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さようなら、仮想の異世界

 あるアパートの一室に、一人の男がいた。体格は中肉中背、どこにでもいそうな、ハンサムでも不細工でもなく真ん中ぐらいの顔、ジーパンとシャツというラフな格好をしている。

 彼の名前は笠原洋介、近くの大学に通う21歳の大学三年生だ。彼は今ベッドに横たわり、そして頭に何かつけている。ボクシングのベッドギアのように頭全体を覆うそれは、仮想現実技術が進化した結果生み出されたゲーム機だった。洋介はこれを使ったあるゲームが好きだった。

 その日も同じように、ゲーム機のスイッチを入れた。すると一瞬の浮遊感があり、周囲の感覚が変わる。目をあけるとそこは自室ではなく、どこかのロッカールームだった。服も体にぴったり合うようなパイロットスーツに変わっている。


「今日は久々に気楽な探索だったっけか」


 そうつぶやいて、自分のロッカーからヘルメットと煙草を持って、機体がある格納庫に急ぐ。


 格納庫につくと、そこには洋介の機体が佇んで待っていた。灰色と黒の簡素な塗装、他と比べて圧倒的に多い直線的なパーツ、そして何より目立つのはカメラが埋め込まれたモノアイの頭部だ。洋介はこのデザインが気にいったからこそ、いまだにこのゲームを続けているといっても過言ではない。

 操縦席にのりこみヘルメットをつけて入り口をしめる。開いていた胸の部分がスライドし、最後に一番外にある装甲が下りて、がっちりとロックされる。


『全システム起動。TAAFターフ、機体名ヴァルチャー。パイロットを認証』


 機体のシステムを起動させると、無機質なコンピューターボイスが流れ、正面のメインモニターに様々な数値と格納庫の様子が映る。入り口は既に開いており、その先には数機の仲間が待機しているのが見える。


「……これはちょっと遅れたか?」


 とりあえず機体を格納庫の外まで歩かせ、距離が取れたことを確認して背中と脚のブースターを点火、仲間のもとへ急いだ。




『で、今日は何で遅くなったんだい?』

「悪かったって、買い物してたら時間がかかっちゃったんだよ」


 洋介は仲間の4機とともに荒れた大地を進みながら通信していた。会話は英語でなされている。僚機に共通しているのは、皆等しく流線形のボディを持っていることだ。頭部もツインカメラで、洋介の機体より人間らしさがある。


「それにしても相変わらずだな、この『Armed World』は」


 『Armed World』、それが洋介が今プレイしている、仮想現実のノウハウをふんだんに盛り込んだVRMMOの名前だった。プレイヤーはアームド・ワールドという世界で、Tactical Assult Armed Frame、略してTAAFターフと呼ばれる人型戦闘ロボの操縦者となり、三つの巨大勢力のうち一つの兵士として戦うというものだ。

 開発の時期から注目されており、ベータテストを経て満を持して出されたこのAW(Armed World)だったが、その評価は散々なものだった。というのも操作性が絶望的に悪く、多くのプレイヤーが満足に操縦方法を身につける前にやめてしまったのだ。

 しかもこのゲーム、武装や各部フレーム、動力炉やブースターに至るまでカスタマイズ可能という売り文句だったが、いちいち変えるたびに操作感覚が変わるため、慣れた機体でもパーツを変えたらまた位置から成れるようにしなければならない、というどうしようもない仕様だった。

 さらにさらに全世界というのが問題で、会話は英語が基本なのだが、簡単な挨拶はともかくちゃんと話し合おうとするとどうしても言語の壁が出て来てしまう。なのでどうしても同じ国同士(正確には同じ言語同士)で固まってしまい、交流が難しいという点もあった。

 どうやらこれらの問題は開発チームが、悪い意味で徹底的にこだわったらしく、結果できたのが、ゲームとしての操作のしやすさを完全に置き去りにしたゲームだった。

 それゆえ、事前の注目度の高さに反してプレイ人口は一気に激減し、今や全世界で数えても数万人程度で、中には実はすでに一万人を下回っているのではないか、という噂すら立っている始末だ。 ちなみに開発会社はすでにこれらの問題点を一から修正した、後継のロボットVRMMOを作ってしまっている。


 というわけで、実は洋介は日本の中でも珍しい人間であった。彼らは5人チームで、洋介のほかに男が一人、女性が三人所属していた。特筆すべきは女性の数で、ターゲットが男性であるこのゲームで、半分以上が女性というのは非常に珍しかった。その中には洋介の妹も含まれており、付け加えるなら彼女たちはもう一人の男性、洋介の小学校時代からの友人でもある明日葉浩人アシタバ・ヒロトに惚れている。


『相変わらずは洋介もだろ、機体がいまだに旧式フレームじゃねえか』

「いいんだよ。今回は本気対戦でもないんだし、好きな機体を使わせてくれよ。あとMMOで本名で呼ばないでくれ、ヘイロー」

『わあってるっての、ヨガサ』


 浩人の言うとおり、洋介が操る機体は実は旧式機だった。実はこのAWにはフレームに旧式と新型の区別がある。前者は開始当初にあったもので、その操作性の難しさから使っているのは趣味としてのもので、洋介のように何かこだわりのあるプレイヤーが乗り回しているぐらいだ。

 そして後者はというと、こちらは旧式と比べて操作性を向上させたもので、開発会社が減り続けるプレイ人口を何とか食い止めようとして導入されたものだ。設定としては特別な手術を受けることによって、より感覚的な操作ができるようになったパイロットのためのパーツ、らしい。しかしこんな設定をつけたものだから、新型と旧式は、装備・フレーム・武装・機関などなど、あらゆるパーツの互換性が存在しない。

 そのせいで、この区別が導入されるとプレイ人口は増えるどころかさらに減る有様だった。一応旧式にも修正は何度かはいったのだが、結局性能は新型が旧式を全体的に上回ったままだった。


『ねえヘイローさーん、お兄ちゃんばっかりとじゃなくて私ともお話ししてよー』

『そうですよ、折角女性がいるのに放置されるのは男性としてどうなんですか?』

『レディを置いてけぼりにするのは、あまり感心しないわね』

『わ、悪かったって』


 横から割って入ったのは他のメンバーだ。皆少し怒っているようで、ヘイローこと明日葉はそれを必死になだめる。

 洋介はと言えば、その会話を苦笑しながら聞いていた。


 その時だった。急に目の前のモニターが真っ白になる。続いてけたたましく、いろいろなアラート音が鳴り響いた。


『な、なに!? 急に映像が白く――』

『音がうるさい、どうなってる!?』


 他の機体も同じらしく、慌てた声が通信越しに聞こえてくる。洋介もなんとか操縦や機体システムの復旧をしようとするが、何の反応も起きない。


「ログアウト、ログアウトだ!」


 思いついてチームメイトに伝えながら、自身もゲームのメニュー画面を開こうとする。TAAFにのっている時でも、ログアウトすることはできた。おそらくサーバーかシステム自体に異常が出たのだ、と考えた洋介はとにかくゲームから一時出ればあとは何とかなると思ったのだ。

 しかし、操作してもメニュー画面は出てこなかった。


「どういうことだ、これ!?」


 焦る間にモニターから光があふれてくる。


「眩し……」

『うわあっ!』

『キャッ!?』


 操縦席を白い光が包みこみ、洋介の意識はそこで途絶えた。




 目が覚める。重たい頭を働かせて、状況を確認する。いるのは意識を失う前と同じように、操縦席の中だった。


『みんな、大丈夫か!』


 通信越しに明日葉の声が聞こえてくる。焦っているのか、日本語で呼びかけていた。


「ヘイロー、英語で言った方がいいぞ」

『……え、あ、そうか』


 再び、今度は英語で呼びかける。すると今度はちゃんと返事があった。


『生きてるよ~』

『同じくです』

『なんだったの、一体……』


 どうやらチームは全員無事だったようだ。メンバーが確認できたところで、状況を整理する。

 まずメニュー画面だが、これは光に飲み込まれる前と同じく、表示すらされなかった。なのでログアウトもやはりできず、現状ゲームに閉じ込められたことになる。


『嘘……でしょ……』


 うめくように一人が言う。他のメンバーも似たような心境なのか、押し黙ったままだ。


『ま、まあ、そんなに落ち込まない方がいいよ。たぶんシステムのトラブルだろうし、すぐに出られるさ。とりあえず、いったん僕らの基地に戻ろうよ』


 明日葉の提案に全員従い、ひとまず元のチームがいた場所に帰還することになった。だが洋介は一人、もう一つの異変に気づいていた。


(耐久値が表示されていない?)


 それはメインモニターに表示されるはずの、機体のHPに相当する値だった。AWではこれがゼロになると、大破判定となり戦闘不能となる。その重要な数値がどこにも見当たらなかった。


(いま言うとまた混乱しそうだし、戻ってからにしよう)


 嫌な予感を抱きながら、洋介とその乗機、ヴァルチャーもほかの4機に続いて帰路を急いだ。

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