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入院3日目・集中治療室(後編)【眠れぬ夜とショウリョウバッタ】

目が覚めている時に見る悪夢編です。

よろしくお願いします。

 あれやこれやで消灯時間。灯りは消えた。が、医療業務用スペースは淡い灯りで満たされている。つまりベッドスペースも暗くはない。


 看護師の方々は夜も忙しなく働いているのだから当然だろう。看護師服にスターライトスコープが似合うとも思えない――特定の趣味には突き刺さりそうだが。

 それはさておき、ゆう太は瀕死だった。体調という意味で。


(昼間よりダルい……)


 寝る前の検温で微熱だった。それが原因なのだろう――看護師には問題ない範囲と言われたが、このダルさは本人にとって問題以外の何物でもない。


『さっきの問題ない(・・・・)集中治療室的に(・・・・・・・)、または看護師的には(・・・・・・)と頭につくんだろう』


 そんな皮肉を思い浮かべつつ、ゆう太は目を閉じた。

 ダルさ以外も強くなっているのが感じられる――彼ら(・・)が夜行性かどうかは知らないが、とにかく昼間よりも体調が悪い、というかきつい。


(とっとと寝よう……)


 寝てしまえばダルさもなにも感じない。そして目が覚めれば少しは回復しているだろう。歩けるかは不明だが。

 ゆう太は瞼に力を込めた――と。


 ぴりりりりりん♪


「……」


 昼間に散々聞いてきたメロディーがゆう太の鼓膜と精神に突き刺さる。

 それは患者に取り付けられたベッドサイドモニター装置――正式には生体情報モニターと呼ぶらしい――のアラートだった。


 さすが大病院。かなり高精度なものを使っているらしく、少しの異変でも検知してアラートを鳴らしてくれる優れもの。患者の容体を24時間守護する装置。実に素晴らしい――だが、ゆう太がいる集中治療室はざっと数えて15床。おまけに満床である――


 ぴりりりりりん♪


 つまり数分おきにこのアラートが鳴り響く。

 昼間はまた鳴ってるな(・・・・・・・)程度だったアラートも、寝るべき時刻になると勘弁してくれ(・・・・・・)になってしまう。


 ぴりりりりりん♪


(勘弁してくれ……)


 ゆう太はベッドの中で頭を抱えた。


 ぴりりりりりん♪ ぴりりりりりん♪


 時にはダブルで鳴ってくれる。

 仕事熱心で頼りになるが、どうにもこうにも眠れない。


 ぴりりりりりん♪


(殺す気か……!?)


 ゆう太は本気でそう思い始めていた。

 仮にそうであったとしても黙って遺体安置所に送られはしない――彼はイヤホンを取ってもらおうとナースコールで看護師を呼んだ。が。


「事故防止のため、有線のものを装着して寝るのは禁止なんです」

「……」


 体から何本も出ている()に絡まるなどの危険がある。さらに意識も朦朧としているので、何が起こるか分からない――イヤホンで縄跳びを始めることはないだろうが、それは納得できる規則だった。つまりイヤホンを耳栓代わりにすることはできないということである。

 そしてイヤホンがあるからと、耳栓は持ってきていない。ワイヤレスイヤホンなら使えたのだろうが――


『ブルートゥースの接続がめんどくさい。充電するものが増える。有線の方が安い。片方だけ道に転がってるよね(笑)』

「……」


 ゆう太は時代についていけない自分を壮絶に恥じた。

 それはさておき現在は21時過ぎ。夜はこれからが本番である――


 ぴりりりりりん♪


「……」


 眠れない時間が続くにつれてメンタルゲージはがりがりと削られていき、ついに頭痛が始まった。


 ぴりりりりりん♪


「……」


 耳のスイッチをオフにする方法も思いつかない。

 ダルさ。気分の悪さ、頭痛。それらはストレスという規格に統一されてゆう太に重く圧し掛かった。

 それから逃れる方法は眠ることだけである。が、眠れない。刑務所でさえ、睡眠は邪魔されないはずである――と。


「……!」


 ゆう太はある漫画で読んだことを思い出した。

 看護師に相談すれば睡眠薬をもらえるということを――ゆう太はナースコールで看護師を呼び、睡眠薬をもらえないかと訊いてみた。


「すぐ持ってきますからね」

「ありがとうございます……!」


 彼女が言った通り、睡眠薬はすぐに届いた。ほんの1時間後に。

 おそらくではあるが、薬剤師を夜中に叩き起こして許可を取ったのだろう――3600秒程度の待ち時間は仕方のないことである。


 ゆう太は着信音で叩き起こされたであろう薬剤師に感謝の念を送った後、小さなカップに入った睡眠薬を水で喉の奥に流し込んだ。そして目を瞑ってから数分後、彼は夢――またはネバーだかワンダーだか――の世界に再入場を果たした。が。


『田中さん、起きてください』

「……」


 ゆう太は静かな囁きによって叩き(・・)起こされた。ふと窓を見やれば、カーテンの外は真っ暗である。太陽が出勤した様子はない。

 次いで時計に視線を向けると午前2時。幽霊や妖怪が元気になる時刻である。人間であり、患者であるゆう太が起きている必要のない時刻――御遺体の安置所で肝試しをしないかと誘われても、応じられない体調である。


(なんで起こされた?)


 そんな疑問と共に改めて看護師を見つめると、体温計が差し出された。


「検温をお願いします」

「……!?」


 眠気覚ましに金属バットのフルスイングを顔面に食らったような衝撃がゆう太を襲った。

 眠れないからと、睡眠薬まで飲んだ患者を検温のために深夜に起こすことがあり得るのだろうか――メンタルゲージが根元からのこぎりでぎこぎことやられているのを感じながら、ゆう太は体温計を受け取った。


 ぴりりりりりん♪


『いっそ殺してくれ』


 割と本気でそう願いながら検温を済ませ、看護師に体温計を返した。


「早く寝てくださいね」

「……」


 キレのいいブラックジョークである。

 ゆう太は再び目を瞑ったが、眠れそうにない――そして力なく目を開けた。先ほどの看護師がベッド脇で体温計の数字をなにかの端末に打ち込んでいる。彼女に訊いた。


「あの……また睡眠薬をもらえませんか?」

「1回飲むと次の日じゃないと再服用できないんです」

「……」


 なぜ起こした??

 看護師の事情もあるのだから仕方ないが、ゆう太は心の中でそう抗議せざるを得なかった。

 そして看護師は淡い光の下に去って行き、睡眠薬を諦めたゆう太は自力で眠ることにした。が、眠れない。眠れない。瞼を強く閉じても眠れない。


 視界は真っ暗だが眠れない――その時、闇の先に一点の光が灯った。

 見つめると急速に広がり、たくさんの何かを形作った。視界の中をぴょんぴょんと跳ねまわる――それは銀に輝くショウリョウバッタの大群だった。


 ぴりりりりりん♪


「……!」


 ゆう太は、ばっと目を開けた。


 脳裏には入院前に視聴したビデオ。その中で語られた症状の説明がフルボイスで再生された。

 極限状態に追い込まれたことが引き起こす、脳の混乱状態。せん妄と呼ばれる症状である――ゆう太の脳は限界を迎えかけていた。が、ゆう太もそれなりに長い期間を社会人として生き抜いてきた。その経験はν(ニュー)ではないが、伊達でもない。


(寝ようとするからだめなんだ……)


 気分が激烈に悪くても死にはしない。明日から仕事というわけでもない――朝まで起きていればいい。ゆう太は開き直って寝ないことにしたようである。

 そしてベッドに据え付けられた時計と睨めっこを始めた。どこかレトロな形の丸時計。長針と短針が愛らしくもある――



『田中さん、起きてください』

「……」


 ゆう太は元気な声に起こされた。ふと窓を見やれば、出勤を済ませた太陽が燦々と営業中である。次いでどこかレトロな時計を見やれば午前8時。幽霊や妖怪はとっくに帰宅している時刻だった。


「昨晩はよく眠れましたか?」

「ええ、はい……」


 ゆう太は看護師にそう返しながら両手のひらで顔を覆った。

 窓から差し込む朝日は清々しく、これでもかと眩しい――それは生きている証。彼はあの夜を生き抜いたのである。そして。


「朝ごはんが届いてますよ。たくさん食べてくださいね」

「……はい」


 ゆう太の前に今日も朝ごはん(・・・・)が現れた。


お疲れさまでした。

次の舞台は通常病棟です。

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