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7話『漁師飯とアーティファクト』


 ゲオの濡れた身体を拭い、簡易シャワーで海水の塩分を洗い流したあと、サイズが合わないがないよりもマシだろうと、俺は洗濯済みの上下セットのTシャツとハーフパンツを一式取り出してゲオに着せた。


 海で鍛えた俺のTシャツでは、やはり肩幅がゲオには大きいようで首元が肩からずり落ち掛けている。

 

「ほい、これ食べられるか?」


 マグカップにインスタント味噌汁を作りインスタントご飯を混ぜてスプーンを付けてねこまんまを手渡してやれば、初めは恐る恐る口をつけたあと勢いよく食べ始めた。


 よほど疲労が溜まっていたのだろう、食欲が睡眠欲に負けたらしく、眠りの世界へ船を漕ぎ始めたゲオを慌てて起こす。


「こらまて寝る前に陸はどっちだ」


「むにゃむにゃ……迷ったら日が沈む方に、紫の海の方に行けって親方が言ってました……もぅたべられませ〜ん」


 ゲオはそれだけ告げるとばたりと座っていたフロントキャビンのクッションベッドに身体を丸めて寝始めたので、腹部にのみ乾いたタオルケットを掛けてやる。


「日が沈む方って事は西に進めって事だよな」


 日の出の方角とともに照らし合わせて位磁針が使える事は、確認済みなため、手早く残りの延縄を引き上げる。


 あがってきた魚を手早く生簀と、冷凍庫に保管し、操舵室で船のエンジンを掛けて西を目指して動き出した。


 海面を割くようにして船を西に走らせることおよそニ時間、日が傾きかけてきたころコバルトブルーの海に変化が訪れた。


 潮の流れの影響かくっきりと境界線を引くように海の色がコバルトブルーと青紫色にわかれている。


 境界線を越えて青紫の水を巻き上げまるようにスクリューを回し続けること一時間、夕焼けに染まる地平線の向こうに島影が姿を現した。


土地勘もないのにあまり近づきすぎるのは危険だよな……


 一旦エンジンを切り、フロントキャビンへ移動すると、タオルケットを蹴り飛ばし、お腹が出るほどに寝乱れたゲオの姿に思わず吹き出す。


 しかし子供の寝相は凄まじいな、起こそうかと思ったが、もう少し寝せておくか。


 そうと決まればと先程水揚げしたばかりの魚を吟味し始める。


 鯵や鯛、鮃など様々な魚たち。


「やっぱり旬の鯵だよな」


 生簀から鯵を三匹ほど網ですくい上げ、ボール代わりの鍋に入れギャレー(簡易キッチン)の流しへ運ぶ。


 魚をおとなしくさせて、包丁の峰で鱗を取り除く。


 鮮度が悪い鯵は三枚におろす前に先に頭を落とすが、今回は捕れたてのためあえて頭を落とさずに尻尾側から大名おろしで捌いていく。


 幸い寄生虫の姿は認められなかったためそのまま作業を続行する。


 尻尾側から真ん中の骨に沿って包丁を滑らせておろし頭の方まで包丁を滑らせ、包丁がえらに引っかかり止まったところで背中側にわずかに切れ込みを入れる。


 キラキラとした皮を切れ込みを入れた場所から尻尾側に向かって皮を剥げばプリプリとした油の乗った白い身が現れた。


 頭の後ろに包丁を入れ身を切り離し、反対側も同じ手順で手早く捌いていく。


 のこり二匹も同様に捌き、身を峰で叩き、食べやすい大きさに切り分け醤油とみりん、生姜チューブを混ぜた調味料とともにビニール袋に入れ揉み込んだあと、冷凍庫に放り込んだ。


 短時間で鯵を氷締めするならこのほうが早いといつもこの方法をとっている。


 本業の料理人からしたら邪道かもしれないが、作りなれた漁師飯、しかも料亭に出すものではなく自分が楽しむための料理だからこその技かもしれない。


 鯵の内臓は後で餌にしよう。 

 

 中骨と頭は湯を沸かしておいた鍋に入れ出汁をとる。


 二人分の丼に待ち時間で電子レンジに入れ温めたインスタントご飯を盛り、そのうえに出来上がった鯵のなめろを盛り付ける。


 冷凍した青ネギと炒りゴマ、刻み海苔を散らせば出来上がりだ。


 好みでわさびも使うが、丼には乗せないでおく。


 折りたたみ式の簡易テーブルを立ち上げてそのうえに料理をセットし満足げに頷いた。


「美味そうだな、うっし! ゲオ起きろ〜、飯だぞ〜」


 フロントキャビンへ移動し、いまだ夢の中のゲオをゆすり起こす。


「うわっ! ここどこ!? あれ? カイトのおっちゃん?」


 どうやら未だに混乱しているらしいゲオは俺の顔を見てゆっくりと自分が置かれている状況を思い出したらしい。 


 ゲオをテーブルに案内して座らせると、目の前に置かれたまご茶漬けに見入っている。


「おっちゃん、生魚なんて喰ったら腹を壊すよ?」


 そう言って怪訝そうにするゲオの目の前に腰を下ろして箸と丼を持つ。


「嫌なら食うな、いただきます!」


 両手のひらを合わせて食材に感謝を告げると、丼を手に取ると口の中に掻っ込んだ。


 さすがは旬の魚だな、油が乗ってて美味いわぁ。


 そんな俺の様子にゲオはおずおずと丼を持ち上げ、当たり前のように箸を使って恐る恐るなめろうを口に運ぶ。


「うっまっ」


 カッと目を見開き猛烈な勢いで丼の中が空になっていく。


「少し残しとけよ」


 その様子に忠告し、鯵の骨でとった出汁を鍋から自分の丼へ注ぎ入れる。


 刻み海苔がふわりと出汁に舞う様子に釘付けになっているゲオの様子が面白い。

 

「お前も入れるか?」


「いいの!?」


 そう聞けば食い気味に迫ってくるゲオの様子に笑みが溢れる。


 ふわりと香る出汁を掛けてやると嬉しそうに歓声を上げた。


「熱いから気を付け」


「あっちい!」


 注意する間もなく丼に口をつけたせいで熱かったのだろう、大騒ぎだ。


「ほらみろ、誰も取らないからゆっくり食え」


 右手を伸ばしてゲオの頭を撫で回した。


「それ食ったらちょっと外を見てくれ、島影は見えたがどのあたりに上陸すれば良いんだ?」


「ふぉあほふぁふ」


「すまん、とりあえず食べろ」


「ふぁい!」


 口一杯に茶漬けを詰め込み喋ろうとするゲオの言葉を遮るようにして謝った。


 夕飯を食べ終えて、一息入れたあと俺はゲオをつれてデッキに出た。


「見覚えあるか?」


「無いです」


 船で沖まで出る事があるゲオに聞けば、ゲオが住む地域はもっとギザギザとした地形らしい。


「う〜ん、冬に雪降るか?」


「降りますよ、俺の身長くらいまで量が降ります」 


「ちなみに方角わかるか?」


「多分北です」


 ゲオの言葉にとりあえず船首を北に向ける。


 ここが地球かどうかはわからないが、とりあえず海岸沿いを進んでみることにした。


 いくら夜長の夏とは言っても暗くなれば地形が見えにくくなる。


 ある程度日が落ちた所でエンジンを切り潮に流されないように錨を下ろす。


 この世界の生活水準がわからないからなんとも言えないが、たぶんこの船は目立つよな……


「なぁゲオが乗っていた船ってどんな感じなんだ?」


「ん? 普通の木造船だよ。 船にある柱に張った帆に風を受けて走るやつ、後は軍艦だと虫船かな」


 なるほど……帆船だな、しかし虫船ってなんだ?


「おっちゃんの船凄いよね〜、こんなに綺麗な人工遺物アーティファクト初めてだよ」


 改めて船内を見回すゲオの言葉に聞き慣れない単語が交じる。


「アーティファクトって?」


「えっ!? 知らないで乗ってたの?」


 驚愕だと言わんばかりのゲオに、苦笑いを浮かべてみせる。


「いやぁ、大陸から距離がある離島で育ったせいか、大陸の常識はからっきしなんだなぁ」


 あはははっと豪快に笑うと俺を見てゲオの顔が引きつる。


「おっちゃん、そのなりで箱入り息子かよ」


「いやぁ、面目ない」


 子供相手に素直に頭を下げた。


 それまで一番下っ端だった自分が先輩になったような気がして、ゲオは得意げにこの世界の事を話し始める。


 この世界……デストピアースについて……  


 





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