ITSUREN武勇伝 ―Prologue―
「何でクリスマスなのに僕は制服を着て学校にいるんだ!」
「え? 何でって、そりゃもちろん……
補習やろ?」
「ハッキリ言うなぁぁー!!」
「お前が言い出したんやろ」
12月25日、七面鳥が焼かれて人々が浮かれる一年に一回の聖なる日に、何が嬉しくて先生と一対一で補習なんて……って、あれ? 先生?
「……何で先生じゃなくて蓮がいるの?」
「先生が用事あって来れんらしいから、代わりにお前の補習頼まれたんや。ったく、お前のせいで俺までクリスマス潰れたわ」
「ハイ……申し訳ございません……」
こいつは僕の幼馴染み、藍葉蓮。常に学年トップの成績を誇る、いわゆる優等生だ。何で僕と蓮なんかが友達なんだろう。謎だ。
「で、樹。こないだの期末テスト何点やったん?」
「今回はなかなかいけたぞ!」
僕は期末試験の成績表を蓮に突きつけた。僕の実力を見るがいい!
「小鳥遊樹、数学23点、英語36点! すごいだろ?」
「よく分かった。俺、お前に勉強教えんの無理や」
「ま、待ってくれ! 帰らないで! 僕を見捨てないで!」
僕は今にも教室を出ようとしている蓮の足にしがみついた。蓮はそんな僕をこの上なく可哀想なものを見るような目で見てから、大きくため息をつく。
「……なら、今からむっちゃ簡単な問題出すから答えろ。そしたら残ってやってもええ」
「望むところだ!」
「第一問、化学の問題。塩酸と水酸化ナトリウムを混ぜて中和させると、水と何が出来るか?」
何が簡単な問題だ! いきなり難しい問題出しやがったな!
「……樹?」
「……ワカリマセン」
「やっぱ無理。もう一度小学生からやり直してこい」
「待って! 次こそ答えてみせるから!」
「……第二問、国語」
よし来い! どんな問題でも完璧に答えて、
「『どんなにその道に長けた人でも失敗することがある』という意味の諺を一つ答えろ」
やっぱり無理だったか。そもそも『たけた』って何だろう。人の名前だろうか。
「えーと……『スイカに塩』とか?」
「ただ甘くなるだけやないか! しかもこの真冬によくまあスイカなんて出てきたな!! ……ひょっとして『青菜に塩』って言いたかったんか?」
「そうそれ!」
「お前ホンマに中2か? 一回屋上から転落せえや」
おかしい。蓮は僕を殺したいとしか思えない。
「あー……じゃあアレだ! 『弘法も木から落ちる』!」
「弘法さんは木登り得意なんかい。随分シュールな光景やな」
げ、蓮のツッコミのテンションが下がっている気がする。これはヤバい。このまま放っておいたら、蓮のことだ、絶対に帰ってしまうに違いない。……とか僕が考えている間に、既に蓮は帰る準備を始めてしまっていた。後は靴箱に行って上靴を履き替えれば準備万端だ。って僕をここに置いていくつもりか!
仕方ない。あまり使いたくないけど、ここは禁断の技を使うことにしよう。
「蓮! 帰ったら蘭さんに言いつけるぞ!」
「何っ!?」
蓮の動きが止まる。どうやら作戦は成功したようだ。
ちなみに、蘭さんというのは蓮の双子のお姉さんだ。(蓮以外の人には)優しいのでとてもモテる。かくいう僕も実は彼女に想いを寄せる一人だ。
「や、やめろ樹! あいつはお前には特に甘いねん! 蘭の目潰し喰らったら、一時間くらい目開けられんくなるんや!!」
そう言う蓮の顔には本気で汗が浮かんでいる。蘭さんの目潰しの威力、まさに恐るべし。絶対に怒らせないようにしよう。
「ホンマ、何でお前がアレを好きなんか分からへんわ。趣味悪すぎやろ」
「何て失礼な! あの魅力が分からないなんて、お前はバカだ!!」
「樹にだけはバカって言われたくないわ!! 一回この地球の全人類に殴られてこい。そしたら頭も少しは良くなるんと違うか? ……ついでにそのまま死んだらええのに」
やっぱり僕を殺したいとしか思えない発言だ。しかもわりと長文で。本当に僕とこの男は友達なんだろうか? …………いや、幼馴染みというだけで友達だった記憶はないか。最初の方の蓮の紹介のくだりの『友達』というところに今すぐ修正を入れたい。
「じゃあ、僕からの問題に答えられたら好きにしていい! 蘭さんにも何も言わない! 教科は地理だ!」
「! 俺の苦手科目やないか。でも……よし! その勝負、受ける!」
「いくぞ! 問題っ――……」
僕は思い切り息を吸った。答えられるものなら答えてみろ!
「アジアの首都はどこか答えろ!」
「どこや! 知るかそんなん!!」
間髪いれずに蓮のツッコミが返ってきた。さすが関西弁、素晴らしい返し。にしても、蓮がこんな常識を知らないなんて。
「じゃあ答え。アジアの首都は……」
「………………首都は?」
「――アフガニスタンだ」
「また微妙なとこ選んだな! お前アフガニスタンに思い入れでもあるんか!?」
「僕の勝ち、ということでいいね?」
「良いわけあるか!! アジアは国ちゃうやろ、アフガニスタンこそ国やろうが!!」
「あれそうだっけ? じゃあロシアだった?」
「ロシアはそもそもアジアちゃう」
「えー、じゃあ……」
「何がじゃあや! せめて日本とか中国とか韓国とかメジャーなとこ言うなら分かるけど……お前ホンマにバカやな」
「何だと! 僕を侮辱したな!」
「やるか!」
この後、僕らは駆けつけた先生に怒られるまで死闘を繰り広げた。冷静になった蓮が『よう考えたら最初から、こいつに付き合う道理なんか一個もなかったな……』と呟いたのは……聞かなかったことにしておこう。
***
「ただいま」
「おかえ……どうしたの蓮。なんかすごいボロボロだけど」
「何でもない。ところで蘭」
「ん?」
「お前、樹に勉強教えてやりたいって言っとったな」
「うん、文系科目ならね。それがどうかした?」
「やめといた方がええで。蘭が先生役なんかしたら、あいつ絶対勉強せえへん」
「……それは……アタシの教え方が下手だと……?」
「え? 違……痛っ! 蘭、お前また目潰ししよったなー!?」
「樹くん……」
「ん? 蘭、ひょっとして……やめろ、アレの義弟になるなんて、俺は嫌やぞ――――」