王太子「婚約破棄してくれるかなー?」 令嬢たち「「「いいともー!」」」
貴族学園の優雅なるランチタイム。
本日も食堂はたいそう賑わっていた。
ここは王国の未来を担う貴族の子息子女たちが昼食を楽しみ、同時に情報交換をし、時には恋を育む小さな社交の場――なのだが。
「王子もすなる婚約破棄といふものを、我もしてみむとてするなり」
その一言で、和やかだった空気が止まった。
「どうされたんですか急に」
「なに、王の子として生まれたからには、一生に一度くらい婚約破棄しておくべきかと思ってな」
「婚約者もいないのに正気ですか?」
ガタガタガタッ。
周囲の生徒たちは、食堂を出ようとしていた者たちも含めてみな勢いよく席につき直した。
王太子と従者のやり取りに、またなんか変なの始まったぞ、とワクワクしながら。
「なるほど。まずは婚約者を作るところからか」
すると食堂のあちらこちらから悲鳴が上がる。
「いやあああ!やめてくださいましっ」
「こっち見ないで!」
「王家の行事くっそダルいんですのよっ」
この国の王族は権力自体はさほど強くない。
だが、伝統の衣装だけは無駄に重かった。
金糸銀糸をこれでもかと縫い付けた嫌がらせ重量の正装を着せられて、会釈、お手振り、また会釈。
その結果。
「誰も殿下と婚約したくなさそうですけど」
「事実でもハッキリ言うな。泣くぞ」
王太子はしょんぼりしてしまった。
しかし咳払いをし、気を取り直して話を続ける。
「一人だけ傷物になる令嬢を出すつもりはないからな。
国内すべての未婚令嬢に、一斉に婚約破棄を申し込む。これがリストだ」
どさっ。
テーブルに置かれた紙の厚さに、食堂中がざわついた。
「うわっ本気だ」
「怖……」
「殿下アレどこから出したの?」
従者はスッと指を立てて給仕を呼ぶ。
「すみません。センブリ茶を一つ」
「かしこまりました」
センブリ茶。
恐ろしく苦いことで有名なお茶だ。
どんな苦難にも優雅に耐える精神を鍛える目的で、貴族教育でも使用されることがある。
他には罰ゲームにも使われる程度には不味い。
「さあ殿下、どうぞ」
「うえっまずい……もういっぱいいっぱい」
「二杯おかわりですね」
王太子が制裁を受ける一方で、見守っている生徒たちは、団結して妙な盛り上がりを見せていた。
「センブリ茶まだ飲んだことないなあ」
「俺らも飲んでみようぜ!」
「乾杯〜!」
「んぐっ!?」
「本当に苦い!不味いですわあああ!」
完全にセンブリパーティーである。
「で、どうするんです。
未婚令嬢全滅ですよ。等しく婚約破棄をした結果、殿下は誰とも婚約できなくなりましたが」
「まあ待て。まだ慌てるような時間じゃない」
王太子は首を振った。
「おおっと。どうやらリストから漏れていた令嬢が一人だけいたようだ」
「なんて白々しい」
「これはもう、その令嬢と結婚するしかないな!」
「最初からそれが目的でしたか。見初めた令嬢がいるから婚約したい!と素直に言えば良いのに」
呆れた従者がため息をつく。
周囲はなーんだ王太子殿下の恋バナだったかーとニヤニヤし始めた。
「で、お相手はどちらのご令嬢ですか?」
「これを届けてほしい」
王太子は封筒を取り出した。
王家の金の封蝋が押された、正式な婚約申込書だ。
「拝見します……イムフリート伯爵家?」
「そうだ」
「我が家ではないですか。長女宛ですか?」
「既婚者だろうが」
「では三女?」
「六歳児に求婚するほど終わっていない」
「では……まさか、次女のリュクラーチェですか?」
「うむ」
「えええ……殿下の女性の好み、一体どうなってるんです?」
「うるさい!私の好きな人を悪く言うな投獄するぞ!」
「わあ暴君。実に婚約破棄バカ王子っぽくなってきましたね」
その瞬間。
「センブリ茶をいただけるかしら」
凛とした声が響いた。
食堂が静まり返る。
白魚のような手を雅やかに挙げて給仕を呼んだのは、淑女の鑑と名高い筆頭公爵家の令嬢だった。
「おやめください、お身体が!」
「胃腸の働きが活発になってしまう……!」
「よせ!毒の方がまだ美味い!」
隣に座る婚約者の令息が青ざめて止めても、筆頭公爵令嬢はふわりと儚げに微笑んだ。
「いいえ。甘くて甘くて……これでも飲まねば耐えられませんわ」
運ばれてきたセンブリ茶を、彼女は一気に飲み干した。
周囲から拍手が起きる。
「おお……っ!」
「さすが完璧なる淑女!」
「顔色すら変わっていませんわ!」
なお、テーブルの下では真っ白な拳が震えていた。
「とにかく。今から直帰して、可及的速やかにその手紙を伯爵に渡してくれ。
間違っても暖炉の焚き付けとかにするなよ」
「流石にそれはしませんよ。信用がないですね」
「……リュクラーチェはどう思うかな」
「こんな衆人環視の中で謎の茶番をしたりせず、普通に申し込めばよろしかったのでは?と思うかと」
「それで頷くならこうして逃げ道を塞いだりせんわ!
普通に婚約を申し込んだら絶対に茶化して三日は笑うだろう、私は詳しいんだ!」
「まあ乳兄弟ですからねえ。
仕方がありません、私からも父に一言申し添えておきますよ」
従者の言葉に王太子は太い釘をさす。
「余計なことは言うなよ!父君には
“謹んでこの婚約をお受け致します、とお返事くださいませ”と言うんだぞ!
ほら、リピートアフターミー!」
「はいはい。謹んでこの婚約をお受け致します、と」
「言質は取ったからな、逃げるなよ!!」
立ち上がって指を突きつける王太子に、お行儀が悪いですよと内心苦笑しながら。
従者の女性――ことリュクラーチェ・イムフリート伯爵令嬢は、ドレスをちょこんと摘んで、心からのカーテシーを披露した。
「王太子殿下の御心のままに」
その日。
貴族学園の食堂におけるセンブリ茶の売上は、過去最高を記録したという。
王太子殿下、そっぽ向いてますが耳真っ赤ですからね。




