可哀想なヒキガエル少年の最悪な異世界
誰得アンチテンプレというのが面白そうだったので、急ごしらえしてみました。主人公は弱い、軽蔑されている、うじうじと悩んで欲望と感情を抑圧している。ヒロインは反抗的ですぐに主人公以外のものになり、かつ主人公を侮蔑している。登場する若く美しい女性達は主人公のものにならない。救いようのない主人公をお楽しみください。
少年は不細工だった。ただでさえ背が低いのに猫背のせいで尚更小さく見え、一重瞼は腫れぼったいのに覇気のない顔をしているから尚更腫れぼったい。不摂生な生活を続けたせいで顔面はニキビで埋め尽くされている。彼の牛皮のように分厚く、数の子のようにブツブツとした顔を見ると、誰もが生理的な嫌悪感から必ず鳥肌を立たせてしまう。その見た目だけで彼は敬遠され、一言も話した事のない高校のクラスメイトからヒキガエルなる渾名までつけられた。
ただし彼の場合はその外見を的確に表しているので、彼の事はヒキガエル少年と呼ぶことにする。(まことヒキガエルに失礼な話ではあるが、あくまでこれはヒキガエルと呼ばれた少年の話であって、筆者はヒキガエルに特別な嫌悪感や差別心などを抱いているわけではない。)ともかくヒキガエル少年は大抵の人間に敬遠される。誰もが一目見ただけで多かれ少なかれ嫌な顔をしてしまうし、あのニキビが自分にも移るのではないかと無意識的に息を止めてしまう。生来そんな調子で誰もが敬遠するものだから性格の良し悪しなど計りようもない。とはいえ彼は性格すら良いとは言えなかった。長年、疎まれ続けたせいで性格は卑屈にねじ曲がり、仮にその性格を正確に理解する人間が居れば、それだけでも充分に嫌悪しただろう。
そんな彼もヒキガエルながらに人であるから、当然のごとく思いを寄せる少女がいた。容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群と、絵に描いたような秀才である。十七歳という年齢とクラス以外、ヒキガエル少年との共通点は一切なかった。そんな美人に恋をするなど大抵の人間にとっては高望みだったし、少年にとっても当然のごとく高望みだった。ただヒキガエル少年の場合を言えば、不細工な豚以外に恋心を抱くのは大抵の場合、高望みだと言えた。
ヒキガエル少年は努力をするような人間ではないから、彼女へ声をかける努力もしなかった。視線を向け、しょぼくれていれば、自分を哀れに感じて話しかけに来てくれるのではないか。そういう妄想だけをして、彼はずっと待っていた。もちろん少女は話しかけてくる事も無かったし、少年を哀れに感じた事も無かった。
ヒキガエル少年は一年半も待ち続けたが、実際のところ少女が本当に話しかけに来てくれるとは思っていなかった。毎日、彼女の姿を視界に収め、彼女と自分を漫画の登場人物に見立てて楽しんだり、あり得ない情夜を思い描いて自分を慰めていれば彼は満足だったのである。もはやそれは彼の趣味であり、日課であると言えた。
彼にはもう一つ日課があった。それは少女のフルートを舐める事だった。少女の机の中に置いてあるフルートをヒキガエル少年はベロベロと舐めるのである。少女が口をつけるであろう唄口ばかりでなく、指先が触れるであろう場所まで舐めた。その様はヒキガエルが自分の目玉を舌で掃除する時のそれに似ていた。憐憫極まる情景ではあるが、それを目にする人間はこれまで一人として居なかった。ヒキガエル少年の、わずかばかりの名誉の為に付け加えておくが、彼は初犯から舐めるという行為に至ったのでは無い。最初は頬ずりする程度で済んでいたのだが、人目がないものだからエスカレートして舐めるという行為に発展したのである。もしこのまま高校三年間を誰にも見つからなければ、彼の行為は最終的に常人には想像し得ない、さらなる高みへと登っていたに違いない。そうならなかったのは、その日ばかりの人目があったからだ。フルートを景気よく舐める彼の背後に、持ち主である少女が立っていた。少女の名前は絵里奈と言ったが、その時ばかりは鬼と呼んでもそれほど違いは無かった。
ヒキガエル少年は彼女の存在に気がつき、悪鬼の形相を認めて動きが止まる。汗がガマ油のように肌を伝い、フルートへポタポタと垂れていく。絵里奈はこれまでヒキガエル少年を哀れに感じた事も無かったし、嫌悪感を抱いた事も無かった。ただその時点をもって彼女が少年へ抱く印象は他の人間と同じものに変わった。自分のフルートを舐められたという生理的な激しい嫌悪感から、絵里奈は視線だけで人を殺せそうな表情になっていた。
「ご、ごめんなさい」
未だフルートを未練たらしく持ったまま、ヒキガエル少年はすり潰されたような声で謝った。謝罪は少女の神経を逆なでする可能性すらあったが、少年はそれ以外にすることが無い。現場を見られた以上、もはや言い訳の余地はなかった。絵里奈の拳が震えている。間もなく自分は殴られるが、それだけでは済まない。きっと絵里奈はこの事を皆に言うだろう。おそらくは教師や自分の親にまで話が伝わってしまう。これまで恐るべき低空飛行を続けてきた彼の“比較的マシな人生”は、日が変われば終わりを告げてしまうのである。少女の顔を見上げるヒキガエル少年は、断頭台に固定された囚人の気分を味わっていた。
しかし幸運な事にヒキガエル少年の心配は杞憂に終わった。絵里奈が許してくれたわけではない。異世界へ呼び出されるという思いがけない事態によってフルートの件は有耶無耶になったのである。
突如、目を射貫くような強烈な光が教室へ射し込んだ。ヒキガエル少年と絵里奈は反射的に目をつぶってしまう。二人が次に目を開けた時には、見知らぬ人々に囲まれた、教室では無い場所にいた。
呆然とする二人を放置して、見知らぬ人々は歓喜の声を上げた。人々の見た目は西洋人のようだったが口々から発せられる言葉は日本語であった。「やった、ついにやった!」「実験は成功だ!」「我々の理論は正しかったんだ!」羊皮紙の散らばる雑多な部屋で、人々は抱き合い、神に祈りを捧げ、小躍りしている。その様子は狂喜と言ってもいい。異世界に飛ばされたとは知らぬヒキガエル少年と絵里奈は、互いの関係を忘れて顔を見合わせた。もちろんそこには答えなど無く、ただ絵里奈の全身に鳥肌が立っただけである。
二人が異世界に飛ばされた事を説明してもらえたのは、人々が喜び疲れてテンションが下がり切ってからだった。人々はその世界の研究者で、別の空間から任意の対象物を呼び出す技術を研究していた。その世界ではこれまで熱などのエネルギーや水などの単純な分子構造物を呼び出す事には成功していたが、人間の様な複雑な器官を持った対象は初めてなのだという。ようやく事情を把握した二人が最初に質問したのは「元の世界へ帰る事は出来るのか」である。もちろん帰る方法は無かった。「貴方達を呼び出せたのですから、帰る方法もすぐに分かるでしょう」研究者は気楽にそう言うばかりだった。
異世界での生活は現代人にとってそれほど窮屈なものではなかった。城壁に囲まれた石造りの町並みと、それを展望する本物の城は非常に古風だったが、着物に大きな違いは無く、言葉も通じるから意思の疎通にも困らない。与えられた部屋には滑らかな生地で作られたベッドが設えてあり、窓は南向きで日当たりは抜群に良い。異次元に繋がるトイレは水洗トイレよりも便利だった。王様に気に入られて城に一室を与えられているから、食事は時間になると勝手に出てくるし、貴族達に対して自分たちの何でもないような話を連日披露する事以外、不便や不満を感じる要素は無かった。
しかしヒキガエル少年には不満があった。絵里奈が自分に振り向いてくれない事である。今やたった二人きりの現代人なのだから、もう少し親近感を持って接してくれても良さそうなものだと彼は考えていた。それに異世界へ飛ばされるという事態に遭遇したのだから、自分は主人公であり、彼女は必ずや振り向いてくれるものだと信じていた。同じ部屋で寝泊まりをしているのに夜這いにすら来てくれない。風呂も男女で遠く離れていて、うっかり着替え中に遭遇する様なハプニングすら無かった。それが彼には不満なのである。
絵里奈はヒキガエル少年について、どう考えていたのか。それが分かるのは領内を散策した日の事だった。話のネタが尽き「お話をしたいのは山々ですが、この世界との違いが分かればより面白い話が出来ると思います」と外出許可を貰った絵里奈は、日中ずっと案内人である騎士といちゃつき、夜になると部屋に戻らず騎士の所へ行ってしまった。つまり絵里奈はヒキガエル少年については何も考えていなかったのである。仮に考えていたとしても、それは純然たる敵意であった。ヒキガエル少年が寝首をかかれなかったのは、絵里奈にそれだけの常識と理性と倫理観があっただけに過ぎない。
ヒキガエル少年は騎士に絵里奈を奪われたと感じていたが、それは全くの誤解である。絵里奈は初めから少年のものでは無かったし、仮に奪われたのだとしても騎士だけではなかった。異世界の住人は大半がそれなりに綺麗な容姿をしていたし、それが貴族ともなればより一層の美しさである。絵里奈は決して性に奔放な性格ではなかったが、美男に囲まれあの手この手で求愛されるのだから理性で抑えきれない部分は必ず出てきた。あるいはその行動は、異世界にヒキガエル少年と二人だけという事実からの逃避だったのかもしれない。
話し下手で醜く、貴族とも仲良くなれなかったヒキガエル少年は、次第に現代の話をする宴会の場からも遠ざけられて手持ちぶさたになってしまった。ネットすらなく妄想で自分を慰めるのにも精神的・身体的な限界を感じた少年は、忙しく働く下女たちを見つけて手伝いをするようになった。少年も男である。下女たちに若干ながら力が勝った。人手が増えた事に下女たちは喜んだし、美女に囲まれて少年も喜んだ。
ただ少年も男だった。美女に囲まれていて、理性のタガが外れないわけがない。絵里奈が貴族たちに拍手喝采を浴びているのを後目に、ヒキガエル少年は料理の準備を手伝っていた。その時に同行した下女は新人だった。若く、小柄で、か細く、引っ込み思案だった。栗色の癖毛と大きめの青い瞳、浅い朱色の小さな唇が卵形の顔を彩っている。力を込めれば折れてしまいそうな儚さすらあった。そんな美少女と暗くて狭い食料品置き場へと向かったヒキガエル少年は、ついにタガを外してしまう。少年は「ねぇ、いいでしょ?」「一度だけだから」と底深い欲望をたたえた声色で少女にからみついた。少女は抵抗したが、下女たちの中でも一番非力な彼女はヒキガエル少年にかなわない。あわや服を脱がされそうになった時、いつまでも帰ってこない二人を心配した他の下女が現れ、フライパンでヒキガエル少年を殴り倒した。
ヒキガエル少年が次に目を覚ました時、目の前には絵里奈が居た。鬼の形相である。何故そんな表情をしているのか尋ねてみようと起きあがると、出し抜けに絵里奈に殴られた。しかも素手ではなく木板である。(ちなみに木板で殴ったのは素手で触るのが躊躇われたからである。木板の、ヒキガエル少年の顔面に当たった部分は赤と黄色の体液で汚れていた。)的確に顎を打ち抜く一撃に再び昏倒しそうになったヒキガエル少年はしかし、絵里奈の一喝のおかけで意識を失わずに済んだ。とはいえその内容は気絶していた方がマシと思えるものである。
「あんたさ、自分の立場分かってんの? 少しは考えて行動しなさいよ。今、なんて噂されてるか知ってる? 色情魔よ。あんただけじゃないの。私までそう言われてるんだから。あんたが変な事すると、私の評価も一緒に下がるの。もう何もしないで部屋にいて」
その厳しい言葉にヒキガエル少年の目には涙が浮かび、のどの奥から嗚咽が溢れてきたが「泣くな! 気持ち悪い!」と言われて反射的に引っ込めた。ヒキガエル少年の顔はこれ以上なく情けない顔のまま固まってしまう。そんな少年を残して、絵里奈は部屋を出て行った。
その日の夜、一人だけの部屋で少年は泣きながら自分を慰めた。
事件が起きたのは翌朝である。枕が吸い切れぬほどの涙を流しながら眠りに落ちたヒキガエル少年は、城下町の騒がしさで目を覚ました。部屋を出てみると城内は静まりかえっている。はて、祭りでもあるのだろうかと少年が外に出てみると、そこは既に戦場となっていた。しかも人と人との戦争ではない。人々を守るために兵士達が立ち向かっているのはゴブリン、オーク、トロールなど、テレビゲームで見かけるようなモンスター達だった。
まさに異世界と言わんばかりの光景を、ヒキガエル少年は口をあんぐりと開けて見ていた。その様子は獲物を捉えようとするヒキガエルの一連の動作に似ていたが、その戦場で獲物になるのはむしろ少年の方である。目の前で人々が殺され、死体に変わる様を見せつけられた少年は、その辺に落ちていた角材を手にとってゴブリンに立ち向かったが、逆に掴まって袋だたきに遭ってしまった。少年の脳裡には英雄的行動に出た格好いい自分が浮かんでいたが、傍から見ると混乱の余り奇行に出た変人のようにしか見えなかった。結局、ヒキガエル少年の勇気は十人並みで、ゴブリンからだいぶ離れた位置で奇声を上げつつ角材を振り回すことしか出来なかったのだから事実的にも後者の方が正しい。少年は複数のゴブリンに袋だたきにされたが、このとき殺されなかったのは、その外見がいかにも殴ると面白そうに見えたからである。(ちなみにゴブリン達が気に入った叫び声は「助けて!」「許して!」「もう止めて!」であり、気に入らなかった叫び声は「覚えてろよ!」「ちくしょう!」である。気に入らない叫び声を上げた時は、気に入る叫び声が上がるまで激しく殴り続けた。)
ヒキガエル少年を袋だたきから救ったのは、領内を案内してくれた事のある騎士だった。ゴブリンの一体を斬り殺し、他を蹴散らして少年を助け出す。少年がお礼を言うと「絵里奈殿の同胞ですから、助けないわけにはいきません」と答えた。彼はヒキガエル少年の為に部下を呼び、城壁の外へ脱出するように促す。対して自身は、町の上でモンスターを吐き出し続ける飛行船を示し「あれを止めに行かなければなりませんので」と走り去った。
城下町からの脱出は熾烈を極めた。ヒキガエル少年を護衛する兵士達は十人から居たが、その全てが無事だったわけでは無い。弓矢に不意打ちを食らい、巨大なモンスターに蹴散らされ、足止めの為に勝ち目の無い戦いへ赴いた。ヒキガエル少年が城壁の外へ無事脱出できたのは、兵士達のおよそ半数が犠牲になった成果である。
城壁の外には先に脱出した人々が、壊されていく城下町を為す術無く見つめていた。そこには王様がいて、研究者達がいて、下女達がいて、見知らぬ貴族に腰を支えられた絵里奈がいた。下女達の幾人かがヒキガエル少年を護衛していた兵士達に近づいていく。彼らは恋人同士だったらしく、抱き合って熱い接吻を交わしていた。その中で一人だけ、兵士達の間を当て所も無く彷徨う下女がいた。少年が暴行未遂を犯したあの栗毛の少女である。その顔には明らかに不安の色が浮かんでいる。ヒキガエル少年はいつもの癖で「自分の事を心配しているのではないか」という妄想をかき立てたが、当然ながら全く見当外れだった。彼女は近くにいた兵士と二言三言、言葉を交わすと、絶望の表情を浮かべ、肩を振るわせて泣き出した。恋人が死んだのである。
そのまま地面に頽れるかと思われた栗毛の少女はしかし、涙を流しながら鋭い視線をヒキガエル少年に向け、流れるような動作で兵士の腰から短刀を抜き取って少年に襲いかかった。突き出された刃が少年の胸に突き刺さらなかったのは、兵士が止めに入ったおかげである。「なんであの人が死ななければならないの! あんたが! あんたが死んでいればよかったのに!」力の限り叫んだ少女は、ようやく地面に膝をついて泣き出した。
短刀は刺さらなかったが、言葉の刃だけはヒキガエル少年の心にしっかりと刺さっていた。胃液が胃を溶かすような痛みを覚えながら、少年はその場に腰を下ろす。城下町の方へ目を向けると、飛行船がモンスターを吐き出し続けているのが見えた。
飛行船は適当な建物に接舷する度、大量のモンスターを吐き出していた。その数は明らかに船の体積に合っていない。城下町を埋め尽くさんばかりのモンスターが全て飛行船から下りてきたのだとしたら、誰がどう見ても仕掛けがある事が分かる。少年の背後で研究者達が「もしかしたら絵里奈様を呼び出したのと同じ技術が使われているのでは」という話をしていた。そもそもヒキガエル少年達が異世界に呼び出されたのは、突如現れるモンスターの、その出現条件について解明しようとする研究によるものだったのだが、それを最初に発見した人間は平和利用を全く考えていないらしい。技術を悪用されれば世界秩序が壊される可能性すらあると研究者達は危惧している。
それを聴いていたヒキガエル少年は立ち上がった。そして地面に落ちていた剣を取ると、脱出したばかりの城壁に向かって走り出す。少年は怒りに震えていた。目の前にいるモンスター達をもはや恐れはしない。結局、少年に出来たのは叫びながらがむしゃらに剣を振り回す事だけだったが、それでモンスターを退けられれば充分だった。モンスター達の間を突っ走り、その勢いのまま騎士すら押しのけ、接舷中だった飛行船に乗り込んでしまう。彼は操縦室に繋がる通路を走りながら、我慢しきれなくなった思いの丈を吐き出した。
「なんで異世界なのに活躍出来ないんだ! なんで異世界なのにモテないんだ! 誰も彼も僕の事を無視しやがって! 馬鹿にしやがって! 結局、元の世界と何も変わらないじゃないか! こんなの……こんなの異世界じゃない! こんな世界ぶっ壊してやる!」
操縦室に辿り着いた少年は、何か言おうとしている黒幕に向けて剣を投げつけ、モンスターを吐き出している装置へ取りついた。操作方法は分からなかったが、それっぽいレバーやつまみを弄りまくる。彼の顔は小者なりの凶悪な笑顔に変わっていた。脳裡にはもちろん、破壊されて地平線の彼方まで荒野になった世界が思い描かれていた。
そこで彼の誤算は二つあった。一つは装置をでたらめに弄ったので、モンスターの発生が止まってしまった事。もう一つは投げつけた剣が操縦パネルに当たって操作不能になっていた事である。飛行船は大きく傾き、城壁にその一部をぶち当てた。その衝撃でヒキガエル少年は装置から引きはがされ、飛行船の外へと投げ出される。装置が爆発し、閃光によって何もかもが白く塗りつぶされたのは、その直後だった。
ヒキガエル少年が再び目覚めた時、空はすっかり夕焼けに染まっていた。辺りは一面が瓦礫になっていて、崩れかけた城壁だけが自分が城下町にいる事を教えてくれる。少年は爆発の直前、瓦礫の影に隠れていたので傷一つ負っていなかった。
彼の横には、一人の少女の姿があった。絵里奈である。ヒキガエル少年は恐れながらその顔を見上げたが、そこにあった顔は鬼のそれではない。笑顔では無かったが、少なくとも怒ってはいなかった。
「ま、なんというか。助かったわ」
口をへの字に曲げて、納得がいかないという様子を示しながらのおざなりな礼ではあったが、ヒキガエル少年にとっては無上の喜びに感じられる。感極まった少年は何も考えずに絵里奈の腰へ飛びついた。
「触らないで!」
間髪入れずに彼女の肘鉄が脳天に直撃し、また気絶する事になった。