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最終話

波音が響く。遠いように、近いように。



柔らかい旋律は、全てを包み込むように、優しく音階を刻んだ。指先で音色を感じ取る事が出来そうな程に。



何かを確かめるように。



彼は微笑んだ。その微笑の先にある複雑な気持ちは、澄み切った青空の先に、静かに吸い込まれて行った。ゆっくりとした柔らかい輪郭として。



「でもって兄貴、ドナー登録していたのね。その心臓を受け継いたのが、彼。あの頃彼、外出すら出来ないような感じだったんだけど、やっぱ若いからw 今はもう、ここまで回復して、こうして海に来ているってワケ」



「おもいっきりサーフィンするのが夢だったみたいで」



彼はそう言って、砂辺に腰をおろした。私もその横に、ちょこんと座った。



「彼はその事を知ってるの?お兄さんが提供者だって?」



「知らないw 普通知らされない」



波に乗る彼が、こちらに気づき、ちょっとだけ手を振った。彼もそれに応え、ちょっとだけ小さく手を振った。



「彼からすればオレは海好きのヒマな人に思われてるらしいよw」



彼は微笑んだ。



「時々こうして彼に会いに来るんだ。そして彼の笑顔を見る。そうすれば兄貴はまだ生きてるんだなぁと感じる事が出来る。実感する事が出来る。そして兄貴の死は無駄じゃなかったんだって感じ取る事が出来る」




私は何も言わなかった。言えなかったのかな?言葉が出てこない。こういう時に限って。私は彼の横顔や瞳、そして柔らかい頬や口元を、ただただ見つめているだけだった。




話を聞いていたかった。




「人生は上手く行かないから、上手く行くように出来てるんだよ」と彼は続けた。



「僕は寿司職人になれなかったから、今こうしてここにいる。兄貴が死んじゃったから、彼は今、こうして波に乗れる。上手く行かない事が重なって、重なって、それでも全体として見れば、風向きは正しい方向に向かっていたりする。幸せな風下へ辿りつけるように、空と太陽はいつだって僕らに風を送り届けてくれているんだ。」


空と波と風。彼は彼らと会話するように、優しく言葉を紡ぎ出した。




「たぶんねw」




彼はちょっとだけ悪戯っぽく笑った。照れ隠しのように。そしてこう続けた。




「だから自分は今、ここで吹く風を体いっぱいに浴びて進んで行きたいんだ」




波音がまた響く。遠いように、近いように。




その言葉は凛とした力を持ち、淡く柔らかい秋の空に溶けこんでいった。迎え入れるかのように。包みこむように。



「ところでドナーの提供先をどうやって調べたの?」ワタシってばようやく口を開いたと思ったら、こんな質問で…。



「それは秘密w」と、彼。



寿司屋グッズの入手先といい、ドナー先の調査といい、この人は一体どんなルートを持っているのだろうか…???



「ホントは法的には、会っちゃいけないんじゃない?」



「まーねw」



ああ、つまらない質問をしてるなぁワタシ…。



ぴゅーと少しだけ強い風が吹いた。彼のシャツの裾が、ふんわりと舞い上がった。彼の髪が揺れ、私の髪も揺れる。彼の右肩が私の左肩に少しだけ触れる。初めて触れる彼の右肩。ホンの少しだけど。



「実年齢と体の老化年齢は必ずしも一致するとは限らないらしいよ」と彼は少しだけ具体的な事に触れた。彼のお兄さんはもちろん、波に乗る彼より年上。だけど、細胞の組織的には十分若い人への移植に耐えられたという。



「体格も近かったからね」と彼。



お兄さんも大きかったんだ。彼も背が高いし。家族みんな大きいのかなぁ。



「あの車は兄貴が修行してた頃のお店の。強引に無理言って売ってもらったw」と彼。ちょっと強引なところもあるのだろうかw



彼は立ち上がって、ぱっぱっとジーンズについた砂を払った。そしてゆっくり背伸びして、ワタシの方を向いた。空と波と風を背にして。



そして微笑んだ。



「以上で自分の自己紹介は終わり!人差し指に問題があって、寿司屋マニア、微妙にブラコン気味な弟な自分だけど…」





彼は続けた。





「これからも会ってくれますか?」





私は頷いた。





「こちらこそよろしくお願いします」





私は答えた。





今度は私の事を彼に伝える番だ。





(おしまい)

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