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3.進む道にあるもの


「なぁ、死神」


「……その呼び名は不本意だが。……なんだ?」


「お前の雇い主が世界を破滅させる奴だったらどうする?」


 バーの一角。

 少女は中年の男と一緒に酒を飲んでいた。

 彼女がとったのは度のキツイ酒で、こんな餓鬼が、と男は瞠目していたが、個人の嗜好とばかり何も口に出さなかった。

 どうせ跳ね返ってくるのはこの少女であり、自分ではないのだから。

 自分の酒のロックを転がしながら彼は問う。


「仲間内では有名なんだぜ? 死神の忠誠心は如何ほどのものなのかってのは。是非お答え願いたいね」


「その前に。世界を破滅ってのは? 私のご主人がそんな人間だとでも?」


 非難がこもった目で男を睨む。


「ご主人は確かに色んな奴から狙われるが。そんな酔狂な真似をしでかそうとしてるから、狙われてるわけじゃない」


 要するに、変な言いがかりをつけて、ご主人をけなすな、という話だ。

 これには男も驚いたらしい。

 目を丸にし、数秒黙ると、軽く噴出した。


「わ、わりぃ、わりぃ」


「何がおかしい?」


 フキンを男に渡しつつ、少女が少し首を傾げた。男が噴出す理由が分からなかったらしい。

 そのまま少し咳き込んでいた男だが、ようやく収まると、興味深げな光が宿っていた。


「死神がそこまで入れ込むなんてなぁ」


「興味が湧いたから少し狙おう、と考えただろお前」


「考えたら?」


「別に? 代わりは無い。普通の敵として切り捨てるだけだ」


 平然と言ってのけると、ぐいっと酒を煽る。こちらが感嘆しそうな位の豪快な飲みっぷりだ。

 バーテンダーにもう一杯頼むと、男に向き直る。


「で? 質問の意図が掴めない」


「ようするに、……お前は、自分の依頼人が極悪人でも付いていくのか?」


 酒の手も止め、真面目な顔をして問う彼に、それこそ分からない、と彼女は眉を顰める。


「私ほどの極悪人は居ないと思うが? というより、この業界なんて、そんな奴らばかりだろ」


「……死神。お前にそんな問いした俺が馬鹿だったよ」


「ようやく分かったか」


 男の言葉を一笑に付すと、目の前へと彼女は視線を戻した。ピンクのような赤いカクテルが手渡されれる。おだやかな笑みと共に酒を渡してくれたバーテンダーに礼を言う。中々凝ったカクテルらしく、くん、と匂いを嗅いでみても、少女が分るだけでも三種類は入っていた。後は果汁が入っているのかもしれない。彼女は、自分で飲むぶんにはこんな事できないな、と独白しながらも、少しなめてみた。……甘い。含んで嚥下すると、これまた甘い味が口に広がった。悪くない。

 満足そうに笑えば、控えめながらもバーテンダーの男は笑い返してきた。

 さらに二、三口嚥下すると、自分の酒を飲みながらも、彼女の答えを待っていた男の方へようやく向き直った。

 

「お前が言いたいことは分かった。――どんな奴でもお前は付いていくのか? って話だな」


「……分かってるならさっさと答えろよ」


 自分の娘ほどの女に振り回されている状況に、男は疲れたように肩を落とした。

 それでも少女は堂々としたものである。


「業界では知らないものにはノータッチが原則だろ? 生き残っていくにはそれがセオリー。無意味な好奇心と、知ったかぶりはタブーであり、ナンセンスだ」


「よぉーく分かりましたよ、金色の死神殿。勉強させていただきました」


「それは良かった、鮮血殿。貴殿の戦術のたしになったようでなによりだ」


 表面上は仲良いように笑う二人。

 しかし、剣呑な雰囲気が駄々漏れだ。周りの客が哀れにも怯えている。


「――様」


 からん、という音と共に、苦笑混じりで名を呼ばれ、少女の顔が罰の悪そうな表情へと移り変わった。


「悪い」


「いえ」


 あくまでも柔らかな態度を崩さない男に彼女は頭を下げ、またカクテルを一口含んだ。

 鮮血と呼ばれた男も、頬を掻きながら、一言わりぃ、と謝罪した。


「遊びがすぎた。……さて、質問のだが」

「あぁ」


 若干身が乗り出している男に苦笑をしつつ、彼女はふと時計に目をやった。

 ご主人との時間まであともう少しだった。


「――すまん、鮮血の」


「は」


「タイムオーバーだ」


 掛けてあったコートを軽防具の上から羽織る。

 五杯分の金をカウンターへ置くと、呆然としている男に手を挙げた。


「じゃあな。また今度だ」


「おい! まだ――」


「あぁ、そうそう、さっきのだが」


 あくまでもマイペースを崩さず、彼女は笑った。

 無邪気で無垢な。


「――剣が主に従うのは当然だろう? 鮮血の」


 今度こそ彼女は去っていった。

 残された男といえば。


「おいおい、それなら、主人がてめぇを殺せと言ったら殺されるのかよ」


 それも彼女なら頷く気がして、薄ら寒い。

 部下が頭ぁ、と情けなく言ってくるのを聞き流しながら、彼は一気にあおった。


「クレイジーガールめ」


 貶してるにも関わらず、彼の表情は、どこか楽しげであった。



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