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光を聴く

作者: ELS

※この作品はAIを利用して作られました。果たして、彼らは我々の心に響くモノが作れるのか。何か感じるものがあった方は高評価やコメントを、AIにはまだ人の心がわからないと思われた方は低評価をお願いします。

 朝の光が、白いアトリエの壁をやわらかく照らしていた。

 窓を少し開けると、遠くの通りで誰かが口笛を吹いている。澄んだ音が、薄い青の筋となって空気の中を流れていく。

 栞はキャンバスの前に立ち、その色を目で追った。青はやがて、黄色いピアノの音と混ざり、やさしい緑を生み出す。スピーカーから流れるのはドビュッシー。彼女の世界では、旋律が色として現れるのだ。


 絵筆を走らせるたび、色は音に応えて変化した。低音が沈むと赤が深くなり、ヴァイオリンの高音が跳ねると橙の粒が弾けた。

 その瞬間、世界は完璧だった。すべての音が調和して、ひとつの絵の中に溶け合っていく。


 栞は机の上のノートを開き、個展のタイトルや展示順、キャプションまで書き込んだ。

 「……もうすぐ、五月か。」

 初めての個展まで、あと二ヶ月。順調すぎるほど順調だった。


 だが、筆を止めた瞬間、左耳の奥に、キーンという細い金属音が走った。まるで光が耳の中で砕けたような痛み。

 不安の予感が、静かに胸をよぎった。


翌日、栞はアトリエに入ると、まず窓を開けた。

 外の鳥の声が、薄い灰色の霧のように漂っている。昨日までは、澄んだ黄色に見えていたはずだ。

 「……少しおかしいな。」

 小声でつぶやくと、自分の声が耳の中でくぐもって響くのを感じた。まるで水の底で反響しているかのようだった。


 日常の音も、色も、少しずつ変わっていった。

 歩くたびにドアのきしみ、時計の秒針、人の話し声——それらすべてが灰色に揺れる不自然な色として映った。


 その日、友人の美咲がアトリエを訪れた。

 「栞、大丈夫?」

 「……うん、ちょっと耳が変で……」

 栞は声を震わせたが、言葉にすることで少し楽になった。

 美咲は黙って頷き、栞の肩に手を置いた。理解してくれる人がいる。小さな安心感が胸に広がった。


 しかし、夜になると、細い高音が頭の中でずっと鳴り続けた。

 耳鳴りは増すばかりで、寝ても覚めても頭がチリチリと焼けるようだった。

 栞はついに病院を訪れる。


 医師は静かに告げた。

 「突発性難聴です。発見が少し遅れています。このままですと、聴力は戻らないかもしれません。」


 世界が色を失った瞬間だった。


医師から人工内耳の手術を勧められた。

 「手術により聴力は回復する可能性があります。ただ、以前と全く同じ聞こえ方にはなりません。」


 栞は迷った。

 手術をすれば、再び音の世界が少しでも戻るかもしれない。

 しかし、失われた“完璧な音と色の世界”は取り戻せない。


 アトリエで筆を握り、窓の外の雨音を聴きながら考えた。

 “手術しなければ、確実に色は消えていく。でも手術しても、完全には戻らない。”

 葛藤の夜が続く。孤独な時間の中で、栞は自分の中の恐怖と向き合った。


 最終的に栞は決めた。

 “前に進むしかない。”

 手術を受け、新しい色を探すことを選んだのだ。


手術後、目を覚ました栞の世界は、まるで誰かに塗り替えられていた。


 病室の蛍光灯がチカチカと明滅する。

 ナースの足音が近づく。その音は茶色だった。

 紙をめくる音も、濁った灰色に見える。


 かつて、ピアノは銀色に光り、ヴァイオリンは空のように透き通っていた。

 今は、世界中の音が錆びて、ざらついたノイズとして視界を汚していく。


 「……やめて、そんな音……!」

 自分の声が、自分の耳の中で金属がこすれるように響いた。

 看護師が何か言ったが、言葉の輪郭は崩れ、雑音にしか聞こえない。


 退院後も、アトリエには戻れなかった。

 キャンバスを見つめても、そこには何の色も浮かばない。

 机の上の筆を握るたび、かつての音の記憶が蘇り、胸が裂ける。


 電話が鳴る。表示は「美咲」だった。

 「もうやめてよ……!」

 受話器を床に叩きつけた。涙が頬を伝う。


 壁に立てかけたキャンバスを倒し、絵の具の瓶を手で払い落とした。

 ガラスが割れ、赤や青が床に広がる。

 “こんなもの、全部無意味だ!”


孤独な日々。スマホのメッセージも読まず、冷めたコーヒーとパンだけで過ごした。

 “もう私は、画家じゃない。”


退院して一週間。

 栞は再び病院を訪れた。

 人工内耳の調整と、聴覚リハビリのためだ。


 白い部屋の中で、ひとりの女性が笑顔を向けた。

 「こんにちは。朝比奈澪といいます。今日から一緒に、少しずつ“音”を取り戻していきましょう。」


 澪の声は、やわらかく波のように響いた。

 栞の耳にはまだノイズが混ざっていたが、その中で彼女の声だけが、不思議と“色”を持っていた。

 淡い橙――春の日差しのような色だった。


 初めのリハビリは、単純な音から始まった。

 机の上の金属棒を軽く叩く。

 「これはどう聞こえますか?」

 「……金属のこすれる音。少し、茶色いです。」

 「そう、いいですね。無理に“正しい音”を探さなくて大丈夫。あなたの感じた色が、今の“音”です。」


 澪は、聴覚だけでなく感覚全体で世界を捉えるよう促した。

 「耳だけじゃなく、体も使って。

  胸のあたり、どこが震えてるか、意識してみましょう。」


 栞は目を閉じた。

 音の波が、胸から指先へ、静かに広がっていく。

 確かに、何かが“届いている”。


 「……少し、見えました。青の、薄い線みたいな。」

 「それが音ですよ。」

 澪の笑みが光のように差し込む。

 栞の胸の奥に、微かな希望が灯った。


 日を追うごとに、リハビリは少しずつ難しくなっていった。

 ピアノの単音、リズム、そして人の声。

 栞は澪と一緒に、一音一音を確かめた。


 「これはどう聞こえますか?」

 「ざらざらしてるけど、……少し紫が混じってる。」

 「いいですね。紫は“再生”の色だと、よく言うんですよ。」


 帰り際、澪はふと呟いた。

 「あなたの世界の“音”は、きっと私たちが想像するよりずっと美しいんでしょうね。」


 栞は思わず笑った。

 久しぶりに、心から笑った。


 それはまだ、不完全な音の世界。

 でもそこに、確かに“生きた色”が戻り始めていた。


 病院の帰り道、冬の空気がまだ冷たい。

 だが、栞の中にはわずかに温かい光が残っていた。

 朝比奈澪の言葉が耳の奥で反響している。

 ――耳だけじゃなく、身体でも、心でも聴けます。


 リハビリは週に三度。

 澪は決して焦らせなかった。

 「“聞こう”とするより、“感じよう”としてみましょう。」

 その言葉に導かれるように、栞は少しずつ、世界を聴き直していった。


 水滴の落ちる音。

 カーテンの揺れる気配。

 エアコンの低い唸り。

 最初はすべてがざらつき、色も濁って見えた。


 けれど、数週間が過ぎたころ。

 澪が音叉を鳴らした瞬間、その振動が胸の奥でふっと淡い青を生んだ。

 栞は息を呑む。

 「……青が見えました。」

 澪は静かに頷いた。

 「それは、あなたが“聴いた”音です。」


 その日から、栞はアトリエの隅に小さなノートを置いた。

 どんな音が、どんな色に見えるかを書き留めていく。

 “風の音=灰青”

 “足音=淡い赤”

 “鼓動=深い朱”

 失われた世界の代わりに、新しい世界が静かに形を取りはじめた。


 けれど、すべてが順調ではなかった。

 ある日のリハビリで、澪が小さくピアノの旋律を流した。

 ドビュッシーの「月の光」。

 栞のかつて最も愛した曲だった。

 最初の音が流れた瞬間、胸が裂けるような痛みが走る。

 「……やめてください!」

 涙が溢れた。

 「これは違う……あの頃の音じゃない……!」


 澪はすぐに再生を止めた。

 静かに傍に座り、言葉を選ぶように口を開いた。

 「そうですね。違います。けれど――“違う音”にも、新しい意味があるかもしれません。」

 「そんなの、ただの偽物です。」

 栞は俯き、指を強く握りしめた。

 澪は首を横に振った。

 「“偽物”という言葉は、まだあなたが過去を愛している証拠です。

  愛してるものを、全部捨てなくていい。

  ただ、別の形で抱きしめてあげてください。」


 その言葉に、栞は何も言い返せなかった。

 その夜、アトリエで彼女は久しぶりに筆を取った。

 手の震えは止まらない。

 机の上には、リハビリノート。

 “足音=赤”

 “雨音=群青”

 ページをめくるたび、心臓が速く打った。


 窓を開けると、外の風がカーテンを揺らした。

 その音が、ゆっくりと青い線になって視界に現れる。

 その線を追うように筆を走らせた。


 赤が弾け、緑が渦を巻き、橙が震えた。

 世界が再び、動き出していた。


 翌週、リハビリ室で澪が尋ねた。

 「最近、何か“聞こえる”もの、ありますか?」

 栞は少し恥ずかしそうに笑った。

 「昨日、外を歩いていたら……風の音が、青く見えたんです。

  前はただの風だったのに、今は……音が、生きてる感じで。」

 澪も微笑んだ。

 「それは素敵ですね。

  あなたは、きっともう“聴こえてる”んですよ。私たちとは違う方法で。」


 その日の帰り、空はうっすらと春の色を帯びていた。

 桜のつぼみがほころび、遠くの子どもたちの笑い声が風に混ざる。

 その音は、柔らかな橙に見えた。

 栞は空を見上げ、心の中でつぶやいた。


 ――もう、怖くない。


 耳で聴くことはできなくても、

 私は、音を“感じて”いる。


 その夜、栞はキャンバスを広げた。

 心臓の鼓動が、ゆっくりとリズムを刻む。

 ドクン――赤。

 スッ――青。

 ふと筆が止まり、涙が頬を伝った。

 「ありがとう……」

 誰にともなく呟いた。


 音はもう、戻らない。

 けれど、世界は再び色で満たされていた。

 栞は筆を走らせながら思った。


 ――私は、もう一度、音を描ける。


 五月の風は、やわらかく街を撫でていた。

 画廊「リュミエール」の白い壁に、栞の名が掲げられている。

 『光を聴く』――瀬戸栞 個展。


 扉の向こうには、淡い照明に包まれた空間。

 壁一面に並ぶのは、かつての作風とはまるで違う絵だった。

 色が波打ち、溶け合い、見る者の内側に響くような――音のような絵。


 栞は入口に立ちながら、静かに人々の反応を見ていた。

 最初は戸惑いの顔。

 だが、次第にその表情が変わっていく。

 目を細め、立ち止まり、まるで“音を探すように”耳を澄ませる者もいた。


 「これ……音がする気がする」

 そんな声が、ざわめきの中から聞こえてくる。


 栞は目を閉じた。

 人々の足音、衣擦れ、笑い声。

 それらのひとつひとつが、やさしい光の粒になって胸に溶け込んでいく。


 ――聞こえなくても、私は今、音に包まれている。


 ふと、背後で声がした。

 「すごいですね、本当に“聴こえる”みたいです。」

 振り向くと、そこに朝比奈澪が立っていた。

 彼女は少しだけ涙をにじませて、微笑んでいる。


 「あなたの“聴覚”は、誰よりも広い世界に届いています。」

 栞はその言葉に、小さく頷いた。


 「……全部、あなたのおかげです。

  でもね、途中で気づいたんです。

  “聴こえる”って、耳だけのことじゃないんだって。」


 澪は静かに笑った。

 「そうですね。

  あなたの中では、音と色と心が、もうひとつになっているんでしょう。」


 少しの沈黙。

 そして、澪がぽつりと尋ねた。

 「この絵たち、何の音で描いたんですか?」


 栞は天井を仰いだ。

 光の粒が白い壁に跳ね、柔らかな影を落としている。

 「……自分の心臓の音です。

  最初に“色として聴こえた”のは、それだけでした。

  だから、これは私自身の鼓動の記録です。」


 澪はそっと頷いた。

 「とても……強い音ですね。」


 その時、画廊の奥から拍手が起こった。

 客の一人が声を上げる。

 「これが最後の作品ですか?

  “無音の光”ってタイトル、どういう意味なんです?」


 栞は一歩前に出て、少しだけ迷いながらも口を開いた。

 「……音が聴こえなくなってから、最初に感じたのは“静けさ”じゃなくて、“空虚”でした。

  でも、その空虚の中に、ほんのわずかに光があったんです。

  誰かの声じゃなく、自分の内側から湧く音――それを描きたかった。」


 会場が静まり返った。

 誰もが、その言葉を噛み締めるようにして、作品に視線を戻す。


 “無音の光”――

 そこには、白と金の境界線がゆるやかに溶け合うキャンバス。

 光が差し込む角度によって、見るたびに色が変わる。

 まるで、見ている人の心音に合わせて、生きているかのようだった。


 やがて、誰かがぽつりと呟く。

 「……音が、見える。」


 その瞬間、栞の中で何かが静かにほどけた。

 過去の痛みも、絶望も、涙も、

 すべてが、この一枚の中で溶け合い、音となって流れていく。


 澪がそっと彼女の肩に手を置いた。

 「おめでとうございます。あなたはもう、音を取り戻しましたね。」


 栞は笑った。

 「ええ。今なら、世界中の音が、こんなに綺麗に見えるんです。」


 その声は震えていたが、確かだった。

 会場の空気がふわりと揺れ、

 窓の外では風が木々を揺らした。


 その音は、やわらかな金色の光になって、

 栞の胸の奥で静かに鳴り響いていた。

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― 新着の感想 ―
すごいですね… どこがAIか全然分かりませんよ! 素敵なお話でした!
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