なぜディベートに負けたのか?
わたしは私学の雄・若花田大学政治経済学部の1年生で、名前は山内浩二という。
キャンパスは広大で、赤レンガの古い講義棟と鉄骨の建物が混在していた。
中庭には芝生とベンチが並び、学生たちは課題を広げたり雑談をしたりしていた。
春の若花田通り沿いには、まだ舗装の荒れた道に自転車やスクーターが行き交った。
学生たちは学ラン、セーター、ジーンズ、野球帽、スニーカー革ジャンを身につけ、天然パーマのものも見かけられた。
わたしは英語会に所属している。
部員数は200人を超え、1・2年生は通学電車に応じて、5つのホームミーティングに分かれて活動していた。
3年生になると、ディベート、スピーチ、ディスカッション、ドラマの4つのセクションに分かれる。
この大学は男子比率が高く、女子学生は全体の1割にも満たない。
ESSでも女子はほとんどが1、2年で辞め、3年まで残る女子部員は片手で数えられるほどだった。
その年、全国ディベート大会で何度も優勝してきた我が校が、準優勝に終わった。
決勝で旭富士大学に敗れたのだ。
数日後、たまたま買った英語月刊雑誌に、その決勝戦の詳細な記事を見つけた。
なぜ我が校が負けたのか、専門家による分析が書かれていた。
テーマは「日本は貿易障壁を撤廃すべきである」。
我が校はくじ引きで否定側を引いた。
つまり「撤廃すべきではない」と主張する立場である。
ところが、我が校の弁士が相手にこう質問したという。
「あなた方は、政府の中にも貿易障壁を撤廃すべきだと言っている人がいるのを知っていますか?」
記事には、「このような質問は減点の対象になる」と明記されていた。
当時、日本にはまだ貿易障壁があり、撤廃されてはいなかった。
否定側は、「撤廃すべきではない」という立場を論理的に擁護し、ジャッジを説得しなければならない。
政府にも撤廃するべきだという人がいたかも知れないが、それはディベートとは関係がない。
なるほど、これでは負ける。
だが、しばらく考えているいるうちに、そんな初歩的なミスに味方の誰かが気づかなかったのだろうかという疑問が湧いてきた。
全国大会は5人制である。
それから数日経ったある日のこと。
わたしは、いつものように古ぼけた学生会館の色褪せたベンチに腰を下ろしていた。
ある時に3年生のディベート・セクションのチーフを見つけ、尋ねてみた。
「誰があの質問をしたんですか?」
「小島さんさ」
小島陽子さんは、ディベート・セクションで唯一の女子学生である。
「先輩は、あんな質問をすれば負けると思わなかったんですか?」
「思ったよ」
わたしは呆気にとられた。
「じゃあ、なぜ止めなかったんです?」
「俺だけじゃない。他の3人もそう思った。俺はチーフとして言ったことは言った。でも彼女だって、わざと負けようとしたんじゃない」
「それは、どういう意味でしょうか?」
「彼女はムキになって、『政府にも撤廃すべきだと言う人がいる。だから学生が言うのは間違いだ』って言い張ったんだ。
それ以上、言っても無駄だと思って諦めた。
女子はすぐ辞めると言うしな」
「それであの質問を止められなかったんですか・・・」
旭富士大学のESSには女子も多いと聞く。
若花田大学のESSに女子が少ないのは、活動が厳しいからでもある。
若花田大学が、格下の旭富士大学に負けた。
小島さんは決勝の翌日から学生会館に姿を見せなくなった。
もっとも来ても、もう活動はないし、雑誌の記事も出た。
戻る場所はなかったのだろう。
風の噂では、他大学との合コンで知り合った男子学生と婚約したという。
わたしも笑うしかなかった。
窓の外で、冬の風が街路樹を揺らしていた。




