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精霊王(前)

 都市の境目には、白い霧の結界が張り巡らされている。その外は、開拓が困難な魔物の荒れ地が広がっているためだ。ソフィストが魔術道具**“ヤガムの目”**を育成している。


昼頃、街中央近辺の拠点にて。



 廊下の椅子に腰を掛け、ドローンの端末画面をチェック。今日は他のメンバーは所用ででかけていた。ドローンのフリックは魔力を消費しない。精霊を宿し人格を与える者もいるが、そうしない者も多い。任意の魔力を分離してドローンの触媒にするには、相応の痛みを伴うからだ。端末でSNSや掲示板に流れる情報をフリックしていく。


『パシェは、ダイドの本当の娘ではない!10年前の“魔流脈禍”はパシェやハイナが魔王にとりつかれたからこそ起きた!!』

『パシェは、ハイナの実力の影にかくれて、本当は英雄資格なんて手に入れてないんじゃないの?』


 画面に踊るSNSのデマにパシェはため息をついた。その出所は分かっている。アセランがプレッシャーをかけてきているのだ。パシェはデマに反論しようとドローンに手を伸ばしたが、指一本動かせず、ただ画面を睨みつけることしかできなかった。画面に踊る無数のアイコンが、まるで人々の冷たい視線となって彼女を貫くようだった。


「今日は何もできそうにないな……」


彼女の心に、一つのトラウマがよみがえる。母が自分を睨む姿、家の中、橋の下、橋の上……。そして、ダーハミールの迷路のような路地で、初めて母に反撃したあの日の記憶。その時、人々は母ではなくパシェのユーモアを認めたのだ。

 

 そして10年前だ。

「あの時誰も助けてくれなかったくせに!」


 ◇ ◇ ◇


【10年前の追憶】


――10年前。パシェのトラウマの追憶は、あの時から始まっていた。

【パパ!!やめて!一人で戦わないで、逃げようよ!!!】

 子供の頃のパシェは母からの敬虔なニネア信徒であることを求められ、息苦しい生活を続けていた。ダーハミールとの関係が築けたのもそうした事からの“逃避”の意味合いもあったのかもしれない。

「俺の様な役立たずの疾病者に」

  父親の側には魔王の影が立っていた。パシェが振り返ると、そこには運命の編纂者モイラス・スィンタフティースがいた。それはすぐさま、魔王の影の側によると、影を自分の口の中に吸い込んでしまった。





 10年前のあの時、パシェの目の前には二つの絶望があった。魔流脈はニネアの血管をモデルにした、世界を覆う魔力のパイプライン、深部に至るほど狂気にのまれるものだ。魔流脈が割けたこと。それに父が飲み込まれ行く事と、強力な運命の編纂者モイラス・スィンタフティースに凝視されていたことである。父との間には10メートルほどの距離があり、そいつは父を吹き飛ばした後、父の腹部に足をのせ、満足気ににやけ顔になっている。


 顔を上げる、とその異形の怪物は背中からトゲを生やし、湿った鉱石のような肌には、時折、鈍い光が走る。その光る眼は、まるでパシェの心を直接見透かしているようだった。 彼は、ただそこにいるだけで、すべての希望を無意味にするような、絶対的な絶望を放っていた。

『予定律の従者たちよ、予定律を破棄セヨ、王《責任を果たすもの》は死んだ、ヒ、ヒヒ……ヒトハ、心によって編纂スル、ワタシに心はナイ、故に常ニ、公正ナリ』 

 機械音に似た声は、なぜか頭の中で翻訳されて響いた。窓ガラスはわれ、地面はひきさかれ、彼の魔力が周囲の建物を破壊しつくしていた。彼が放つ言葉が何であれ、全ての出来事は絶望を意味した。

「―-っ!!」

 身動きがとれないほどのまなざし。ヘビに睨まれた変えるのように、パシェはその異形の真っ白な人型の怪物を恐れ、恐れによって地面にひれふしていた。

「うおおおお!!」

 しかし、父母は“運命”に歯向かった。子供なら簡単に消し炭にする力を持ち、上位の冒険者や魔術師さえ一瞬で闇に葬ることのできる。“はるか上位の存在”に。

【お前ならやれる、俺はもう、魔力乱流病のせいで腑抜けになってしまった、だがお前は、腑抜けじゃない、腑抜けじゃないんだ】

 父は最後に、そんな言葉を残していた。


 パシェが苦しんでいたのは。ある一つの強烈なデマだ。

ー英雄ダイドは、戦場から逃げた!ー

 ありえなかった。あの時確かに死んだのだ。



――その夜、パシェはタブレット型ドローンを操作していた。昼間のデマが、彼女の心を締め付けていた。このまま、何もしないわけにはいかない。


彼女は、運命の編纂者モイラス・スィンタフティースについて調べるため、予定律のインターフェースを起動する。“英雄フレーム”を通して、概念AIにアクセスした。

◇ ◇ ◇

・物語を編纂し、私たちの運命を構成する存在。それが、予定律システムにおける「編纂者」。

この存在は、古代の言葉でこう呼ばる。モイラス・スィンタフティース (Moiras Syntahtis)運命の編纂者。あるいは、より上位な支配者として。 モイラス・テュランノス (Moiras Tyrannos):運命の僭主。魔王の作った偽装の神。自動賢人と同等の権能あり。ソフィスト教会と魔王が“創造”し、予定律をハッキングする神。


※元老賢人会機密事項につき、情報を外部に流出した場合にはテミスによる運命の審判を受ける可能性があります。

◇ ◇ ◇

パシェはストレッチをすると、今日の訓練に満足できず、警備の仕事と共に肩慣らしの剣技の訓練をした。父の託した独自性あふれる剣技の。




 翌朝のこと。ホロストゥループの面々とパシェは、ホロストゥループの指定した“賢者指定宿泊施設”にいた。これらは冒険者ギルドに設置が義務付けられ、自動賢人に仕事を請け負っている人々に提供される特別な宿泊所だ。

「―ーしかし、ひどいな」

 イアナは一人で煮詰まっていたようで、リビングは見るも無残に荒らされていた。食べかけのクッキー、山の様な資料。参考資料の上には、いくつものメモ書きが張られていた。

「はあ……こっそり片付けておきますよ」

 その後ろでは、会議の準備が始まっていた。ガウルは、飽きれて彼にちょっかいをだした。

「そんなにあの“氷の女”に好かれたいか」

 びくっと、背中を震わすと、まるでなにもなかったように、そそくさと掃除にもどった。


 一日を過ごすにはほどよい天気で、開いた窓からは心地よい風がはいりこんできていた。パシェは久々に、強い冒険者とともにいることで、ハイナの暴走などの心配から解き放たれたような気がしていた。イアナは今日の夜中に予定律にたたき起こされたようだ。といっても夢の中でうなされたのだ。

『パシェを早く育てるんだ、魔物たちがパシェを狙っている』

 それが未来からの通告。

 

イアナは不貞腐れながら、歯磨きを終えると会議室に入ってきた。

彼女はまるで不機嫌な猫のように、ホワイトボードに向かい、現状を報告する図解をさっさと描き始めた。

「これは異常よ、ソフィストのデマはホロスの『予定律』にもない」

彼女の言葉に、ユミエルが静かに答える。

「そもそも他者の予定律、未来に干渉しようとする人間は必ず予定律の加護を失う。しかしソフィストに関しては、予定律をハッキング可能なんだ」

その真剣な空気を、ガウルが唐突な一言で破る。

「イアナの冷淡さより異常か?」

瞬間、会議室に静寂が訪れる。イアナはガウルを睨みつけ、ユミエルはわずかに肩をすくめた。張り詰めた空気に、時計の秒針を刻む音だけが響く。


 「アセランから果たし状が届いたの、自動領主の死者、神使テミスがこうした役割を担うのはあなたも知っての通り、テミスは決闘状の受付を承認したわ、でもあなたは、これに答えれば戦わなければいけないし、拒絶するのなら、裁判を開く必要があるのよ」

「でも、そんな……私、まだちょっと」

「はあ、わかってるわ、昨日だってガウルにまるで歯が立たなかった、イースがあなたを笑わせただけで、何のしまりもない練習だった」

 イアナの顏には焦りといら立ちが浮かんでいた。予定律ではこんなはずではなかったのかもしれない。

ユミエルが、イアナの言葉を引き継いだ。

「パシェ、ここで君にホロスが私たちに託した予言を共有しようと思う“この街には再び英雄が現れる、決闘にて現れるが、決闘そのもので英雄は誕生しない”」



 イアナは稽古をつけていたが、ほとんど見に入らない。ボーとしている用な感じがある。パシェは尋ねる。

「私に問題があるの!?」

 イアナは、ため息をついて答える。

「予定律の問題よ、予定律にはしばしば問題がおこるからね、だから私たちは【神話権能】をもつホロスに従い、その従者として秩序を保持しようとしてきた」

【はっきりいってよ】

「お前はこのあと数週間後にヤガムと戦い、謎を解き明かすはずだ、だがおかしいのだ、私の予定律にない事象がおきてる」

「それは……デマ?」

「そうだ」

 イアナは、それがこれまでの予定律では、ありえないほどの拡散がされているという。ボットを使われている可能性が高いと。ナナルはイアナとパシェに目配せすると、ゆっくりと口を開いた。

「覚悟して聞いてくださいね、御気分をわるくなさらぬように」

 優しい言葉に、パシェは相槌をうった。

ーーー

気味の悪い映像が流れる。デフォルメ化されたソフィストが、映像の中でかたっている。

【英雄は、彼らは私たちに何をしてくれましたか?彼らの流した説話は欺瞞そのものではないですか?彼らは詐欺師!詐欺師の血筋です!】

 泥人形のアバターの視聴者が熱狂して沸き上がる。

『うおおお!!』

 ステージライブのようなデジタルスぺースがひろがっていた。

【努力すれば夢をかなえられる、そして英雄は往々にして不幸な過去を持っているのが当然だと、だが何ということか、権力をもつものはたいして不幸に対する力をもっていません、むしろ他人の不幸をばねにするのです】

 加工された映像が流れる。イアナがパシェの腹部をなぐりつける、そして見下ろして、更にパシェをふみつけた。

【みてください、イアナはパシェをわらっています、パシェも悪いです、10年前の事件について、パシェやハイナが魔王にとりつかれたからこそ起きたのです】

 イアナは頭を抱えた。

【私はあなた方に無償の俗説コードを発行します、クーポンです】

 ソフィストやシャーマンはこうした分断統治により自己の既得権を増幅させるために“俗説コード”を発行する。いつもの手法にまたもや、会議室に入って来たばかりのユミエルは頭を抱えた。

【ヤガムはかわいそうです、ダーハミールに追い出されて、しかしパシェを恨んでくれた方には、抽選で私の魔力を託した《魔力種》を与えます、魔法、使ってみたくありませんか?彼の父も、どうせろくでなしですよ!】

 あまりの言葉にパシェは目を丸くする、画面はさらにソフィストの顏が大きく映る。

『ろ・く・で・な・――』

 イアナは動画の再生をとめた。

「これ以上、まともな様子はうつってないわ」

 ナナルは、落ち込むパシェを聖母のような眼差しで見つめた。そして、何かを察したように密かに微笑んだ。

ーーー


 翌日の夕方。公園にパシェは一人でいた。ガウルがそばに来て、励まそうとしているのかと思い、パシェから声をかけた。

「あんなの、ひどいじゃない、英雄はわるものじゃないよ」

「ふーん、あっそ」

 沈黙。しばらくして、パシェは地団駄を踏んだ。

「ふーん、そうだね~」

 さらにイライラしてきた。

「あんた、落ち込んでる人間に、そんなこと言うために来たわけ!?」

パシェの怒りが頂点に達し、ガウルを睨みつける。ガウルは腕をまわし、ストレッチしながら立ち上がると、無表情で言い放った。

「お前、この10年、何してんだ?訓練するのかしないのか、どっちかにしろよ。見てて退屈なんだ。」 その言葉は、まるで鋭いナイフのようにパシェの心を切り裂いた。

「は?」

「思い出すのか、思い出さないのか、戦うのか、戦わないのか、はっきりしろ。」

突拍子もない言葉に、パシェはガウルを睨みつけた。

「10年間、長い年月だ。外を旅してりゃもっとつらいことがある。お前、その時間に自信がないのか?」 パシェは額から汗を流す。 「お前はずっと過去を旅してる。そんな顔をしているぜ。」

彼の言いたいことは分かった。しかし、家族のことをあんなふうに言われて、さらに腹が立った。

「何よ!」

食べかけの菓子パンの袋をガウルに投げつけ、その場を走り去った。


ーー

拠点に戻ると

「あらあら」

といいながら、ナナルはパシェにコーヒーヲ運んできてくれた。

「ガウルに何か言われたのでしょう?」

 その言葉はあまりに的確で、パシェは心を読み取られるかと思いそっぽを向いた。ステンドグラスに日光が反射して、状況に似つかわしくない影を、散らかった室内に投影した。

「ホロストゥループの面々は皆、結晶の中でうまれました

 結晶とは、イケイ人のストレージ装置かつ、ニネアのエネルギーを保存しておく装置だ。旧文明の装置であり、ソフィスト教会や、高度な自動賢人、元老賢人会や英雄民会でなければ操れないのだ。パシェは黙って聞くふりをしながら、その話に耳を傾けた。

「それって、あなたたちはもしかして記憶がないの?結晶の中で生まれた人は記憶を吸い取られる魔術にかけられるときくわ」

「ええ、旧文明技術を使い封印されていた子供たちだったのです、いつの時代の人間なのか、生まれも育ちもわからないのです、その後に救出されましたが“アニマポリス”という町で、英雄のようにまつりあげられました、その後にホロスの従者となったのです」

 パシェは話に水をさす。

「昔話~唐突~まるで“あいつ”みたい、どうせおこるんでしょ」

 ナナルはただ、うふふ、と笑うだけだった。香水のいい匂いがした。

「……そこでガウルだけが最初に目覚めたのです。彼はしばらく一人で過ごしていましたが、みんなが起きた時には、憎悪に顔を染めていました。皆は彼を遠ざけました……そしてその理由は、会話を重ねるうちに明らかになったのです」

 ナナルはそう言って、悲しげに目を伏せる。ステンドグラスの光は、揺れる木々の影を室内に落とし、不穏な雰囲気を映し出していた。

「彼はかつて、私たちがお世話になっていた神父を、この場所で殺したというのです。その記憶が、私たちホロストゥループの間に深い亀裂を作りました。しかし、それは『魔術は存在しない』という、信じがたい葛藤を抱えながら、なんとか保たれている状態です。」

 ナナルはこっそり、このガウルの記憶をパシェに伝えた。

「彼は挑戦的な態度をとります、試しているのです、あなたが信用に値する人か、そしてその後に、ようやくヒントをくれるはずですよ、彼の慈悲の精神は、神にも匹敵します、ただ、不安なのです、彼は強く優しい意志をもつけれど、家族というものを知りません、自分の力に自信がないのは、あなたときっと似ていますよ」

 そして悲しそうにぽつりつぶやいた。

「自信は力になります、信頼もそうです、しかし彼は、私たちを信頼してはくれませんから」


 ナナルはその夜、パシェが夜中に一人で訓練をしているのをみた。本当は誰もが彼女の努力をみとめている。能力がなまってからも、彼女は訓練を続けていた。彼女はナナルがいくらいってもデマをきにしていた。デマの中にも真実はあった。“彼女が英雄代理資格を失っていない”というものだ。実際そうで、それは人々が10年前の出来事をきに、ただ彼女は英雄ではないと俗説的に考えただけなのだから。


ーー

 翌日。

イアナと訓練をしていると、パシェはソフィストの幻影が見えた気がした。しかしだまっていた。

「今……」

 イアナが声をかけると、パシェはなんでもない、と言いながら右手を隠した。包帯がまかれてベルトで覆われている右手は、やはり人の興味をひいてしまう。

「そうか……何かあったらいうのね」

 イアナはぎこちない返答をした。背後から突然ガウルの声

「おい、ちょっとつきあえよ」

「はあ!?」

 パシェがイアナに目をやると、イアナはコクリと頷く。




^^^

ガウルは、街の散策に無理やり突き合せた。商店街の散策や、食べ歩きだった。

「それで、何の目的?」

「お前と話したくてよ」

 しばし、会話はつづかない。いざ二人となると恥ずかしい。

「パノプリアコイン、コインに掛れたエンブレムについて」


 それは、力と英雄の主従関係を縛るものだ。、二つ以上は許されない、“力の贈与”のタイミングで英雄が神に問い建てた確率。それに基づき予定律が変化する。パシェのそれは《人をタテにして力を発揮し、タテにした人間に名誉を与える》


「あれは本来、ニネアを支配したイケイ人が作った英雄独自のフレームに、力を取り出す法則、意欲をコード化したものだ、お前がどうやって、自分の力を定めたかはしらない、俺たちに手伝えることは、どうやらその覚醒を助けることだけらしい、俺がお前だったら、親の財産を使ってもっと楽にいきてたさ」

「ちょ、ちょっとまってよ」

ガウルはもっと気楽に考えろと、疑いながら、留保しながら生きていくしかないと、しかしパシェは否定する。

「でも、私は人の目をきにするわ、期待されているから、それが親の名で、私はそれからにげられない、私は何をしんじればいいの」

ならばとガウルは、パシェに

「自分だけを信じろ……」

「なんで?」

「イケイ人はかつて人支配し、支配される人間との間に魔法の拘束関係をつくった、それは今よりもっと強権的なものだった、高速で駆け巡る情報そのものにエネルギーをうみ、魔力の流れができあがった、そして英雄は“誓い”により縛られている、だから、お前は……かつてのイケイ人よりもっとうまく使えるはずだ」

 二人の間に空白のときがながれ、パシェは木で空を切った。

「あんたのさっきのセリフって、たったそれだけの意味だったの?あきれた、口下手なだけじゃない!」

 そういうと、ガウルは怒りながらも、口から自分の愚かさを自覚したような空気をだした。

「シュウウ」

 その情けない音に、パシェは笑う。

「クッ……ださっ」

「ちょっと、お前なあ!お前そんな風に笑うの!?」

 あまりに皮肉っぽい笑い声に、ガウルは言い返したのだった。ナナルは二人を木陰から見て笑っていた。このあとガウルは弁明した。キザなセリフではなく、ガウルが特訓した中でパシェの成長を確認した故の言葉だった。


 イースは先ほどから二人の間を、ガウルの体をでたりはいったいりしてちょっかいをかけようとしたが、タイミングを見失った。

『まあ、ガウルは、わりと少女趣味だからな、小説も……しかしこの次元のこいつらはちょっとおバカでむかつくんじゃが』

 イースは腕組みをしながら、その全てをみまもっていた。


ーー

 ーー

 ユミエルはハイナの為にアロマオイルの香水を買うと、店を後にした。店番には幼い子供が祖父の手伝いをしていて、にこやかに手を振って、ドアベルの子気味よい音を耳の奥に残し店をあとにした。

「はあ~」


 イアナに午前中、パシェの事を調べろといわれて、ユミエルはミーシャのもとをたずねていた。呼び鈴をならすと、執事がでてきた。

「あ、あのあの、恐縮ですが……」

「お嬢様ですね?」

 老練の表情のよめない、まぶたをとじてころっとした真摯が、まるで人形のように腰をまげると、ユミエルは不安になった。

「いいのですか?私は自己紹介も」

「ホロストゥループのイアナさま、このお屋敷のような上流の方々には、それはそれは、伝説はしれわたっていますから」

 ミーシャは彼を、応接間に案内した。

「まあ、来ていただいて光栄です、秘密の多い方々のことです、あそこでは本音ははなせないでしょうから」

 ユミエルは執事といいこの少女といい、知的で聡明で博識なことをうけとって、話を進めた。すぐにその話題となり。彼女は答えた。

「たった一度だけ、ハイナの暴走は、他者をまもったのですがそれ以後、ハイナは心をとざし、同時にパシェもあの事を忘れさせようとしたんです。“精霊王”に頼んで“分離の儀式”を行った、彼女の心を守るために「英雄であるパシェが助けてくれた」という虚構の物語を、無意識のうちに作り上げたから」


 ユミエルが直々に長老にテキストメッセージでこのことを尋ねると、長老は、すぐに答えてくれた。

「会いに来なさい」

 それから、ユミエルはその足でダーハミール拠点を尋ねた。ちょうどライルンダリオッテが長老に食事をつくっていて、老人と孫のほほえましい様子にみえた。暖簾のようなカーテンをくぐると、ユミエルは長老に挨拶をした。

「堅苦しい必要はないよ……」

「すみません、それで……精霊王についておしえてほしいのですが」

 ユミエルも食事をごちそうになることになった。ライルンはなぜだかうきうきしてシチューを運んできてくれた。

「ありがとう」

「あの子は……強い子だ」

 ユミエルは一口シチューを口に運ぶと、よく咀嚼して答えた。

「パシェですか?」

「ああ、そうだ……精霊王は、ニネアの狂気を抑えるために自然派、いやさらに古くはイケイ人の知恵から生まれたものだ……魂と記憶を人から切り離す」

「はあ、そうした強い権力があると、ホロスに聞いたことがあります」

「ホロス……ホロスか、しかし君たちも、厄介な仕事を引き受けているな」

 そういったあと、しばらく長老は昔の事を考えるように遠い目をして、10年前の真実を話した。

『ハイナとパシェは、精霊王の加護を受けている、私は10年前に彼女らと神父にせがまれてその手伝いをした、神父は、英雄ダイドの古いともで長い時を生きるエルフだから、彼女らのつらい記憶が、まだ若い体で耐えられないと思ったのだろう、もし神父がそれを許すのなら、過去を解き明かすのもいいだろう』


 神父の境界。

「いいよ!」

「え?」

「だって、パシェは昨日ここにきて、そのことを僕に伝えに来た、それに問題があれば予定律が警告を知らせるはずだ、しかし彼女には、警告がなかった……それに……近頃夢をみるんだ」

「夢?」

「精霊王の前で、パシェたちがダイドと食事をしている夢をね」


ーーー





 しばらくすると、ユミエルとイアナとは打ち合わせをおえ、準備を整えた。

「どこへ?」

「テミスのところよ、賢人神殿へ」

 パシェは申し訳なさそうに肩をすぼめる。ユミエルがパシェの肩に優しく二度たたいた。

「大丈夫、承認の延長を申し入れるから」

 ナナルは、彼らが出ていくのを見送ってパシェに提案した。みるからにだらーんとしていた。しばらく仕事の休暇ももらっているし、こんなに落ち着いた日々も久々なのだ。訓練をしたあとで、すでに日が欠けかけていた。

「もう、こんな時間ですし、明日は、精霊王に会いに行ってみては?精霊王は、ダーハミールの中間にいつもいます、彼らは“自然派”における、見かけ上の神ですが、人に力を加える事はほとんどありませんから、それにあなたが生み出した“精霊”に関係があるはずです」

「精霊?」

「ふふ、忘れたのですか?あなたは10年前に“英雄代理”として目覚めた時に、その資格取得時に精霊を一匹つくったのです、精霊はあなたが精霊王に頼めば、元の状態にもどるはずです、あなたの魂、場合によってはそこに記憶がありますから」

「それでいえば、相談があるんだけど」

「はい?」

 まるで神父に告白するように、パシェとナナルは小さな部屋で二人きりになった。

「こほっこほっ、ほこりくさいです」

 パシェはしばらく笑ってしまったが、気を取り直して、ナナルにつげた。

「私は、ハイナが貴族の中でいじめられることをおそれていた」

「はあ」

 ナナルは首をひねった。そして尋ねる。

「つまり、ガウルとパシェさんがはじまった貴族のパーティで、パシェさんが妹さんを助けられなかった理由は、私たちの到着を予期していたのと、貴族のまえで力を使えば、パシェやハイナの関係性、秘密が周囲に見つかることを恐れたから?」

「ええ、そう、そして10年前の事を、神父は知っているはず、私は神父に記憶を――」

 その時、神父がそばに立っていることにパシェはきづいた。

「いつのまに?」

「ノックはしたのですがね」

 ナナルは密かに微笑んだ。

「ふふ」

 パシェはナナルをじっとみた。

「まったく、愉快な人たちですね、パシェちゃん、あなたがいったようなことは神父さんから聞きました、そしてパシェちゃん自身はしっているはずです、精霊王に会いに行きたいというはずだと、神父さんからきいたのです、ついでにいえば、ガウルちゃんにも、あなたが力を使えなかった理由も今朝はなしましたよ」

 パシェと神父はかおをあわせて、しばらくしてお互いにそれぞれ頭をかいた。

「あなたは「能ある鷹」であるにも関わらす、力を隠している、あなたを恐れさせているものは、それでもハイナちゃんをすぐ助けずに打算的な行動をしたことなんでしょう、心配しないで、あなたを怒る人はどこにもいませんよ」


ーーー


 翌日の正午前、拠点知覚の公園のベンチで画面を見ていると、不安に襲われる。せっかくこの10年間、この街の為に貢献してきたが。人々はソフィストの言動に乗せられている。テミスは情報を開示してくれた。

“これはソフィストが不正にあなたたちと人々を分断させようとしている証拠です”

 ホロストゥループの面々がテミスに会いに行って、すぐにその報告があった。アセランやソフィストといった虚構の役者たちに会いに行き、テミスからの“警告”を届けると、決闘承認期間を延長できるのだと。


 魔力乱流病は“欺瞞の予定律”を魅せることがあった。つまり、幻覚に似たものだが、厄介なのがそれは時折現実になる事があるのだ。パシェは今朝、魔晶核から“予定律予言”をうけとった。それはこんなイメージだ。


 まずパシェが“魔王の霧の繭”に取り込まれる。これまでも何度も、そういう時はあった、ハイナが“暴走”したときに、彼女がとめてきたからだ。人々が魔王の悪意にアクセスするとき、霧がたちこめ、濃度が高いそれは“繭”となり人間界に災いを引き起こすこともある。ハイナは……魔力を暴走させることがあったし。


 いつもの様な訓練の最中に“何者か”の声がひびいた。

【お前は負ける、訓練にも、そして私にも!】

 パシェはひっしでもがく、時折ひかりがさし、ようやくこじあけたとき、繭が敗れるとき、ガウルは笑っていた。

【一人じゃ何もできないんだな】

 今、最も言われたくない言葉だった。

【お前は期待に応えられない、期待に応えた瞬間、お前の役割がなくなり見捨てられることを恐れている、お前は親の七光りだ、そうだぞ?】


 つまりこうした予定律《予言》の映像を目にしたのである。

ーーーー


 そしてまたその夜、ネットのデマに目をむけていた。ドローンをひらくとホログラムでそれらのデマが踊った。

ーパシェは、ダイドの本当の娘ではない!10年前の“魔流脈禍”はパシェやハイナが魔王にとりつかれたからこそ起きた!!ー

ーパシェは、ハイナの実力の影にかくれて、本当は英雄資格なんて手に入れてないんじゃないの?ー

 代り映えもしない悪意。デマに反論しようとしたときだった。

「まって、パシェ、そんな事しちゃだめよ」

「ミーシャ」

 そばには、むしろパシェを憐れみ、その苦しみによりそうようなまなざしをむける、愛すべき後輩がたっていた。

「だめ、訓練は順調でしょ?」

 それにも反論はできた。順調じゃない、つまりよわりきっていたのだ。今朝はガウルのでたらめな力、でたらめなパノプリアにさえ、敗北した。思い出せない。というより魔術の使い方が思い出したくなかった。ただの強烈な正拳つきと、ただの単純なパノプリアによる衝撃はによってつきとばされ、倒れたのだ。そして体がガクガクと震えた。わすれていた10年前の記憶を思い出したのだ。

「そんなことがあったんですね」

「私はあのとき苦し紛れにいってしまったの、《魔術は存在する!》って、ガウルが私のすぐそばにきたとき、ありえないのに“殺される!”そうおもって、でも……ルールはルール」

 パシェは、拠点を掃除しているナナルに目をやった。今日はほとんど口をきいていない。

「私は人の期待に応えられない、この原則がどんな意味を持つかあなたも知っているでしょう?」

「それは……そうですが」

 ミーシャは透き通る青のかみをかきわけ、ひねった。そのあとの様子をパシェは続ける。今日はひどいトラブルがあったので、回想を交え彼女にかたりつづけた。



 拠点での広い敷地での朝方の訓練。パシェは、結局ガウルにまけた。木刀で顏につけた紋章を壊した方が負けである。紋章は肉体と距離があり、バリアの役割をもっている。それが破裂したのだ。

「大丈夫?」

「痛みはない……けど、私……《悔しい》」

 ナナルは続ける。

「大丈夫、大丈夫よ」

「でも、私……あんなこと、あんなこといっちゃって」

「もう大丈夫だから!!」 

 それでも、自分の中では10年前の記憶が、トラウマが反復されていた。そのせいか、背後で空間がさけて、魔物―犬に似た獣-が生じて飛び出してくることに気付かなかった。時折現れる空間の裂け目。魔物転送装置である。

【グルルルル!!】

「まずい!」

 そして気づくと6体もの口が耳までさけだ魔物、ガーゴイルが出現した。

魔王の魔力が当たりに充満する。黒薄の悪意にみちたどろりとした渦が、魔物たちを包んだ。

「いや、いやあ!!」

「しっかりして!」

 ユミエルがパシェの肩をゆらす。パシェはせかされているとおもった。しかしそうではなかった。

「その子を連れて避難を」

 ホロストゥループの面々は即座に各々の仕事をして英雄錠をとりだすと。彼女が目をそらしている間に魔物を一層していたのだ。

 

 飛び散っている魔物の脳梁、手足。血。しかしそれらは数分もすると、さらさらとした魔力の砂へとかわっていった。

「あなたが……」

 パシェは頭をあげ、イアナにすがりついた。

「ごめんなさい、ごめんなさい!」

 こんな芸当ができるのは、よほど力があり、憎悪を抱いた魔術師か、ソフィストに取り込まれた魔術師だった。ホロストゥループの面々には暗い影が落ちていた。イアナがため息をついた。

「そうじゃないわ……私たちはあなたの問題に気が付いている……うまく訓練ができなかったこと、それだけがつらいだけだから」


 パシェの話、ミーシャはそれが終わると、パシェにアドバイスをはじめたた。

「魔王時代の話をしましょう」

 魔王の時代、魔王は人々から記憶を奪う事で魔力とした。

「おしえてあげる、パシェ、人々はあの時代まちがった王と神話をしんじていたの、自分の認知によって人を支配する人もいれば、むしろそう見えたにもかかわらず、実際は対等な手段で情報を共有する人々もいた、亜人たちは差別されていたから、お互いを守る共同体をつくっていたけれど、変わりに疑り深かった」

「ええ」

「アセランは、商店街をのっとろうとした、新しいプラントをつくろうとした、あなただけが反対して、亜人にすりよってくれたのよ、お礼をいうわ、ありがとう」

「……私は何もしていないわ」

 繭を見ながらパシェはつぶやいた。

「自然派の風習は“運び船”の伝説を信じている、ニネアという神は、空からおりてきた船からうまれたのだと、そして世界に魔法をみたした、彼は狂気に呑まれていたという人がいるけれど、そうじゃない、彼は優しすぎたのよ、罪人にさえ優しかった、彼の時代はありとあらゆる人間が、平等な贈与をうけとっていた」

「旧文明のイケイ人による発展がそれをかえた?」

「ええ、人々はお互いを疑いあい、ものとものとの交換、そしてその価値を競うことそのものに熱中した、旧文明は滅びたけれど、その最悪の形は魔王支配の時代として私たちの降りかかった、魔王はすべてになり違った、全てになど、なれはしないのに、自分が世界の中心だと信じたのよ」

 ミーシャも暗いかおをした。

「虚構の神話ね」

「あの時代、魔王財閥に属さない人々は苦労した、魔王取引所だけが虚構の現実を魅せる力をもった」

「亜人はコストカットに使われた、それはスケープゴート、人々は競争が正しいとうたがわなかった、けれど人々は団結しないからこそ、魔王の軍団の増長を許した、犠牲になる者が悪いんじゃない、犠牲になるものをつくって、自分たちの高尚さを追い求めるシステムが悪かった」

 人々はお互いを競争の道具とした。条件付きであり、成果。魔王のスティグマもちは非人間的扱いをうけていたのだ。



「大丈夫だよ」

 ミーシャは覚えていた。亜人商店街を助けたのはパシェだ。英雄ダイドの死後、すでに6年前にパシェは英雄になっていた。そのことを示して、パシェの肩を叩いた。あの時の写真、あの時の動画。パシェはミーシャにも手伝ってもらった。ミーシャはいいところの娘だったから、パシェの提案を手伝ってくれたのだ。クッキーを一緒やいて、ミーシャが大失敗して泣いたこともあったっけ。

「あの時代に生まれた不信感を、パシェは商店街を救うことで助け出した《魔術は存在しない》あなたがそれを強く信じていたからこそ、追い詰められたときに、それを疑ってしまったのよ、信じられる理由を探しましょう」

ーー

おかしなパーティが開かれた。

ユミエル

「パシェちゃんのがんばりに!」

イアナは

「小娘の悪意に」

ガウルは

「クソガキが、ニネアに歯向かった事を祝して」

 そういいながら、夕食後にケーキをごちそうしてくれたのだ。賑やかな時間で、パシェにはまぶしすぎた。しかしむしろパシェは、これはユミエルとイアナがガウルを励まそうとしている部分もあるのでないかと察した。


 その夜、その夜、ナナルは自作だという編み物をくれた。小さなウサギのぬいぐるみで、パシェはこれをひどく気に入った。

「どうぞ」

 ドアがノックされ、パシェはナナルを部屋に案内した。

「相談って?」

「私、英雄代理としての力をもっていたけど……本当に戦えるのかなって、結局“禍”を止めるためにヤガムとソフィストに対抗しなければいけないことはわかったわ、けど」

「けど?」

 なかなか言い出さないので、ナナルはパシェの手に手を上から重ねた。

「私、今日うらぎったんじゃないかって……」

「うふ、うふふふふ、ははは」

 ナナルは突然、上品さが崩れるような笑い方をし始めた。まるで悪役が裏切りを暴露するときのように、それよりはもっとコミカルだが。

「心配しすぎですよ、パシェちゃん、あんなことはたくさんある、私たちはいくらでもお互いをだましてきた、けれど何がそれをつなぎなおしたと思います?」

「何だろう?」

 ふと、妹の顔が浮かんだ。

「差し伸べられた優しい手を……つなぎ返したとか」

「まあ、そうです!その通りです、信頼はお互いに育むものですよ」

 そのアドバイスにパシェは、まだ、ハイナが孤児だったころに、近所の子供と自分が喧嘩をしたとき、ハイナが二人の手をつないで、仲直りさせようとしたことを思い出した。この器量のよさが、パシェには憧れだったのだ。


ーーー

 翌朝、精霊の件についてユミエルに相談をした。

「ぼんやりとしかおぼえていないこともある、精霊王の性質をしっているでしょ」

 ユミエルは答えた。

「精霊王は“未分化の意識”を統合する役割をもち、同時に“魂と記憶を人から切り離す契約”をもたらす。自然派は精霊王と対話してきた、同時に、対話内容の前後を忘却させる性質をもつ」

 パシェはさらにユミエルをじっと見た。

「君のいいたいことはわかるよ、予定律との兼ね合いだろ、だがそうだな、あー」

 ユミエルはイアナの好物の紅茶のクッキーをてにとり、パシェにわたした。もちろん直接はふれない、魔力で宙にうかせたままだ。さらにそのしぐさの前にはわざわざ彼愛用の“殺菌手袋”をもつけていた。

「どういう?」

 パシェは真意を尋ねた。

「人類はすべての未来を把握できない、ただ許されているのは自分に関するものだけさ、必要以上の配慮は必要ない」

 結局、ユミエルから了承を得たパシェは、精霊王に会うことを決意する。イアナは、本を読みながら、ソファでスースーと寝息をたてていた。


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