26話『金花山の守り神』
翌早朝まだ空が薄暗いうちにシンゲンさんに金花山へ行くことを告げて第八豊栄丸に乗り込みオーナガワ村を出発する。
村ではまだ夜通し宴会の最中だが、付き合いきれないため子供は寝る時間だとゲオを理由にして回収し逃げてきた。
これまで何度か往復してわかったことだが、金花山には第八豊栄丸で大体四十分ほどの時間でたどり着く事が出来る。
ただエンジンのない小舟では更に時間がかかるだろう。
金花山は幸い清海側にあるため船に乗らなくても食べられる魔魚を取ることが可能だ。
今回のような事がまた再発しないとも限らないため、金花山へ第二の村を作ることが決まっているし、その件についてと金花山周辺での漁をする許可を海底都市マリンピアの領主でアクアリーナの父親であるラグーン・アーリエ殿に取り付けてある。
変わりに定期的にマリンピアから人魚や魚人の商人たちが陸地の品物を買い付けに来るらしいが、こちらも釣りでは手に入らない海の品を金花山へ売ってくれるそうなのでありがたい。
俺たちは第八豊栄丸を比較的接岸しやすそうな場所を選んで船をよせると、船から陸へとまるで子猿のように器用に飛び降りたゲオへ固定用のロープを渡して近くの固定台へと括り付けてもらう。
そう、ところどころ崩れているがこの金花山には固定台と明らかに整備された跡が見受けられるのだ。
「ゲオ!」
早朝にも関わらずオーナガワ村の女性陣は既に起床し共同での炊き出しや洗濯などを行っているようで、本当に働き者で頭が上がらない。
金花山はあまり広い島ではないので直ぐに村の女性たちが第八豊栄丸を見つけて手を振ってくる。
「あっ母ちゃんただいま」
「よかった無事だね、カイトさんが一緒だとわかっていても母ちゃん心配で心配で、陸はどんな様子だい? 父ちゃんはちゃんとご飯食べてる?」
矢継ぎ早に質問攻めをされながら、ゲオはチェスアントがどれだけ大きかったか、村の人達がどれほど頑張って戦ったのかを身振り手振りで話して聞かせている。
だだ、ところどころで俺のやんちゃを七割増に大袈裟に話すのはやめてほしい。
いや本人に聞こえてるからね!? まじで恥ずかしいからやめてくれ。
「それは凄かったね~、ちゃんとカイトさんの手伝いが出来たのかい?」
「うん!」
「はい、ゲオは立派な助手です」
「えへへ~おやびんに褒められたぞ! ひゃっほーい! あー!お前ら元気だったかぁ?」
俺と母親から褒められて上機嫌になったゲオは村の友達を見つけてご機嫌に走っていった。
ゲオの母親と並びながらその後ろ姿を見送る。
「カイトさん」
ゲオの母親が声をかけてきたため視線をそちらへ向けると深々と頭を下げてきた。
「改めて主人と息子をお助けくださりありがとうございました」
「気にしないでください、二人ともあなたのところへ帰るために頑張った、俺はその手伝いをしただけです」
そう、全てがたまたま……偶然だ。
偶然この世界に飛ばされて、偶然人魚のアクアリーナを釣り上げて、偶然漂流していたゲオを助け、ゲオの地元であるオーナガワ村で手を貸すことになり、偶然アクアリーナの父親に保護されていたゲオの父親を見つけることができた。
ただそれだけだ。
「奇跡的に戻ってきた、それでいいじゃないですか。あいつを、旦那さんを大切にしてください」
「ありがとう……ございます」
隣で小さくすすり泣くゲオの母親を俺が泣かせたみたいで、恋愛経験なんてほとんどない俺としては対応に困る。
「おやびーん、金花山の頂上に神社があるんだって! 一緒に行こう!」
どうやら先に金花山へ避難していた友人達は食べられる野草や果物を探して島内を探検したらしく、その際に頂上で神社の屋代を見つけたらしい。
「神主様や技能審査師は居ないみたいだけどね」
「せっかくだから皆で探検にいこうぜ!」
「行こう行こう!」
「ちょっとまて参拝するなら御神酒を持っていく!」
急いで船に戻り、常温のまま保管してあった小さな御神酒を瓶ごと二本服のポケットへ突っ込んだ。
船から降りるなりわらわらとゲオと一緒に走ってきた子ども達に周囲を包囲されてしまい、背後から腰をグイグイ押され両手も二人に拘束されて引っ張られる。
「あらあら、あなた達カイトさんの邪魔はしちゃいけません!」
「大丈夫なので少しだけ一緒に行ってきます、この子達の親御さんに山頂へ行くと伝えていただけますか?」
とりあえず山頂まで行けば満足するだろう。
陸に上がった時点で身体は重いがそれでもクラーケンを食べたあたりから少しだけ楽にはなった。
「そう、わかったわ。 カイトさんの言うことを良く聞いて危ないことはしちゃだめよ!」
『はーい!』
ゲオの母親の言葉に元気な返事をした子ども達は許可を貰ったためか更に俺を引っ張りながら獣道を登り始めた。
途中この島の湧き水で出来た沢で喉を潤しながら進んでいくと整備されていたとわかる参道らしきものにでた。
既に崩れてしまった小さな屋代も含めて八つの神社があり、その一つ一つに略式の礼拝をしながら進む。
俺の姿を真似して両手を打ち鳴らし頭を下げる子ども達と談笑しながら登っていくと、一際立派な石階段が現れた。
崩れてしまった石の残骸が点在する百段近くある石階段を五歳くらいのゲオより更に幼い子ども達と手を繋いでゆっくりと登っていく。
現れた神社はこれまで見てきたどの屋代よりも大きく立派だ。
石で出来た鳥居に一礼し通り過ぎると、それを真似て子ども達がペコリペコリと頭を下げる。
屋代もオーナガワ村の漁師が定期的に手入れをしていたのだろう。
賽銭箱や手水舎など朽ちて無くなってしまっているものもあるけれど、俺は持ってきたうちの一本を御供えして子ども達と社の前に並ぶ。
「良いか、神様にお詣りする時はこうするんだぞ?」
残念ながら、鈴もないようなので省略する。
姿勢を真っ直ぐに正して深々と二度頭を下げる。
胸の高さで二回手を叩いてから両手を合わせ頭を下げた。
二礼二拍手一礼、これが現在のお参りの基本作法だ。
まぁ場所によって差異はあるみたいだがまぁこれをしとけば間違いないだろう。
子ども達も見様見真似で参拝している。
「あ~ら、参拝客なんて久しぶりね貴方?」
「そうだな、こんな寂れた神社にわざわざくる物好きがまだ居たことは喜ばしい限りだ! しかも酒を持参してくるとは!」
若々しい男女の声が聞こえた気がして顔を上げれば、神社の拝殿に着物のような、でも少しだけデザインの違う服を纏った二人の人物が腰を掛け、にこやかに話をしている。
……どこから湧いて出たのだろうこの二人。
「うふふっ、金華山へいらっしゃい! 久しぶりねぇ千年ぶりかしら? 恵比寿海人くん?」
持ってきた御神酒の封を開けてお猪口に手酌で呑み始めた男性を気にする様子なく、女性が俺の本名を呼ぶ。
「千年? すみませんお初にお目にかかると思うのですが」
「まぁ、覚えていなくても仕方がないわね、貴方が会いに来たのはまだ三歳にもなって居なかったときだし」
クスクスと笑われてわけがわからないが、はっとして周りで一緒に参拝していたゲオや他の子ども達を確認する。
頭を下げたままの子ども、なにかに気を取られたのか皆から離れそうになったのをゲオに服を掴まれて止まった者、風に揺れる木の葉すらその全てが停止してしまっている。
「ふふふっ、安心して? 長くは無理だけど一時的に時は止めてあるからね」
「よく来たな、ついでにそっちのポケットに入っている御神酒も置いてけ」
差し出された手にポケットから取り出した御神酒を追加で手渡す。
「あのぅ、申し訳ありませんが……あなた方は一体……?」
「あらごめんなさい、私は金山毘売神、こっちは金山毘古神よ」
その名前は、かつて祖父に教わった日本神話に出てくる神様の名前だった。
祖父は神社にお詣りする際にはその神社の神様の名前と何の神様なのか調べていかなければならないと常々言っていた。
祖父いわく、氏子や面識がない相手のことを何も知らずにいきなり訪ねるのは相手が人であれ神様であれ失礼に当たるらしい。
そう、俺の聞き間違いでなければ目の前の二人、もとい二神は日本神話の神様でここ金花山……金華山で奉る神々だ。
えっ、神様とかどう対応したらいいのか全くわかんないよ俺、ちまたでは異世界転生とか異世界召喚を題材にした物語が流行していたし、色んな神様が出てきたりしていたけれど、本物の神々を前にして言えるのは一つだけだ。
神々の機嫌を損なうだろう彼らの真似だけは絶対にしてはならない。
「よろしくね!」
いくらフレンドリーだとしても……




