬俺、誰だか分かんなくってよ。もうスゲー別嬪だったからさ。俺初めて見たもんなー野菊の女の姿」

「へーえ」

「多分野菊が女の格好をしたのは初めてなんじゃねぇすか、それ。良かったですねぇ初めてが見れて、えー、えー」


 野菊の話は花魁組にはしないのが一番なのに、あの人はそれを容易く破る。羅紋兄ィさんなんて苛々隠しきれて無いもんよ。いや、隠すつもりも無いだろうが…。


 てか何で宇治野兄ィさんいねーんだよ。あの人がいたらまだ落ち着いて状況を見れたのに。

 兄ィさんは意外と十義さんの話を上手くかわしてくれて、苛々している他二人を冷静に宥めてくれるのだが…生憎今日はまだ来ていないらしい。


「2歳しか違わない愛理も綺麗で可愛いかったけど、それとは違うんですか?」


 相づちしか打っていなかった清水兄ィさんがそう聞き返した。

 清水兄ィさんが質問なんて珍しいな、いつも苛々しながらも流してるのに。


「あぁ、なんつーか、違うんだよなぁ。出来ればこのままこれ以上、花が開いて欲しくない位って心情でな。野菊に言ったら訳わかんねぇって顔されたけどよ」

「そう。野菊に言ったんだ。へーぇ」


 この人危ねぇ‼命知らずだよ‼


 あぁ、清水兄ィさんが静かに笑ってる。マジ怖いよあの人。内にぜってーなんか飼ってるって。

 兄ィさんが着ている小紫色の着流しが、真っ黒に見えてきた俺の目はおかしくなったのだろうか。


「久しぶりに野菊を持ち上げて回ったら首にぎゅっと抱き着いてきてな、それ見たらやっぱりまだまだちゃんとチビだなって安心したもんだよ」


 自慢!自慢にしか聞こえねーよ‼


「野菊が十義さんに?」

「ん?何だ?」


 な、何か手ぇゴキゴキ鳴らしてんだけど。

 怖ぇ。え、これ関節?関節の音なんか?


「ちょっと歯ぁ喰い縛ってね、十義さん」


 バキィッ


「うぉっ‼」


 ガッシャン!


 調理場と食事処の仕切り台の上を清水兄ィさんの左の拳が華麗に突っ切る。その速さ、瞬きする間も無い程で。

 すんげぇ音がしたと思ったら、十義さんが仕切りから見えなくなっていた。




 …な、殴った‼

 うちの閻魔様がとうとう‼

 てか、バキィっ!ってこれ殴った音なのか?そんな音するもんなの!?木を割る音とか何かを解体する音じゃねーの!?


 まぁ…今まで散々自分達が会えない野菊の話を、実際に野菊と会って話をした十義さんが話せば、本人に悪気は無くとも十分自慢話に聞こえてしまうのだから無理もない。

 かくいう俺も野菊には凄く会いたい。


 小さくてフワフワしていて危なっかしくて、でも何処かしっかりとしている俺達の紅い菊の花。


「あぁ、よくやりましたね清水」

「ちょっと虫の居所が悪くてね」


 宇治野兄ィさんいつからいたの!?

 止めてよ‼


「何だかスッキリしました」

「それは良かった」

「我慢はやっぱりいけませんよね」


うわぁ。

…結局この人も鬱憤が溜まってたと言う事か。


やっぱり俺、色々普通で良かった。

『いってぇな~、今の野菊にチクるかんな』

『‼』

『ははっ嘘だよ』

バキィっ‼


『よし。よくやった清水』

『確信犯ほど憎たらしいものは無いからね』


自慢話だと自覚していた十義であった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ