立場という現実
AWの世界には三つの勢力があり、プレイヤーのほとんどはそのどれかに所属していた。組合と呼ばれる独立勢力に所属するものもいたが、強力な後ろ盾がないというデメリットから、その数は少ない。勢力はそれぞれ『ユレジア』『ヴェストリンデン』『ディレンデッド』があり、ヨガサたちはユレジアのメンバーでもあった。
基地に来たユレジアの担当官はキリツ・オクデンと名乗る、メガネをかけた40歳ぐらいの男性だった。彼は数人の護衛を率いていたが、見た目は気のよさそうな人物に見えた。
キリツは早速ガイストや他のメンバーを集めて、目的を話した。その中にはヨガサの姿もある。
「単刀直入に申し上げますと、あなた方をわが軍に向かい入れたいのです。もちろん住居や生活の保障はします。皆様が困っているのは通信でも聞きましたし、こちらもそれに答えたいと思っているのですよ」
「……それならば、本当にありがたいが」
キリツの申し出は願ってもないことだ。現状、おそらく異世界と断定できる状況で、生活が成り立つかどうかは重要な問題であった。基地にも物資はあるが、決して永久に持つものではなく、いつかは枯渇するのが目に見えていた。
「いいじゃないですか、受けましょうよ!」
他のメンバーも口をそろえて、賛同の声を上げる。提案は自分たちの身を助けるものに違いなく、この先の不安を覚えていた全員には、くもの糸であった。ヨガサも内心、これでほっとできると思っていた。
しかし、キリツが次に言った条件はあまりに厳しいものだった。
「ただし、われわれが受け入れられるのは新型機のパイロットの方々のみです。そうでない人は、残念ながら無理なのですよ」
「え?」
考える前に上がる疑問符。キリツは穏やかな笑みを浮かべながら続ける。
「『ユレジア』に必要なのは次世代を担える確たる戦力であり、それ以上でも以下でもありません。そういった意味で適正のない方の世話をする余裕はないのですよ」
「ま、待ってくれ。それじゃあ……」
「はい、パイロットのヨガサは不要なので、処分させていただきます。正直な話、旧式機体とはいえそのパイロットまで養うとなると、コストが馬鹿にならないもので」
皆が顔を合わせて沈黙する。ユレジアは設定でも別段過激というわけではなかったが、この担当官の態度はそういうレベルを超えている。
「ためらうことはないと思いますが……どうしてもというなら、この話はなかったことにさせていただきます。他にもあなた方のような境遇の人が何人もいますので」
キリツはそういって席を立とうとする。慌ててガイストがとどめる。
「待て、その場合は……」
「そちらで、物資が尽きるまでこの基地にいればよろしいのでは?」
「馬鹿なことを」
「決断するなら、今ですよ」
ふと、みなの頭の中に不安がよぎる。もし、この申し入れを断ってしまったら、自分たちが生きていける保証はどこにもないではないか。それならば、キリツの提案を受け入れるべきである。
そしてそのためならば、と思ってしまう人間が出てくるのも仕方のないことだったのかもしれない。
ヨガサに向き直るプレイヤーが何人か、その目つきは申し訳なさそうにも、あるいは邪魔者を見るようにもみえた。そしてその中には、親友だったはずのヘイローもいた。
「え、ちょ、おい」
「悪いな」
最後まで言葉をつげられず、ヨガサは腹を思い切り殴りつけられる。よけるもできず、まともに食らったヨガサは痛みでその場に倒れこみ、そして意識が途切れた。
気がつくと、そこは基地にあった倉庫の一室だった。重い体を起こして状況を確認する。体は縛られていないが、ドアは閉められており窓もないため脱出は不可能であった。
「あいつら……!」
気絶する前の出来事を思い出して、怒りがこみ上げてくる。キリツのとんでもない提案に、あっさりと乗って自分を切り捨てた元仲間、考えるだけで血が上ってくる。
だが現状は怒ったところでどうしようもない。必死自分に言い聞かせて、冷静になる。
「とにかく、脱出しないと」
この倉庫は見覚えがある。格納庫までは近く、100メートルも離れていない場所にあったはずだ。どうにかして、自分の機体で基地から出て行かなければならない。
そうこう考えていると、扉が開いた。入ってきたのはガイストと、護衛と思われる兵士だった。
「……お前っ」
感情に任せて飛び掛ろうかとも思ったが、やめにする。
ガイストの腰には、ナイフがケースに入っていた。彼は申し訳なさそうにしながら、こちらに近づく。だが、護衛の兵士によってそれはさえぎられた。
「……悪いとは思っている。だが、俺はこの基地のリーダーなんだ、一人のために他のやつまで不幸にさせるわけにはいかない」
「ご高説どうも」
にべもない反応をするヨガサ。しかし、なんとなくだが、ガイストがここにきた真意を察することができた。それに、どの道そうしなければ、ヨガサが生き残る道はない。
「そうだ、お前に言伝があってな……ヘイローや、お前の妹のアール達からの手紙なんだが、おっと」
ズボンのポケットから封筒を出そうとして、ガイストはうっかり(・・・・)床に落としてしまう。兵士もついそちらに目を向けてしまう。
その隙を逃さず、ヨガサはガイストを引き寄せ、彼のナイフを抜き取ってその首元にあてた。あまりに早かったため、兵士は反応できなかった。
「そこの、状況は理解してるな。俺を格納庫に連れて行け」
「な、な、お前……」
「早くしろ!」
ヨガサの恫喝に兵士は慌てて格納庫へ先導する。
「悪いな、ガイスト。少しおとなしくしててくれ」
「なあに、いいってことよ」
おびえる兵士とは対称的に、ガイストは実に平然としていた。こうなるのが予期できていた、というよりこうなるのを望んでいたのだろう。
途中のロッカールームでヘルメットやもろもろを兵士に持たせて、最終的に、格納庫までは拍子抜けするほどあっさりついた。他のメンバーは別の部屋に集められているか自室にいるのだろう。加えてヨガサは分からなかったが、時刻がすでに夜中であったことや、よもやここまで強硬手段に出るとは考えていなかったことが原因でもあった。
ヨガサの前には、赤いカメラアイと灰色の塗装をされた見慣れた愛機がたたずんでいた。いまだ困惑顔の兵士をよそに、ガイストを突き放して兵士にぶつける。
「うおっ」
二人は思い切りぶつかり、もつれ込むようにして倒れた。その隙にヨガサは持たせていた物資を奪い、機体のコクピットに乗り込む。カバーを締め切る直前、よろけながら立ち上がるガイストが見えた。
ヨガサが敬礼する。そしてガイストは、まるでいたずらに成功した子供のような顔を浮かべながら、びしっと親指を立てた。
コクピットが完全に閉まり、システムが起動する。幸いにも、前回の出撃の前に整備や補給は完璧に済ませており、状態も良かった。当分は持つことを確認して、機体が歩き出す。モニターに映し出された格納庫のシャッターは、当然許可が出ていないので開かない。左腕に添えられるようにつけられた機器からレーザートーチが伸び、シャッターを切断する。
と同時に、基地全体にアラートが鳴り響く。
『緊急事態発生、緊急事態発生。当基地に侵入者アリ。繰り返す――』
格納庫をやられたことを、外からの攻撃と認識した防衛装置が、放送を流す。それにはかまわず、ヨガサは気体を格納庫から出し、ブースターを点火。各部に取り付けられた噴射口から炎が噴出し、それは巨大な推力となって、ヴァルチャーを満天の空が覆う荒野に開放した。
(まずはとにかく逃げるのみ!)
ヨガサはブースターの出力をさらに上昇させて、一気に離脱を図る。
一度だけカメラが振り返り、離れていく今までの住処を映す。しかし、それ以降は振り返ることはなく、ヴァルチャーとパイロット、ヨガサこと笠原洋介は闇夜の大地に消えていった。
「どういうことでしょうか」
「どうも何も、面会に行ったら人質になってしまい、そのままヨガサは機体とともに出ていった。その通りです」
キリツは今、ガイストに先ほど起きた事態について質問していた。
アラームでたたき起こされた後、不要だとしていったん倉庫に押し込めていた出来損ないのパイロットが機体を盗み出し逃げた、という報告を受けたときには、思わず報告してきた兵士を怒鳴りつけてしまったほどだ。そして情報を整理するために、こうして当事者の一人とも話している。
「あなたには彼の脱走を手伝った可能性があるんですよ」
「それは誤解だと、何度も言っているでしょう」
「……わかりました。そういうことにしておきましょう」
結局ガイストの、脱走ほう助については不問にした。確たる証拠がなく、ましてキリツの任務はあくまで正式なTAAFのパイロットを本国につれて帰ることだ。いつまでも旧式乗りについてかかずらっている必要もなかったのだ。そういうわけで、ヨガサについても一応捜索はしたものの、発見されないと見るやすぐさま打ち切り、他のパイロットたちの相手を優先させた。
残ったTAAF乗りは実に従順だった。ヘイローという男などはヨガサの友人だったと聞いていたが、彼の脱走を聞いて青ざめていたが、予定通り他のパイロットは受け入れるというと途端に安堵していた。それは彼の取り巻きの少女たちも同じようで、よほど先行きに心配を感じていたことがうかがえる。
(不安に包まれた状況で救いの手を差し伸べれば、案外人は逆らえないものだな)
キリツはそんなことを考えながら、この基地のメンバーと機体の移送手続きをしていく。
そして物語は冒頭、放浪生活を続けるヨガサへと戻る……。