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6話『遭難者拾いました』


 一晩を操舵室で過ごした翌朝、地平線に顔を覗かせた朝日の光で目が覚めた。


 幸い天候が崩れなかったこともあり、海面は穏やかだ。


 ボリボリと右手で臀を掻きながら大きなあくびをし、寝具を手早く丸めて、保管している収納庫へと放り込む。


 朝飯の前に海に漁に使う浮きと仕掛けを投げ入れて、浮きをロープで船に繋げる。


 投げ入れたのは延縄はえなわと呼ばれる漁業に使われる漁具の一種だ。


 一本の幹縄と呼ばれるロープを複数の浮きに繋げて、海面付近を走らせ、その幹縄に多数の枝縄と呼ばれる釣り糸と先端に釣り針をつけた構成となっている。


 この漁具を使った漁は延縄漁とよばれ、昔から行われてきた伝統的な漁法の一つだ。


 針全てに餌をつけ、魚がかかっているか確認したりしなければならず手間はかかるが、仕掛ける糸の長さで狙える魚の種類が選び放題のため、網を使う漁法よりもこちらを好んで行っている。


 本来なら延縄を漁場に仕掛けて、しばらく放置した後延縄を回収するのだが、現在地を示すはずの計器類が動かず、現在地が特定できない今、放置したが最後潮に流されれば回収できない可能性が捨てきれない。


 そのため船に繋いだ縄で浮き玉を繋いだまま漁具を落としていった。


 船の後方に点々と一定の間隔を開けて浮き玉が海面に浮いているのが見える。


「ふぅ、とりあえず枝縄の長さを変えてみたけど一体何か釣れるかね」

 

 しかしあの禍々しい紫色の海で釣れるものは食べられるんだろうか?


 それ以前にここは地球なのかすらわからず、試しに延縄漁をしてみることにした。


 少なくとも俺はつい先日まで人魚が実在するなんて見たことも聞いたこともなかったし、もし……地球じゃないなら地球に帰る方法を探すなり、生きるために必要な情報を仕入れなければならないよな。


 果たして追加の燃料が手に入るかすら怪しい現状で無駄な燃料の消費は避けたい。


 船のエンジンを切り、キャビネットにある冷凍庫から冷凍食品の焼きおにぎりを皿に並べ電子レンジに放り込む。


 改造費は高かったが、今思えば太陽光パネルを付けて正解だっな。

 

 レンジが回っている間つらつらとそんな事を考えながら過去の自分の英断に感謝していた。


 正直言って漁師仲間からは船にそこまでの設備を付けようとする姿が奇異に写ったことだろう。


 本来なら大型漁船で一ヶ月から一年の長期間を海上で操業する遠洋漁業でなければ重装備はつけない。


 通常日帰りか数日ほどの漁で魚を水揚げするために寄港するからだ。


 そして漁師たちは各自の自宅へと帰っていく訳だが、俺は陸上に自宅を構えてはいない。


 幼い頃から陸に上がるとなぜか不運が降りかかるのだ。


 義務教育を終えてからは、伝説の凄腕漁師として漁師仲間から有名だった亡き祖父に弟子入りしそれからずっと漁師として生活してきた。


 祖父が亡くなりこの船を形見として受け取ってから陸に自宅を構えることを辞めた。


 一ヶ月の間に数日しか帰らない賃貸などに金を掛けるならば、日頃生活の拠点となっている船の装備を追加したほうがいいからだ。


 何度か見合いも勧められたが海上が自宅など耐えられる女性はお見合い相手には居なかったようで、全て相手方から断られている。


 趣味はカジキ釣りだったし収入の大半をつぎ込んで自重せずに思う存分船をカスタマイズしていった結果、海上で日常生活が送れるだけのスペックを誇るシャフト船が出来上がった。


 こうしてつけた加えた機能の中に、機動力は軽油で動くディーゼルエンジンに数段劣るが、燃料が切れてもバッテリーに蓄電してある電気で船を動かす事が出来る電気エンジンがある。


 燃料の補給や食料の補充、何にしても陸へは行かなければならない。


 ここがどこであれ物を得るには金がいる、もしくは対価となる物がいるはずなのだ。


 それで漁しか思い浮かばねぇんだから重症だよな。


 チンっと甲高い音を立てて加熱が終わった事をレンジが告げる。


 湯気をくゆらせる焼きおにぎりを取り出してマグカップに入れた水をレンジに掛けてインスタント味噌汁を作り簡単な朝食にぱくついた。


 ささっと皿にはラップが貼ってあるため、それを外してゴミ箱へ投げ入れる。


 料理を作るにしてもほとんどがビニール袋に材料と調味料を入れて口を結び沸騰させたお湯へ袋ごと放り込むだけだ。


 節水しながら家事をこなし、沸かしたお湯で身体を拭い残り湯でちゃちゃっと洗濯を施して船体に洗濯紐を張りそこに服を干していく。


 釣り竿を投げ入れ時間を潰し昼を過ぎたあたりで朝市で設置した延縄を引き上げることにした。


 手繰り寄せた浮き玉を手早く外して幹縄を延縄揚機はえなわあげきにセットし、始動すれば、ゆっくりと引き揚げられた枝縄が船上に姿を表す。


 枝縄の取り付けも捕獲した魚の回収なども自動化されている最新型機械のおかげで、収穫された魚たちを楽しみながら選り分ける。


「おっ、カレイじゃねぇか、こっちはイワシだな」


 次々と上がってくる枝縄には多種多様な魚が掛かっており、心配していたよりもこの海は豊かなようだ。


 いくらか引き上げた時、遠目に浮き縄にしがみつく何かを見つけて目を凝らす。


 なんだ……?


 それが人だと気がついて延縄揚機はえなわあげきの速度を上げて引き揚げていく。


 浮きにしがみついていたのは一人の歳若い少年だった。


 海水に濡れた黒髪は褐色に日焼けした肌に貼り付いている。


 流されないようにするためだろう、幹縄を手に巻きつけるようにして気絶している。


 すぐさま船体の横のアウトリガーを足場にして少年を引き上げる。


「おい! しっかりしろ」


 まだ息はある事を確認してまだ十五歳になったかならないかといった年齢の少年の頬を叩くと小さなうめき声を上げて薄っすらと目を見開いた。 


「みっ……ゲホッ、水を……」


 良かった、日本語だ。 心配だったが言葉は何とかなりそうだな。


「水だな、ほらこれを飲め」


 飲みかけだった水が入ったカップを口元に運んでやり、飲ませると必死になって飲み始める。


「おかわりあるからな」


 飲み干したコップに追加分を注ぎ入れる。


「落ち着いたか?」


 一通り満足行くまで飲めたのかスピードが衰えたところで声を掛ける。


「はい、漂流している所を助けていただきありがとうございました」


 深々と頭を下げる少年にお互い様だ告げて、倉庫内からタオルを取り出す。


「どうしてこんなところに居たんだ?」


 作業する手を止めずにそう話を向ければ、素直に事情を説明し始めた。


「実は親方と漁に出たところで天気が急変して荒れだして、港へ戻る途中で横転しました」


 海の天候は山の天候と同じ、もしくはそれ以上に変わりやすい。


 気がつけば潮と風に流されて台風の勢力圏真っ只中なんてこともしばしばだ。


「まぁ、ここであったのも何かの縁だろう。 陸まで送っていくよ、ついでにこの魚たちも売りたいんだ」


 そう言えば、魚の山を前にキラキラとした尊敬の眼差しを向けられた。


「うわっ、うわぁあ〜魔魚マギョがこんなに! 始めてみた」


 ……マギョ? マギョってなんだ?


「マギョは珍しいのか? どの魚だ?」


 そんな俺の言葉に少年は呆然としていた。


「何言ってんですか、全部魔魚っすよ」


「いやぁ、おれは小さい島の生まれでな、マギョなんて初めて聞いたんだよ」


「そうだったんですね、海で捕れる魚の事を纏めて魔魚と呼ぶんっすよ、陸で取れる陸魚リクギョと違って美味いし、高値で取引されるんですが、海はマーリーン族の領域ですからね、見つかれば殺されたって文句は言えない、それでも一攫千金を狙ってこうやって海に出るんです」


 そうか、海水魚のことをここでは魔魚と呼ぶんだな。


「こんなに丸々太った良質な魔魚、親方たちですらなかなか釣り上げられませんよ」


 尊敬の眼差しを向けられれば嫌な気はしない。


「そっ、そうか?」


 この子の話が本当なら漁師をしながらやっていけるか?


 燃料が確保できるかが鍵だよな、やっぱり。


 すっかり濡れた生成りのシャツと紐で停める簡単な作りの服装を見る、いつから漂流していたのかわからないが、いくら今が夏だとは言っても数時間海水に使っていれば気力も体力も体温も奪われる。


「とりあえず着ているものをすべて脱げ」


 少年の頭にバスタオルを掛けてガシガシと乱暴に拭ってやる。


「まぁ無事に助かって良かったな」


「はい!」


 他の船員の生死は気になるが、この広い海原で捜し出すのは不可能に近い、その事は助けられた少年が一番よく知っているからこそ、捜して助けてくれとは言わなかった。


「俺は海人かいとだ。 坊主名前は?」


「ゲオだよ! 宜しくカイトのおっちゃん!」


 元気よくゲオと名乗った少年を連れて……俺たちは大陸を目指す事となった。

  

 

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