ITSUREN武勇伝 ―Graduation―
「ねえ、蓮」
「何や」
「卒業式って桜のイメージあるけど、そんなことないよね」
「……だから何やねんいきなり」
「だって3月だよ? 中学の卒業式は中旬だからまだしも、高等部の卒業とか上旬だから下手したら雪降ってるよ? 桜ってせいぜい入学式くらいだと思わない?」
「まあ、雪はかなり特殊なケースやと思うけどな。で、何でそんな話を?」
「……何でって」
「?」
「…………今日、卒業式だよ?」
「知っとる」
花園学院中等部、卒業式。それが終わった直後。それが今だ。僕はさっき貰ったばかりの卒業証書を
手に、桜の木を見上げていた。まだ全然花が咲きそうにもないけど。
お久しぶりです(読んでいる人には何もお久しぶりじゃないだろうけど、この話的には半年以上間が空いているし)、僕は小鳥遊樹。そして、今僕の隣にいる関西弁は藍葉蓮。相も変わらず仲良くもない、微妙な関係を続けている。
「卒業式なのにその感動の薄さは何!?」
「いや、何の脈絡もなく桜の話なんか持ち出されても困るだけや。ぼーっと桜見上げとると思ったらら訳の分からん話急に始めるし」
「訳の分からん……って、ただ思ったことを言っただけなんだけど」
「せやろな、お前相変わらず頭弱いな。それに卒業式とか言うても、ただ高等部に進級するだけやろ。メンバーも変わらへんし、感動も何も。残念なことにお前とも縁が切れへんしな」
「何で蓮はいつも一言多いんだよ。それに……中学生っていうのは一生に一度きりで、それが終わったんだから……」
「お前は話す前にもう少し考えてから喋れや」
「あのねえ、蓮……」
「ぐちゃぐちゃ言うな樹、藍葉弟は正論だ」
「えっハイジも蓮に味方するの」
突然会話に入ってきたこの男……反町高次(通称ハイジ、僕の悪友)。こういうところも相変わらずだ。確かコイツ、蘭ちゃん(本名藍葉蘭、蓮の双子の姉で僕の好きな人)やクララ(本名穂波紅楽々、ハイジの彼女)と話していたはずだったのに、いつからこっちの話を聞いていたんだろう。……まあ、いつも通りのお馴染みメンバーだ。
それにしても、僕たちは中学に入学したときからほとんど何も変わっていない。性格も、関係も。ハイジとクララが付き合いだしたのも入学してすぐだからノーカウントみたいなものだし。……あ、僕と蘭ちゃんの仲は……少し進展したけど……。
「はいはい樹、地の文でノロケるんじゃねえ」
「ナチュラルに読むなって地の文」
「お前ら……ところで、皆も普通にこのままエスカレーター式で高等部に上がるんやろ?」
「そりゃ、もちろんね」
「……うん。この学校好きだし」
「当然だろ。……ってことは、やっぱりメンバーは全然変わんないんだな」
「まあ、樹やハイジの場合は、学校選んでる場合じゃないよなー」
「そ、それは否定しないけど……って、え?」
待て、今の発言者を確認しよう。えーと、地の文云々がハイジで、僕、蓮、蘭ちゃん、クララ、ハイジ……そして……
「おーい、樹ー? 何ボーッとしてんだ?」
「返事がない。ただの樹のようだ」
「ちょっと待ってハイジ! 『ただの樹』って何!?」
「おお復活した。じゃあ普通に『ただの屍のようだ』の方がいいのか?」
「そういう問題じゃないんだよ! 第一、いつもはギャルゲーのくせに何でいきなり某RPG風なの!?」
「一般常識だろ」
「そうなの? まあ、確かに僕も知ってるけどさ……じゃなくて! あーっと、僕何を考えてたっけ!?」
「ま、まあまあ、落ち着いて樹くん……」
「あーもう、全部ハイジのせいだ! 何を考えてたか忘れたのも、昨日犬のフンを踏んじゃったのも、一昨日大好きなアニメの録画を忘れて見逃しちゃったのも!!」
「ちょっと待て! どうでもいいことまで俺のせいなのか!?」
「だーかーら、お前らは何でそんなに話脱線させんのが得意なんや!?」
「……で、どうしたの? 紅亜」
おおっとそうだった。紅亜の話だったんだ。
ナチュラルに紛れ込んでいた彼は、穂波紅亜。苗字で分かると思うけど、クララの弟で、現在小学6年生。僕やハイジを呼び捨てにしたり、タメ口だったりする辺り、クララの弟とは思えない度胸と性格の悪さだ。蓮や蘭ちゃんにはしっかり敬語なのに……。
「……この期に及んで新キャラか」
「新キャラゆーなハイジ。俺も4月からここの生徒だから、視察も兼ねて姉貴の卒業式に来てやったわけ」
「……あのさ、紅亜。今回これが本編最終章みたいな感じなんだよ。一応ね。だからもうキャラは増えなくていいというか……」
「お前も十分裏事情言ってるじゃんか。言っておくけど、俺が知ったことじゃないからな」
「……まあ、紅亜くんの言うことも正論かもね」
「確かに。にしても、久しぶりやな紅亜。4月からここの生徒ってことは、受験受かったん?」
「あ、はい、蘭さんに蓮さん! 来年からよろしくお願いします!」
なんて見事な態度の変わりようだ。尊敬する。
ちなみに、ちょっとこの花園学院について説明しよう。ここは幼稚舎からあるにはあるんだけど、試験を受ければいつからでも入学できる。僕や蓮なんかは幼稚舎から通ってる組。ハイジは初等部、クララは中等部からだったはず。紅亜は公立の中学に行くのかと思ってたけど、やっぱりクララがいるし、ここに来るのか。
「まあそう言うても、来年は俺たちも高校生やからな。あんまり関わることはないかもしれへんけど」
「……完全に交流がないわけではないけど、中等部同士の時ほど一緒になることもないと思うし」
「ちぇー。ところで姉貴、ハイジとは上手くやってんの?」
「えっ……あ、うん……まあね」
急に話を振られて、クララは顔を赤らめる。
「ふーん。ハイジってどんな手使ったんだ? ハイジみたいな奴が姉貴を捕まえるなんてさ。弟の俺が言うのも何だけど、姉貴って結構いい女だと思うのに」
「紅亜ちょっと表出ろ。あとハイジって呼ぶな」
「残念、ここはもう表だもんね。校門前さ」
「この……っ、ちょっと頭が良いからって屁理屈ばかり……!」
「小学生の屁理屈に敵わないんだから、ハイジや樹もたいしたことないんじゃん」
「紅亜そこを動くな!!」
やれやれ、ハイジと紅亜はもう天敵だなあ。あれで上手くやってけるんだろうか。間に挟まれたクララがちょっと可哀想。
……でも、何だかんだでハイジとクララが順調なことは事実だ。紅亜だって反対してるわけじゃないんだし。それが羨ましくないと言えば嘘になるけど……。
「にしても、4月から高校生なんだね」
「へ? 蘭ちゃん?」
「うーん、なんか実感わかないかも」
「あ、それは確かに。メンバーも全然変わらないしね。……あ、ひょっとしたら紅亜が入ってくるかもしれないぐらいかな」
「……うん、そうだね」
蘭ちゃんは僕の方に体を寄せてくる。僕と蘭ちゃんはそれなりに身長差があるから(これでも僕は結構背が高い方だ)、蘭ちゃんの頭が僕の肩に乗る形になる。……どうしよう、顔が熱くなるのを感じる。きっと今、僕はリンゴみたいに真っ赤なんだろう。
「……また高校でも、樹くんと一緒にいられる」
「……蘭ちゃん……」
……卒業式。別れの季節とか言うけど、一つの区切りとしてはいい機会だ。この際、思い切って告白してみるというのも……。
「あ、あの……」
「何? 樹くん」
「蘭ちゃん……僕は……」
「「「リア充爆発しろぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」
いきなりの大声(しかも完全に男の声だけ)に、耳がキーンとなる。本気で後ろから敵意、というか殺意に似たものを感じる。
「……蓮、ハイジ、紅亜。君たちはそんなに僕の邪魔をしたいのか」
「俺にも彼女とかいないのに、樹に彼女とか、しかも相手が蘭さんだとか一生認めないからな!」
紅亜。君に認めるとか何とか言われる筋合いはない。ハイジとクララに対してはまだしも、君と僕はあくまで他人だ。
「そうだそうだ。樹だけ幸せになるとか、そんなこの世の不公平があっていいはずがない!」
ハイジ……この世の不公平ってどういうことなんだ。っていうか、お前はとっくに立派なリア充だと思うけど。幸せだと思うんだけど。
「樹……お前、生きて帰れると思わん方がええで?」
蓮……お前から一番殺意を感じるんだけど、……ひょっとして彼はシスコンなんだろうか。いや、それとも単純に僕が大嫌いなだけなのか。うん、一応後者だと思いたい。何故かは分からないけど前者は認めたくない。
……しかし見事に真っ黒なオーラ全開だ。本当にこいつらはムード壊すのが得意だなあ。
「……お疲れ様、小鳥遊君。高次くんと紅亜がごめん」
「いやいや、クララが謝ることじゃないって」
クララって本当に苦労性だと思う。まあ、彼女も天然なところがあるからちょうどいいのか。
「相変わらずだねー」
「うん……ホントそうだね、蘭ちゃん」
「……ところで、樹くん」
「何?」
「……さっき、何を言いかけたの?」
「…………」
……今ならさらりと言えないこともない。だけど……
「また今度、ね」
たぶん高校生になっても、僕らはこんな調子だろう。
さあ、また新たな物語が始まる。