その⑤
私が "優雅" だと感じた "ピンと伸びる左手の人差し指" には、そういった事情があったのだ。手のひらの開け閉めに合わせて多少前後はするものの、人差し指自体はそこだけが固まったかのように、ほとんど動きを見せない。
先天的なものだろうか?後天的なものだろうか?
「だから自分は寿司は握れないと思った。そして諦めるしかなかった」
私は事情を深く聞けなかった。この指は単なる "不自由" ではなく、彼を夢を彼から遠ざけてしまう要因になってしまっていたのだ。
「おーい!あんまり深刻に捉えないでくれっ!」
彼はそう言った。笑顔で。ただそれは、楽しい時に見せる単純な笑いとは違い、何かを抑えた時に見せる、悲しみを帯びた笑顔のようにも見えた。感情的に何かを越えた時に見せる笑顔、割り切った感情から生まれる諦めに近い笑顔。
「結局、ウチで寿司職人になれたのは兄貴ただ一人」
「ふーん」
私は彼の横顔を見つめる。その笑顔に少しだけだけど、救われたような気がした。
「もう死んじゃったけどね」
「え…」
「うそうそ、まだ生きてるよw」
私はこのわずか数秒の間に、安堵やら驚きやらをぐるんぐるん回りながら、最後はようやく安心出来たよーな。ほっとしたよーな。
「ちょっと寄りたいところあるんだけど、いいかな?」彼は道を切り替えた。目的の海岸の少し手前、別の海岸に続く別の道。
私は窓の外を見た。
私がいつも "海辺の空の色" と呼んでる空が、その先に見えた。海辺の空は、普段見ている空とホンの少し色が違う。海が見えていなくても、空さえ見れば海が近づいているという事が雰囲気で分かる。なんとなくだけど。何故だろう?海に反射する日差しを空が受け止めるからだろうか。
潮の香りと波の音が近づいてくる。
懐かしい香り、柔らかい香り。
海はいろんなものを呼び起こす。
私はゆっくりゆっくりと目を閉じ、耳と体で全体でそれらを感じ取った。
海が近づいている。
(続きます!)




