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29話『別れの詠』


 「わらわはせおりちゅひめ、そなたはだれじゃ?」


 自身の身長よりも長い鴉の濡羽色のストレートの髪、ぷっくらとした頬は赤みをさしており、潤んだ二つの瞳は透き通るような水色で、零れ落ちそうなパッチリとした二重の瞳を髪と同じ色のバサバサの長いまつげが彩っている。


 小さな唇もつやつやぷるぷる、うん……美幼女だ。


 誤解のないように言わせてもらえば子ども相手に欲情するような性癖は持ち合わせていないが、流石神様と言ったらいいのか、妙齢になればとんでもない美女に成長することだろう。


 挨拶をするのに相手を見下ろしながらというのも個人的にはアウトなので、なるべく視線を合わせられるようにその場にしゃがみ込む。 


「お初にお目にかかります、俺は……私は、恵比寿海人(えびすかいと)と申します」


 挨拶を告げると瀬織津姫(せおりつひめのみこと)様がにぱっと笑う。

 

「そうか! そなたのような参拝者は千年ぶりじゃ! 見ての通りこのありさまじゃからのぅ」


 そう言いながらいそいそと神社の前に敷物を敷いて並べてある持ってきた神饌(しんせん)にキラキラした視線を向けている。


瀬織津姫(せおりつひめのみこと)様にお供えするために持参したものですのでお収めいただけると幸いです」


「そうか! すまぬのぅ、ありがたく頂戴しよう!」


 俺が告げると待ってましたと言わんばかりに敷物へ座り込み、どういった原理かわからないけれど生米が白飯に、干物の魚が焼き魚に、持ってきた野菜が浅漬けに変化してしまった。


「さて、ではいただきますのじゃ」


 菜箸よりも長い箸を器用に使いこなして、涙を流しながら食べ進めていく瀬織津姫(せおりつひめのみこと)様の姿を眺めながら、特段急ぐ必要も無いのでそのまま待つことにする。


 俺が持ってきた神饌(しんせん)を食べ尽くしたことで幾分か余裕が出たらしい瀬織津姫(せおりつひめのみこと)様が俺のことを思い出したようだ。


「おっほん、よき神饌(しんせん)っあったぞよ」


 どうやら客人を放置して食事を堪能した自分に恥ずかしくなったのか耳を真っ赤に染めながらこちらへと話を向けてくれた。


「それはようございました、金華山神社の夫婦神、金山毘古神(かなやまびこのかみ)様と金山毘売神(かなやまびめのかみ)様のご紹介をいただき、瀬織津姫(せおりつひめのみこと)様にお願いがあり参りました」


「ふむ、話を聞こう」


 こうして俺は金華山で聞いた加護、『海神の愛し子』と『陸神の忌み子』について説明する。


 特に『陸神の忌み子』の(わざわい)については瀬織津姫(せおりつひめのみこと)様でなければ祓い浄めることができないだろうと告げられたことを話した。 


「ふむ、わらわを頼ったのは英断であったの」


「それでは!」


「だがしかし、今のわらわにはそなたを救ってやることは出来ぬのじゃ……わざわざ来てもらったのにすまぬのぅ」


 ショボンと項垂れてしまった美幼女の……瀬織津姫(せおりつひめのみこと)様の姿に残念な気持ちよりも申し訳無い気持ちがつよい。


「いいえ、突然お仕掛けてきた私も悪いのでお気になさらないでください」


『陸神の忌み子』を外せなくてもこれまでこの状態で生きてきたのだからすぐに解決できなくても現状維持で特に変わりはない。


 また違う方法を探せばいいだけだからな。 


「昔、このあたりに住む氏子たちがよく社の世話や数年に一度、秋に祭典を行ってくれていたのじゃが、千年前の戦でこの地を離れねばならなくなってしまっての……」


 ポツリポツリと苦い思い出を語ってくれる瀬織津姫(せおりつひめのみこと)様の隣に座り二人で崩れた社を見つめる。


「昔話になるが聞いてくれるか?」


「はい」


 瀬織津姫様は俺の返事に頷くとゆっくりと神様側に起こった出来事を話し出した。


 遠い昔を思い出すように語られた内容を要約すると、あまりにめ意識の次元が違いすぎる魂が混在した事で、身勝手な魂達が暴走し、地球が滅びかけたらしい。


 そこで神々を纏めた一柱、天之御中主アメノミナカヌシ様がそれぞれの魂の成長度にあった次元に魂たちを振り分け始めた。


 しかし拝金主義を主軸とした自分さえ良ければそれで良いと言う世界観に、産まれた時から強制参加されてき魂達は、幾重にも張り巡らされた深い洗脳から、神々の声が聞こえなくなってしまった者が多い。


 八百万の神々に見守られており、折に触れて神々に挨拶に来る、神と縁が強い日本人すら目覚めは遅々として進まない。


 時間はかかったけれど、神々とつながりが強い霊能者やスピリチュアルリーダーと呼ばれるメッセンジャーのおかげで、神々が作りたい世界……神世に必要な魂達を根気よく目覚めさせていった。


 死に体な拝金主義をなんとか続けたい人代と、拝金主義をやめて自らの才能を発揮して独立して生きていく魂の次元分け……そして地球の次元移行アセンションはうまく行くものと神々は安堵しかけていた……


 しかし、一部の人代を続けたい拝金主義に依存するゾンビと化した者達が、起こしてはならない負の神を呼び起こしてしまったのだ。


 それにより一気に神世、5次元世界への移行は思わぬ暗礁に乗り上げてしまった……核を伴う戦争という形で……

     

「戦時中も、戦後もしばらくの間わらわの側にいてくれたのじゃ、しかし大地も海も穢れが酷くなってしまっての……この小さな社へ集まっていた信仰の量では浄化が追い付かんかったのじゃ……」


 どうやら神様の力も万能ではないようで、社ごとに集まる信仰の量に比例して力を使うことが出来るらしい。


 だからこの、神社のように忘れ去られてしまえば御力を維持することも難しくなるのだという。


「出来れば守ってやりたかったのじゃが、大魔王魚やらのせいで漁は出来ず、巨大化した昆虫やらに住処を奪われてどうしょうもなくての」


 そう、どんなに頑張っても報われないこともたくさんある……


「皆、止めようとして力を使い果たした……神々も人も生き物も居なくなってしもうた……」


 そう告げる様子が余りにも哀しげで気が付けば小さな頭を撫でていた。


「そうか、寂しかったんだな……」


 しかもこの神社は瀬織津姫(せおりつひめのみこと)様を単神で祀っている。


瀬織津姫(せおりつひめのみこと)様、良ければ俺と一緒に行きませんか?」  


  不思議そうにこちらを見上げる瀬織津姫(せおりつひめのみこと)様に微笑みかける。

 

「ここは貴女にとって大切な思い出がある土地かもしれません」


 忘れ去られ伸び過ぎた草に埋もれた崩れた神社は、次第に風化し大地へと人知れず還っていくのだろう。


「きっとあなたの力を必要としている人々がいます」


「……そうじゃな、それも良いかもしれぬな」


 どうやら前向きに検討してもらえるようなので、瀬織津姫(せおりつひめのみこと)様に聞きながらなんとか崩れてしまった社から御神体とされていた物を探し出した。


  長い間雨風に晒されてしまい、ほぼ元の姿を失ってしまっているが、これ以上壊れないように注意しながら懐にあった手ぬぐいに包む。


 なくさないように胸元の内ポケットにきっちりとしまう。


 神饌(しんせん)を入れてきたリュックサックを背負いもう一度社へ向かって二礼二拍手一礼にれいにはくしゅいちれいする。


「なんじゃその礼は、三礼三拍手一礼じゃ」


 千年もの長い間、瀬織津姫(せおりつひめのみこと)様とこの地を守ってきた社へ感謝を込める。

  

「さて、行きましょうか」


「そうじゃな、行くとしよう!」


 そうして明るく笑いながら社を振り返らないように歩き出した瀬織津姫(せおりつひめのみこと)様の姿がから元気に見えるのは気のせいだろうか。 


  俺は瀬織津姫(せおりつひめのみこと)様の背中から近づくと、その小さな身体をひょいっと抱き上げて自分の肩の上へと乗せる。


「うわっ、なんじゃなんじゃ!?」 

 

「さぁ行きますよ!」


 そうして俺達は、瀬織津姫神社を後にした。

 

 瀬織津姫様を伴って自分が抜けてきた藪の中を戻る。


 瀬織津姫様の背丈より高い雑草で視界が遮られるので、瀬織津姫様を持ち上げると神様だからだろうか、ほとんど重さが感じられない。


 子供を肩車するように肩に乗せてみたが、身体に負担がないのは荒れ果てた地面を踏み慣らしながら移動しなければならない現状凄く助かる。


「高いのぅ! 海が見える!」


 頭の上から瀬織津姫様の嬉しそうな声が聞こえてくる。


「はしゃぎすぎて落ちないでくださいよ?」


「わかっておる! 大丈夫じゃ! あの岸壁にあるのがカイト殿の船かの? 懐かしい形の船じゃな」


「そうかも知れませんね、どうやら千年以上経過してしまっているみたいなんで」


 未来に第八豊栄丸ごとタイムスリップしてきた俺にとっては数日前だが、その長い時間を実際に過ごしてきた瀬織津姫様にとっては魔石ではなくディーゼルエンジンで動く船は懐かしいのだろう。

 

 草に覆われて見えない地面を足の裏の感覚で確かめながら草を掻き分けて海岸線までたどり着く。


 接岸した岸壁と船のデッキは高低差が出てしまっているため、船を固定したロープを可能な限り岸に引き寄せて瀬織津姫様に先に肩からデッキへと乗り込んでもらう。


 打ち寄せる波に揺れる船が沖へと戻る引き潮で水位が下がるタイミングを見計らいロープを持ったまま助走を付けてサイドレールに掴まりデッキに足をかけて船上へ乗り込む。

 

「ほう、器用に乗り込むのぅ」


「自分の住処に戻れない生き物は生きていけませんから」


「ふむ、確かにそうじゃな」


 瀬織津姫様がうんうんと顔を上下に振りながら同意する。  


「それじゃあ出航しますからキャビンに入るか、デッキでゆっくりしててください。 落ちないようにだけ気を付けてくださいね」


「わかっておる、妾は外に居るからの」


 まぁ神様が海に転落することはないと思いたいが……とりあえず外で過ごすなら救命胴衣は付けてもらったほうが良いだろう。


「ちょっとまってくださいよ……確かこの辺り……あった!」


 学生時代の友人親子を船に乗せた際に使用した子供用の救命胴衣があったはずなので、記憶を頼りに救命胴衣を探し出して着物のような服の上から装着させることにした。


「瀬織津姫様なら転落することはないと思いますが、俺の精神安定上救命胴衣は付けておいてくださいね」


 久しぶりに子供用の救命胴衣を収納から引っ張り出したので金具が外れないか、破損がないかを一つ一つ確認し着せ付ける。  


 フロントデッキでゴロンと仰向けに転がった瀬織津姫様を見ながら急いでディーゼルエンジンを始動してゆっくりと離岸する。


 次第に速度が上がり、次第に神社があった土地から船が離れていく。

 

高天(たかま)(はら)に 神留(かむづ)まります」


 ディーゼルエンジンの大きな音が響く中、不思議な抑揚を付けながら幼さが残る澄んだ歌声が聞こえてくる。

 

(すめら)(むつ) 神漏岐(かむろぎ)神漏美(かむろみ)命以(みことも)ちて」


 高く低く抑揚を付けながら波音を伴奏にして詠われる。


 全ての穢れを祓うように、離れがたい思い出の地を浄めるように……

 

八百万(やほよろづ)神等(かみたち)を 神集(かむつど)へに(つど)(たま)ひ」 

 

 意味はわからないけれど、纏わりついた重いものがほんの少し祓われていくような感覚を感じる。


 土地神が離れるこの地へありったけの祝福を贈る大祓詞、汚染全ては祓えないけれど……第八豊栄丸の進んできた航路には毒海が祓われ本来あるべき清海が線となって続いている。


 続いていた詠が途絶えたことに気がついて一旦船を停めてフロントデッキへ向かえば自分を抱きしめるように丸まって寝入ってしまった瀬織津姫様が居た。


「神様も寝るんだな……」


 近くによってしゃがみ込めば、どうやら静かに泣いていたらしく、目尻へ流れる様に涙の跡が残っていた。

 

「……ほら、こんなところで寝てると風邪引くぞ」

 

 先程まで気を付けて敬語で話していたが、ふと口から出てきた言葉はいつも使っているぶっきらぼうな言葉だ。


 一度仰向きにしてから右手で頭を支えながら首の後ろに腕を回して左腕を背中と臀部を支えながら瀬織津姫様を縦抱きに抱き上げる。


 疲れていたのだろう、目覚める気配がないためそのままのままフロントキャビンのベッドスペースへと運び込み救命胴衣を外してそのまま寝かせる。 


 瀬織津姫様の腹部の上にタオルケットを被せてフロントキャビンを出た俺は操舵室へ戻り舵輪を握るとゆっくりと船を進ませる。


 金華山を出発した頃はまだ薄暗い朝だったが、なんだかんだしているうちに周りはすっかりと夕焼けに染まっている。


 少しずつ速度を上げながら新たな同行者を乗せて俺は金華山へ舵をきった。

 

   




 


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