41話『若年藩主』
恐怖に慄きながらチェスビーに乗って、ダーテ藩の藩主が住む城までやってきた。
自ら名乗り出たからとは言え、シートベルト、命綱無しでの空中飛行、怖いものは怖い。
チェスビーの胴体とお尻の間の少し細くなっている場所に両足で跨る様座らされて、前に乗る蜂騎士の背中に掴まる。
俺の跨った両太ももの間にクロスケを乗せると、騎士達を乗せたチェスビーが一斉に空へと飛び立っていく。
遮るものがなくなった強風を切り裂くように進むチェスビーの迫力に魂が抜けかけながらも、足の下に広がる赤茶けた大地。
地表からでは見えなかった、ずっと向こうまで荒野が広がり、それだけ汚染が酷いという証拠なのだろう……
いくつもの農村を越えて、防壁に囲まれた城下町を越えた先に目的地であるダーテ藩の城が建っていた。
ダーテ藩の城は高い塀と深い堀に囲まれた丘の上に段々になる様に築城されているようで、崖の様になった側面には無数の穴があり、今も複数のチェスビーが出入りを繰り返している。
俺を乗せた蜂騎士隊が次々にダーテ城の発着場へと規律正しく降り立った。
「たっ、助かった……」
どうやら俺は地上も苦手だが、空中も苦手だったらしい。
地上の様なバッドステータスの影響を受けるわけではないけれど、何かに足底が着かない踏ん張りが効かない状態は苦手な様だ。
内心で二度と乗るものかと決意して、座り込んだ地面につけた両手から伝わる土の感触に和む。
バッドステータスのせいであまり良い記憶がない陸地が、こんなに嬉しいと感じる日が来るとは思ってもみなかった。
そんな俺を放置して、蜂騎士隊はチェスビーから乗蜂ようの鞍のような物を外すと、チェスビーに荷物から取り出した何かを与えて放してやる。
「それは餌ですか?」
「あぁ、魔蟲の幼虫だ。 魔獣の肉で対応することも可能だが、こちらの方が喜ぶんだよ」
チェスビーはこれからダーテ城の土台となっている崖の中に造られた巣へと戻っていくらしい。
「既に先ぶれは出してある、カイト殿を客間へ案内しよう」
「ありがとうございます」
どうやら直ぐにダーテ藩主には会えない様で、先導する蜂騎士の案内でダーテ城へと足を踏み入れた。
あまり詳しくないが、騎士がいるなら洋式の城かと思うだろうが、建物は日本の戦国時代に建てられた様な様式に近い。
元々ある崖の斜面を利用して造られた山城から城下町が一望できる。
敵が攻め込めない様に返しがついた石垣に守られて築城されている。
しかし、レンガで舗装された内庭を抜けるとなんともチグハグな建物に出た。
遠目からみたら日本の城なのに、土足のままで城内へ通される。
通路は石造りで、内装も両開きの洋風な扉が並んでいる。
和洋折衷建築の城を作ったらこの様な様式になるのかもしれない。
案内された客間で待つ事しばし、どれほど待たされることになるのかと心配していたが、どうやら魔石の供給はダーテ藩主にとって大切な案件らしく、半日ほどで迎えが来た。
許しを得るまでは直接顔を見ない様に言いふくめられ、謁見室に通されると、伏せて待つ様に言われて畳の床に平伏する。
直ぐにダーテ藩主がやってきたのか複数の足音が室内に入ってくると、俺の横を通り過ぎて、正面に設えられた一段高い上座へと腰をおろした事がわかる。
「マーサムーネ様、商人を連れて参りました」
「お初にお目通り致します、カイトと申します」
「顔をあげよ」
声変わり前の若々しい声が聞こえて、身体を起こす。
目の前には少年と青年の間位の年頃の男性が座っている。
中学生くらいの年齢だろうか。
「私はダーテ藩主マーサムーネだ。 此度は多くの魔石を献上したいとの申し出があったと聞いた。 礼を言おう」
「由緒正しいダーテ家の力になれるのだ、光栄に思うがいい!」
礼を告げるマーサムーネの言葉を遮る様に高慢な口調が聞こえてくる。
声の主を見れば、こちらを見下す様に鋭い目をした壮年の男性がいた。
武人なのだろうか、シンプルながらもマーサムーネよりも仕立てが良い事が一目でわかる衣服を、品よく着こなしている。
気難しく自尊心が強そうな、独裁者の気配が漂う男だ。
「センダツ、控えよ!」
センダツと呼ばれた男は、もう一人の男性に注意を受けると、臣下としてその態度はどうなのかと疑問に感じる態度で当主マーサムーネ様を威圧している。
「すまぬな、クイーンビーの代替りが近い事もあり、皆気が立っているのだ……」
そのマーサムーネの疲れた様な様子から、家臣同士の権力争いか何かがあるのだろう。
当たり障りの無い謁見が終了した俺は、魔石の譲渡に関する取り決め内容を精査するまで、城内で滞在してほしいと告げられた。
案内された部屋は、予想外に畳が貼られた純和室で既に布団が敷かれている。
どうやら部外者である俺には城内の見学などできるはずもなく、運ばれてきた配膳を食べてお湯を貰い身体を拭く。
クロスケに魔石をあげながら、だらだらしていたら誰かが尋ねてきた。
「失礼致します、カイト殿、いらっしゃいますか?」
部屋の鍵を開けると、潜める様な声が聞こえてうっすらと扉を開ける。
「夜分の突然の訪問、申し訳ない」
つい最近聞いた覚えがある声の主が誰かわかり、ギョッとした。
人目を避ける様に、くるぶしまで隠れる外套で頭から足元まで隠した二人をとりあえず部屋に引き入れた。
わかってる……こんな怪しい奴らを部屋に引き入れるなんて不用心な事普段ならしない。
危ないからな……だが……来てしまったものは仕方がないじゃないか、権力者……それもこのダーテ藩主を追い返すなんてできるわけがない。
しかも、部屋に入るなり外套のフードをさっさと外してしまっている。
あー、こう言う場合、どうしたらいいんだ?
自慢じゃないが、お偉いさんと対面する事なんてほとんどない。
ましてや、自宅……愛船の豊栄丸ですら釣り客くらいしかやってこないため、俺の社交性能はポンコツなんだよ。
敬語やらおべっかやら俺に求められても、出来ないものは出来ないし、取り繕ったところで盛大にボロを曝け出すだけだ。
「それで? こんな夜更けにいらっしゃったら理由を聞かせて貰えますか? マーサムーネ様」
ボリボリと頭を掻きながら、不敬とも取れる口調が口をつく。
そんな俺の態度に、マーサムーネ様の護衛と思われる男から威圧感が増したが、こちとら大魔王魚やら巨大な魔蟲やらとばかり接していたせいでら多少の威圧は苦にならない。
まぁ売られた喧嘩は買うがな……
「カイト殿、どうか私の願いを叶える助力を願いたい!」
俺と護衛の間に漂いだした不穏な空気を、両断する様にマーサムーネ様が頭を下げた。
「マーサムーネ様!? この様な無礼者に頭を下げるなど
……」
「黙れシロウ、部外者であるカイト殿に助力を求めなければならないほど、私には味方と呼べる者が少ないのだから仕方なかろう……これ以上、兄上の非道を許す訳にはいかぬのだ」
どうやらこの同行者はシロウと言う名前らしい。
主人の裏表皆無の突拍子も無い懇願に慌てるシロウを、マーサムーネ様が制する。
「はぁ……とりあえず話は聞かせて貰います、立ち話もどうかと思うのでこちらへどうぞ?」
マーサムーネ様は靴を脱いで畳に上がると、座卓の上座へと当たり前の様に移動して腰を下ろした。
シロウも同席するのかと思っていたが、どうやら靴を履いたまま、入り口付近で立ったまま警護することにしたらしい。
お客様にはお茶を入れてもてなすべきだろうが、あいにく道具がどこにあるのかもわからないし、お忍びで来ている事がわかると不都合が出るだろう事は容易に予想がつく。
「申し訳ありませんが、なんのおもてなしも出来ませんよ?」
「問題ない、急に……しかも内密にやってきたのは私達だからな」
「まどろっこしいのは苦手なので、本題からお願いします。 味方が少ないとはどう言うことなのか、ご説明願えますか?」




