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「さて顔色も戻って来たことだし、そろそろ出発するか」
トーラと合流した事によって、ドラゴンの遺骸からの発してい死を思わせる圧力は徐々に減じていった。おそらく向陽が敵ではなく、偶然にもこちらの方に向かっていただけという事がドラゴンの遺骸にも分かったのだろう。遺骸なのに物事を判断するとか意外すぎて分かるか!向陽は文句をつけたいところだが、口にしようとしたところでトーラにおやじギャグですか?と冷ややかな目で見られる未来を見てしまい閉口を決めた。
「今更何ですが、確かに帰る道と方向はこちらであっています。しかし普段はこの場所を通りません。それを証拠に来た時の道とはこの場所は違うだろ」
トーラに指摘されなるほどと思う。確かに自分が感じたままに一直線で戻ろうとした。それと比べキエフの泉に行く時、トーラは直線で向かわずに少し回りこむような順路をとっていた。ところが向陽が戻るときはほとんど感情的に動いていたせいで直線的に進んでいた。そこまでの考えに至らなかった。知らなかったと言えば身も蓋もないが、考えなしに行動するとこういう事に巻き込まれてしまうこともある事に、向陽は自分のやった行動に対して反省をする。――原因はトーラが向陽をからかったことなのだが。
「何を考えているかわからんが、さっさと帰るぞ。時間は有限だからな」
そう言って向陽の前を歩きだした。
二人が元のマンションに戻ってきたのは、すっかりと陽が落ちてしまった午後の六時を過ぎた頃だった。
「さて流石にこれをこのまま向陽に持って行かせるのは酷な話だ。ちょっと地下の駐車場まで運ぶのを手伝ってくれるか?」
こちらの姿に戻ったトーラに促されて、二人は地下駐車場に停めてある車まで、キエフの泉の水がたっぷりと入ったポリタンクを運ぶ。ポリタンクを運ぶ際には、部屋に置いてあったカートを利用し、地下に降りる際は無理せずエレベータを使った。そうして運んだ地下駐車に停めてあったのは国産の小型車だ。小型車の後ろに回り込んだトーラは開錠し、ハッチバックあるカーゴスペースにポリタンクを積み込んだ。
「よし。じゃあ辰さんの、店に向かうから乗って頂戴」
「いや…」
「辰さんに頼まれたのは君だろ。それにあっちに運んでこれを運ぶのを辰さんや私に任せるというのかな?」
車に乗るか迷った向陽だったが、トーラの言葉でさっさと車に乗り込んだ。
「それじゃ出発しようか」
トーラがエンジンのスタートボタンを押すと、向陽が思っていたよりも低いエンジン音がした。そして二三回アクセルを踏み込む。もしかしたら積んであるエンジンは普通のものではないかも知れないと思っているうちに、車は軽快に森野商店に向かった。
「あらあらお帰り。こーちゃんにトーラ」
ガラガラッと開けたガラス戸。その先には森野商店の店主、森野辰のいつもと変わらない好好爺で二人を出迎えた。
「ただいまばーちゃん。ばーちゃんが取ってこいって言ったもの持ってきたよ」
そう辰に告げると向陽は商店の前に停めている車に戻り、カーゴスペースに乗せてあるポリタンクを運んだ。
「辰さん。今回はとりあえず四十リットルのを四つ持ってきました。これで足りますか?」
「まぁ上々でしょう。今回はこーちゃんが初参加だったのだし。こんなものですよ」
「そうですか…。でしたらよかったです」
辰は車から水を運んでくる向陽の事を見守りながら話した。その視線にトーラも自然と頬が緩んだ。
「そう言えば、彼はジュボネでは鳥人のヒマでした」
「あらあらそうなのかい」
「はい。まぁそれだけしか分かりませんでした」
「そうかいそうかい。それは楽しみができて楽しいね」
「辰さんからしたらそうでしょうけど、私としてはさっさと確認して強化してあげたいですよ…彼が今後もあの世界に足を運ぶというならの話ですが」
「その辺はきっと大丈夫なんじゃないかい?こーちゃん楽しそうだし」
「何の話ですか?俺の名前が出てたみたいだけど」
すべてのポリタンクを運び終えた向陽。二人の話の中に自分の名前が出た事が気になり、二人の会話に口を挟んだ。
「ん。こーちゃん今日は楽しかったかい?」
突然の辰の質問になんだと思った。向陽は一瞬考えてから、
「ビックリした。あんな世界が本当にあるんだと思って、すごいワクワクした。かな」
向陽の答えに満足そうに辰は頷いた。
「それじゃこれからもあそこに行きたいかい?」
「うん。行かせてもらえるなら行きたい!」
今度は迷わずに即答した。向陽の答えにさらに深くうなづいた辰は、隣にいたトーラを見やり、
「だそうよ。後のこと頼んでもいいかしら?」
「はぁ……辰さん。私が辰さんのお願い断れると思ってます?それはちょっと意地悪いですよ」
諦めたような顔でトーラは承諾した。
「あらあら、私が悪人見たいじゃない。まぁ無理を言ってるのは分かってるからね。後の事はトーラに任せるわ。もし何かあれば私を頼っていいからね」
小柄の老婆である辰がトンと胸を叩いてみせる。向陽には小柄であるはずの辰が大きく見えた瞬間だった。
あの後向陽は二人と少し話して帰宅する事にした。普段出来ない…異世界探訪とか誰ができる?誰が信じてくれる?明らかに頭の中を疑われてもおかしくない出来事を体験した。その興奮は落ち着く事は無く、森野商店から一歩、また一歩と離れる度に実感し、ワクワクが、ドキドキが、興奮が収まるどころかウナギ登りになっていく。大人しく家に帰って今日あった事をゆっくり思い出そうと思っていた。でもそんな事じゃ正直治まりそうはない。この興奮を治める為には、またあの世界ジュボネに行くしかない。あそこは自分の高校生活をかける事のできる場所。そう思うとさらに興奮治まらなくなった。
(こんなに次の日が待ち遠しくなるのはいつぶりだろう?)
早く家に帰って明日の準備をして、明日も森野のばーちゃんの所に行く。明日の予定をざっくりと決めつつ、向陽は自宅に向けて走り出した。
向陽が帰るのを見届けた後、辰と少し話をしてからトーラは車に乗り込んだ。エンジンをかけ運転を始めた車内に流れるのはFMのラジオ。特別好きで贔屓にしているアーティストがいないトーラの運転のお供はもっぱらラジオだ。番組を担当するDJの趣味に寄る所はあるものの、この世界にある色々な曲を楽しむ事が出来る事がトーラは好きなのだ。
(それにしても向陽か…あいつはこの世界のなにがモデルになった鳥人のヒマなんだろう?)
アマであればまだ外見で判断できる。しかし向陽の場合はモデルの外見的特徴見られない。鳥人のヒマというのは獣人や魚人のヒマに比べると、モデルがなんなのか判別しづらい。モデルが攻撃的…というか、肉食なものか別なのかで話は変わってくる。そこをきっちり調べるべきか…、それとも今わかっている状態から、基本の性能を知り向上させていくのか。どちらにせよ自分の楽しみと苦労が増えるなと。思っている事とは反対の表情が顔に出ていた。