No.1 始まり
愛情の弊害
愛情は精神に対して時に不可逆的に影響を与える。愛情以外の負荷でも精神に作用できるが、愛情の存在下では意図してより強い負荷をかける、あるいは負荷を実際以上に強く感じさせる場合がある。この効果は「創傷治癒の経過」を例にすると妥当である。傷の深さ、処置の方法、化膿の有無などの要素によって治癒、瘢痕化、離開など結果が変わる。心的外傷後ストレス障害は精神的な癒えぬ傷の典型例だろう。そうした愛情の負の側面だけをみると、愛情を持たない方が有利ともいえる。プラスマイナスがゼロであり、安定するからだ。
「…暑いな。」
タクシーから降りて男は呟いた。胸ポケットからスマートフォンを取り出し画面を見ると、無表情ながらも急ぎ足で歩き出した。
「このアパートか?」
画面上の住所と建物の名前を確認し、階段で二階に上がった。
目的の部屋番号を見つけたのか、あるドアの前で男は立ち止まりすぐさまドアノブを掴んだ。
「…開かないか。」
男はドアを開けることを早々に諦め、隣の部屋のインターホンを鳴らした。少ししてドアが少し開き隙間から声がした。
「どちら様ですか?」
「隣の住人の関係者です。隣は子供が住んでいたと思いますが、昨日今日その子を見ましたか?」
「いやー…全然見てないですね。」
「家に一人でいる可能性が高いので確認したいのですが、鍵がかかっています。窓ガラスを割るので、すみませんがその場にいてもらえますか?」
「え、窓を割るんですか?」
男の本気が伝わったのか、住人が戸惑いがちにドアを開けた。
「さすがにそれはまずいんじゃ…」
「救急なので。責任は私がとるので、いてくれれば十分です。」
男は無表情に、だが有無を言わせない様子で住人を見つめた。
「わ、わかりました…。でも、知りませんよ…?」
「大丈夫です。」
住人が来たことを確認して男は窓ガラスの前に立ち構えた。
がしゃん!!
男は窓を蹴りで割ると鍵を開け、何事もなかったかのように部屋に入った。しかし、わずかに顔をしかめると呆然とする隣の住人に声をかけた。
「あとは家に戻っていて下さい。死体が見つかるかもしれないので。」
「は、はいっ…!」
そそくさと帰る住人を無視して男は進んだ。匂いは無造作に置かれたごみ袋からだった。中身が人間ではないことを確認して一番奥のドアを開けた。
ドアの奥は一つの異世界だった。カーテンは閉められ薄暗く、床には食べ物とそのかすが散乱していた。腐敗臭、排泄物、カビの匂いが混ざり合い、その中心には小さな子供が一人倒れていた。目は薄く開かれているが虚ろで見えているかはわからない。男は静かに子供の前に行くと、片膝をつき子供の脈と呼吸を確認した。
「まだ生きている、か。」
男は無表情に子供を見つめながらどこかに電話をかけた。
「もしもし、救急車を一台お願いします。患者は5歳ほどの子供、飢餓と脱水で意識が朦朧としています。場所は…。」
電話が終わると男は子供の耳元に口を近づけて、初めて子供に声をかけた。
「わかるか?聞こえているか?」
反応はないが、男は予想していたらしくそれ以上話しかけることなく子供から離れようとした。
しかしその時、わずかに子供の口が動いた。男は素早く耳を口に寄せたが、聞こえたのは男が想定していなかった言葉だった。
「お母さん…。」
男は無言で立ち上がるとキッチンに水を取りに行った。治療は必要だが、話せるなら水くらいなら少しは飲めるだろうと考えた。
それが二人の出会いだった。
愛情とは
古代ギリシャでは愛の形は8つあるとされたが、本研究は哲学ではないため愛情を対象で区分けする。すなわち家族、友人、恋人、他人、人以外、とする。
愛情とは感情の一つだが、感情の中心にあると考える。なぜなら愛情を理解しているから好き嫌いという嗜好が生まれ、嗜好は人の行動規範となるからである。また、悲しみ、喜びなどの感情は行動の結果生じる。つまり人は愛情を土台として行動し、その結果感情が発生していく。
結論として愛情は人としての基本となる重要なものである。本来愛情は生まれた時から自然に持ち、成長と共に変容していくものだが、ここでは愛情を持たない者の視点で考察していく。
まだ肌寒い3月、時間は夜の10時頃。中学2年生の黒条解は自宅の居間で勉強をしていた。一人で使うには明らかに大きなテーブルには2人分の食事が置いてあった。食事はすっかり冷め部屋の空気はうすら寒かったが、解は全く気にする様子なく勉強を続けた。
がちゃん、と玄関から音がした。音を聞いた解は立ち上がり、食事を電子レンジに放り込んだ。すぐに男性が一人静かに居間へ入ってきた。男は解を見ると無表情に言った。
「ただいま。」
「おかえり、真。」
解も淡々と返事した。電子レンジの機械音だけがする中、解は食事を順に温めていった。真と呼ばれた男は鞄から薬を取り出し口に放り込んだ後、居間を離れた。真が自室で上着を脱いで居間に戻ると、2人分の食事が温められた状態でテーブルに置かれていた。解はお茶を真の席と自分の席に置き、座った。真は変わらず無表情で言った。
「ありがとう。」
「お互い様だ。」
言いながら二人は向かい合って食事を始めた。夕食はベーコン入りの野菜スープとご飯だが、具材は非常に細かく切られ、ご飯は水っぽく炊かれていた。それでも飲み込みにくいのか、真は少しずつ食べ物を口に入れよく噛んで食べていた。
「食事を俺に合わせる必要はない。お前は普通の食事をしろ。」
「別にこれでいい。手間も大したことないし、真が気に病む事じゃない。」
「そうか。」
お互い淡々と言葉を交わしながら食事を続けた。
黒条真と黒条解は義理の親子だった。義理ながら髪の毛以外の容姿は似ていて、真は黒髪、解は完全な白髪だった。二人は容姿よりむしろ雰囲気がよく似ていた。二人とも姿勢よく無表情なまま、会話することもなく食事をしていた。一見すると不仲を疑うが、これが二人の日常だった。
幾らか食事は残っていたが、真はスプーンを置いて解を見た。
「今日検査をしたが、胃癌の4B期だろう。まだ組織診の結果は出てないが、内視鏡とCT画像からまず間違いない。」
解は真の話を静かに聞いていたが、立ち上がり食器を片付けつつ淡々と尋ねた。
「胃癌の4B期なら根治は厳しいな。治療は抗がん剤だろうが、するのか?」
「いや、必要ない。食事摂取不良による体重減少。原発巣は大きく、肝臓・上腹部リンパ節に転移がある。予後は数か月前後だろう。なら、治療する意義は俺にはない。」
真は自分の死を他人事の様に語った。解は皿を洗いながら真を見ずに返事をした。
「真の思う通りでいい。俺はそれを尊重する。ただ、死ぬのが怖くないのか?」
「怖くないな。死は万人に訪れるものだ。恐れる理由がない。」
真はお茶を一口、ゆっくりと飲んだ。
「お前にとって初めての死だ。俺が弱り死ぬ姿を見て経験しておくといい。明日の17時にICがあるから、時間があれば病院に来い。詳細を聞けるだろう。」
真は湯呑みを持って立ち上がり、自室へ戻った。
解は皿洗いを終え、テーブルの勉強道具を片付けた。綺麗になったテーブルを見て、次に真の部屋の方を見た。真は結局一度も表情や語気を変えなかった。
「死が目の前にあっても真はいつも通りだな。さすがだ。」
解もまた無表情に何度か頷き、勉強道具を自室へ持って行った。
翌日のICは画像こそあったが概ね真の説明した通りだった。内科医の真自身が説明できるのは当然なのだが、解は拍子抜けしてしまった。担当医師は結果が出そろい次第、抗がん剤の内服を勧めてきたが、真は固辞した。担当医師にとって真はこの病院の同僚であったため、最初は治療しないことに難色を示したが、結局は納得した。
真と解はICの後、車で家に帰っていた。
「余命は小説の様にはいかないんだな。あの先生は半年から1年くらいかもとか言ってたが。」
「当然だ。俺の数か月以内も予想だ。普通は長めに言って、短くなる可能性も十分ある、そう説明する。」
二人は世間話のように余命の話をしていたが、話がひと段落するとお互い黙っていた。しかし、気になることがあったのか解が口を開いた。
「麗さんにはどう説明するんだ?説明するんだろ?」
「昨日もう説明した。今日来るらしい。」
「…。」
解は家に帰った時を想像すると頭痛がした。
姫宮麗。歳は10以上離れているが真とは幼馴染の間柄だ。解も真に引き取られてから頻繁にお世話になっている、姉や母の代わりといえる女性だった。ただ、かなり個性的な人なので、麗と家で話をしてすんなり終わるとは思えなかった。解は小さくため息をついた。
真の車が自宅に到着すると、家にはすでに電気がついていた。
「もう中で待っているみたいだな。」
「そうだな。すぐ話ができて丁度いい。」
躊躇なく家に入る真を見て、解も覚悟を決めて家に入った。
「あ、おかえりなさい、真さん、解君。」
麗は笑顔で二人を迎えた。テーブルには夕食が三人分用意してあり、真の分は食べやすい様処理してあった。
「ただいま。」「ただいま、麗さん。」
「うんうん。さ、2人とも座って。早く食べましょう?」
三人は揃って食事を始めた。真が食べられることを確認し、解は疑問を口にした。
「麗さん、真が普通の食事がとれないといつ知ったんだ?」
「昨日真さんから。夕食作るって言ったら、自分は食べれない、なんて言うから詳しく聞いたの。解君もいつも会ってるんだから、教えてくれたらよかったのに。」
「いや、麗さんがここで食事を作るなんて、当分なかっただろ」
「まあそうなんだけど。」
麗は子供の様に口を尖らせた。無表情で無口な解と真、笑顔の麗と対照的な三人だったが、不思議と調和のとれた食卓だった。
食事が終わり片付けも終わると、三人はテーブルに着いた。本当はずっと気になっていたのだろう、麗が口火を切った。
「ねえ真さん、胃癌で早ければあと数か月の命だって聞いたけど、治療しないっていうのは本当?」
「ああ。昨日話したが全身状態、癌の広がりを考えると恐らく抗がん剤は効果がない。まあ副作用が激しいわけではないから試しにしてみることはできるが。」
「それならしたらいいんじゃないの?」
「効果がないと思いながら飲むのは非合理的だ。それに、動ける期間を延長できないなら意味がない。」
「…そう。真さんの言うことはとりあえずわかったわ。」
麗はそう言って俯いた。5歳の時に真と初めて会いそれから色々あったが、真のことは誰よりも知っている自信があった。なので、真は嘘を吐かないこと、決めたことを変えないことも知っていた。…けれど。
「でも、解君はどうするの?解君を一人にする前に、少しは足掻いてもいいと思うの。」
麗は言ってから少し後悔した。解が言わないのに自分が解の話をするべきではなかった。しかし、解の姉・母代わりとして聞かないわけにはいかなかった。
「麗さん、俺は別に…。」
「そうだな。麗の言う事は一理ある。」
真はどこまでも無表情に、淡々と答えた。
「未成年の子を持つ親が一日でも長く生きたいと希望することは実際にあるし、希望が叶うよう努力したこともある。だが麗、俺が生きて何になる?」
「生きてくれたら嬉しいわ。解君も、それに私も。」
「それは病気が治った場合だろう。例えば俺が一週間延命したとして、どれだけの価値がお前たちにある?」
「たとえ一週間でも顔を見て話ができるのは嬉しいことよ。」
「それは意味があるだけで価値ではない。価値とは後に残るものだ。意味だけでは死という問題を先送りしただけだ。そして、治療効果がなければ意味すらない。」
麗は真から目をそらして解を見た。解は相変わらず表情に乏しかったが、麗と目が合うとわずかに困った顔をして頭を下げた。自分を心配してくれる麗への感謝、真が心配をかけていることの謝罪、真の思い通りにさせて欲しいという願い、色々な思いが混ざっていた。
「…価値がないと、駄目なの?」
解の顔を見た時点で既に納得はしていたが、麗は少し悲しそうに真に聞いた。真は変わらず淡々と、はっきりと言った。
「ああ。解は俺とは違って未来がある。解にとって価値のある選択をするのが親としての俺の最適解だ。そして、その答えは俺個人の考えとも合致する。」
「分かったわ、もう何も言わない。真さんの思う通りでいいわ。」
麗は最後に笑っていた。少しの寂しさ・悲しさを含んでいたが、きちんと納得した上での笑顔だった。麗の笑顔を見て、解は表情こそ変えなかったが心の中では安心していた。
それから解は今までと同じ生活を送った。真はひとまず仕事を続け、解も普通に中学校に通った。麗は仕事があり解の自宅に来ることは少なかったが、代わりに朝様子を見に来ることが増えた。とにかく、三人で話をしてから三週間程度は表面上真に変化はなく、学校が春休みに入ったこと以外は生活に大きな変化はなかった。
夕食後、風呂から上がった解が居間に入ると、真が流しに立って水を流していた。真は無言だったが、彼の体に纏わりつく疲労感、居間に漂う酸っぱい臭いから、真が吐いていたことに解は気づいた。
「吐いてたのか?具合が悪いのか?」
「問題ない。が、そろそろ固形の食事は無理かもしれないな。食べても吐くだけになってきた。」
「何度か吐いたのか?ここ最近で。」
「ここ数日だ。今まではつかえるだけだったが、水分以外は吐くようになった。」
真は何も変わらず、何の感情もない表情と口調だった。解は少し語気を強めて言った。。
「ここ数日ならもっと早く言ってくれ。症状が続くのかどうか調べるにしてもな。」
「そうだな。調べる前にお前に話しておいても良かったな。すまない。」
真は話しながら冷蔵庫から飲み物を取り出した。
「明日病院で主治医に伝える。水を吐くまでは飲む形で栄養をとるから入院はしないだろうが、明日以降は俺の食事は必要ないからな。」
そう言って真は浴室に向かった。解には言わなかったが、まだ軽い吐き気は続いていた。
真は食事の代わりに処方された缶の飲み物を飲むようになったが、それすら少しずつしか飲めなかった。また、真は仕事の引き継ぎを済ませると退職し、財産整理などを始めた。そう遠くない時期に入院すると予想したからだが、度々役所や銀行に行くため疲労し弱った姿を解にさらすことになった。真が疲れた姿を解に見せることは今まで一度もなかったので、解には真に死が少しずつ近づいているように感じられた。
解は麗が管理する銭湯でほぼ毎日アルバイトをしているが、春休み中は朝から夕方まで銭湯で働いていた。
解が仕事を終え家に帰ると、居間には誰もおらずとても静かだった。真は自室にいるのだろう。解は朝の内に用意しておいたおにぎりと卵焼き、ほうれん草の胡麻和えが乗った皿を冷蔵庫から取り出し電子レンジに入れた。
今日は中学の始業式だった。解の髪の毛は地毛だが根元からきれいに白く、悪い意味で目立つ存在だった。解は他人に悪く思われることに慣れていたが、新しいクラスでの好奇の視線、陰口、教師からの注意で少し疲れていた。温まった皿を取り出すと、自分の席に座り黙々と食べ始めた。
「…。」
食事をしながら解はテーブルの上を見た。広いテーブルの上には自分の食事皿一枚だけ。真が死ねばこの光景も日常になるだろう。解は背中がすっと冷えるのを感じた。
解が食べ終える頃、真が自室から出てきた。真は解がいることに気付くと解の正面、自分の席に座った。
「休んでなくていいのか?」
「財産の処理をしていただけだ。それより、今日は始業式だろう。他人にまた何か言われたか?」
真がその日の出来事について質問してくるのは大変珍しいことだ。解は不思議に思いながら答えた。
「地毛だと言って納得する方が少ないからな。もう慣れた。」
解の髪は今でこそ白髪だが、5歳の時に黒から白へと変わり、以後戻らない。受けたストレスの影響と言われたが、10年経っても改善する様子はなかった。
「その髪はお前の生きた証だ。隠すことなく生きればいい。」
「そうだな。…それより、急にそんなことを言うなんて、何かあったのか?」
「お前を引き取った時を思い出していた。」
真はいつも通りの無表情だが、昔を思い出しているらしい。
「あの時の子供がここまで成長するなら、俺も年をとって当然だな。」
「真が思い出話をするなんて珍しいな。」
「いや、違う。今後の話だ。」
真は解の目を見て静かに言った。
「お前は性能面では十分成長したが、精神的にはまだ成長途中だ。感情に乏しく、愛情がよく分からないだろう?」
「そうだな。真の言う通りだ。」
「それは俺の責任でもある。俺は異常者で、愛情を理解できない。だからお前に与えることも教えることもできなかった。」
「…。」
解は真の言葉を黙って聞いていた。真が何を思ってこんな話をするのかが分からなかった。
「だがお前は俺と違い、他者への愛情を持っている。だからいずれちゃんと理解できるだろう。役に立つかはともかく、俺から渡す物もある。」
「渡すもの?」
「ああ。というか、俺の全てはお前に渡す。ついでだ、相続の話もしておこう。」
解は真が何を渡すつもりなのか気になったが、話が相続のことになり聞けなかった。とはいえ、真が嘘を吐くことなどありえないので焦らず待つことにした。
真の遺産を相続するのは解一人だった。真が親から継いだ銭湯は解が継ぐものの、今まで通り麗が管理してくれるらしい。また、解は未成年なので、司法書士である麗の父が後見人になってくれるそうだ。結局、解自身がすることは多くないようだった。真から胃癌と聞かされてまだ1か月程度だったが、既に死後の話をしているのは複雑な気分だった。しかし、淡々と自分の死後の準備をする真の在り様が解は嫌いではなかった。同じ立場になった時、果たして自分は真のようにいられるだろうか。今の解にとっては真が理想の姿だった。
五月になり暖かくなる頃、液体の栄養でも真は吐くようになった。口からとれるものは少量の水分のみとなり、真は入院し点滴をすることになった。病衣を着て点滴台を伴う真は一層弱々しく見え、解は否が応でも死を意識させられた。解は病院に通うため銭湯の仕事を一旦休むつもりだったが、真が反対したためやむなく続けていた。
「人が穏やかに死ねることは少なく、多くは病気や怪我で苦しむ。死は当たり前のもので、美しくないことを見ておけ。」
解は銭湯の番台で真の言葉を思い出していた。真の言う通り、苦しむ期間は個々で違っても、大抵の人は苦しんで死ぬだろう。だからこそ最期は穏やかな終わりを願うのだろう。だが、どうすれば穏やかに死ねるのか。安楽死、尊厳死は死ぬまでの時間が短くなるが、既に苦しんでいるからこその選択だ。いっそ苦しむ前に自殺した方が楽だろうか?いや、苦しむ前なら生きようとするのが普通だ。
「…難しいな。」
「何が?」
ぽつりと呟いた解の横から急に声がした。いつの間にか麗がすぐ隣にいた。
「麗さん。いや、どうしたら人は穏やかに死ねるのか、と考えてたんだ。」
「ははあ。真さんから何か言われたのね?あんなに弱ってるのに、そういう所は変わらないのね。」
麗は穏やかに微笑んだ。真と付き合いが長いためか、麗の笑顔には余裕と力強さがあった。解はいつも麗に助けられており、今回も力を借りてみようと思った。
「麗さんはどう思う?」
「穏やかに死ぬには?そうね、痛みとか吐き気は死ぬ前ならあっても仕方ないし…。」
「そこは諦めなくていいんじゃないか?苦しさをとるから穏やかになるんだろう?」
麗の意見が極論に聞こえ、思わず解は口を挟んだ。麗は頬に手を当てて考えていた。
「私も苦しいのは嫌よ。でも私は医者じゃないし、苦しさをとる方法を考えても仕方ないと思うの。そこは専門家に任せるわ。」
「まあ、確かにな。」
どうにもならないことは考えない。確かに一理ある。医学知識を少し持っているせいで図に乗っていたかもしれないと解は反省した。内省する解を余所に麗は考察を続けていた。
「それより、穏やかな死には心の安定が大事じゃないかしら。心配事や後悔があったら穏やかでいられないわ。人生に満足してたり、不満はあっても納得できてたり、残していく人を心配しなくてすんだり。そうしたことがきっと必要なのよ。」
「…それは、そうだ。」
痛みは身体的、精神的、社会的、スピリチュアルの四種類があるらしい、つい最近読んだ本にそう書いてあった。痛みに複数種類があるなら苦しみにも当然種類があるはずだ。解は身体的な苦しみしか考えなかった自分を情けなく思った。真に精神的に未熟と言われたことを思い出していた。
「解君、どうしたの?大丈夫?」
麗は沈黙した解を心配して声をかけた。麗が心配しないよう解は心の中で深呼吸をした。
「大丈夫だ。麗さんの答えに感心しただけだ。…しかし麗さんはすごいな。今の話もなんだが、弱った真を見ても動揺していない。」
「ふふっ。すごいんじゃなくて単純なだけ。私は真さんが大切だけど、その想いは真さんがどうなっても変わらない。根本が揺らがないなら動揺なんてしないでしょ?」
「ああ…。」
麗の話を聞いて、解は前から気になっていたことを聞いてみたくなった。
「麗さんは真に恋愛感情があるんだよな。真のどこが好きなんだ?」
麗は一瞬動きを止めた後、解に笑顔を見せた。笑顔が少し怖かった。
「解君、私以外の女性にはそんなこと聞かないようにね、失礼だから。あと『好きだった』よ。今は片思いじゃなくてお友達。分かった?」
「…すいませんでした。」
解はいつ恋愛感情がなくなったのか気になったが、聞くと危険なので止めた。麗は解に注意した後普通の笑顔になって言った。
「まあ、私のことは教えるわ。色んな理由があるけど、綺麗なところや脆いところは真さんの魅力だと思うわ。」
「…?」
聞いてみたものの解には全く分からないところだった。そもそも麗の恋心も真から聞いただけで、解が自力で気付いたのではなかった。返事に窮している解を見て、麗は優しく解の頭を撫でた。
「分からなくても大丈夫。解君ならいつかちゃんと分かるわ。」
いつかではなく早く分かる様になりたいものだ。ただ、まずは子供扱いからの脱却かと思いながら、解はそっと麗の手をどけるのだった。
「…ってことがあったの。」
「そうか。解もまだ思索が足りないな。」
病院の食堂で真と麗は話をしていた。楽しそうに話す美人と点滴片手に話を聞く無表情な病人、一見ちぐはぐな二人は解のことを話していた。
「もう、厳しいんだから。学校で勉強、病院通い、銭湯で仕事。解君はすごく頑張ってるわ。あと解君から私の恋愛話が急に出たからちょっと恥ずかしかったわ。話しても全然問題ないけど言い方は気をつけてね。」
「プライバシーには配慮しているから心配するな。」
笑顔の麗に淡々と返した真は静かにお茶で口を湿らせた。既に少量の水でも飲み込めなくなっていた。麗は真の状態を心配そうに観察していたが、不意に真が麗の方を向いた。
「麗、解は好きか?」
「え?もちろん好きだけど?」
「ごまかす必要はない。恋愛対象として好きか?」
「え?えっと…ええ。」
真は無表情に麗を見つめていた。麗は少したじろいだが、すぐに落ち着いて苦笑した。
「愛情が全然分からないのに、そういうのは分かるものなの?」
「言動や仕草、癖から推察しただけだ。それよりおめでとうと言っておく。」
「何が?」
真面目な顔で淡々と祝ってくる真に、麗は頭に疑問符を乗せながら聞いた。
「対象が俺から解に変わったことだ。頑固なお前に変化が訪れたということだからな。それに古いものは捨てた方がいい」
「ああ、そういうこと。」
麗は言葉の意味を理解し相槌を打ったが、すぐ不満そうな顔になった。
「祝ってくれるのは嬉しいけど、私は真さんを捨てないわ。形が変わっても、今でも真さんは大切な人よ。」
「…ああ。お前はそういう人間だな。軽率なことを言って悪かった。」
「うんうん。分かってくれればいいの。…誤解されたままお別れは悲しいから。」
穏やかに言った麗を真はちらりと見た後、点滴台を支えにゆっくりと立ち上がった。
「それと、数日中に一旦退院することになった。解に伝えておいてくれ。」
「そんな大事なことは早く言ってね。そういえば、携帯くらい買ってあげたら?」
「お前が偶然来たから伝えただけだ。それと、携帯は必要ないそうだ。死んだら俺のものを使うよう言ってある。」
昼食が食堂に届き少しずつ患者が食堂に集まってきたため、真は麗を促して帰らせた。昼の明るい陽射し、食堂に集まる患者達、昼でも忙しい看護師や医師達。そうした当たり前の光景に混ざることなく真は一人病室に戻っていった。
真の言う通り、それから数日して真は退院し、結果として真は10日ほどの入院で自宅に帰ってきた。中心静脈栄養を自宅でするようになり、真は解に点滴のつけ方、体に埋め込んだ器具への針の刺し方などを教えた。『自分の弱り死ぬ様子を見て学べ』という真の方針通りだった。
「なぜ胃瘻にしなかったか分かるか?」
「…点滴の方が管理しやすいから?」
「胃癌が腹側に広がっていること、胃の内腔が減少して液体が入らないからだ。腹水がある場合や全身状態が悪い場合も適応にならないことが多いな。」
解は夕食を食べながら、真はノートパソコンで作業しながら2人は講義のような会話をしていた。問いに答えられず悔しいのか、渋い顔をして解は言った。
「さすがに胃瘻は名前しか知らないぞ。」
「まあそうだろうな。別に覚える必要はない。雑談だと思え。」
一区切りついたのか、真はキーボードを打つことを止めパソコンを閉じた。
「解、お前は俺がいつ死ぬと思う?」
解は食事を止めることなく真を見て答えた。
「全く分からないが、そろそろ真が言った数か月になるな。予測が外れたのか?」
「いや、概ね予想通りだ。体調は悪化しているから再入院するだろう。次は退院できずに死ぬだろうな。…そうだな、今のうちに話しておこう。」
真は何か思いつき席を立つと、一度自室に戻った。少しして、真は何かを持って居間に戻ってきた。
「前にも言ったが、俺が死んだら俺が持つものは全てお前のものだ。必要なら使うといい。後はこれを。」
「タブレット?」
真が持ってきたのは大きめのタブレットだった。真が使った様子がなく、ほぼ新品だ。
「知っての通り、俺は愛情を理解できない人間だ。親子愛、友情、恋愛、色々だな。だから感情もなく生きてきた。」
「怒りや悲しみ等の感情がないし、趣味や好きなこともない。他人に何も感じないから麗さんとは恋人にならなかったし、俺も愛していない、だったな。」
以前真から彼の異常性は聞いていたので、解は聞いた通りの内容をはっきり口にした。真は無表情のまま解の言葉に頷き、淡々と続けた。
「その通りだ。おれは自分の性質が通常化、つまり愛情を理解できるかどうかを知るために生きてきた。結局俺に変化はなく、お前と麗のお陰で今後も変わらないことを確信できた。」
「…それは、『お陰』なのか?俺たちの『せいで』じゃないか?」
「『お陰』だ。死ぬ前に結論が出せたからな。ある意味では胃癌にも感謝している。仮にお前や麗が先に死んでも俺は何も感じないだろう。そんな自分を見ずに済んだ。」
解は真の言い方に何か感じるものがあったが、うまく言葉にはできずに黙っていた。
「話が逸れたな。とにかく、俺は自身の命題に一定の結論を得た。次はお前だ。」
真は解に渡したタブレットを指さした。
「それには俺が生きて考えたこと、そして経験を文書で保存してある。お前が成長し愛情を理解する中で、俺の記録が役に立つかもしれない。」
解は手に持っているタブレットをじっと見つめた。真の記憶と思いが入っている。そう考えるとただのタブレットが重厚なものに感じられた。解は感謝を込めて頭を下げた。
「ありがとう。大切に使わせてもらう。」
言うべきことを言ったのか、真は解に向かって少し頷くと自室に戻った。
真が吐血して入院したのは、その1週間後だった。
再入院後、真の状態は急激に悪化した。吐血は止まったが、状態不良と肝転移によってせん妄を引き起こした。解は病院に頼まれ、中学校を休み真に付き添う必要があった。
せん妄状態の真といるのは苦労した。真はベッドから動けないものの、点滴を引き抜こうとしたり、誰もいないのに人がいると言ったりした。人が変わったような真を見るのは物理的な負担以上に精神的な負担が大きかった。
(認知症が悪くなった時もこんな感じだろうか。)
薬で眠る真を見守りながら、解は簡易ベッドで休みつつそんなことを考えた。ずっと病院では色々不都合だったが、幸い麗が代わってくれたので家に帰ることができた。また、麗が病院と話をつけてくれたため、解が学校を休んでまで真に付き添うことは以後最低限で済んだ。
激しいせん妄は数日で改善したが、薬の影響もあり真はベッドから起き上がれず、話すことも難しくなった。途中医師から説明があると言われ、解は麗と共に話を聞いた。説明の内容は、今後病状はより悪化し改善はしない。そのため点滴などの処置を徐々に減らしていくということだった。また、急変時の蘇生処置について問われたので、真の言う通りしないことにした。解も蘇生処置をしても苦しいだけだと考えたし、真の意思に沿うべきだと思った。
「やっぱり真さんは経過を予想できてたのね。まあ、私達が自分を見てどう思うかは分からないんでしょうね。」
麗は真の手を握り微笑んだ。解は麗の言葉と笑顔に返す言葉を持たなかった。すぐ隣で話をしても、病状と薬のせいで真が解たちに反応することはなかった。
真が再入院して10日ほど経ったが、真の容体はさほど変わらなかった。しかし、解には変化がないことが良いのかどうか分からなかった。中学には通学してはいたが集中できず、中間テストの出来は芳しくなかった。正直、今の解はテストなどどうでも良かった。
麗の命令で銭湯の仕事が当分休みになり、解は毎日放課後には病院に行くようになった。学業も仕事もこなせない自分が情けなかったが、病院に行かずにはいられなかった。
そして今日も解はベッドの脇にある椅子に座り真の顔を見た。真は少しだけ話せることもあったが、大抵は鎮静剤の効果で眠っていて、今もそうだった。見ると、真の顔は黄色く痩せていて、病篤しという言葉がぴったりだった。元気な真なら今の情けない解に、
『病院に来るエネルギーが無駄だ。勉強や仕事にその労力をあてろ。』
とでも言うのだろうが、もう言うことはない。
「邪魔して悪いな。今日は読むものがあるんだ。隣、失礼するぞ。」
解は真に断りを入れてタブレットを取り出した。解は今日初めて中身を見るつもりだった。触ってみるとパスワードは必要なく、画面にはたった一つだけフォルダがあった。そのフォルダは「記録」とあり、開くと大量のフォルダと文書ファイルが入っていた。ファイル名には愛情、友情などの言葉が多く、これら一つ一つが真の記憶、考察なのだろう。解はその中から気になったファイルを一つ選び読み始めた。
死を前にして 5月〇日
体の倦怠感が強く、腹部膨満感、鈍痛が続く。絶飲食時ならまだ吐かないため、片付ける手間がなくなり助かる。
悪化する体から、もうじき自分が死ぬと予想している。苦しみや死に恐怖はないが、気になることはある。
まず解だが、まだ幼少期のトラウマの克服あるいは受容ができていない。そんな中、自分が死んで解を置いていくことが解にどう影響するか。愛情がない故に解を捨てることはないと言ったことがある。しかし、結局置いていく自分を解は責めるだろうか。自分の死は解の成長に有用だと考えているが、過去の己の言動が解に悪影響とならないことを願う。麗に関しては気になる点はない。麗は精神的には自分よりもはるかに成熟している。
確かめようがないが、魂が存在するのかどうかは調べたい。自分の精神的異常は脳の障害という物理現象なのか、形而上学的な魂の問題なのか。調べる方法がなく、死んでは何もできないだろうが、もし幽霊にでもなれれば解に接触を図ろうと思う。
読み終えて解は少し笑った。解のことを気にしているが相変わらず淡々としていて、文章と会話が大差ない。読んでいると、まるで真の話を聞いているみたいだ。麗のことは簡素極まりないが、評価が高いからなので仕方ないだろう。それにしても、魂なんて曖昧なものに真が言及するとは思わなかった。しかも真面目に書かれており、とても真らしかった。一項目読んだだけだが、真の文章は確かに真の記憶と思いが込められていた。
「ありがとう、真。」
真は変わらず反応しないものの、解は病院に来る前より気が楽になった。自分勝手な希望だが、自分の書いた内容が役に立ったことを真が満足してくれればいいなと思った。
その後も真の調子は低空飛行ながら増悪することなく経過していた。解も真の残した記録を読むことで精神的に落ち着くことができた。しかし、やはりというか当然だが、現実が現状維持を続けることはなかった。
六月の下旬、しとしとと雨が降る日だった。教室で授業を受ける解は窓から雨を見ていた。授業がつまらない訳ではなく、雨には思い入れがあったのだ。
(静かな雨だな…。)
「おい黒条、授業中に外を見るんじゃない!」
「すいません。」
先生に注意されたので解が冷静かつ素直に頭を下げていると、教室の戸が開き知らない教師が入ってきた。
「黒条君、病院から連絡よ。職員室に来て。」
解は無言で立ち上がり職員室へ向かった。教室からは何事かと騒ぐ生徒達とそれを注意する教師の声が響いていた。
電話は看護師からで、真の心拍が低下してきたので来て下さいとのことだった。解は急ぎタクシーを呼んでもらい病院へ向かった。心の準備はできていたので、解は表面上動揺することはなかった。麗に連絡したかったが携帯を持っていないので諦めた。せめて心の中で麗に謝罪した。
真の病室に入ると、主治医と看護師が待機しており、心電図での脈はすでにほぼ平坦だった。真は相変わらずベッドで横になっていて、肌は黄疸で黄色だったが血の気が感じられなかった。解は真の顔側に座り、静かに真の顔と心電図を交互に見ていた。そのうち心電図が完全に平坦になると、主治医が真の目にライトを、次に胸に聴診器を当て、そして言った。
「最低限の反応も、心臓の動きや呼吸もありません。6月〇日〇時〇分、ご臨終です。」
主治医と看護師が頭を下げた。そんな儀式を最後に真は死んだ。死人となった真は死人色の肌をしたままぴくりともしない。本当に、全く動きがなかった。者がものになるとはこういうことなんだな、と解は思った。解は椅子に座ってじっとしていたが、悲しくはなかった。むしろ真が苦しくなくなってよかったとすら思った。看護師が真から点滴などを外し綺麗にする間、解はようやく麗に連絡ができた。麗は慌てることなく解をねぎらい、後で必ず行くと約束した。事実、麗は葬儀屋より先に病院に来てくれた。
そこから先は機械的で事務的な作業ばかりだった。葬儀屋に連絡し、病院での支払いをすませた。死亡届を病院で受け取り、真の死体と共に病院から葬儀場へ行き葬儀の説明を受けた。真は葬儀を希望しなかったので、火葬の手配だけ行いその日は終了した。
翌日、麗と解は葬儀場に行き、真が火葬されるのを見た。真は遺骨に価値はないから捨てておけと言っていたが、解は小瓶に真の灰を少しだけ入れ、瓶をポケットに入れた。焼けたばかりの灰からはわずかに熱を感じる気がした。死者の灰は真にとっては無価値だが、解には意味があるように思えた。
ところで、真が死んで火葬されるまでの流れに解は良い印象を持たなかった。故人を想う暇もなく金銭や書類、形式の話をしなければならず、正直不快だった。しかし、麗が病院に着いてからずっと一緒だったので、精神的に参ってしまうようなことはなかった。
真の死はやはり中学3年生の解には衝撃が大きく、行動はできてもどこか上の空といった調子だった。そんな解を心配した麗は真が死亡した当日は家に帰らず解の家についていき、泊まった。しかし、解は麗の行動を指摘する余裕もないのか、麗が一緒に解の家に帰り夕食をとっても、解と一緒の部屋で寝ると言っても反対しなかった。結局麗は真を火葬した日も解の家に泊まったのだった。
解は夢を見ていた。夢の中で自分は小さな子供で、見覚えのある部屋に立っていた。目の前には母親がいて、何か言っているが聞こえなかった。言い終わると母はドアを開けて出て行った。解はぼんやりとドアが閉まるのを見ていた。
(ああ、また置いていかれるのか…。)
空っぽな解の心に絶望が満たされていった。
解が目を覚ますとそこは自室だった。頭痛と動悸、息苦しさで動けず、体が震えるのが分かった。解はただ目を閉じて苦しさと恐れに耐えるしかなかった。
不意に解の体は柔らかい何かに包まれた。温かさと優しさを感じ、解は少し緊張が取れた。お陰で体を少しは動かせるようになり、目を開けると目の前に麗がいた。解は麗に抱きしめられていた。解は離れようとしたが、麗の力が存外強いこと、体の震えが残っていたことから動けなかった。ただ、苦悶の中で感じる麗の温もりは心地よく、規則正しく背中を叩く手は優しくて穏やかだった。
どれくらい経ったかは知らないが、解は徐々に落ち着きを取り戻した。少し見上げると麗は目を閉じて微笑んでいたが、解の視線に気付いて目を開けた。
「解君、大丈夫?」
「あ、ああ、大丈夫だ。大丈夫だから…。」
穏やかに笑う麗の腕の中で解は身じろぎした。さすがに恥ずかしいらしい。麗は最後に解の頭を一度撫でてから離れた。
「昔と同じやり方だったけど、落ち着いてくれてよかったわ。勝手に抱っこしてごめんなさい。」
「いや、麗さんは悪くない。とにかくありがとう。」
気まずそうな解が誤魔化すように時計を見ると、まだ朝の早い時間だった。二人は起きて朝食を食べることにした。
「解君、最近発作はどれくらいあるの?」
朝食後にコーヒーを飲みながら麗は聞いた。
「最近は数か月に一回くらいだ。今回は…まあ、ストレスが原因だと思う。」
解は少し考えてから答えた。麗を心配させたくはないが、嘘をつきたくもなかった。
「そう。ストレスは当分あるだろうし、今後しばらくは発作が起きやすいかもってことね…。」
「可能性の話だから、とりあえず気にしないでくれ。それより昨日一昨日はありがとう。麗さんも色々あるはずなのに申し訳ない。」
解が頭を下げると麗は笑っだ。
「私がしたいだけだから大丈夫。解君こそ気にしないで。…真さんが亡くなって寂しいけれど、意外に元気よ。真さんが言ってたからかしら、私も異常で壊れているって。」
「麗さんは壊れてなんかないぞ。」
解は少し語気強く返事をしたが、麗はかぶりを振って優しく答えた。
「悪い意味じゃないの。真さん曰く『麗は他人の愛情を求めていない』って。前に話したけど、愛する人が私を愛してなくても、死んだとしても関係ないわ。私は愛情を与えるだけ。もちろん私を好きになってくれたらすごく嬉しいけどね。」
「…結局どこが壊れてるってことなんだ?」
「愛情は見返りを求めるものって考えたみたい。だから相手の愛情を求めない私を異常、壊れてるって表現したの。とにかく、私は元気だから心配しないでね?」
そして麗はコーヒーを飲み終え、やることがあると言い一度自宅に帰った。
義理とはいえ親が死ぬと一週間は学校を休むことができる。銭湯も数日は休業するそうなので、解は手持ち無沙汰だった。どうするか考えていると、真の部屋のドアが目に入った。
「必要なものは使え、だったな…。」
真の言葉を思い出し、吸い込まれる様に真の部屋に入った。中身は初めて入った時から何も変わらない。変わったのは部屋の持ち主が消えたことだけだ。
解が何となく部屋を眺めていると、机の写真立てが目に入った。麗が作り置いたもので、解の部屋にも似たものがある。写真には真に引き取られてすぐ、まだ髪が黒い自分と真、麗が並んで立っていた。解と真は義理の親子だが、無表情で立つ様子はかなり似ていた。そういえば、写真を撮った頃の自分は真に引き取られたばかりだが、どんな様子だったのだろう。
「この時期のことも書いてるのか…?」
時間は十分にある。解はタブレットを置いたままの自室へ向かった。
親になった時
5歳の解を養子として引き取ったが、理由は同情ではなく倫理からだ。愛情を理解できるはずの人間達、すなわち妹は解を放り、保育園は解の不在を無視し、児童相談所は解が異常だとして様子を見続けた。本来愛されるべき子供が愛せるはずの母親と社会から否定されていた。『普通』とされる人間が育てる義務を果たさないなら、『異常』である自分が育てようと考えた結果だった。
引き取る前から解は日々PTSDによるフラッシュバックに苦しんでいた。精神科で治療するだけでなく、麗の助言で解を抱いて寝ることにした。自分で意味があるか疑問だったが、何の偶然か解に症状の改善が認められた。麗でも効果があったので、解は自分を否定しない人間との触れ合いを求めているのだろう。ただ、引き取ってすぐに白化し始めた髪は改善することはなく、精神科も経過をみるしかないとのことだった。しかし、髪の色は生きるという点において問題ではないので、成長した解自身に任せることにした。
改名したことも解の安定につながった。引き取ったばかりの解は自分の名前を消そうとする異常行動があり、理由を問うと「きらい」と返ってきた。さらに聞くと「名前が自分と合ってない」とのことだった。誰かから名前の意味、由来を聞いたらしい。名前が嫌いなら変更すればいいと考え、多くを理解し様々な問題を解決できるよう「解」と改名した。役所から文句は出ず、解自身も精神的に安定したため有益な試みだった。解がこちらを真と呼び、かつての麗のように懐くようになったのはこの頃からであり、解にとってはようやく苦痛のない生活が始まったのだろう。
話は変わり、家族とは家族内の立場(母、父など)を自認し、相手の立場を積極的に承認する。それが相互に行われる関係と考えている。そして家族愛は、上記定義を用いた家族への肯定的感情、と理解する。ただ、その定義では肯定的な感情を持たない自分は解とは親子になる可能性はあるが、親子愛は持てないと思われる。そして、親子愛がない親子関係は異常である。親の存在意義は子の健全な成長であるため、異常な親子関係が解に悪影響とならないかを監視し、必要なら改善が求められる。
(追記)
解は8歳になった。感情は乏しいものの自分とは違いないわけではない。しかも、わずかではあるが感情表現に成長がみられる。結局、自身の異常性とそれに伴う異常な家族関係は解の成長に大きな問題を与えていない。そのため、異常点を急ぎ普通にする必要は現段階ではないと判断する。
「ふぅ…。」
今回の文章もまずまずの量だった。解はベッドで横になり、今読んだ内容を思い返していた。
「自分のことなのにほぼ覚えてないな…。」
解は他人事のように呟いた。真に抱かれて寝たことも、元の名前が嫌いだったことも、ほとんど思い出せなかった。しかし、嫌な記憶が特にないということは真や麗が努力した結果なのだろう。改めて解は二人に感謝した。
昔の名前に関すること、家族愛のことなどを考えるうちに解は眠ってしまった。再び解が起きた時、時計はすでに夕方を指していた。
「今日も何もしなかったぞ…。」
解は無為に一日を過ごしたことを後悔したが、その後悔も無駄なので居間に向かいひとまず水を飲んだ。今更夕食の準備をする気にはならなかった。
「真には怠けるなんて概念はなかったな。」
解は椅子に座り目を閉じた。自分の至らなさに腹が立つものの、気持ちとは裏腹にやる気は出てこなかった。
(こんな調子じゃ真に怒られるな。)
実際には真が怒ることなど一度もなかった。皮肉めいた冗談が出るほど解は自虐的になっていた。思えば真の死を前に悲しまず泣かなかったのは単に心が未熟だっただけではないか。真の遺灰を持って帰ったことも弱さ故かもしれない。一度悪く考え始めると負の連鎖はなかなか止まらなかった。
その時、インターホンが鳴った。解はのろのろと玄関に向かいドアを開けた。
「解君、こんばんは!」
訪問者は麗だった。彼女は元気に挨拶すると解の脇を通り抜け家に入っていった。なぜか大荷物を肩にかけていた。
「どうしたんだ、麗さん。何か忘れ物か?」
怪訝そうに聞く解に、麗は大きな荷物を下ろして宣言した。
「これからは私も解君の家で暮らすわ。どうかよろしくね?」
解は迷惑をかけてしまうので麗の同居を反対したが、すでに麗の両親も納得済みだった。解の後見人である麗の父親が許可した以上、解は麗を説得するしかなかったが、応じる麗ではなく解は逆に言い負かされていた。結局、解は麗と共に空き部屋を簡単に片付け、麗の部屋を用意した。
その後、解は麗に夕食をつくろうとしたが、麗はすでに夕食を用意して持ってきていた。全てが麗の想定通りであり、解は麗の計算高さに舌を巻いた。
「ありがとう麗さん。夕食の用意ができてなかったから、正直助かった。」
「でしょ?挨拶代わりだけど、何より解君が元気ないだろうなって思ったの。」
麗は解の元気がないことも分かっていた。解は頭が下がる思いだった。
夕食を終えると二人で皿を洗い片付けた。片づけが終わり、解がお茶を飲んでいると麗が椅子ごと近づいてきた。
「解君、疲れてるなら肩でも揉むわよ?それとも一緒にお風呂でも入る?」
「俺で遊ばないでくれ。…そんなに疲れてるように見えるか、俺は。」
「ええ。やっぱり真さんがいないから、精神的な疲れが大きいんだと思うわ。」
麗が話しながら抱きつこうとするので、解は麗をするりとかわして立ち上がった。避けられた麗は口を尖らせて不満そうだった。
「もう、避けなくてもいいのに。」
「麗さんのためだ。他の人にはしないようにな。軽い女だと誤解される。」
「解君にしかしないわ。一種の家族だもの。」
「家族…。」
麗が何気なく言った「家族」という言葉に解は反応した。真が触れていた家族の定義を思い出していた。
「麗さん、家族って何だ?ついでに家族愛も教えてくれると助かる。」
「家族と家族愛?前に真さんも同じことを聞いてたわ。やっぱり親子なのね。」
麗はにこにこと笑った。解と真を長く見ているので、二人の親子らしさが見えると我がことのように嬉しかった。
「私にとって家族は『私が一緒に住みたい人』かな。それがわかりやすいと思う。それと家族愛?は『家族を許容すること』かしら?」
「つまり、愛は許容することなのか?」
「私的に家族愛はそう考えたわ。家族って、基本的には結婚相手以外は選べないでしょう?一緒の時間も多いし、相手を許して受け入れる気持ちは必須だと思うわ。」
解は顎に手を当てて考えた。真とは中身が違うが、麗が言ったことも家族、家族愛の定義として成り立つ気がした。特に「許して受け入れる」という点は、長くつながりを保つためには重要に思えた。やはり麗に聞いたのは正解だった。
心配なのかからかいたいだけなのか、何かと絡んでくる麗をかわし、ようやく寝る時間になった。部屋から麗を追い出して、解はベッドに倒れ込んだ。麗が家に住むのは嫌ではない。むしろ助かるが、一方で色々面倒なこともあるだろう。まさに麗が言った通り、「家族愛は家族を許容すること」だった。
ベッドに横になっても解はまだ親子について考えていた。愛していたかは分からないが、解は真のことを義理ではあったが本当の父親だと思っていた。一方で真は解に何の感情も見せず、菓子や玩具を買い与えたこともない。代わりに解が受け取ったものは不必要な苦痛がない生活と生きる力だった。それらは真ができた子育ての限界だったが、育てられた解に不満は全くなかった。むしろ、欺瞞や虚飾がない真を信頼していたし、彼の在り方に憧れてさえいた。
(真と麗さん、どちらの定義でも俺には親子愛があるってことか…。)
親に置いていかれた自分に親子愛がある…不思議な話だ。それとも親子愛がなかったから捨てられたのか。
(…止めよう。)
解は胸苦しさを感じて思考を止めた。昔を思い出すのは精神衛生上良くない。もし発作が起きればまた麗に迷惑をかけてしまうのだから、ストレスは避けるべきだ。しかも明日から麗との新しい生活が始まるので、早く寝て平時の自分に戻る努力をした方がよい。
解は強引に思考を放棄して目を閉じた。当然ながらすぐに眠れることはなく、解はベッドの上で寝返りをうち眠りの訪れを待つしかなかった。
黒条真に家族愛はあったのか
題名そのままだが、真の愛情、特に家族への愛情があったかを考える。
まず真の人間性について記す。真は自身には愛情、感情、嗜好がなく、相互利益と倫理を元に行動していると言っていた。確かに真の言う通り、真は感情が見られず、趣味も恋人も好物もない、理屈で動く人形のような人間だった。ただ、妙な愚直さ・誠実さがある、余人には理解できない理屈で動くなど、普通の理屈では説明できないこともあった。
次に真の家族について考える。真は両親には愛されていたが両親を愛してはいなかったらしい。両親が急死しても何もなかったそうだ。義理の子供にも感情を全く見せず、いわゆる親とはまるで違う言動をとっていた。真を愛していた麗に対してもやはり感情を伴わず理屈で動いていた。
自分以外の全てに同じ対応をするとは、すなわち真にとって全ては等価値ともいえる。ここで、突出したものがない=特別なものがない=愛していない、と考えられるので、結論としては真に明らかな愛情はなかったと考えられる。
そして、家族愛の定義と絡めて考える。真は愛情を理解できないので自分には家族愛がないとした。他方、真は他人を嫌うことがなく、他を許容する力は高かったといえる。これは麗の定義では真にも家族愛があることになり、正反対の結論が出てしまう。
絶対的に正しい家族愛の定義といえるものはないため、結局真に家族愛があったかは確定できない。しかし、育ててもらった側としては真には何の不満もなく、むしろそんな真でよかったと思っている。また、全く愛情を持たない人間が麗に好かれるだろうかという疑問もある(麗は個性的なので特殊事案かもしれないが)。とにかくはっきりしたことは言えないが、愛情とは何かを考え続けた真を「愛情を理解できず、感情を持たない人」と一言で済ませたくない自分がいる。
△年□月〇日
最初期の解の記載より
愛情の成立と時間
すべての愛情は成立(自覚)するまでに時間が必要である。自動的に形成されやすい親子愛であっても、円滑な形成のためには胎児期、新生児期が必要になる。その一方で、出会ってその日に友人となるあるいは一目惚れ等、時間を必要としない愛情もある。これらは単位時間あたりに起きた出来事の密度、根拠のない自らの直感、偶然良好だった互いの相性、そうしたものが合わさることで成立するのだろう。
しかし、成立したものが強固なものになるか、砂上の楼閣でしかないかは発生機序が全てではない。その後の要因でどちらにも変わり得るため平時に何もしなくてよいわけではないだろう。
真 記
「すいません、急いでるので…」
「いいじゃん、ちょっと遊ぼうよ。」
「そうそう。」
もうすぐ4月になる頃。嫌がる女子高生にしつこく言い寄る同じく高校生二人。どこかで見たことがあるような光景だが、そこに買い物袋を持つ男子学生が近づいていくのは珍しいだろう。
「嫌がってるのが分からないのか?」
「あ?」
後ろから急に声をかけられ、振り返りながら凄んでみた高校生…いや不良達は一瞬言葉を失った。
立っていたのはエコバッグ片手に不良を静かに見つめる青年だった。恐らく女生徒と同じくらいの年だ。身長は180cm近く、首の後ろで結ばれた根元から先まで真っ白な髪の毛が目をひいた。不良達は呆気にとられたものの、すぐまたふざけた態度に戻り青年に近づいた。
「なんか用かい、おじいちゃん?」
「嫌がってるだろう。早く手を離せ。」
青年は不良達へ一歩踏み出し静かに、だがはっきりした口調で言った。
「えらそうに、うざいんだよ…⁉」
青年の胸ぐらをつかもうとした不良があっという間に地面に倒れた。どうやら足を払われたようで、倒された当人は何が起こったのかもよく分かっていないようだ。
「この野郎っ…⁉」
もう一人が殴りかかるが、青年はその腕をつかむと勢いを利用し投げ飛ばした。不良達に痛みはそれほどないようですぐに起き上がったが、分が悪いと思ったのか悪態をつきながら逃げる様に去っていった。女生徒は謎の青年を少し怖々と見ていた。不良が見えなくなると、不良を追い払った青年は女生徒をちらりと見た。
「大変だったな。じゃあ。」
「えっ?ちょ、ちょっと待って!」
何もなかったかのように立ち去ろうとする青年に女生徒は思わず声をかけた。青年は不思議そうに振り返り小首を傾げた。見た目は青年も不良のようだが、その仕草はどこか子供っぽいものだった。
「何か…?」
「え、ええっと…。」
「…どうした?………!」
沈黙が数秒続いたが、青年は何かに気づいたようにはっとして少し頷くと、
「What’s happen ?(何かあった?)」
英語で言い直した。
「…。」
「…?ん?これでも駄目か。なら…。」
「…ふふふっ。」
女生徒は少しリラックスしたようだ。固かった表情が和らぎ、考え中の青年に答えた。
「大丈夫です。そもそも待って、って日本語で声かけましたよ?」
「…確かにそうだな。…日本語が分からないなんて決めつけて悪かった。」
「いいんです、全然気にしてないので。むしろこっちが助けてもらったわけですし。」
「そうか?」
「そうですよ。ありがとうございました。少し怖かったから、本当に助かりました。」
「大したことはしてない。」
「そんなことないです。とてもすごかったですよ。」
「…そうか。まあ、思うのは自由か。」
青年は先ほど不良共を撃退したとは思えない落ち着いた様子だったが、思い出したようにズボンから懐中時計を取り出した。
(今どき懐中時計…?)
「悪いがそろそろ。」
「あ、ごめんなさい。」
「いや。俺こそ邪魔した。」
女生徒は立ち去る青年の背中を見ていた…が、いきなり彼が持つエコバッグが破れ中身が零れ出た。青年は素早く袋を両手で抱えたが、周囲には既に食べ物が散乱してしまっていた。女生徒には地面を見る青年から哀愁が漂っているように見え、かわいそうだったが思わずくすりと笑ってしまった。
「手間をかけて悪い。」
「いえ、お互い様なので。それに、別に重くないですから。」
青年と女生徒は並んで道を歩いていた。女生徒は先程地面に落ちた食べ物(野菜や豆腐など)を入れた鞄を抱えていた。青年が気になり荷物運びを手伝うことにしたのだ。
「それにしてもいっぱい買ったんですね。お使いですか?」
「家で使う4、5日分だな。」
「へえ…。」
女生徒は青年をちらりと見た。髪は野暮ったいがまあまあ格好いい…ではなく、見た目不良の割に買い物なんてしっかりしている。ただ人と話すのが得意でないのか、返事が常に簡潔だ。最初は機嫌が悪いのかと思ったが、無表情のまま全く表情が変わらないのでこれが素のようだ。
「…はあ…。」
「え、どうしたんですか?」
青年が無表情ではあるが軽くため息を吐いたので女生徒は思わず尋ねた。青年が見せた初めての感情的な行動だった。
「…卵が二つ割れた。」
「…え?卵、ですか?」
「ああ。容器から漏れてはないが、勿体ない。失敗したな。袋が弱ってないか確認しておけばよかった。」
「…。」
女生徒は呆気にとられていた。先程二人の不良を難なく撃退したのに、卵が二個割れたことを気にしているなんて。
二人は話している間にも歩いていたので、二人は程なく青年の家に着いた。やや古いがしっかりした一軒家だった。青年は玄関のドアを開け、袋を置き女生徒から残りの荷物を受け取った。
「ありがとう。助かった。」
青年は相変わらずの無表情だが、きちんと頭を下げてお礼を言った。女生徒もつられて頭を下げた。青年は愛想がないものの、不快には感じなかった。これがきっとこの人の普通なんだろう。
「いえいえ、こちらこそ助かりました。」
「お互い様か。じゃあ、気をつけて帰ってくれ。」
青年がドアを静かに閉めたので女生徒も帰ろうとしたが、最後に何となく振り返った。表札には「黒条真、解」と書いてあった。
その家は四月から高校二年生になる解の家だった。
不良を追い払った夕方、解はいつも通り銭湯で働いていた。
「いつもお仕事お疲れ様。」
「いえ。いつもありがとうございます。」
解は無表情ではあるが代金を受け取り、常連にはきはきと答え頭を下げた。常連の御老人は解に笑顔を返して浴場に向かった。
真が亡くなってじき2年になる。中学生だった解も高校生になり、見た目だけはすっかり大人になった。現在は高校に通いながら家事もこなし、銭湯でアルバイトとして生活費、学費を稼ぐという、それなりに忙しい日々を送っていた。
「夕食の準備があまりできてないな…。」
買い物後に一度自宅に戻り、食材を片付け夕食の準備をしてから銭湯にきていた。不良との予定外のことがあったとはいえ自身の至らなさを解が反省していると、入り口の自動ドアが開いた。
「いらっしゃいませ…?」
とても綺麗な女性が入ってきた。スーツ姿は女性の凛とした雰囲気によく似合っており、傷一つないきれいな肌、短めの黒髪は美しさをより際立たせていた。解は見とれたのではなく、どこか既視感を感じたため女性を見つめてしまった。
(今日会った学生?ではないな。)
そんなことを考えている内に女性は解に近づいてきて花開くように笑った。
「相変わらずお仕事してるのね、カイ君?」
「?俺を知ってるんですか?」
「あ、忘れてるわね?また会いましょうって言ったのに。」
「また…?」
にやにやしている女性を前に、わずかな自分の交友関係を思い出す解。そして…。
「………シオン?」
「そうそう、始音!」
嬉しそうに始音は頷いた。その笑顔を見ながら解は昔を思い出していた。
10歳のころにシオンとは出会った。変な男に言い寄られていたところを助けたのだ(昔も今も自分は同じことをしているので心配になった)。その時は相手に攻撃され割と情けなかったが、なぜかシオンは解に興味を持ったらしく、以後放課後は一緒に話や散歩をするようになった。この銭湯にもシオンが来たことがあった。そんな関係は10日ほど続いたが、シオンは外国に行くことになり、最後…。
「…確かアメリカに行ったんだったな。いつ帰ってきたんだ?」
「結構前からよ。あっちでも働いてたけど、日本に戻ろうと思ってね。色々大変で時間がなかったけど、ようやく余裕ができたの。だから、これからはちょくちょく入りに来るわね?」
「そうか。」
「嬉しい?」
「ん…。」
いたずらっ子のような目で始音は解の顔を見上げた。昔は始音の方が背が高かったが、今は解の方が高くなっていた。解は顎に指を当て考えていたが、ふわりとかすかな笑顔を始音に向けた。
「そうだな。嬉しいのかもしれないな。おかえり、シオン。会いに来てくれてありがとう。」
「…っ。」
解の返事と笑顔が意外だったので、始音は少し顔を赤らめて目を逸らした。照れを隠すようにやや早口で言葉を重ねた
「きょ、今日は挨拶だけで、もう行くわね。次からはお風呂に入らせてもらうわ。」
「ああ。」
「じゃあ、またすぐ会いましょう?」
「またどうぞ。」
解は再び無表情になって始音を見送ったが、会話に違和感を覚え、首を傾げた。
「すぐ?」
「瀬奈ちゃん、ご飯よ。」
「はーい。」
解に助けられた女生徒、瀬奈は勉強を止めてリビングに向かった。リビングでは両親が食事の準備をしていた。瀬奈は椅子に座り両親を待った。まもなく両親も席に着き、夕食が始まった。しばらくは静かに食べていたが、瀬奈には話したいことがあった。
「ねえ、今日変わった人に会ったんだ。」
「変わった人?」
「知らない人?どんな人なの?」
「うん、それがね…。」
瀬奈は青年(解)との一連の出来事を話した。瀬奈は楽しそうに話していたが、両親はまず始めに心配そうな顔をした。
「不良に絡まれるなんて…。無事で良かったわ。その人に感謝しないとね。」
「うん。お礼は言ったけど、分かってない、いやどうでもいい?そんな感じだった。」
「無事だったからいいが、次からは逃げるんだよ。その人も本当にいい人かどうかは分からないんだから。」
「うーん…。大丈夫だと思うけどな。買い物袋を持ったまま不良を止めに入るような変な人、悪い人じゃないよ。」
「まあ、非常に珍しい、変わった人だったことは確かだね。」
「うん。すごく変わってた。無表情で口数は少ない、卵が割れたことを一番気にする。顔は悪くないのに髪型は適当で、なのに髪は綺麗な真っ白で…。」
青年を思い出している瀬奈。母親はそんな娘にいたずらっぽい笑みを向けていた。
「瀬奈ちゃんが男の人のことでそんなに話をするなんて初めてね。もしかしてその人のこと、気に入ったの?一目惚れ?」
「がはっ!」
水を飲んでいた父親がむせた。瀬奈は父親を心配することなく、慌てて母親に言い返した。
「そ、そんなわけないでしょ⁉変わった人だから印象深いだけ。お母さんはすぐからかうんだから。」
動揺する瀬奈を母親は微笑ましく、父親は心配そうに見ていた。
4月になり、解は高校2年生になった。登校初日、クラスと出席番号を確認し教室に向かった。
「あいつ不良なのに来てんのか?」
「やめろって、聞こえるし…。」
「同じクラスだったら怖かったね…。」
解は周囲からの視線と声を受けながら教室に入り席についた。
(別に不良じゃないんだが…。)
いつものことなので不快感はなく、解は鞄から本を取り出し読み始めた。周囲からは生徒の行き交う動き、開け閉めされるドアの音、挨拶や談笑する声、様々な人の動きが感じられた。その中に自分は含まれないが、そんな空気に触れることは嫌いではなかった。そうして本を少し読んだところで、ふいに頭上から声がした。
「なあ、お前黒条解だろ?」
「ああ、そうだ。」
「俺は茅野透矢だ。隣の席だし、これからよろしくな。」
「こちらこそ。…初めて話す、よな?」
「ああ、初めてだ。ただまあ、お前の話は結構聞いてるぞ?」
透矢はにやりと笑いながら解の隣に座った。解は自分のこれまでの高校生活を思い出してみた。
「…髪の色のことか?」
「いやいや。入学早々、上級生数人に絡まれた上に返り討ちにしたんだろ?」
「あれは殴られたから反撃しただけだ。」
「いじめをした上級生や他校の不良を倒したとか、髪の色で難癖付ける教師を口でやりこめたとか、他にもあるぞ?」
「…そんなこともあったな。別に、自分が正しいと思うことをしただけだ。」
「目立つには十分だ。見た目や態度に加えて行動も目立つなら、出る杭としては十分出っ張ってるぜ。」
「そんなものか?」
ふーん…と考え始めた解を面白そうに見ながら透矢は妙に凄みのある笑顔を浮かべた。
「まあ、出てるだけの杭を打とうとする奴等なんてどうでもいいな。ま、とにかくよろしくな。」
それきり透矢は机に突っ伏して寝始めてしまった。
解から見た透矢の第一印象は、「不思議な人間」だった。身長は解より少し高い。着崩された制服、耳ピアス、適当に切られた黒髪と一見すると「不良までいかないだらけた学生」だが、中身が違う。周囲や解を細かく観察しており、解の持つ本もしっかり確認したようだった。不敵な笑顔、一瞬見せた凄みも迫力があった。
しかし、解は透矢の内面と外面のギャップを気にしなかった。そんな人もいる、縁があれば自然と知っていくことだ…と考えていた。
「はい、みんな席についてー。」
気づけばホームルームの時間になったのか、担任教師がやって来た。解はその声を聞いたことがある気がして顔を上げたが、担任教師見た驚きでわずかに椅子を揺らした。
「4月からこの学校に赴任した堤始音です。担当は英語。今日から皆さんの担任でもあるから、よろしくね。」
快活に、爽やかに笑って挨拶をした。
「それと、転校生もいるから一緒に紹介するわね。じゃあ入ってきて。」
そう言われ入ってくる転校生の姿を見て、解は二度驚かされることになった。
「霧谷瀬奈です。今日からよろしくお願いします。」
「先生も転校生もかわいいとか最高だな!」
「お前どっちが好み?」
「霧谷さんってハーフ?」
「帰国子女なんだって?」
「うん、お母さんがイギリス人。イギリスに住んでたけど帰ってきたんだ。」
「かっこいー!やっぱり英語できるの?」
「話せるよ。日本語を使わない学校に行ってたから。」
始業式が終わり、放課後になった教室はずいぶんと賑わっていた。やはり担任教師と転校生の話題で持ちきりだ。いずれも美人、しかも明るく話しやすい雰囲気なので、話題になるのは当然だった。
(そうか、だから「すぐ」だったのか…)
解は以前始音が言った意味をようやく理解した。何となくしてやられた気分だった。
(ここまで驚いたのは久しぶりだな。)
隣の茅野透矢は速やかに帰っていた。解は帰り支度をしながら談笑する集まりの中心にいた瀬奈を見た。
よく見る必要もなく瀬奈は美人だった。軽くウェーブがかかった薄い茶色のショートボブは色白の肌とよく似合っている。美人を鼻にかけず、明るく優しい、可愛いかつ綺麗な女の子と評価されているらしい。何となく周りに気をつかい過ぎている気もするが、気のせいかもしれない。
(あまり見てなかったが、あんな顔だったんだな…。)
ふいに瀬奈も解を見たのでお互い目が合った。邪魔してしまった気になり、解は目をそらすとさっさと教室を後にした。
「どうしたの、霧谷さん?」
「え?えっと、真っ白な髪の人がいるなって…。」
「ああ、関わらない方がいいよ。」
「そうそう、なんかすごい不良らしいよ。」
「地毛らしいけどね。先生言い負かしたことがあるらしいし。」
「霧谷さんみたいにハーフってわけでもないんだろ?なら地毛なわけないじゃん。ただの不良だろー。」
「でも成績はすごくいいらしいよ?」
「そんなの絶対嘘だってー。」
周囲の話を聞きながら、それでも瀬奈は座る人がいなくなった椅子を横目で見ていた。
解は番台に座っていたが、残念ながら客が来ないのでタブレットを使っていた。文章を打っているようで、付属のキーボートを叩く音が響いていた。
「こんばんは、解君。」
「始音、先生か。こんばんは。」
始音は解の近くまで来て楽しそうに笑った。
「ふふっ、すぐ会えたでしょ?驚いた?」
「ああ、確かに驚いた。先生だったとはな。」
「そうよ。あなたのクラス担任だって、言うのを我慢してたんだから。」
「相変わらず元気だな。」
笑顔のままお金を払い、始音はお風呂に向かった。
お風呂から出てくるとすぐに始音は帰っていった。教師、特に担任になると仕事で忙しいらしい。「もっとゆっくりしたいなー。」「解君にも手伝ってもらおうかなー。」と愚痴を言いながら帰っていった。静かになった番台で解が始音を手伝ってやれば良かったか、などと思っていると、また誰かが銭湯に入ってきた。気が緩んでいた解は気を引き締めてお客に臨んだ。
「いらっしゃいませ。あ…。」
「え…黒条、君?」
次に来たのは瀬奈だった。事前準備のない遭遇に瀬奈と解は思わず見つめ合った。しかし、少しするとお互い我に返った。
「え、えっと、ここで働いてるの?」
「ああ、元々義理の父親のもので、責任者と知り合いだからな。」
「そうなんだ。じゃ、じゃあこれね。」
瀬奈はややぎこちなくお金を出した。受け取る際に解の手が少し当たり、瀬奈の手ははじかれたように戻された。瀬奈は少し俯きがちに、急ぎ足でお風呂へ向かった。
「はい、これ。」
お風呂から上がり私服になった瀬奈は解の前にアイスを一つ置いた。瀬奈自身も同じものを一つ持って食べていた。
「…?何だ?」
「この間助けてくれたでしょ?そのお礼。」
「感謝されることはしてない。ああいう奴らが好きじゃないだけだ。」
「いいから食べて。今はお客さん少ないし、暇でしょ?それに溶けちゃうよ?」
「仕事中なんだが…まあいいか。ありがとう。いただきます。」
二人は無言でアイスを食べていたが、食べ終わると瀬奈は緊張しながらも気軽な様子を装い解に話しかけた。
「ちょっと聞くんだけど、黒条君ってその、不良って言われてるよね。本当なの?」
「そんなつもりはないんだが、周りはそうは思ってないみたいだな。」
解の言葉を聞いて安心したのか、瀬奈は緊張を緩め少し笑顔を見せた。
「やっぱり不良じゃないんだ。ならどうして訂正しないの?」
「小さい時から喧嘩をしていたからな。俺にはちゃんと戦う理由があったが、端から見れば誤解されても仕方がない。」
「ふーん。なんかもったいないな。」
そういうと瀬奈はごみ箱にアイスの棒を捨てに行った。そのまま帰ると解は思ったが、また解の前に戻ってきた。
「俺も一つ聞いていいか?」
「え、何?」
「最近はお前みたいな美人が銭湯にいく流行りでもあるのか?」
面と向かって美人と言われ瀬奈はどきっとしたが、すぐに落ち着いて返事をした。
「何それ?聞いたことないよ。私は温泉や銭湯が好きでよく行くけどね。それにしても、目の前の人に美人だなんてよく言えるね。普通言わないよ?」
「そうか?思ったことを言っただけだぞ。」
「そ、そう…。」
解の真面目な返答のせいで照れた瀬奈は髪の毛を指でくるくるした。…解が言った「美人」に始音も入っていると知れば瀬奈はどう思っただろうか。ともかく、正面から美人と言われた瀬奈はその場にいるのが恥ずかしくなってきた。
「じゃ、じゃあ今日はこれで帰るね。」
「ああ。またどうぞ。」
瀬奈は解の返事を聞いてくすりと笑った。
「番台さんなら元気に言わないと。お風呂で哲学でもしそうな感じだよ?」
「…ずっとこうだったが、その通りかもな。今後気をつけよう。それと、風呂に時間制限はないから何を考えてもいいぞ。」
「…黒条君ってやっぱり面白いね。」
じゃあ、と軽く手を振り、笑顔で瀬奈は帰っていった。
今日は変わった日だった。茅野透矢。霧谷瀬奈。堤始音。新しく会話した他人が三人もいた。いつも特定の相手としか話さない解には画期的なことだった。周囲が変化する予感がしながら解はタブレットとキーボードを取り出すのだった。
愛情認識とイベントの重要性
通常愛情が生まれるためには継続的な他者との交流が必要である。そして生まれた愛情を認識する際、①愛情を認識する閾値、②その時の愛情の質と量、が問題になる。通常の交流では与える影響が少しずつのため、これらの問題を満たすために時間がかかる可能性がある。時間と愛情発生については前述しているので省略する。
一方、精神に大きく影響を与えるイベントがあれば当然①、②は大きく変化し、スムーズに自身の愛情を認識し得る。最終的な人間関係にイベントが必要かは別途考察が必要だが、愛情認識においてはイベントがある方が有利であろう。
真 記
新年度が始まって二週間ほどが経過した。まだ解の生活に大きな変化はなかったが、人間関係は新しく生まれていた。
まず、休憩時間には透矢が話しかけてきて、昼食も一緒にとるようになった。また透矢は誰とも話ができたため、結果解も透矢を経由して他生徒と話をする機会が生まれた。
次に瀬奈、始音とは学校で話すことはほとんどなかったが、二人ともしばしば銭湯に来ては解に話しかけてきた。急に学校での会話量が激増したので少し戸惑いもあったが、決して不快ではなかった。
解が感じていた通り茅野透矢はつかみどころを見せない、つかませない人間だったが、そんな透矢にとって解は面白いようで、色々な話を振っては解の反応を見ていた。そして今日は解の読む本に興味を持ったようだ。
「なあ黒条、お前よく医学書を読んでるが分かるのか?今読んでるのも医学書だろ?」
解は読んでいた本を閉じ、題名を透矢に見せた。
「今読んでいるのは救急外来での診療についてだ。まあある程度は分かるぞ。」
「医者志望なのか?」
「いや。真、義理の父親が持っていた本を読んでるだけだ。」
「ってことは、その人が医者か。」
「消化器内科だったな。医学書以外もあるから、学びになりそうなものは読むようにしてる。」
「へえ…。」
透矢は興味深そうに本を見ていたが、おもむろに解の手から本を取りページをめくった。
「なら、頭を怪我した人がきたらどうする?」
「ん…。まず怪我の理由を聞く。酔ってると強く打ちやすいからな。DVや虐待の可能性は確認するし、怪我によっては打った場所と反対側の脳が傷を負うこともある。で、手足の動きやしびれ、目の動き、舌の動きなどの神経が異常ないかをみる。問題なければ傷を縫う、か。血腫は発症が遅いから経過をみないと駄目だ。ああ、乳幼児や高齢者は大怪我しやすいんだった、忘れてた。あと、高齢者は何週間も後に認知症症状が出ることがあるから気をつける。後は…」
「十分だ、大体書いてある通りだ。」
透矢は両手を上げて解の話を制し、感心した様子で本を解に返した。解はまだ言い足りない様子だ。
「まだ検査で何をするか、どう縫うか言ってないぞ。」
「もう十分だって。これ以上言われても俺がついていけないぞ。それにしても、そんなに覚えてるならやっぱり医者になったらどうだ?」
「まだ進路は何も決めてないから何ともいえないな。」
そんな話をしていると昼休みが終わり午後の授業が始まった。解は授業中だが透矢との話を思い出し、机の中にあるタブレットに触れた。
(進路も大事だが、こっちもしないとな。)
もう真が死んで2年弱になるが、自分が成長した自覚はあまりない。勿論、都合よく急成長するわけがないのは理解している。
(不断の努力しかないな。)
自分の未熟さにもやもやしつつも解は授業に再度集中することにした。
放課後、解が帰り支度をしていると周囲が騒がしいことに気づいた。
「校門前に何人も…。」
「先生に言った方がいいのかな…。」
生徒達が何か話しているが、まあいいか、と気にせず鞄を持って教室を出た。そして校門まで来たところでようやく解は何が起きているのかを理解した。ガラの悪い男が六人ほど集まっていた。しかも、そのうち二人は以前瀬奈に絡んでいた不良達だった。
(やり返しにきたのか…。)
怖くはないが、不良達の無駄なやる気に呆れてため息が出た。仕事があるので無視して帰りたいが、恐らく自分が原因であり他の生徒に迷惑はかけられない。
解は即断即決し真っすぐ校門に向かった。相手方も解に気づいたようで、校門を出た所で解は不良達に囲まれた。
「この前はお世話になったよな、おい。」
この間の不良が解に移動を促しつつすごんだ。
「お前達が悪さをしていただけだろう。」
大人しく不良について行きながら解は毅然と言った。どんな相手だろうと自分が正しいと思うことをする、誰かに意志を曲げられない。それが解の生き方だった。
「こんな時によくそんなことが言えるなあ?」
歩きながらも体のいたるところが殴られ、蹴られた。解は重い一発を受けないよう気付かれない範囲で防ぎながら耐えていた。この場はまだ学生が多く危険で、何より殴る蹴るを受けているのは自分だけだ。解は自分が殴られるだけならかなりやられない限りは殴り返すつもりはなかった。なかったのだが…。
「あ、あいつ…!」
不良達が見る先には心配そうに不良達と解を見る瀬奈がいた。解は背中に冷たいものが走るのを感じた。嫌な予感がした。そして想像通り、以前追い払った不良の一人が瀬奈に近づいた。
「お前もこの前はなめやがって…今日は一緒に来るよなあ?」
不良はさらに近づこうとしたが、その前に瀬奈と不良の間に始音が割り込んだ。校門まで走って来たのか息が切れていた。手で瀬奈を下がらせながら不良を睨むと、
「うちの生徒に手を出さないで!あっちの子も話して下さい!」
解はその光景を見て一瞬頭が真っ白になったが、すぐに冷静になり凍るような覚悟を固めた。よし、やろう。
「ちっ、先生かよ。邪魔すんなって…。」
不良は始音に手を伸ばしかけ、できなかった。不良の囲みから飛び出した解に蹴り飛ばされたのだ。横腹を蹴られた不良は痛みで立ち上がれないようだ。瀬奈と始音を背中に隠し自分は前に出ながら、解は淡々と低い声で不良達に凄んだ。
「クズが普通の人間に手を出すな。クズは俺のようなクズと遊べばいい。」
「この野郎!」
残りの不良が解へ飛びかかろうとしたとき、いきなり一人が殴られて地面に倒れこんだ。見るといつの間に近づいたのか、透矢がいた。
「なっ…。」
「お前…。」
「俺も一緒に遊んでいいか?」
笑いながら乱入してきた透矢を加え、乱闘が始まった。怒号をあげて殴りかかる不良に反撃する解と透矢。周囲の生徒は悲鳴をあげ逃げたり遠巻きにスマホで動画を撮ったりしていた。始音は他に教師がいない中、瀬奈や他の生徒をかばいながら周囲に離れるよう指示していた。まさに阿鼻叫喚の光景だった。
なにか格闘技でも修めているのか、解は強かった。脇や胸、腹などやられると動けなくなる箇所や避けにくい下腿をキックとパンチで的確に狙いまず二人倒し、最初に蹴った相手が起きてきた際は投げ飛ばし戦闘不能にした。透矢は力任せな戦い方だったが計二人と殴り合い勝った。
解と透矢が不良を倒した結果、いくらかでも元気な不良は一人だけになった。しかし、
「うらあああああ!!」
最後の一人は急に叫んだかと思うと解に突進した。周囲が無事か少しだけ確認していた解は弾かれたように不良に向き直ると、相手の右手に光るものが握られているのを見た。
(ナイフ…!)
凶器を確認したのに解は逃げようとせず、それどころか振り抜かれるナイフを左腕で受けた。ぱっと血が空中を舞った。同時に不良は解に蹴られて一旦後退していた。ナイフと血のせいで周囲の騒ぎは一層ひどくなった。
「はあ、はあ、はあ…!」
ナイフの切っ先が興奮で震えていた。おそらく不良自身もここまでするつもりはなかったのだろうが、もはや興奮と混乱で止まれないだろう。解は地面に滴り落ちる血を気にすることなく構え、相手を見据えた。
「がああああああ!」
再び不良が叫びながらナイフを振るう。解は何度かナイフを避けた後、隙を見てナイフを持つ不良の右手首を掴んだ。そのまま不良を地面に引きずり倒し、倒れると同時に肘打ちと頭突き、最後にパンチを加えた。そうして不良はナイフを手放して動かなくなった。
「おい、大丈夫か⁉」
「まあ、なんとかな。」
駆け寄ってきた透矢に答えつつ解は立ち上がった。左腕からはまだ血が出ており、縫わないと止まらないかもな、とぼんやり考えていた。
ふわっ…。
もみあった際に髪を結ぶゴムがとれたのか、長い白髪が風に流され膨らんだ。ゴムが落ちてないか周りを見ていると始音が駆け寄ってきた。
「二人とも大丈夫⁉」
「お、堤先生だ。お疲れ様です。」
「周囲の安全確保、ありがとうございます。」
「そんなこといいから!切られたでしょ、大丈夫なの⁉」
「まだ出血はあるが、しびれや動かしにくさはないし、大きな問題はないと思う。」
「切られてる時点で大問題よ!とりあえず警察呼んだから、茅野君はここで待機。黒条君は今すぐ病院に行くわよ。」
「…。」
解と透矢は嫌そうな顔で互いを見た。警察も病院もお断りだが、ここまで騒ぎが大きくなれば仕方がない。その上始音は本気で怒っていて、反論できる空気ではなかった。
「私は警察に説明しないといけないから、他の先生に付き添いをお願いしないと…。」
「わ、私が付き添います!」
周囲を見回していた始音に、いつの間にか近くに来ていた瀬奈が強い口調で頼んだ。始音は困った顔で、かつ心配そうに瀬奈を見た。
「あなたも絡まれたんだから休んで欲しいんだけど…。」
「私なら大丈夫です。他の先生も忙しいだろうし、私は怪我してないですから。」
始音は瀬奈をじっと見つめた。瀬奈には休んでほしいが、この期に及んでまだ来もしない他の教師よりはよほど信頼できる。それに解といる方が瀬奈の精神衛生上いいかもしれない。
「分かったわ。とりあえずお金を渡すわね。それと携帯番号を教えて?連絡するかもしれないから。」
解と透矢を置き去りにして話が進んでいく。二人は目を合わせ、心底面倒くさいと思う気持ちを抑えてため息を吐いた。
診察の結果、傷は血が止まらないので縫うことになり、殴られたところにはガーゼが当てられた。医者も喧嘩で切られたと聞いた時はさすがに驚いていた。
処置の後、瀬奈と解は病院の待合で会計待ちをしていた。学校を出てから今までお互いにほぼ無言だったが、俯いていた瀬奈がようやく口を開いた。
「なんで喧嘩なんかしたの?」
「あいつらが気に入らなかっただけだ。」
「私や先生が危ないと思ったからでしょ?それまで黙ってたのにいきなり、だったし。」
「ん…いや、その…。」
上手い言い訳が考えつかず解は口ごもった。二人は並んで座っていたが、お互い相手を見ないで話していた。
「ナイフを持ってる相手とやり合うなんて、無茶しすぎだよ。なんで逃げなかったの?」
「それは…まあ、考えつかなかったんだ。」
「嘘。ちらっとこっち見たよね。そもそもあれだけ動けるなら簡単に逃げれるもの。」
「…。」
言い返せなくなり解は黙り込んだ。
確かに解は瀬奈と始音が傷つかないように動いたが、決して助けたつもりはない。二人は巻きこまれただけで、自分がいなければ二人が難癖をつけられることもなかっただろう。この時点で十分申し訳ないのに、怪我をしたせいで更に迷惑をかけてしまった。これ以上迷惑をかけないためにも、責任を感じる可能性のある言葉は言いたくなかった。
「一人で勝手に危ないことをして、しかも理由も言わずに一人で責任をとろうとするなんて、自分勝手だよ。」
瀬奈が軽く鼻をすすったので、解はどきっとして思わず隣を見た。瀬奈はやはり少しだけ泣いていて、むすっとした顔で解を見ていた。なぜ泣いているのかは分からないが、とにかく自分が泣かせてしまったことは理解できた。
「…迷惑をかけて悪かった。怖い思いもさせたし、本当に済まなかった。」
「…謝ってほしいんじゃないよ。」
「え?」
解は瀬奈の呟きが聞き取れず戸惑っていた。今の謝罪も良くなかったのかもしれないと心配していた。そんな解を瀬奈はまだ涙が残る顔で見た。
「もういいよ、許してあげる。ただ、一人で抱え込むのはもう止めてね。そうされる方が嫌だから。」
「分かった、気をつける。」
その時、会計の呼び出しが聞こえた。瀬奈は涙を拭いて、勢いよく立ち上がった。そろそろ気持ちを切り替えないと、助けてくれた解がかわいそうに思えてきたのだ。
「よし、じゃあ行こう?早く学校に戻って堤先生に報告しないとね。」
「…ああ。」
急に元気になった瀬奈に解は戸惑いながらついていった。やっぱり自分は女心というか人の心への理解が不足しているとつくづく実感させられた今日だった。
校門前の暴行事件では、解と透矢は正当防衛ということで退学を免れた(透矢は解を助けに入ったと判断されたそうだ)。不良が先に始音に手を出した、生徒と教師を守るために解が手を出した、ナイフが出た時も周囲を守る様子だったなど、野次馬の証言と映像がプラスに働いたし、始音以外の先生が誰もすぐに来なかったことも影響した。保護者への説明、再発防止の検討はされたが解と透矢以外に被害がなかったため、大事にはならなかった。結局、解は停学三日、透矢は停学二日の処分ですんだ。
事後処理は順調に進んだらしい。解・透矢の担任である始音がほとんど処理をする中、校長が手助けしてくれたそうだ。校長は事件の日は出張で不在だったが、保護者説明や会議では始音がずいぶん助けてもらったそうだ。始音曰く「かなり面白い先生」だそうだ。
解は始音から電話で経過を聞いていたが、聞く度に申し訳なく思った。ただ暴れただけで後の事は他人任せにしてしまった。しかし、停学中の今できることは何もないため、停学が解けたら何かしらで返すことを誓った。
停学期間が終わり、解は仕事を再開し今は番台にいた。いつも通りの生活に戻っただけだったが、何となく気分は軽かった。刑務所帰りの人もこんな気持ちかもしれない。と、そんなことを解が考えていると瀬奈が来た。
「停学終わったんだよね?お疲れ様。三日ぶりだけど、怪我は大丈夫?」
「ああ、特に問題ないな。」
正確には切り傷、殴られた箇所はまだ痛みが残っているが、そこは言わぬが華だろう。
「そっちは大丈夫か?俺のせいで何か迷惑かけてないか?」
「私は大丈夫だけど、堤先生は大変みたい。問題児二人の担任だし?」
「…そうか…。」
解は思わず俯いて額を押さえていた。せめて心の中で頭を下げた。
「ほんとよ、も~。」
解が顔を上げるといつの間にか始音がいた。入り口の開閉に気付かなかった。瀬奈も驚いている。
「こんにちは、黒条君、霧谷さん。」
「こ、こんにちはです。」「どうも。」
二人の挨拶を聞きながら始音はわざとらしくため息を吐いた。
「先生は休みも頑張ってるんだし、黒条君にはマッサージでもしてもらおうかしら。」
「せ、先生もここによく来るんですか?」
笑いながら解に話しかける始音の横で、瀬奈はなぜか落ち着きない様子だった。
「そうよ、ここお気に入りなの。」
「私もなんですよー…。」
「…。」
不思議と二人の会話に入り込めない解だった。
「でもまあ?ようやく片付いてきたから来たんだけどね。」
「迷惑かけて本当にすみません。」
解は何はさておき謝ることにした。まずはそこからだ。
「いいって言ったでしょ。生徒を助けるのが教師なのよ。今回は逆に助けられちゃってるしね。」
「そうはいっても迷惑かけたのは事実だからな…。」
「はいはい、もういいから!さ、霧谷さんも一緒に入らない?」
「は、はい!」
始音は強引に話を打ち切ると二人分のお金を置き、瀬奈を連れてお風呂場へ向かった。
話は変わるが解が働く銭湯には普通のお風呂以外にも足湯、卓球台、サンドバッグにグローブ、アイスやジュースの自動販売機、サウナ室、マッサージチェアなど色々施設があった。外観と内観の差がある銭湯だったが、その独特さや時々ある催し、その他諸々のため周囲の人はもちろん意外と多くの人に利用されていた。
そんな銭湯の女湯でそこそこにお客がいる中、瀬奈と始音は一緒に、ごく普通にお風呂に入っていた。
「やっぱり広いお風呂はいいわね~。」
「そうですねえ…。」
二人はそれぞれ伸びをしてお湯に身を任せた。瀬奈はしばらく天井を見ていたが、やがて身を起こすとやや緊張した様子で始音に声をかけた。
「あの…堤先生って、黒条君と知り合いなんですか?」
「え、何で?」
「いえ、その、何となくですけど…。」
瀬奈は口ごもった。確証は何もないが、解と始音が話す空気はただの教師と教え子ではない気がしていた。一方始音は瀬奈を見ながら考えた。解との関係を全て話すのはまずいが、全く知らないと言うと後々困るかもしれない。幸い目の前には瀬奈一人だけで、彼女は人のことを周囲に言いふらすタイプではない。それに瀬奈も足繁く銭湯に通っているなら、軽くジャブで牽制しても損はない。
「まあ、若い頃にちょっと。色々ね。」
「今も十分若いじゃないですか…。」
「そうなんだけどねー。」
そこで会話は一旦止まった。不思議な間があった後、今度は始音が瀬奈に水を向けた。
「霧谷さんはどれくらいここに来てるの?」
「え?ええっと…週に1~2回、くらい?」
「私もそれくらいね。もうちょっと来てもいいんだけど、仕事が忙しいのよね。」
「やっぱり先生って大変なんですね…私、部活に入ってないから遅くても夕方には来てます。」
「そっかー。」
((…時間かぶらないようにしないと。))
お互い同じことを考えていた。
約1週間ぶりに解は学校に来た。しかし、周囲の好奇の視線が一層強くなっておりさすがに居心地の悪さを感じた。教室に着いてもやはりちらちらと見られ、教師からは厳しい視線を受けた。悪く見られることはよくあったので慣れているが、やはり少し気疲れしてしまった。一方透矢も立場は同じだが周囲のことはどうでもいいようで、今までと何も変わらない様子だった。その態度に解は透矢の底知れない強さを垣間見た気がした。
始音が担当する英語の授業が終わり、昼休みになった。授業が終わると解はすぐさま席を立ち教壇に向かった。
「霧谷、堤先生、少しいいか?」
瀬奈も始音も不思議そうに解に近づいた。
「何度も言って悪いが、この前は迷惑をかけてすまない。大したものじゃないが、お詫びを持ってきたからもらってほしい。」
「お詫び?」
「もう、まだ気にしてたの?」
「まあ、世話になったお礼ということで。」
少し興味ありげな瀬奈、少し呆れ気味の始音それぞれに解は小さな包みを渡した。瀬奈はもの珍しそうに包みを眺めた。
「何?」
「私は後で開けるわ。用事があるの。」
「ああ、それでいい。邪魔したな。」
相変わらず無表情ながらも一仕事終えてすっきりした様子で解は自分の席に戻った。始音も教室から出ていった。残った瀬奈も、少し浮ついた気持ちで席に戻った。
「瀬奈ちゃん、大丈夫?黒条君に呼ばれてたけど。」
「うん、大丈夫。この前のお詫びにってこれくれただけだから。」
瀬奈は友人に包みを見せながら言った。
「先にご飯食べよっか。開けるのは後でね。」
言いながら瀬奈は弁当の蓋を開けた。友人二人も座って弁当を食べ始めた。
「ねえ、黒条君って結局不良なの?」
「うーん、私はそんなに怖くないけど。」
「あんなにケンカできるんだし、そりゃ不良でしょ。」
「でも、瀬奈ちゃんと始音先生をかばったんでしょ?」
「二人とも美人だし、いいかっこしたかっただけかもよー?」
女子同士の雑談に適度に交じりながら瀬奈は弁当を手早く食べ終えた。机にぽつんと置かれた包みが気になっていたのだ。
「あ、瀬奈食べ終わった?ならもう開けちゃう?」
「うん。」
友人が手をのばしたが、それより先に瀬奈は包みを手に取った。何となく自分以外に開けてほしくなかった。外はラップをビニタイでくくっており、中には折り紙で作った蓋付きの小箱が入っていた。明らかに手作りだ。
(何が入ってるんだろ…。)
少し楽しんでいる自分を自覚しながら瀬奈は箱を開けた。紙箱にはクッキーが五枚入っていた。プレーン、ココア、マーブル、市松模様、絞り出し。それぞれ形が違うがどれもよくできていた。
「クッキー?これってまさか手作り?」
「え…?」
じっとクッキーを見つめていた瀬奈は友人の声で我に返った。返事をしようとしたが他の友人が先に答えた。
「まっさかー。黒条君にそんなの作れるわけないよー。」
「だよねー。じゃあ売り物かあ。」
「…。」
友人の話を黙って聞きながら、瀬奈はクッキーを一つつまんで食べた。レモン味の絞り出しクッキーは噛むとさくっと崩れ、優しい味がした。瀬奈は思わず呟いた。
「美味しい…。」
「まあ売り物だもんねー。」
「私にも一個ちょーだい?」
瀬奈は友人が言い終わる前にクッキーが入った袋を包み直した。はっきり言ってしまえば、誰にもあげたくなかった。
「さっきお礼言うの忘れてたから、黒条君に言ってくるね。もし時間かかったら気にしないで遊んでて。」
少し時間はさかのぼり、解が席に戻った時。
「お勤めご苦労さん。じゃあ飯にするか。」
「ああ。」
透矢の昼食は自作のおにぎり三個。一方解は弁当箱に適当に詰め込まれたたくさんのクッキー。
「…なんでクッキーなんだ?」
「さっき二人に渡した余りだ。作るとどうしても余分ができるからな。」
「へえ。このクッキー、お前が作ったのか?」
クッキーをひょいと手にとって口に運びながら透矢は聞いた。
「ああ、簡単なものだけどな。」
「謙遜するなよ、十分うまいぞ。売り物と遜色ない出来だな。」
「そこまでじゃないだろ。とりあえずおにぎりを食べてからにしたらどうだ?」
そんな話をしながら二人でもそもそと食事をしていると、少し緊張した様子で瀬奈がやってきた。
「ねえ、ここちょっといいかな?」
「ああ。」
解は声で、透矢は頷きで同意した。瀬奈は机を挟んで解の向かい側に座った。
「クッキーありがとう。美味しかったよ。」
「そうか。口に合ってよかった。」
解は淡々と答えながら弁当箱のクッキーを口に運んだ。その様子がなんだか面白くて、瀬奈は肩の力を抜くことができた。
「くれたのと同じものがいっぱいってことは、やっぱり手作りだったんだ。」
「ああ。ある程度のものは作れるし、既製品は高いからな。」
「もうちょっともらってもいい?」
「ああ、勿論。」
「なら俺も。もう飯も食い終わったしな。」
「まあいいが、食べ過ぎないようにな。」
そうして三人で弁当箱に入ったクッキーを食べた。瀬奈は感心するようにマーブル模様のクッキーを眺めていた。
「本当によくできてるね。よく作るの?」
「時々、くらいだ。自分が食べるために作るんじゃないからな。」
「ならなんで作るんだ?毎回お詫びの品ってわけでもないだろ?」
「銭湯で定期的にお客に配るんだ。それと頼まれて、だな。」
「えっ、私銭湯でまだもらったことない!」
「時々日曜日に朝から配ってる。来た時にはなくなってたんだろうな。」
「私の分くらい残しててよ~。」
「来るかどうか分からないからな…。それに、お客の多くが意外ともらってくれるからすぐなくなるんだ。」
「えー。」
「まあ霧谷がここまで言ったんだ。次は残してくれるんじゃないか?」
「そういうことなら今後は残しておく。幸い作るのもフィナンシェとかガトーショコラとか、保存がきくものが多いからな。」
「え?クッキー以外もできるの?」
「レシピがあれば大体何でも作れると思う。パンや和菓子のこともあるな。」
「すごい…。」
「もう職人だな。」
会話に花が咲くとはこんな感じだろうか、と解は会話する中で考えていた。小学校、中学校で話をする相手は一人もいなかった。それが4月から透矢と話すようになり、今は瀬奈とも学校で話し、自分が作ったお菓子を三人で食べている。不思議と高揚感があるが、解はなぜ自分が高揚しているのかが分からなかった。分からないことが残念だった。
結局昼休みが終わるまで解、透矢、瀬奈は話をしていたが、その中で瀬奈は二人の新たな面を知った。透矢は普段軽いキャラを演じているだけで本当は(これも演技かもしれないが)冷静に相手を観察して発言していた。そして解は銭湯より学校にいる方がしっかりしている。が、時々おかしなことを言うところは同じで瀬奈は少し安心した。そして、二人とも瀬奈の転校生、帰国子女、ハーフといった肩書きを気にしない変わり者だった。お陰で瀬奈は肩書き通りの自分を演じずにいられた。
瀬奈が席に戻ると、そこには誰もいなかった。本人不在なので当然なのだが、瀬奈は何ともいえない淋しさを感じた。
瀬奈はイギリス人の母と日本人の父とのハーフで、親の都合でイギリスと日本を数年ごとに行き来していた。優しい両親と安定した家庭のお陰で特に生活に苦労はしなかった。美人で人付き合いも上手だったため、瀬奈は行く先々で皆に好かれるようになった。ただ、転校が多いせいで誰かと深い付き合いができず、国や人種が違う「お客様」として扱われてきた。
今回出会った解は瀬奈が今まであった誰よりも変わっていた。出会いからして変だった上、解は瀬奈の外見や境遇を気にせず、瀬奈が自然体でいられる雰囲気を持っていた。また、利害に関係なく誰かを助ける、他人の目を気にしない、何があろうと自分が決めたことをする、といった瀬奈にできないことを当たり前にできる強さがあった。それなのに、変な真面目さがあったり、無表情なのに変なことを言ったり、お詫びにお菓子を作ってきたり、面白い所もたくさんあった。
そんな解をほとんどの人は誤解しているが、自分は知っている。そんな特別感が瀬奈は楽しく、嬉しかった。今回のことで、学校ではゆっくり話せることが分かった。また昼休みに解と話してみようと思っていた。
クッキーを渡そうが何だろうが、夜は解が番台で働く時間だ。今夜は客が比較的多く、始音が来ても話をする余裕がなかった。30分ほど経ち新規の客が来なくなった頃、始音がお風呂から出てきた。始音は明るく笑いながら解に話しかけた。
「お疲れ様。今大丈夫?」
「ああ、ちょうどはけたところだ。さっきは無視したみたいになってすまなかった。」
解に気にされたことが嬉しいのか、始音は機嫌良さそうだ。
「先にお風呂に入る予定だったから大丈夫。そうそう、噂のクッキー美味しかったわ。」
「口に合って良かった。ところで噂って何だ?」
「他のお客さんから前に聞いてたのよ。解君のつくるお菓子が美味しいってね。時々出すんでしょ?ここで。」
「知ってたのか。噂にするほどのものじゃないけどな。」
「そんなことないわ。みんな美味しいって褒めてたし、私も同じ意見よ。きっと霧谷さんも美味しかったと思うわ。」
「…そうか。」
妙に静かな解を見て、始音は解が照れていることに気づき、にやにやしながら顔を寄せた。
「どうしたの、解君?照れてるの?」
「…どうなんだろうな。」
困ったような表情の解を見て始音は嬉しく思った。10歳の時の解は今以上に表情に乏しく口数も少なかったが、今は感情や考えを前よりは表に出せている。その成長過程に自分がいなかったことは寂しいことだが、今更言っても仕方のないことだ。
始音は思いを胸にしまい優しく笑った。そして解の頭を優しく撫でて言った。
「ごめんなさい、照れてる解君が可愛くて、つい、ね。友達のお陰かもしれないわね。」
始音の言葉は特に難しくはなかったが、解はよく分からなかったのかぽかんとしていた。そして一言。
「友達?」
と言った。始音も解が何に引っかかったのかが分からず不思議そうに言った。
「茅野君と霧谷さんのこと。友達でしょ?」
「……。」
真面目な顔で何事か考え始めた解はいつも以上に大人びて格好良かった。幸い周りには誰もいないので格好いい解を独り占め状態だ。
(…じゃないわ。)
解はどうやら透矢や瀬奈が友人なのかどうかが分からないようだ。担任教師としてここは生徒の悩みを聞かねばなるまい。始音はやる気を出し、まずは話を聞こうと静かに待っていた。すると、解が口を開いた。
「始音、友達って何だ?」
「そうね…いろんな定義があると思うけど、お互いに気に入った相手、とか?」
「双方向の関係ってことか。どういう意味で『気に入った』なんだ?」
「え?うーんと、楽しい、安心する、信頼できるとかかしら。好きとか一緒にいたいとかもありね。ちょっと恋人とかぶるけど。」
「…友人への好きは恋人への好きとどう違うんだ?」
「ええ?好きの違い?そうね…。」
小さな子供のように質問する解を可愛く思いながら、始音は質問そのものには苦戦していた。「好きの違い」は頭では何となく分かるが、言語化は難しい。
(性欲のあるなしだけじゃ極端だし、独占したいかどうかじゃちょっと怖くなるし、う~ん…。)
考え続ける始音は腕を組み、目を閉じ、ついには顔を天井に向けてしまった。解はさすがに申し訳なくなり始音に声をかけた。
「困らせて悪かった。お前なら真面目に考えてくれると思って聞いただけだから、もう大丈夫だ。ありがとう。」
「いや、困ってはないわよ!ごめんなさい、うまいこと答えられなくて。でも、茅野君たちのこと、友達と思えないの?」
「…友情とか友達が何なのかを分かっていないからな。」
少し暗い表情で話す解に、始音は元気づけるように言った。
「でも、不愉快だとか嫌だなんて思わないでしょ?なら、ひとまず友人かどうかは置いて、一緒に色々したらいいと思うわ。後になって分かることもあるから。」
「なら、そうしてみるか。色々考えてくれてありがとう、始音。」
「どういたしまして。」
解の疑問は解決できなかったが、少しは解の力になれたので始音は安心した。安心したら少し積極性を出してもいいのでは?という気になってきた。
「ちなみに、私と解君の関係は何だと思ってるの?教師と生徒以外でね。」
「ん?………悪い、何なんだ?」
「そりゃあ、キスはしたんだから友達以上恋人未満ってところね。」
自分で言って恥ずかしくなったのか、解に手を振って始音は足早に帰っていった。
「友達以上恋人未満…??」
一人残された解は頭の中が疑問符でいっぱいだった。一緒に考えてくれたのはありがたかったが、疑問を増やして去っていかれると宙ぶらりんにされた気分だった。
「やれやれ、ようやく昼休みか。」
肩を回しながら透矢は息をついた。隣の解はタブレットに何か文章を打ちこむとすぐに片づけた。解がいつも何を書いているのか透矢は以前から気になってはいたが、あえて聞いてはいなかった。知るべきことならいつか分かる、そう考えていた。
「黒条は今日も弁当か。…そういえば、その弁当も自作か?」
「ああ。急にどうした?」
「いや、気になっただけだ。しかし、料理も菓子も作れるなんて、一家に一人は欲しい存在だな。」
「一人しかいないぞ。」
そんなことを言い合いながら弁当を食べていると、なぜかクラスメイトが近づいてきた。
「な、なあ黒条君。お客さんが来てるんだけど…。」
「お客?」
解は教室の入り口を見た。そこには小柄な女子生徒が緊張した面持ちで解を見ていた。下級生だろうか。解の方に面識はなかったが、ケンカを売ってくる人間でないのは明らかだ。ではなぜ解の所に来たのか、さっぱりわからない。
「知り合いか?」
「いや、見たこともないな。」
解は疑問に思いつつも透矢に返事をして、その子の元へ向かった。
女の子と解は教室前の廊下で正面から向かい合った。小柄で可愛らしい少女だ。腰近くまで真っすぐ伸びた髪は綺麗に手入れされており、髪を飾るリボンは少女の活発さ、可愛らしさを象徴するようだ。少女はかなり緊張しているのか、解を見上げる顔が赤い。え、まさか…?ここで…⁉と周囲から声がした。教室と廊下の生徒達が注目する中、少女は解に向かって話し始めた。
「あの、私は一年生の川野辺七海って言います。黒条先輩ですよね?」
「ああ、二年の黒条解だ。」
「来て下さってありがとうございます!実は、この前校門で先輩をお見かけして、どうしてもお願いしたいことがあって来ました。」
「お願い?まあ、俺でできることなら。」
「は、はい、できると思います!それで、えっと、あのー…。」
恥ずかしそうにする七海とよく分かってないまま静かに待つ解、そして告白シーンを期待して固唾を飲んで見守る周り。それぞれの待機時間が過ぎ、七海は意を決して言った。
「先髪の髪の毛を触らせて下さい!!」
「ほんとにきれいですね、さらさらつやつやで。枝毛もないし、ずっと触っていたいくらいです!」
七海は解の髪にくしを通しながらとても嬉しそうだった。教室内は七海を気にしていたが、本人はまるで気にならないようだ。
「そうか。」
真後ろに立つ七海に解は弁当を食べながら答えた。何と言うべきか分からなった。
「しかし、髪を触るために話したこともない上級生の所に来るとは、すごい度胸だな。」
「えへへ、それほどでもー。」
「ほめてないけどな。」
透矢がつっこんでもやはり七海は全く気にしなかった。メンタルはかなり強いようだ。
経緯を解説すると、七海は美容師を目指しているそうだ。そんな七海はこの前の事件で解を初めて見かけたのだが、その時解の真っ白な髪の毛に一目ぼれしたらしい。そして思いを募らせた結果触りたい欲求が抑えられなくなり、単身解にお願いしに来た、という流れだった。
そして今現在、七海は念願の髪の毛を触らせてもらい、幸せを噛みしめていた。とはいえ美容師志望なので解との会話も忘れていなかった。
「髪は手入れしてるんですか?それに、髪はのばすのが好きなんですか?」
「手入れなんて全くしてないな。髪型は自分で切るのが楽だからこうなっただけだ。」
「髪型も自前だったのか?お前。」
やや呆れ顔で言った透矢に続き、期待に満ちた目で七海はさらに解に尋ねた。
「なら、髪型は変わってもいいんですか?」
「まあ、よほど変じゃなければ何でも。」
「ふんふん。」
七海は鼻息荒く解の返事を聞いていた。実に楽しそうだが、解としてはこんな白髪なんていくらでも差し出すが、何が楽しいのかは全く分からなかった。しかし、
「…(にこにこ)。」
背後から感じる七海の気配が幸せそうなので、彼女の願いを聞いてよかったと感じていた。
また、解にとって自分の白髪は生きた証ではあるが、母に捨てられた証、偏見や差別の象徴でもある。そのため解は髪の毛にあまり良い印象を持っておらず、まして髪の毛が好かれることなど考えたこともなかった。つまり、七海は解にとって初めて自分の髪の毛を好きと言ってくれた貴重な存在だった。
「な、何してるの…?」
しかし、そんな七海の幸せ空間に新しい声が入ってきた。声の主である瀬奈は解の席近くで立ち尽くしていた。さっきまで食堂にいて一連の流れを見ていなかったのだ。瀬奈はクッキーをもらって以降、解達とよく話すようになったのだが、今日は見知らぬ下級生の出現に戸惑い驚き、大変混乱していた。
しかし、瀬奈とは対照的に七海は驚いたりすることなく頭を下げた。
「あっ、お邪魔してます。私は…。」
お互い簡単に自己紹介する瀬奈と七海。透矢もここでようやく名乗った。事情を聞いて落ち着いた瀬奈は少し意地悪そうに解を見た。
「どう?可愛い下級生に髪の手入れなんかしてもらって。気持ちいい?」
「櫛もブラシも使ったことがないから新鮮だ。床屋に行くとこんな感じなんだろうな。」
「弁当もお菓子も作る、散髪も自前。なのに櫛もないって何なんだろうな。」
独り言のように呟き苦笑する透矢の言葉に女子二人は強く反応した。
「弁当も作ってるの?」
「お菓子が作れるんですか⁉」
解は二人の反応に少し気圧されつつ、食べ終えた弁当を片付けながら答えた。
「弁当は夕飯の残りものが主だし、お菓子もある程度なんだがな。」
「十分すごいよ…。」
「すごいです、先輩!強いのに料理もできるなんて、尊敬しちゃいます。」
「この前のクッキーがあればよかったな。そうだ。こんなに懐いてるんだ、出会いの記念に何か作ってやったらどうだ?」
何だか負けた気分の瀬奈と純粋に感動する七海を観察していた透矢は解に振ってみた。今までの観察から解は断らないと知っての提案だった。
「作ってほしいものがあるなら作るぞ。」
「「えっ。」」
解の一言に女子二人は再び反応し顔を見合わせた。ただ、七海は後輩だからか躊躇いがあるらしく、遠慮がちに尋ねた。
「いいんですか?先輩。」
「ああ。嫌なら嫌と言う。で、何がいい?」
「えっと、シュークリームが好きです。」
「大丈夫だ。明日持ってこよう。」
「は、はい!」
七海が髪を触らなくなったことで終わったと判断し、解は元のように髪をゴムで束ねた。七海はそろそろ終わらないと悪いなと思ってはいたが、いざ終わるととても残念だった。しかし、お菓子のことも含めてきちんと感謝を伝えないといけない。七海は両手を握って気合を入れ、解に向かって頭を下げた。
「先輩、今日はありがとうございました!ご迷惑だったと思うんですが、先輩と話せてすごく楽しかったです。」
「迷惑じゃないから安心してくれ。むしろ、髪を良く言われたのは初めてだった。ありがとう。」
「い、いえ、そんな…。」
解に真摯な態度で感謝され、七海は恥ずかしそうだった。迷惑ではないと言われて嬉しかった。
「今日は勇気を出してよかったです。では、また明日、お昼に来ますので!」
七海はそう言って去り際に手を振り教室から出ていった。
「また縁ができたな。明日も面白そうだ。」
「明日はシュークリームかあ。いいな~。」
透矢と瀬奈は意味ありげに笑っていたが、解には二人が笑う理由が分からなかった。
「お前達の分も用意するぞ。」
せめて連絡事項だけは伝えておくのだった。
番台の仕事をしていると色々な人を見る。銭湯が好きな人、家のお風呂が使えない人、家に帰っていない人など様々だが、番台にいるから彼らと偶然出会うので、これも一つの縁だろう。昼休みに透矢はまた縁ができたと言ったが、確かに不思議な偶然によって瀬奈、透矢、七海と今までにない人間関係が生まれている。始音が戻ってきたことも考えると、高校二年生の自分には何か運命的なものがあるのかもしれない。
解がとりとめもないことを考えつつ仕事をしていると、始音がやって来た。…どうでもいいが瀬奈と始音は客が少ない時に来ることが多い。計算なのだろうか。裸を見て見られるのが恥ずかしいのだろうか。
「どうしたの?いつもよりぼんやりしてるわよ。」
「いや、大したことじゃない。今日あったことを思い出しただけだ。」
「ああ、もしかして川野辺さんのこと?」
「どうして始音が知ってるんだ?」
不思議そうな解を始音は面白そうに眺め、こともなげに言った。
「彼女のクラスでも英語を教えてるもの。元気だし可愛いから人気なのよ、彼女。この間の事件で私が解君と話すのを見たらしくて、私にあなたのことを聞いてきたの。それにしても、もう行ったのね。」
解は七海の様子を思い出していた。あの積極性は見習った方がいいかもしれない。
「ああ。随分積極的だったな。…そうだ始音。仕事場に冷蔵庫はあるか?あるなら明日昼まで使わせてもらえないか?」
「いいけど、何で?」
「明日シュークリームを作って持って行くことになったから、それでだ。」
始音は解の話を聞いて口を尖らせた。
「私には作ってくれないのに、初対面の女の子には作ってあげるの?ひどくない?」
「この前クッキーを渡しただろ。それに、明日はお前にも持って行くつもりだぞ。」
「え、本当に?」
「ああ。冷蔵庫を間借りするし、何より昔クリーム系が好きだと自分で言ってたと思うぞ。」
「そうだったかしら…?まあいいわ。なら明日はよろしく。お昼ご飯抜いて待ってるから。」
「ちゃんと食事はとった方がいいぞ。」
始音はたしなめる解に手を振り機嫌よくお風呂へ向かった。確かに昔一緒に町を歩いた時に甘いものの話をした気はするが、あくまで気なだけだ。解がそんな細かいことまで覚えていてくれたことが嬉しかった。おかげで少し七海に抱いた嫉妬も収まり、落ち着いてゆっくりお風呂に入ることができた。当然、風呂から上がれば再度解と話をしてから帰る。これが始音の小さな幸せだった。
翌日の昼休みになった。解はシュークリームを取りに始音の所に行ったので今は教室にいない。解の机には透矢に加えて瀬奈と七海も弁当を用意して待っていた。瀬奈は解達と一緒に昼食をとるのは初めてなので、少し緊張していた。一方七海はにこにこと実に楽しそうだ。
「すごく楽しそうだね、川野辺さん。」
「はい!昨日からずっと楽しみにしていたので!」
優しく話しかける瀬奈に、元気いっぱいに七海は答えた。
「ほんと、女子ってのはお菓子が好きだな。」
「いえ、茅野先輩。ちょっと違います。」
七海は透矢の言葉を笑顔で否定して続けた。
「お菓子も楽しみですけど、先輩に会ってお話するのが一番楽しみなんですよ。」
「おう…そうか。それはよかったな。」
七海は元々解の髪の毛を好きになったのだが、解に会って解自身も好きになったらしい。そして、そんな解への好意を隠さない七海があまりに堂々としており透矢は珍しく言葉に詰まった。七海の愚直だが裏表のない純粋な態度は透矢には少々眩しすぎたようだ。瀬奈は二人の間で困ったような笑顔を浮かべていた。
解は急ぎ足で紙箱を持って教室に戻ってきたが、弁当を前に待つ三人を意外そうな顔で見た。
「まだ食べてなかったのか?俺のことは気にしなくてよかったのに。」
「主役をおいては食べられないよ。ほら、帰ってきたんだし、食べよう?」
瀬奈の言葉を合図に解以外は食事を始めたが、解だけは弁当を出さなかった。
「?黒条君、弁当は?」
不思議そうに瀬奈が聞くと、解は一口お茶を飲んで答えた。
「シュークリームを作ったから予算不足だ。」
解は何でもない顔だが、瀬奈と七海は驚き、透矢は呆れた顔をした。
「それはさすがに後味悪いだろ。俺のをやろう。ただ後で材料費を分けるから言えよ。」
透矢はおにぎりを一つ差し出し、七海も真剣な表情で続いた。
「作ってくれた先輩がご飯抜きなんて駄目です!なので、私からもどうぞ!」
「え…。」
七海は箸で卵焼きを持つと解の目の前にずいっと出してきた。解は目を丸くして卵焼きを、そして七海を見た。
「?どうぞ?」
七海は不思議そうな顔で解を見つめている。
「…うん。」
解は目を丸くしたままぱくっと卵焼きを口に入れた。甘めのだし巻きで美味しかった。
「え、ええ…?まあ、じゃあ私も…。」
食べさせた七海にも食べた解にも驚き呆れながらも瀬奈は唐揚げとミニトマトを弁当箱の蓋に置き解にあげた。全員で食事をしつつ、蓋には適宜食べ物が置かれていった。
「それじゃあ開けるか。」
全員が食べ終わると複数の紙箱が机に用意された。瀬奈と七海が期待と共に見守る中、解と透矢が箱を開けていった。どの中にもシュークリームがいっぱいに入れてあった。形もきれいに膨らみ実に美味しそうだ。
「じゃあ一つずつ。」
「おう。」
「ありがとう。」
「ありがとうございます!」
三人三様の返事をして食べてみた。
「おいしいです~!」
「形もきれいだし、ほんと美味しいね。」
「よくできてるな。カスタードと生クリームの二層なんて、ほぼ売り物だ。」
三人がそれぞれ喜んでいるのを見て、解はわずかに笑みを浮かべた。
「ありがとう。美味しいなら良かった。」
「「…。」」
瀬奈と七海はぼうっと解を見つめた。滅多にない解の笑顔に思わず見とれていた。
「ねえねえ、黒条君。」
いきなりの第三者の登場に瀬奈は我に返った。クラスの女子数人が躊躇いがちだが珍しく解に話しかけていた。
「そのシュークリーム、黒条君が作ったの?」
「ああ、一応。」
「あの、よかったら私達も食べていい?」
「ああ。限りはあるがどうぞ。」
女子達は紙箱の中を見て、きゃあきゃあ騒がしく解を取り囲んだ。
「わあ、おいしそう~。」「すごーい。」「ありがとう黒条君。」
女子達が食べ始め感想を言っているとさらに周りの女子が集まり、いつしか解の周りにはちょっとした人だかりができていた。試食した女子達がはけていき、ようやく解は瀬奈達が待つ自分の席に戻ってきた。
「ふう…。」
「お疲れ様。大変だったね。」
「まあ、そんな経験も悪くないだろ。」
瀬奈と透矢が労う中、七海は残念そうだった。
「でも、シュークリームなくなっちゃいましたね…。」
「いや、まだあるぞ。お前たちがまだ食べるかもと思って残しておいた。」
そう言って解が机に残った紙箱を開けると、確かにシュークリームが三つ残っていた。
「残してくれてるなんて、すごくうれしいです!先輩、ありがとうございます!」
幸せそうに二つ目を食べる七海。一方瀬奈は、
「食べすぎかな…。おかずは黒条君にあげたし、今日くらいいよね…?」
自問自答しながらもう一つ食べた。
「俺は一つで十分だ。」
「俺も十分だからシ、先生が残ったら欲しいと言ってたから渡してくる。」
解は始音の呼び方を一瞬間違えそうになったが、慌てず修正した。…誰も気づいてないらしい。解は内心ほっとしつつ最後のシュークリームを持って教室を出た。
解が出て行った直後、瀬奈は解の机をきれいにし始めた。もらった側の礼儀だった。
「あ、すいません先輩、私も手伝います。」
七海が椅子を立とうとした際、解の机に当たり中からタブレットがこつん、と落ちた。透矢はタブレットを拾い上げ、軽く画面を叩いた。
「こ、壊れてないですか?」
「大丈夫そうだぞ。まあ安心しろ。」
心配そうな七海をなだめ、透矢は瀬奈と七海を見ながらにやりと笑った。
「おい、中身、見てみたくないか?」
「駄目に決まってるでしょ。」
「そうですよ、先輩に聞かないと…。」
否定する二人に透矢はすました顔で言った。
「黒条はよくこれに何か書いてるんだ。けれど肝心の中身については一度も聞いたことがない。これは何かあるだろ。どうせパスワードがあったら見れないんだ、ちょっと触るのはいいだろ?」
「ま、まあそれくらいなら。」
「どうせ見れないですもんね…。」
騙された二人を一周回って微笑ましく感じながら、透矢はタブレットを机の上に置き触った。いつもの解の動きからパスワードがないのは分かっていた。透矢は好奇心を隠さず呟いた。
「さて、何が出てくるか…。んん?」
透矢が不思議な声を出したので、思わず瀬奈と七海も覗き込んだ。タブレットの中にはこんな内容が記されていた。
友愛と恋愛の違い
友愛(ほぼ友情と同じ意)も恋愛も自分以外の存在に対する愛情である。しかし、友愛は親子間であっても成立し得るので、ほぼ全ての存在が対象になる。一方恋愛は親兄弟とは成立が困難であるが、友人を含めた相手が対象だ。また、友情は基本的にお互いが持つものだが、愛情は片側だけでも良い。
考えつく二つの愛情の差は①唯一性、②性的欲求の有無、③依存的の三つである。
①友情は複数を対象にできるが恋愛は基本的に一人である。愛人、一夫多妻制など逸脱例はあるが。
②恋愛は肉体的接触=性的欲求を切り離すことが難しい。二次性徴前であっても恋愛対象への物理的接触欲求はあるようなので、概ねあてはまるといえる。
③友人は並立、独立した関係であるため相手に依存することは難しいが、恋愛は生きる環境が重なる場合が多くなり、相手への依存が生じることがある。が、恋愛に必ず依存的な関係があるわけではない。
今回考えた項目にはそれぞれ限界点があり、追加の考察が必要である。
〇年×月△日 解 記
「友情と恋愛の違い…。」
「これはまた難しい内容だな。」
「…?(あまり文の内容をわかっていない)」
三人はそれぞれ違った表情を浮かべタブレットを見ていた。
放課後、解はなぜか自分の椅子に座り、瀬奈、透矢、七海に囲まれていた。
「あの、何かあったのか?」
原因が全く分からず解は首を傾げた。透矢が代表して口火を切ることにした。
「いや実はな、お前がいなかった時に事故が起きて、タブレットの中身を見たんだ。」
「ごめんなさい。」「すみませんでした…。」
申し訳なさそうに頭を下げる瀬奈と七海に対して、悪びれもせずむしろ楽しそうに透矢は続けた。
「で、あの友情と恋愛の違いってのはお前が考えたのか?他にも色々あるのか?」
「ま、まあ待て。ちゃんと説明するから、少し落ち着いてくれ。」
透矢が興味津々で聞いたので、解は少したじろいでしまった。ただ、中身を見られて嫌だ、困るということはなさそうだ。敢えていえばどう話すべきか迷っている、という様子だ。
「あれは考察というか何というか…。そうだな、『愛情についての研究』だ。」
「愛情について?」
「ああ。愛情は色々あるだろう?友愛、親子愛、隣人愛、恋愛、そんなやつだ。本で調べたり自分で考えたりして愛情を理解するのが目的だ。」
「うーん、難しい話ですね…。」
七海は難しい顔で唸った。どうやら小難しい話は苦手のようだ。瀬奈は七海をいたわりつつ気になったことを解に尋ねた。
「なんでそんなことしてるの?趣味?」
「面白くないだろうが、聞くか?」
「ああ。」
「私もちょっと気になるかな。」
「私も聞きたいです。」
解は三人の返事を聞いて小さく頷いた。他人には面白くない話だろうが、三人が望むなら話を渋るつもりはなかった。
「これは元々真、義理の父親のものだ。義父は愛情が分からない人だった。だから愛情を理解する助けとして自分の経験や考察を書き留めてたんだ。ただ、義父は二年前にがんで死んで、以降は俺が引き継いでる。俺自身、愛情を理解できてないからな。」
解はなるべく簡潔になるよう説明した。解の言う通り、楽しい話ではなく真面目そのものだった。
「…そうか。親父さんの遺品だったとはな。勝手に触って悪かった。」
透矢は素直に頭を下げた。自分の行動を後悔することはないが、非はすぐ認め謝るべきだと考えていた。今回はまさにそれだった。
「いや、気にしないでくれ。基本的に見られて構わないものだからな。」
解は少し早口で透矢に答えた。透矢達を責める気は全くなかった。ただ、タブレットの中を見たことなんかで罪悪感を持ってほしくない。それに真が死んでいる云々で気を遣われるのも居心地が悪かった。そして、そんな複雑な思いを持つ解とは対照的に瀬奈は解の行動に感心していた。
「でも、なんかいいね。お父さんの目標を受け継いだってことでしょ?」
「義理なんだが、そうだな。ただ義父のためじゃないぞ。俺の意志で、俺のためにしてるだけだ。」
「へえ…。」
「愛情とは何か」なんて思春期の子が考えそうなことだが、真面目に本気で考えるのは簡単ではなかろう。少なくとも自分には書けそうにない。高校生の解が親の後を継いで、しかも自分のことと捉えてやっている。瀬奈は純粋に解をすごい人だと思った。
解のしていることは明らかになり、それ以上聞くこともなくなったので集まりは解散となった。解の心と家庭に関係した深入りしにくい話だったので、透矢達は教室で聞いた以上の質問はしなかった。敢えて教える話でもないため、解も口数が少なかった。
放課後に何があろうと関係なく、今日も解は番台の仕事をしていた。そして、そんな時に限って始音がやって来た。始音はお風呂上がりにコーヒー牛乳を飲みながら解に話しかけた。
「今日はシュークリームごちそうさま。本当に美味しかったわ。ありがとう。」
始音はお礼を言って缶コーヒーを解の前に置いた。どうやらお礼らしい。今日は色々あったので、解は素直に受け取ることにした。
「感想は昼も聞いたぞ。まあ、あんなものでも喜んでくれるならありがたい話だ。」
「…。」
始音は解が喋り始めてからコーヒーを飲むまでをじいっと見ていたが、ぬっと解に顔を寄せたかと思うといきなりその細い指で解の鼻をつまんだ。さすがの解もどきっとした。
「な、何だ?」
「解君、何かあった?」
「…いや。大きなことは何も。」
解は嘘を吐くことはせず誤魔化そうとした。話しても問題はないのだが、未熟な文章、未熟な自分を始音にあまり見せたくなかった。年の離れた初めての友人の前では大人ぶりたかったのだ。
しかし、解の誤魔化しが通じるはずもなく、始音が解を見る目はさらに険しくなった。取調室の警官や夫の浮気を疑う妻はこんな感じかもしれない。
「何かあったんでしょ。解君は結構分かりやすいんだから、諦めて話しなさい。」
「…はあ、分かった。分かったから、とりあえず離してくれ。」
解放された解は放課後の出来事を始音に話した。話を聞いた始音は得心がいった様子で頷いた。
「愛情を理解する、か。ああ、だから前に友達とは何だとか、好きの違いとかを聞いてたのね。うん、さしずめ解君は『愛情の研究者』ってところね。」
「まだまだ無知な卵だがな。」
「まだ若いんだから仕方ないわ。周りの力も借りて色々知っていけばいいのよ。だからちゃんと、先生にも相談するように。ね?」
「分かった。…それと、誤魔化そうとして悪かった。何となく言いたくなくて。」
「大丈夫よ、怒ってないから。聞き出すために強く出ただけだから、心配しないで。」
始音としては何となくの理由が少し気になったが、あまり前に出過ぎて嫌われたくはない。攻め時、引き際は戦いにおいて重要だ。
「怒ってないなら良かった。それにしても、先生は生徒に相談してほしいものなんだな。それも一つの愛情かもしれないな。」
解の言葉を聞いて始音は思わず苦笑いした。始音は「解に」相談してほしいのだが、解には分からなかったらしい。確かに、解には愛情をもっと理解してもらわないと色々伝わらないし進まないだろう。
「…ま、そんなところね。」
つっこみたい気持ちを抑え、始音は解に合わせるのだった。
もうしばらく話をして始音は帰っていった。始音を見送った解は手元のタブレットに目を落とし呟いた。
「本当に俺はまだまだだな、真。」
始音はなぜあんなに強く何があったのかを聞いてきたのか、なぜ教師は生徒に頼られたいのか、どうして話の最後に始音は苦笑したのか、解にはどれも分からなかった。真なら理解できないまでも理論的に論じることはできるだろう。
「はあ…。」
真なら、といちいち考えていること自体情けない。解はため息を吐くと残った缶コーヒーを飲み干した。コーヒーはもらった時よりも苦かった。
次の日、朝から七海が解の教室に来た。
「先輩。放課後、教室で待っててくれませんか?」
七海は透矢と解にそう言った後、瀬奈の所にも行き何か話していた。恐らく同じことを伝えているのだろう。
(そういえば、昨日は途中から喋らなかったな。)
「昨日は途中から珍しくおとなしかったし、何か思いついたんだろうな。」
透矢も解と同じ結論に至ったようだ。いずれにせよ、放課後を待つしかなかった。
七海は昼休みには解の所に来なかった。解と瀬奈は七海の行動が不思議だったが、透矢は面白がって笑っていた。
「ま、放課後を楽しみに待とうぜ。」
ついに放課後になり解、瀬奈、透矢、そして七海は教室に集まった。教室で何かするのかと思ったら、七海は三人を空き教室に連れていった。空き教室の中に入ると七海は三人を座らせ、自分はその正面に立った。
「で、ここで何があるの、川野辺さん?」
多少戸惑ってはいるが笑顔で瀬奈が聞くと、七海は両手を握り元気一杯の笑顔で言った。
「昨日の先輩の話を聞いて私、先輩のお手伝いがしたいと思ったんです。」
「うんうん。」
「それはまあ、ありがたい話だが、無理しなくてもいいぞ。」
「そこで考えたんですが、私だけじゃなくてみんなでやった方が楽しいし、先輩の力になると思うんです。」
「みんなで?」
「はい、みんなで研究会をつくるんです。名付けて、愛情研究会!みんなで話して考えたり、調べたことを発表したりして、その内容を先輩が残していくんです。いい考えだと思いませんか?」
解にとってここにいる三人と話すことは嫌ではない。だが、私事に付き合わせるのは本意ではない。
「悪くはないかもしれないが、お前たちの迷惑になるから…。」
「俺は別にいいぞ。」
解の言葉を遮った透矢は不敵な笑みを浮かべ解を見た。
「黒条のやってることには興味があるし、川野辺の話もなかなか面白そうだ。」
「ほんとですか⁉」
「少し落ち着いてくれ、(確か)…川野辺、さん。」
「あ、すいません。つい興奮しちゃって。あと先輩、さん付けはしなくていいですよ。何なら名前で呼んでもらってもOKです!」
「分かった、考えておく(名前を覚えてないのが申し訳ないがな…)。」
瀬奈は七海が楽しそうに話しているのをぼんやり見ていた。瀬奈と七海は大分毛色が違うが、瀬奈には七海が羨ましく思えた。七海が解と知り合ったのはわずか二日前だ。それなのに七海はものすごく解に懐いている。解は解で出会った当日には髪を触らせ、翌日にはお菓子を作ってあげている。瀬奈も解と出会い仲良くなったが、七海のように積極的には動けない。そもそも他人をあんなに真っすぐ好きにはなれない。人に合わせ、適度な関係を築きやってきた瀬奈は純粋な七海に対して羨望と少しの嫉妬を感じていた。
「なら霧谷はどう思うよ?川野辺の案について。悪くないよな?」
「え?」
ぼんやりしていた瀬奈はいきなり透矢に話を振られ我に返った。幸い声は聞こえていたので、すぐに返事を考えることができた。
「えっと、そうね…。私も部活に入ってなくて、何かしてもいいなって思ってたんだ。黒条君が嫌じゃないならいいんじゃないかな?」
瀬奈は七海の意見に乗ってみることにした。少し足を踏み出してみようと思った。
瀬奈の同意を聞いて解は少し意外そうな顔、透矢と七海は笑顔を見せた。これで解以外は七海の提案「愛情研究会をつくろう」に同意した形だ。
「霧谷先輩もありがとうございます!」
七海は先輩二人の言葉を受けて大変嬉しそうだ。こうなると解も無下にはできなかった。
「俺以外がいいなら、まあいいんだが。俺の私用に付き合って本当に大丈夫なのか?」
「嫌なら嫌というだけだからな。それにしても、くくっ、愛情研究会ねえ。ところで、部員はいるが顧問はどうするんだ?」
透矢が尋ねると七海は自信たっぷりに答えた。
「もう調べて頼み済みです!今年赴任された堤先生は顧問をしてなくて、聞いたら予定もないから『みんながいいならOK』だそうです。話がまとまったら書くようにって、これをもらいました!」
七海は勢いよく同好会の申請書類を見せた。そこにはすでに「同好会名:愛情研究会」、「顧問:堤始音」と書いてある。
「…。」
タブレットの事を話したのはつい昨日のことなのに、とてつもない情勢の変化だ。七海が積極的なことは理解したつもりだったが、やはり知り合って二日では理解が足りなかったらしい。解は七海の行動力を改めて思い知った。
どんどん話が進み、愛情研究会はめでたく成立した。名前や活動内容に難色を示す先生もいたが、始音がうまく説明したため解達を公然と批判する者はいなかった。会長は発案者の七海が、副会長は瀬奈が、書記は解がすることになった。透矢は自身の希望で活動の立案、資料の収集など雑用をする自称「遊撃役」になった。こうして、解たちの同好会が始まった。




