1話
キヌの街の少女。パシェは、先ほどあったばかりの流れの冒険者ギルドの面々に囲まれて、自分の過去について語り始めた。10年前“魔王禍”と呼ばれる天変地異が街の中心でおきた。その事についてだ。父の死、そして私の英雄代理資格の停止。
「私には納得できない記憶がある10年前父は英雄としての役目を終えて死んだ、父は私に対して謝罪をしていたわ、何もしてやらなかったばかりか、身に降りかかる火の粉をほおっておいたと、でも違う“二つ”誤解がある、それは父と私に対してのものだわ」
脳裏によみがえる光景は今も自分を苦しめている。街の中央、あちこちの民家から立ち上る火の粉。乱れた魔力は、突風を引き起こしていた。魔流脈、地底の魔力の流れが噴出する、魔流脈瘤破裂。そして同時に現れた“魔王禍”亀裂の走った地面、裂け目は広がり、やがて父は“地から出ずるもの”に足を取られた。地の底から現れる“純粋精霊人”それは咎を負ったものを地下に引きずり込む。
父がありとあらゆる魔法を試す。豪雨のような火の矢。空間を割く真空の刃。ザシリ、ザシリと魔物が腕と手足の骨をあらぬ方向にゆがめた。
【パシェ!パシェ!!頼んだ!あとは、頼んだ!】
それでもなお、あの悪魔のごとき魔物は生きていた。親しい人の肉と骨がちぎれる音の中、絶望のさなか、私はある光明を見出した、あれなら私でも治療できる。今戦えば、私は英雄代理有資格者。彼は人間の闇に巣くい、人間の闇、恨みや怒り、負の感情を食らう。そうだ、許しだ。もし許せたなら、彼は消えるだろう。そして私は誓った。
「“彼女”を許す」
その時、私の肩ほどに浮遊していた“イケイ端末”旧文明のドローンは稼働を止めて落下した。人類の友、魔法科学の化身、妖精と同程度の知能を持つ私の信頼する私の分身のようなドローンは、真っ黒な前面モニターに描画されたその単眼の光をうしなった。
その後の巷の風説では、その後に英雄が“最後の力”を使ったといわれている。その時すでに父は英雄錠を失い。力が失われていたから疑うものも多いが。そして同時に、私は力を使わずにその場から逃げたという話が尾ひれはひれ付きでまわっていった。
ホロストゥループの面々は、祖父の邸宅のリビングで古びたソファに深く腰をおろしていた。流れの冒険者ゆえか汚れを気にしないのはありがたい。
「ごめんなさい、私の話ばかり」
一言ことわりをいれると、柔和な面持ちの垂れ目のシスターが私の目の前を遮ったかと思うと、わけもなく抱擁されていた。
「ごめんなさい、つらい話をさせてしまったわね」
「聞いてないわ……」
ふと、拳を強く握るソファーの中央に腰かけた赤髪のとても偉そうな女性。
「あ、ちょっとイアナ抑えて」
青髪のサブリーダー的な青年が、彼女の肩を物理的にも抑えた。
「聞いてないのよ!あなたの過去なんて!そんなことじゃなくて、早く私たちの仕事について!……」
青年は彼女の口をおさえた。
「はあ、すまない……彼女どうも人間の感情に関わることが苦手らしくて、まいったな……僕はいつも“抑える役”だ」
「あのー……」
私はすかさず遮った。遮らなければ彼らはきっとずっと凶器じみた独自の世界を展開し続けるはずだ。
「だから、その“調停依頼”はキャンセルというか……」
「ええー!調停依頼は重要な仕事です、報酬も高いのに、ねえ?ユミエルさん」
青年はユミエルというならしい。金にがめつい部分を隠そうともしないこの人もどこかかけたナナルというシスターがまるで水泳でもしていたようにぷはーっと息を吐き出し顔を上げる。なぜか今の今まで自分の胸に顔をうずめていたらしい。
「まあ、ともかく依頼はうけてしまったんだ」
「そうですよ、ユミエルさん説明してください」
「え?私?仕方ないな……なんていえばいいだろう、ともかくこれは、知っての通りホロス・トゥループは、自動賢人ホロスと賢人会、元老院、民会の合意で整備されたギルドだ、主に英雄代理資格保持者のサポートを行い、資格を失ったものの復帰もサポートする、そういえば……」
唐突に彼は、青い髪と紺色のジャンパーを揺らして、手のひらにあげたナッツをもう片方の手でたたき、天井高くに放り投げた。
「しかし、君の妹の“バイト代”で資金は払われてしまった、RSマネーだ」
ぱくりと口にすると喉につまらせて、すばやく提供されたグラスの水をのみほした。申し訳なさそうにナナルがコップを手に取り頭を抱えた。二人とも癖がつよすぎる。
「通貨が支払われた……」
RS。この世界の人々のデータは顔画像と共にイケイネットにアップロードすることができ、人々はその“どれだけ見られたか”という人気度合によって、広告収入に応じた通貨魔力を手に入れることもできる。通貨魔力は科学魔道具を扱うのに最も最適な魔力であり、自然魔力や、高度な限度を利用する術式魔力とは異なり、そのまま消費しても、人と交換してもいい通貨だ。
青髪の青年は、野暮ったい質問にため息をつき、それでもなお美しく、理由もなく冷淡な女性に好意のまなざしをむけた。
「イアナ……“救難信号”の件まだわからない?」
「わからない、どうして人でわりだせないの?数日前にこの街から発信された信号でしょ?宗教《自動賢人》は倫理を矯正して、人々のゆがみを正そうとした、だから大抵の人々は規則によって生きている、割り出せるはず、だれが信号を発したのか」
「イアナ、世界には埋もれた才能があるのですよ、誰がどこで才能を隠しているかわからないの」
「救難信号を発信されたことがわかっているのに」
青年の腰についた携帯ドローンが振動する、口よりも早く目線が動いたが、ナナルはすぐに察知したようだ。
「信号を特定できました?」
「ああ、先にそっちの調査を優先しよう」