9話『入港は正面から』
翌早朝、俺は生簀から比較的魔石が入っていそうな大きな魚を引き揚げてはせっせと魔石を取り出す作業に没頭していた。
魔石が燃料になるとわかった時点で魔石は抜いてから売ることにしたのだ。
と言うのもゲオの助言によるところが大きい。
なんだよ……魔石付きだと原価の十倍って、第八豊栄丸でさえアーティファクト扱いで目立つのにそんな魔魚卸したら絶対に要らぬ争いに巻き込まれんじゃねぇか。
手早く抜き取った魔石を後ろへ放り投げるとバケツの縁に当たりカランと音を立ててその中へと転がっていく。
ろくに視線も向けずにバケツの中に入れられるのはひとえに日々の努力の賜物と言っても過言ではないだろう。
日々の仕事と言う鍛錬のおかげで、今ではどこにバケツを置いてもだいたい入るほどにコントロールしバケツへ投げ入れる事が出来るようになった。
これだけコントロールが良ければ陸に上がると不運になる呪いさえなければ、もしかしたら今頃プロの野球選手として活躍していたかもしれないな……いや無いか、野球に興味がないもんな俺……
そんなどうでもいい事を考えながらも、手は止めずにせっせと魔魚を捌いていく。
ついでに血抜きと内臓を廃棄して、下処理が終わった魚を氷を張った保冷ケースに投げ入れる。
「ふぁぁあ、おっちゃんおはよ〜」
「おう、起きたな。 んじゃあ飯にするか」
作業していた手を辞めておもむろに下処理したばかりの魔魚の中から小ぶりのイボダイを二匹抜き出し、腹に包丁でバツじるしを入れる。
一匹ずつアルミホイルで包み冷蔵庫からバターを取り出して一欠片ずつ入れ、日本酒も少しだけ垂らしてから封をし、ガスコンロのグリルへと入れて火を通すとバターのいい香りがしてきて食欲をそそる。
「良い匂い」
目を閉じて大きくグリルの前で息を吸い込むゲオの姿にクスリと笑う。
そしてゲオ以上に元気なのがゲオの腹の虫だ。
レンジで温めたご飯を皿に乗せ、その脇にグリルからホイル焼きを引き出して乗せると、昨晩の片付けの際に収納場所を見て覚えたらしいゲオが箸やコップを用意して待ち構えていた。
ホイルを開けるとバターの香りと磯の香りが立ち上る。
ほんの少し醤油を垂らせば完成だ。
大きな方を食べ盛りだろうゲオに渡して両手を合わせてゲオも見様見真似で両手を合わせているのが目に入る。
「よし、いただきます!」
「いただきます!」
白い湯気が立ち上るイボダイに箸を入れて白い身を持ち上げて口へ運ぶ。
よほど口にあったのかゲオはキラキラと目を輝かせ満面の笑みで食べ進めている。
しかしこうも美味そうに食べてくれると作りがいがあるなぁ、誰かと食べる飯も美味い。
朝食を完食し、両手を合わせて「ごちそうさまでした」と告げた途端、ドクリと鼓動が跳ねて全身に熱い血液が掛けるような不思議な感覚が襲ってきた。
「なんだ?」
「どうしたのおっちゃん」
口の周りいっぱいに米粒を付けたゲオが聞いてくる。
「いや、なんか変な感覚が……」
両手を確認するが何ら変わった所は見られない。
「ん、あぁもしかしてジョブランク上がったんじゃない?」
ゲオの口からまたもや聞き覚えがない単語が出てきた。
なんだよジョブランクって……
「どうやって見るんだ?」
「やっぱり知らないのね……おっちゃんの故郷って神社の神主様とか技能審査師居なかったの」
どうらやこの世界にも神社はあるらしい。へんなところでいちいち日本っぽいんだよななんか……
「神社はあったが、そんなもんしてないし、ぎ?」
「技能審査師」
「そうそれ! んなもん居なかったわ」
少なくとも日本には居なかったよな、海の上にばかりいたから俺が知らないだけか? くそぅ、わけ分かんねぇまじで。
ゲオの話によれば技能審査師とは、成人する時に自分に合った職業を導いてくれる特別な能力をもつ人達らしい。
長い歴史の中で汚染された大地で生き残るため、人間は特殊な力に目覚めたそうだ。
チェスビーやチェスアントと意志の疎通を図れるようになったのも、この特殊な力によるところが大きいらしく、今では強弱の差はあるが皆が何かしらの力を持っているらしい。
しかし幼いうちは何かと力を制御しきれずに暴走させる子供もおり、生まれて来てすぐに技能審査師のもとへ赤子を連れていき力は成人するまで封印されるのだとか。
この封印、解除出来る能力を持っている者だけが技能審査師となれるらしい。
「しかし、そりゃまたなんとも有り難みがあるんだかないんだか、超能力者の安売りだな」
「そんなこと言うのおっちゃんくらいだと思うよ俺」
ジト目で見つめられたが、俺としては超能力者とマジックの区別も付かないし、しがないおやじ漁師にそんな力があるとは思えない。
「とにかくおっちゃんはいちども技能審査受けてないんでしょ? 一回受けといた方がいいよ」
「受けるのは構わないが、高くないのか? 俺は金なんて持ってねぇぞ」
百円硬貨も千円札も諭吉様もあるが使える……わきゃないよな。
「魔魚をこんだけ持ってて何言ってんの、これを売ればしばらく漁に出なくても暮らせるよ」
「魔石のない魚でもか?」
「うん」
ゲオに断言されてしまったが、これからもとの世界に戻る方法を探るにしろ、諦めてこのまま生きていくにしろ、しばらくここで生活するのに金はあるにこしたことがない。
「まぁいい卸し先を紹介してくれ、謝礼は弾むぞ」
「了解しましたおやびん!」
ゲオはいつの間にやら俺の呼び名をおっちゃんからおやびんへと変更することにしたらしい。
片付けを済ませて操舵室へ登り、キョロキョロと見回すゲオの落ち着きのない顔を正面の景色に向け直す。
「しっかり前を見て案内してくれよ船頭!」
「おうよー!」
元気よく返事をしたゲオの声とともに船が潮に流されないよう海中へ沈めておいた錨を引き上げ船を動かす。
今日中に陸へ着かなくちゃいけないな……
数刻後、ゲオが住む場所に似た地形が現れた。
この船で入港なんかして大丈夫か? 厄介事はゴメンだぞ。
「なぁゲオ、このあたりの治安ってどうなんだ?」
「う〜ん、この村は表向き辺境伯の領地なんだけど、田舎すぎるし、毒海に汚染された範囲が広いから沖まで出ないと海水も採取できないから塩も量産出来ない。 だから放置されてるんだよね」
毒の海と聞いて、大陸側の青紫色の海を思い出す。
「だからこの村は実質龍魔組が仕切ってる。 ヤクザ組織だけど通すべき筋さえきちんと通しておけばくそ役人なんかよりよっぽど話がわかる人達だよ。 この船もきちんと龍魔組に筋を通せば安全だよ。 ただし貴族に見つかるとやばいから諸場代高いかもしれないけどさ」
ゲオの言葉に頷く、寄港する際に船を止めておける場所には、一隻あたり一日いくらで料金を取られていたためそれと同じことだろう。
「諸場代が高い分にはしかたないさ、船を安全に停められる方が優先されるからな」
ゲオの言葉の端々から貴族や役人に対する不信感が感じ取れる以上、貴族たちへの接触は可能な限り避けたほうが良さそうだ。
魔魚は高級食材だとゲオは話していたし、そのために命を懸けて危険を承知で漁へ出ているのだ言っていた。
ゲオたちから高級食材を買う相手はやはり貴族や高官になるのだろう。
「龍魔組ならついでに魔魚も捌いてくれるよな?」
ニヤリと言った俺の言葉にゲオもニヤリと笑い返す。
「おやびん話がわかるねぇ〜」
「なら今回掛かった魚の中でとびっきりのやつ土産にするかな」
こうして堂々と入港する事に決まった。