その⑥
海岸沿いに車を停め、私たちは砂浜に降りた。
海だ。
ざくざくと砂を踏む度、心地良い感触が足先から伝わる。この感触、すごく久しぶり。
私はちょっと待ってと声をかけ、履いていたミュールを脱いだ。素足だ。裸足で踏みしめる砂は、なんだかちょっとだけ恥ずかしそう。遠慮気味に熱を帯びた砂の温もりが、私の足元に伝わる。
「オレこの季節、一番好きなんだよね」
少しだけ秋の淡色に染まった空を柔らかく見上げながら、彼はそんな事を言った。秋を迎える準備をしているような空。空は少しだけ遠慮気味に微笑む。
彼は澄み切った潮風を体全体で感じ取るように、ゆっくり立ち止まり、ゆっくり背伸びをした。彼のしなやかな指先が、透明な秋空へと溶け込んでゆく。秋がその一部を風景として迎え入れるかのように。
「私も」と言いたかったのに、何だか言葉が上手く出てこなかった。かわりに「ふーん」とだけ答えた。私もこの季節、一番好きなのに。
海にはもう海水浴客の姿は見えなかった。店を閉じたレストハウスが何件か軒を連ねる。
水辺で遊ぶ子供と母親がチラホラ。そして一部のサーファーだけが、波への心残りを残すかのように、まばらに残るだけだった。
普通サーファーは、昼になるともう引き上げるらしい。いい波は朝方に来るからだそうだ。ふーん…。
「アレがオレの兄貴」
「へ?」
そこには背の高い若者(小さくてよく見えないがなんとなくそう見える)が、波を待っていた。お兄さんって、若く見えないか?どう見ても年下にしか見えない。
「お兄さん、サーファーなの???」
波が来た。上手く乗れない。その背の高いサーファーはすぐにパシャンと飛沫の中に消えた。あんまり上手くないみたいだ。
柔らかい潮風が海辺全体を流れる。
潮風のヴェール。まあるい風、柔らかい風。私たちの存在を確認するかのようなふんわりとした風が、彼と私の間を優しく通り過ぎてゆく。
「心臓だけがね」
トンッと心臓の音が鳴るのが聞こえた。自分の体の中で。ちょっとだけ。
風がもう一度、彼の髪を揺らす。
「もう死んじゃてるんだ兄貴」
(続きます)




