38話『恐るべし魔蟲』
幾重もの支流を上りながら、陸地の景色を眺めていく。
かつて杜の都と呼ばれた都市は、植物の緑よりもゴツゴツとした剥き出しの土が目立つ。
それでも川沿いは水源に恵まれているからか、まだ民家があるようで、オーナガワ村にあるような平屋の家が見える。
目眩ましの影響か、とくに地元民の目を引く事もなく広瀬川へと舵をとり、瀬織津姫様の導きで目的地の瀧澤神社に近いだろう村へと船を寄せた。
岸辺に船を着けて、陸地に降り立った俺は小舟バージョンの第八豊栄丸に手を触れて目を瞑る。
イメージするのは小さなキーホルダーだ。
初めは立体型の物を考えたが、未来に来る前に本拠地にしていた港の近くにあった道の駅で売っていた金属の板に船の写真がプリントされた物を思い出した。
何種類か地元で運用されている漁船や、島から島へと渡る客船を模して作られたキーホルダーだったが、その中に俺の第八豊栄丸をイメージした物もあったのだ。
出来上がったキーホルダーは、第八豊栄丸のエンジンの鍵に付けられている。
そのキーホルダーを思い浮かべながら『固定』すれば、俺の手の中には小さな第八豊栄丸デザインのキーホルダーが鎮座していた。
「便利ですね、目眩ましの加護」
「そうじゃろう? さぁて、とりあえず最寄りの村に行こうかの」
「そうですね」
瀬織津姫様から加護を頂いてから、陸地に上がった時の酷い陸酔いによる体調不良は、以前に比べればかなり軽減されている。
それでも船の上に居るときに比べると身体が重いことには変わりない。
人目を避けて村のない場所に船を停めたため、ここから最寄りの村までは歩きでの移動になる。
出発前にシンゲン聞いた話では、大体太陽が登っているうちにたどり着ける範囲に小さな農村や野営地があるそうなので、馬車の車輪の跡だろう轍に沿って川から内陸部へと進んでいく。
そう……人気が全くない廃村も少なくない。
「どうしてこんな廃村になったんだ? 村人がみんな町に出たとか?」
昔の日本でも山間の村や集落から働き手となる若い人が、皆仕事を求めて利便性の良い都会に出て行ってしまった事で、人がいなくなってしまった村などをテレビ番組で取り上げたりしていた。
「多分じゃが、そこを見てみよ」
瀬織津姫様の小さな手が差し示した先には、斜めに削る様についた大きな傷跡が走る家屋の壁があった。
「なんだこの傷、何か大きな物で上から切り裂いたみたいだな」
「半分正解じゃな、これは魔蟲、魔蟷螂の鎌で抉られた後じゃ、隣の家は……穴の大きさから見てダンゴムシかの」
瀬織津姫様の言う隣の家には直径二メートル以上ありそうな穴が貫通している。
「魔蟲ってあのクラーケンと争ってた馬鹿でかいトンボだけじゃなかったのか」
「蟲は真っ先に汚染に適応したからの、多種多様な種が生き残るために食物連鎖を繰り返しどんどんと巨大化していった」
指先サイズの虫にすら悲鳴をあげていた昔馴染みの顔を思い出す。
それが今や特撮怪獣並みの大きさだもんな。
前にオーナガワ村へ攻めてきたチェスアントて呼ばれる蟻は人間が背中に乗れるサイズだったことを思えば、元々蟻よりも大きな虫たちがどれほどサイズアップしたのか、考えるだけでゾッとする。
「……虫嫌いには辛いですね」
「そうじゃの、見つけた虫は踏み潰せば良かったであろうが、今は見つかれば人間が魔蟲に食われるからの」
食物連鎖はいつの間にか、人間にとってよろしくない進化を続けてしまったらしい。
「まさか近くに居たりなんか……しないですよね?」
この村が魔蟲の襲撃によって滅びたのだとすれば、その時期によっては、まだ近くにいないとも限らない。
「安心せい、魔魚の時と同じじゃから、近くに来ても騒がなければ回避できよう」
良かった、それなら安心だと安堵した俺の姿を見て、瀬織津姫様がニヤリと笑った。
「まぁ、その力も瀧澤神社へ行かねばいつ力尽きるかわからぬがな」
「さぁ行きましょう!すぐに行きましょう!」
そうと決まれば目的地に最短ルートで行きたいものだ。
「近道して魔蟲の巣窟を抜けるのと、魔蟲を避けながら遠回りするのとどちらが良いかのぅ?」
そんなの聞かれなくたって答えは一択だろう!
「魔蟲を避けながら一番近いルートの案内をお願いします!」
「ほんにカイトは正直だのぅ」
着物の袖口で口元を隠しながら楽しそうに笑った瀬織津姫様が何か企んでいる様な気がするのは……気のせいだよな?
「さぁ、あっちに向かうのじゃ」
白魚の様な手が差し示した方角へ進んでいく。
「さぁ洞窟探検と行くかのぅ」
しばし何も無い荒野を歩き、段々と近づいてくる直径二メートルはありそうな穴が迫る。
「洞窟探検? まさかこの中に入れってんじゃ……ないですよね?」
「その通りじゃが、何か問題があるかの?」
「いやいやいや、問題しかありませんよ!?」
だってこの穴……どう見たって……
「チェスアントの巣穴じゃ無いですか!?」
果たして俺は、生きて地上に帰ってこられるのだろうか?




