40話『瀧澤神社』
「外だぁぁあ!」
無限迷路の様な薄暗いチェスアントの巣穴から脱出出来たのは、クロスケと出会ってからしばらく経った後だった。
両手を晴れ渡りカラカラに渇いた空へと上げながら、地上へと出られた喜びに声を上げる。
日の光が届かない地下を、休み休み移動してきたせいかどれくらい時間が掛かったのか正確にはわからないが、今はとにかく外へ出られた事実が嬉しい。
チェスアントの巣穴は、元々地下鉄駅や地下通路だった場所を利用した通路と、チェスアント達が自ら掘り進めた物の二種類が現存している。
先日の商人たちは比較的平坦な地下鉄の線路が走っていた区画を再利用したチェスアントの通路だったようだ。
地上をクロスケと歩きながら、森の都から荒野へと……記憶と変わり果ててしまった仙台の街を瀬織津姫様の案内に従って進んでいく。
今回の目的地である瀧澤神社は、幸いにも広瀬川から近い場所にあった事もあり、最短ルートで移動出来た事になる。
どこまでも広がっているように感じた街並みは、俺がこちらの時代にタイムスリップした際に見た空爆によって破壊され、度重なる厄災や天災、魔獣や魔蟲が現れた事で縮小されてしまった。
現在は高台にある仙台大観音があった泉区周辺に、縮地された街並みをダーテ藩の幼い藩主が治めている。
その様な経緯もあり、目的地の瀧澤神社周辺には小さな農村がポツリポツリと点在している。
あまり地区外から人が来ることがないのか、小さなチェスアントのクロスケを連れた俺を遠巻きに村人が監視している。
「ここじゃ」
「これは……また……」
朱色の鳥居には注連縄が飾られ、あまり広くない境内に真っ直ぐに敷き詰められた短い石畳の先には、ささやかな社があった。
氏子によって大切にされているのがわかる。
参拝を済ませて、御神酒やら神饌を供えると、俺の肩から瀬織津姫様が社に降り立つと、社から広がっていく様に空気が変わっていく。
澄み渡った神気が村全体に広がり、フッと身体から重さが消えた様な気がする。
「ふむ、これでよし!」
満足そうにうなづく瀬織津姫様の様子から、この地での用事は済んだのだと自然と理解した。
小学生高学年から、中学の卒業生くらいまで姿が急成長して見える事からも、僅かばかりではあるが神力を取り戻した事実が見て取れる。
幼さはすっかり形をひそめ、しかし少女と女性の間の儚さが残りその年頃にしかない色香を含んだ美しい容姿。
水を弾きそうな白い肌と漆黒の艶髪には金細工に螺鈿、大粒小粒の無数の真珠や紅珊瑚の髪飾りが輝いている。
「天女様や……」
思わず見惚れて立ち尽くしてしまい、背後から思わず口から漏れてしまったと思われる声が聞こえて振り返れば、何人もの村人が地面にひれ伏している。
中には涙を流しながら両掌を合わせて拝んでいる人もいた。
「妾の愛しい氏子達に祝福を」
キラキラと瀬織津姫さまの祝福がひれ伏した民へと、降り注ぐ。
そこからはオーナガワ村で姫命神社が安置された時と同く、まだ加護を得ていなかった村人にジョブスキルが与えられていく。
美しい微笑みを見せて、瀬織津姫様が姿を消すと、どっと村人達が歓声を上げた。
のそのそとちびキャラと化した瀬織津姫様が、俺の肩にちょこんと腰掛けながらそんな村人達の様子を微笑ましく見守る。
「使徒様!」
一瞬、誰の事を呼んでいるのかわからなかったが、詰め寄られて両手を取られて使徒様と呼ばれれば、嫌でも俺の事だと認識せざるを得ない。
「あー、おめでとうございます……」
とりあえず、なんと言ったら良いのかわからずに、そう告げる。
「今日は宴にすんべ!」
「んだな! こんなめでたい日に仕事なんざしとる場合やないっちゅうもんだ」
「えっ、ちょっと!?」
すっかり気が大きくなった村人達に両腕を拘束されて、強制連行されて村長宅に案内され、村人達が作ったらしい癖の強い地酒を振る舞われる。
清酒よりも濁酒に近い酒をちびちび舐めながら、陽気に裸踊りを始める男衆を眺めた。
どうやらこの地酒、俺の体質には合わなかったのか、翌朝目が覚めるとひどい頭痛に見舞われた。
そして頭痛で苦しむ俺の様子に、瀬織津姫様が呆れてしまっている。
「みんな、急ぎ起きておくれ! ダーテ家のチェスビー部隊がこっちに向かってきてる!」
「なっ、なんだって!?」
二日酔いで潰れている男衆を、村の女衆が半ば無理やり村長宅けら引き摺り出していく。
「チェスビー部隊?」
「んだ、チェスアントよりも大きなチェスビーに跨った蜂騎士で構成された部隊だべ」
そんな話を聞いているうちに、巨大な黄色と黒の縞模様のスズメバチが村へと向かって飛んでくる。
数十匹はいそうなチェスビー部隊が飛来すると、まるでヘリコプターが複数飛んで来たのではないかと思われる羽音が、轟音となり辺りに響き渡った。
「こ、これは藩主代行様、いかがなされましたか!?」
チェスビーが村の広場に降り立つや否や、昨夜隣で泣きながら喜びのからみ酒を披露していた村長が、慌てて駆け寄っていく。
「村長、この村から納められる筈の今年の税が不足しておったのだ。 それでわざわざ私が取り立てに参ったわけよ」
「へっ!? 不足ですと、そんなはずはございません! 藩主様から派遣されてきた納税官様には、例年通りきちんと納めさせていただきました、受領証もございます!」
慌てて受領証を取りに戻ろうとした村長を藩主代行が諌める。
「そんなものは不要、今年から税を上げることになったため、納めてもらう額が増額しただけの事だ」
「そんな! これ以上増額されてはこの村は食べる物どころか来年の種すら失ってしまいますじゃ!」
必死に縋り付く村長を藩主代行に同行していた蜂騎士が、乱暴に取り押さえる。
「くそっ、何が藩主代行だ! 藩主様が幼いからと好き放題しやがって!」
そんな村長の姿に他の村人が怒りを抑えながら、招かれざる客を睨みつける。
どうにか助けたいと思っているが、藩主代行に逆らえば逆賊として村ごと焼き払われかねないらしい。
「なんなら税として魔蟲や魔獣を狩り、得た魔石を百個でも良いのです」
魔石はどの生き物にも持ち合わせている物ではない、実際に魔魚であっても大型の回遊魚は持っていたが、鰹以下の魚体の魚は持っていない。
昨夜、宴でご馳走になったツノが生えたうさぎや、ツノが生えた鼠では魔石は取れないらしい。
人間だけが進化の波から取り残されたこの世界、かろうじて狩ることが可能な兎すら、狩に失敗すれば命を失いかねない。
「いくら妾が加護を授けても、この村の民では魔石を持つような魔蟲や魔獣を狩ることはできまい」
俺の心の中を読んだかのように、肩から瀬織津姫様が呟いた。
「魔石!?」
ざわざわと不安が村中に広がっていく。
「えぇ、我々に共生と言う生きる術を与えてくれたチェスビーの女王がこの度代替わりをされるのです。 次代の女王を得る為には相応の供物がいる」
藩主代行から語られる内容はオーナガワ村で聞いたものと同じだ。
「そんな! 魔石を百も準備するなどできません、なにとぞ恩赦を賜りたく」
「クイーンビーの代替わりが失敗すれば、統率を失った万を超すチェスビーが魔蟲へと変わります、チェスビーの守りが無くなれば……其方らなどすぐに魔蟲の餌となりその腹に収まるだけです」
「いゃぁぁあ!」
「あぁ、魔石が集まるまで村の娘や若い妻を預からせていただきます。 魔石を百個用意してダーテ藩主の城まで迎えに来なさい」
悲鳴が村のあちらこちらから響き渡ったる。
まだ子供と思われる女児からその母親であろう女性までの年齢の女性たちが、チェスビーを降りた蜂騎士に寄って強引に引き摺り出されていく。
あぁ、きっとオーナガワ村でもこうやって娘達が連れて行かれたのかもしれない。
「お待ちください」
「ん? 貴方は?」
村長の前にずいっと身体を割り込ませて、なるべく丁寧に頭を下げる。
「この村で一宿一飯の恩義があるものでございます。 よろしければこの度のこの村に課せられた税を肩代わりさせてはいただけませんでしょうか?」
「使者様!?」
俺の発言に驚く村長には悪いが、少しだけ黙っていて欲しい。
「村の女衆を連れていくのはやめて頂きたいのです。その代わり魔石を追加で五十個ほど追加で納めさせていただきます」
手持ちに残しておいた、魔魚の浄化前の魔石を無造作に掴み出して藩主代行の前に晒す。
全てチェスアントのフェロモン香と交換しなくて良かったと思う。
「ほぅ? これは立派な魔石だ……これならばクイーンビーも喜ぶだろう、すぐに出せ」
「申し訳ございませんが、こちらは直接藩主様へ献上させて頂きたいのでございます。 私は魔石を用立てる術を持ち合わせておりますので、継続的に商いも可能でございます」
正直、商人では無いけれど、魔石を自力で得る事は可能なので全てが嘘と言うわけでは無い。
「この度は村人達の恩義に報いる為に無償で献上させていただきますが、是非とも安定した商いをさせていただく為にも藩主様へお目通り願いたく存じます」
深々と頭を下げる。
正直頭なんて何度下げてもタダだ。
頭を下げて済む事なら何度だって下げてやる!




