33話『生贄のゆくえ』
海賊入江の奥にある魔龍組のアジトに通された俺と瀬織津姫様を待ち受けていたのは、シンゲンとその妻のミチコだった。
「ようこそオーナガワ村へ」
「さぁさぁこちらへと座っておくれ!」
シンゲンヘの挨拶もそこそこにミチコが瀬織津姫様をテーブルへと案内し椅子に座らせると、瀬織津姫様の前に干し果実や堅焼きにした煎餅のような茶菓子を並べていく。
「さぁさぁ遠慮しないで食べてくださいね」
「カイトよ、この神饌は本当に頂いてしまってもよいのかの?」
ちらちらとのこちらを確認してくる瀬織津姫様に頷いてみせると、喜びで顔を綻ばせながら大きな煎餅を手に取って齧り付いた。
あ~あ~、口の周りに煎餅の欠片が付いてる。
「たーんとお食べー」
「すっかりミチコのお気に入りだな」
そう言ったシンゲンの顔には疲労の色が濃い。
ご機嫌なミチコに瀬織津姫様を任せて、俺は疲れた様子のシンゲンヘ向き直る。
「何かありましたか?」
「あぁ……村から連れて行かれた娘達の行方を捜していたグレードから連絡が入った」
オーナガワ村から若い娘達が人質として連れ去られたのは記憶に新しい。
「無事なのですか?」
「あぁ、なんとかな……どうやら最初から奴隷にするための娘達が目当てだったようだ……年若い娘達を取り上げる為に魔魚を五百匹なんて無茶な要求をしていたらしい」
グレードからの報告ではオーナガワ村から連れて行かれた娘達の他にも、多数の農村や漁村から年頃の娘達が強引に奴隷市場へ集められているようだ。
「一体何のために?」
「クイーンビーへの生贄らしい」
……はぁ? いま、生贄っていったか?
前にゲオに説明して貰った気がするが、人をその背中に乗せて飛ぶチェスビーと呼ばれる大型の蜂がいるらしい。
チェスビーはこの間オーナガワ村を襲撃してきた豪族が、移動手段として使用していた巨大な蟻、チェスアントと同じように女王を中心とした社会性昆虫だ。
その中でもクイーンビーやクイーンアントは普通のチェスアントの寿命が十年程なのに対して、その十倍……百年以上生きる。
シンゲンの話によればそのチェスビーの女王蜂が代替わりする際に生贄を必要とするのだそうだ。
「クイーンビーは人間を食べるのか?」
「正確には魔素の濃い生き物を食べるというのが正しいな」
食物連鎖の上位に位置する生き物はその体内に宿す魔素も豊富で、雄よりも子供を産むために魔素を蓄える力は雌の……それも子供を産んだことがない成熟した雌のほうが良いらしい。
「なら別に生贄が人間である必要はないんだよな?」
「そうだ、魔虫や魔魚、魔獣などの魔石でも大丈夫だ……だがそれらを手に入れる為には、人間の生贄を百人集めるよりも多くの犠牲がでる」
その為に難癖をつけて娘たちが集められるらしい。
「……魔石か……」
魔石なら第八豊栄丸の燃料にしようと保管しているものが複数あるが、果たしてそれで百人もの生贄となる娘達の命を助けるだけの量が確保できるのだろうか?
「チェスビーの代替わりに生贄など必要ないぞ?」
「瀬織津姫様?」
お煎餅を食べ終わってご満悦な様子の瀬織津姫様が口を開いた。
「チェスビーは強いから自分たちで魔素の強い餌を取れる。 わざわざくさみの強い人間を生贄として要求するなど、グルメなクイーンビーがするはずがないからの」
瀬織津姫様の知識とシンゲンの知っている知識には違いがあるらしい。
「では娘達はなんのために……」
「ふむ……生娘ばかりを生け贄に求める生き物か……もしやあやつかの?」
「なにか思い当たる生き物がいるのですか?」
部屋に居る皆の視線が瀬織津姫様へと集まる。
「櫛名田比売を助けるために須佐之男命が倒した八岐之大蛇じゃ」
そう、瀬織津姫様の口から出てきたのは遥か昔、神々が暮らす神話の世界の化け物の名前だった。
「ヤマタノオロチですか?」
ヤマタノオロチとは八つの頭と尻尾を持ち、真っ赤な瞳を持つ伝説の生き物だったはずだ。
八つの谷と八つの峰にわたるその巨大な身体には樹木が茂り腹は血だらけの蛇の化け物だ。
「そうじゃ」
「いや、オロチは今、瀬織津姫様は須佐之男命様が倒したとおっしゃったではないですか!」
「残念ながら正確には封印したと言ったほうが正しいのぅ」
瀬織津姫様の話では八岐之大蛇の生け贄にされそうだった櫛名田比売を須佐之男命が助けた所までは同じだった。
酒に酔って泥酔したオロチの頭を切り落とし尻尾を切り落とそうとしたとき、尻尾の中から出てきた天叢雲剣という美しい剣に見惚れているうちに八岐之大蛇に逃げられたらしい。
「もしかしたら瀕死で逃げ延びた八岐之大蛇が長い年月をかけて復活していても不思議はない」
そう言って説明を締めくくった瀬織津姫様をみれば、今更八岐之大蛇が出てきたくらいで驚く必要もない気がする。
古事記の神様にもお会いしたし、伝説の海の化け物クラーケンも食べた。
人魚姫も会ったし巨大な昆虫もいるんだから今更八岐之大蛇くらいなんだってんだ!
「では娘達は八岐之大蛇の生贄にされるのではないかと言うことで合っていますか?」
「妾はそう睨んでおる」
「とにかく娘達助けたいので協力してほしい」
「俺に出来ることならば喜んで」
深々と頭を下げるシンゲンヘと了承する。
「なればシンゲンよ、妾も協力させてもらおう!」
はいはいはーい!と立候補した瀬織津姫様に視線を送る。
「うふふぅ、妾はこのオーナガワ村に社を構えようと思うのじゃ!」
「えっ、お社ですか?」
「そうじゃ、神体もいつまでもカイトの船に載せたままにするわけにはいかんからの」
「それに今はこのような幼子の姿じゃが、社を構えることができれば使える力も戻る」
その言葉にパッと顔をあげる。
「チェスビーにしてもチェスアントにしても、もし邪悪に染まって居れば穢れを祓い元の性質に戻すことも出来るだろうし、力が戻れば毒海を清めることも出来よう」
「シンゲンさん、俺からもお願いします! オーナガワ村に瀬織津姫神社を建てさせていただきたい」
シンゲンヘ深々と頭を下げる。
「もちろん、大歓迎だ!」
シンゲンから許しを頂いた事で瀬織津姫が俺に飛び付いてきた。
「そうと決まればみなで社を造らなくちゃね!」
腕まくりをしたミチコのやる気漲る姿はとても頼もしい。
「よろしくお願いいたします」
とりあえず簡易的な社と鳥居で構わないと言われ、翌日には直ぐに建設が始まった。
正式な社を造るまで、今ある空き家を再利用して改築し、その空き家の玄関前に少しだけ参拝道を設置し木を組んで鳥居を造った。
後々にはオーナガワ村を一望できる高台の上にきちんとした境内を整備して移転するらしい。
「主神の名前はどうしますか? 瀬織津姫様? それとも豊玉姫命?」
「そうさの……姫命で良い、瀬織津姫も豊玉姫命も弁財天も市杵島姫命もまぁ他にも人間の都合で呼び名が変わっておるが妾を示す名前は多い」
瀬織津姫の話では古事記すら解読するものによって解釈が違うのだという。
「どの名も妾を示すもの、纏めて姫命で良い」
瀬織津姫の希望通り社の入り口に木板に姫命と墨で書いた表札を掲げる。
社の中に瀬織津姫神社から持ち出した御神体を奉納し、お神酒と神饌を祭壇へ納める。
社の設置は村人全員で行ったので、姫命神社の境内には、村人全員が集まって祭事を固唾をのんで見守っている。
「……願い奉らんことを!」
現在は祝詞を瀬織津姫に続く形で全員で復唱し、三礼三拍手一礼をしてみせた。
「瀬織津姫様、二礼二拍手一礼ではなく三礼三拍手一礼なのですか?」
「そうじゃ、本来ならばそれが正しいのじゃがなぜか二礼二拍手一礼に変わってしまっての、そのせいか寄せられる信仰が一礼一拍手分減ったのじゃ」
いやいやいや、それで目減りするってどんだけなんだ!?
「まぁその作法も神社によって違うからの、その神社の作法に合わせるのが良いぞ?」
「なーんだ、おやびん間違ってたの?」
うぐっ、金華山で参拝方法を教えたオーナガワ村の子どもたちから責めるような瞳で見上げられる。
「すまん! これからは瀬織津姫様に教えてもらった方法で参拝しような!」
「はーい!」
改めて社へ心を込めて三礼三拍手一礼する。
この世界の賽銭が元の時代に使われていたお金でいいのかわからないから、とりあえず魔石付きの魔鯛を1尾納めてある。
『ジョブスキルがレベルアップしました!』
その瞬間頭の中で何か聞こえたように感じてまわりを確認すると、多くの大人たちが小さな紙を手に泣き崩れてしまっている。
「皆、今日から妾の愛しい氏子よ」
元の幼女の姿から小学生高学年程に成長した瀬織津姫が、社と海を背にして微笑んでいた。




