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組合「オストレイ」

 ヨガサは休憩を終わりにして操縦席に乗り込み、愛機で再び荒野を進んでいく。

 基地からの脱走からすでに五日がたっていた。食料や水は、もともと機体に積み込んであったものと合わせて、二週間分しかない。急に用意したにしてはたいした量だが、それでも十分とはいえない。ヨガサも節約しているのだが、ここまで人っ子一人いないことに、内心焦りが募り始めていた。


(このまま餓死とか、冗談じゃない)


 とにかく、火急の課題は人に会うこと、それも三大勢力のひとつ「ディレンデッド」と何とか連絡を取ること。そして、ヨガサの亡命を受け入れてもらうことだ。

 ディレンデッドを選んだのに、大きな理由はなかった。強いて言えば、逃げた方角で一番近いのがこちらだったということぐらいである。だが、結果としては間違いなく正解であった。

 実はユレジアとヴェストリンデンでは、旧式TAAFは順次解体処分となっており、今後は新型しか配備しない予定であったからだ。それというのも、まず新型に乗るための手術に適性を持つものが、二人に一人と珍しくなかったこと、何より訓練や軍全体にかかる機体コストが軽く済み、それでいて新型自体は旧型を優に上回る性能であったからだ。

 逆にディレンデッドでは解体どころ、かいまだに新型と合わせて旧型フレームの研究開発や生産も行われている。これは単純に三大勢力の中でも一番貧弱であり、そのうえ人口も少ないので、とにかく数をそろえるために行っている。


 そういうことは、ゲームの中ではほぼ死に設定であったが、現在のヨガサには重要なことであった。兵士としての力があるとすれば、そうでないよりも悪い扱いにはならないだろう。もちろん、信用されるかどうかという問題も横たわっている。


 ヨガサが操縦席で小休止を取って水を飲んでいると、ふとモニターに変な反応があった。


「人、か?」


 念には念を入れて近くの岩山に隠れて、頭部だけカメラが映せるように出す。遠すぎて分かりにくかったので、映像を拡大する。

 映し出されたのは、戦闘の様子であった。複数の人型兵器が入り乱れて、銃を撃ち合っている。人型兵器は細い手足とずんぐりとした胴体、亀を思い出させる丸っこい頭部をしており、手にしているのは小型の、拳銃のような銃だ。一方は青く、もう一方は黄土色をしている。そして、そのもう一方にはトレーラーが数台戦場から逃げようとしており、それを守るように数機の兵器が立ちふさがっている。

 戦っているのはマルチフレーム、通称MFと呼ばれるもので、TAAFの前身でもある。もともと多目的作業用として開発されたMFだが、それに武器を載せ、完全に戦闘特化にしたものがTAAFだ。今戦っているMFは戦闘用MFと呼ばれ、TAAFに比べて装甲・機動・火力全てにおいて負けているが、コストが段違いであることから未だに各地で利用されている。実際、戦闘MFは数がそろえられれば十分TAAFに対抗できるので、手放される理由はなかった。


 戦況はというと、トレーラーを逃がそうとする側が押されているようで、ちょうど一機が破壊されたところだ。それを見て、ヨガサは恩を売れないかと考える。遠からず護衛は全滅し、トレーラーは破壊されるか物資を奪われるかするだろう。ここで助けに入れば、少なくとも、いきなり監禁されるような仕打ちはないだろう。


「後は……ユレジアじゃないよな? ユレジアじゃないな、ていうかディレンデッドのマークあるな」


 まさかとは考えたが、一応押されている側にユレジアのマークがどこにもないことを確かめ、そして輸送物資にディレンデッドのエンブレムがあるのも確認できた。そうこうしている間に、さらに一機が撃破される。これ以上はまずいと判断し、機体を動かし、戦場に飛び込んでいった。




 いきなりTAAFが現れたことに、争っていた二つの部隊は混乱した。なにせどこの所属とも分からない格上機体が出てきたのだ。敵だった場合はただではすまない。

 ヨガサはブースターをふかし地上を滑走しながら、青いMFに接近する。相手の操縦者は相当戸惑っているのか、手に持ったハンドガンを向けながらも発砲はしてこない。

 それを見てヨガサはためらいなく右手のマシンガンの照準を合わせる。薄い長方形の鉄板を何枚か重ねたような外見をし、ヴァルチャーと同じように非常に角ばった印象を受ける。マガジンとグリップはスタンダードに銃身の下部からつけられており、しかしこちらも薄い箱でもつけたのではないかといった、簡素な見た目だった。


 トリガーを引き、銃弾が青いMFの群れに放たれる。一番前にいた機体は装甲をたやすく引きちぎられ、被弾の衝撃に耐えられず、後ろに半ば弾かれるように倒れた。周囲にいたMFも同じ様で、装甲がぼろぼろになったり、あるいは呆気なく操縦席がつぶれた機体もあった。


『こ、攻撃しろ!』


 襲撃部隊長からの指揮で、一斉に射撃が始まる。しかしヴァルチャーはの装甲にあたりはするもののそれだけで、損害にはならなかった。


(装甲に感謝!)


 ヨガサは、数字によるダメージ表記が消えたが防御の厚さはしっかり生きていることをありがたく感じ、さらにマシンガンをばら撒く。それだけでまた何機か青いMFが行動不能になる。

 破れかぶれか、敵の一機が貧弱なハンドガンを捨て、ナイフを取り出し走ってくる。ナイフといっても大きさはMFのそれに合わせており、刀身だけで人の身長に近い大きさがある。


『うあああああ!』


 MFがナイフを突き出す。ヴァルチャーの装甲は決して厚くない。ゲームであればただのダメージ、よしんば撃破されたところで所属の基地に戻され、修理費と弾薬費を請求されるだけだ。

 しかし現実となった時点でその考えは使い物にならない。運悪く装甲の継ぎ目を狙われたら、装甲がへたっていたら、それだけで死にかねない。ヨガサは敵の突進を機体を横にすることでかわす。ちょうど互いが交差する形になり、左腕のアタッチメントと左手を使って握られている近接武装レーザートーチ、その射出口を相手の胸部、すなわち操縦席があるところに合わせ起動させる。レイピアのように細く赤い光の刀身が、MFの操縦席とパイロットを見事に貫通する。即死したため断末魔も流れることはなかった。


『て、撤退だ! 撤退しろ!』


 ようやく不利を悟ったのか、青の部隊は次々と背中を見せて戦場から逃げていく。特に追うメリットもないので、見逃すことにした。

 戦闘が終わり、静寂が戻る。が、ヨガサにはまだやるべきことがある。後ろに振り向くと、まだ護衛の黄色いMFとトレーラー数台が残っている。拡大すると人がいるのも見え、皆一様に困惑顔をしていた。

 ヨガサはひとまず、機体の外部スピーカーを使い当初の目的を果たすことにした。


『こちらは元ユレジア兵で、この機体のパイロットであるヨガサです。ディレンデッドへの亡命を希望しています。そちらの輸送作戦に参加させていただきたい』




 ヨガサが話しているのは輸送を行っている組合『オストレイ』のリーダー、バドワーだ。いきなりトップが出ることに驚いたが、そのおかげで話は実にスムーズに進んだ。

 バドワーは浅黒い肌と白いひげが特徴的な男であり、この業界が長いようでそれなりに苦い経験もつんできたのか、ヨガサの作戦同行を快く承諾してくれた。曰く「人とメリット・デメリットを見る目には自身がある」とのことだ。実際ヨガサが敵対勢力だった場合、最初に現れた時点で襲撃しないメリットはまったくなく、それが信用してもらえる要素のひとつでもあった。

 結果、ヨガサはオストレイの輸送作戦に同行し、また補給も受けられることにもなった。ディレンデッドの都市までの契約であり、MFのほとんどが倒されてしまった現状、TAAFが護衛につくというのは心強くもあった。とはいえあまりにすんなりだったものだから、何か裏があるのではと考えたが、そうであるにせよ今は蜘蛛の糸を自分から切る必要もないと判断し、話に丸々乗っかることにした。


 今、ヨガサはバドワーとトレーラーの中で大枠を決め終えたところだ。このトレーラーは生活空間でもあるらしく、キッチンやベッドを持っていた。

 バドワーはすすっていたコーヒーから口を離すとヨガサに言った。


「ところで、オペレーターなんだが……」

「ええ」


 オペレーターとは、おもにTAAFのパイロットに周囲の敵情報などを伝え、戦闘を助ける人間のことだ。ゲームだったころはいないことも珍しくなかったが、今となっていたほうが良いのはわかりきったことだった。


「うちは見ての通り戦闘用MFばっかりで、そっち専門のやつしかいないんだ。それにさっきの戦闘で、そいつらも死んだか怪我しちまってる」

「いや、そういうことなら……」


 別にかまいませんよ、と続けようとする前にバドワーが言った。


「だが、オペレーターの訓練をしてるやつが一人いてな。そいつに任せたいんだが、どうだ?」

「え?」


 てっきりオペレーターは無しで、となると思っていたのをひっくり返され、間抜けな声を出してしまった。

 バドワーは近くの部下に人を呼んでくるように指示を出す。数分もしないうちに、部下がそのオペレーター訓練中の人間を連れてきた。ヨガサは訓練中と聞いて不安だったが、その不安はまったく別の形で消えることになった。


「は、初めまして、クレア・ライノです! TAAFオペレーターの訓練をしています! どうぞよ、よろしくお願いします!」


 そう言って深々とお辞儀をしたのは、まだ中学生ではないかと思えるような少女だった。栗色の髪をショートカットにし、目は茶色。人相は未だ幼い印象が強く噛み噛みの口調と合わせて、彼女が戦闘になれていないのがなんとなく察せられる。唯一戦闘に携わる印象があるのは服装で、実用性重視のシンプルで動きやすく腕や足を保護できるものであった。

 目を丸くしていたヨガサに、バドワーが話してくる。


「こいつは亡くなった先代リーダーの娘でな、以前はうちもTAAFがいて、そのオペレーターをするってずっと言ってたんだ。経験が少ないのは事実だが、何度かMFの臨時オペレーターは努めてる。悪いようにはならない、使ってくれ」


 驚いた表情そのままにバドワーを見る。その顔は真剣そのものだ。ヨガサはすぐに計算を始める。ここで断るのも有りかもしれないが、へたに関係悪化は避けたいしオペレーターがほしかったのは事実だ。いざというときは自分の判断を優先させればよいのだし、とすれば許諾しても何の問題もなかった。


「分かりました」

「おお、そうか!」


 クレアに向き直ると、いかにもうれしそうにしながら、それでもどこか緊張した面持ちでヨガサを見ている。そんな彼女に手を差し出す。


「改めて、俺はヨガサだ。年は21。機体の名前はヴァルチャー。これから短い間になるけどよろしく」

「はい! こちらこそまだ15の若輩ですが、精一杯サポートします!」


 クレアの手の熱を感じながら、ヨガサは握手を交わした。こうしてヨガサは組合『オストレイ』に一時的に合流し、道案内と物資・整備と引き換えに護衛の契約をし、クレア・ライノが臨時オペレーターについた。

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