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25話『戦』


 さて眼前のチェスアント部隊からひときわ大きなチェスアントに騎乗した兵士が前に出てきた。


 どうやらこの兵士が今回のは一揆鎮圧を名目にオーナガワ村を弾圧しに来た軍の指揮官らしい。


 何やら前口上で自分たちの正当性を訴えているようだが、正直言ってこちらからしたらどうでもいい。


 あちらの正義があるようにこちらにも言い分は山のようにあるのだから……


 だがこの世界は俺が住んでいた日本よりも弱肉強食が是とされる気風があるようだ。


 つまり勝ったものが正義なのである。なんだそれ。


「豪族であるマーキイーシ殿は我らから不当に利益を搾取し、村のものに危害を加え村の乙女をさらった挙げ句、約定を踏みにじり乙女を奴隷に売り払った! 我々はもうマーキイーシ殿の暴虐を受け容れることなどできん!」 


 シンゲンさんが大声を張り上げると周りからそうだそだと同意が飛ぶ。


「皆の者かかれ!」


 槍のようなものを掲げて先程口上を述べた兵士を先頭に巨大なチェスアントが地響きを立てて進み始める。


「うわぁぁあ! 無理だ……殺される、皆殺されちまうんだ!」 


 その迫力に気圧されて気迫で負けだしたのは他の村から参加した者たちだ。


「シンゲンさんいきます!」


「たのむカイト殿!」


 小脇に抱えたノズルについたレバーを握りしめればそこから高圧力に圧縮された海水が吹き出す。風向きが味方してくれているのか、山から下る風が背後から吹き付けており、高圧洗浄機から放水される苛性ソーダ水を撒き散らした。


 その飛距離は十メールほどだけれども確実に飛末は兵士やチェスアントに届いたらしく、目に入ったのだろうか部隊の隊長らしき兵士がチェスアントから振り落とされる。


 またキシャーと鳴いたチェスアントが怖くてその顔に掛ければ掛けてきた勢いのままに転倒しながら絶命した。


 振り落とされた兵士は後続のチェスアントに踏み潰されて絶命していくのを見ながら、これは封印しようと心に決める。


 人殺しはいけないという罪の意識と、チェスアントに対する恐怖があるはずなのに怖さよりも先に殺さなければ自分が、シンゲンさんやゲオ、他のオーナガワ村の皆が殺されるだろう。


 もともと俺は生きていくために何千何百万もの魚の命を狩ってきた。


 魚が人や虫になるだけだ。そして流しっぱなしにするのではなく高圧洗浄機を単発的にレバーを放す事で苛性ソーダを温存する。


 標的を的の広いチェスアントにするし、口や目に液体がかかれば効果が高くなるのだ。  


 できる限りの蟻共を優先だ。


「くそっ、隊長が殺られた!」


 どうやらチェスアントの統率も隊長の乗っていたチェスアントが行っていたようで後続のチェスアント達が乱れていく。


 まるで道から外れ行き先がわからなくなったように散っていくのだ。


「うわぁ!?」


 なにもかかっていないのに兵士を振り落とすチェスアントまでいるではないか、いやもしかして風に乗って水煙が届いたのかな?


 混乱状態の地獄絵図と化した敵の姿に呆然とする村人達には悪いけど、準備した苛性ソーダは残り半樽分だけだ。


 半数以上のチェスアントを行動不能にしたけれど、俺の出番は終わりだ。


 ここから先は任せよう。


「シンゲンさん!」


「おう! 出るぞ皆の者!」 


『おーーー!』


 俺の頭上を長さ二メートルを超える先を削った細竹が次々とやり投げされていく。


 陸自競技のやり投げ記録はわからないが、的が大きいとは言え、的確にチェスアントの頭部や身体を狙っていることからもしかして扱いなれたものなのだろうか。


「なぁゲオ、もしかしてみんなやり投げなれてないか?」


「やり投げ? あぁ突きん棒漁のこと? 今回は陸上で使うから回収用の縄はつけてないんだってさ」


 突きん棒漁とは日本の俺が住んでいた東日本北部の伝統漁法の一つと同じものだろうか。


 長さ五メートルほどの銛を船首に取り付けた突き台から振り下ろし、水面を高速で移動するカジキを豪快に突くワイルドな漁法だ。


 俺の船には突き台がないし、高速で泳ぐカジキを追わなければならないため、誰かに操縦して貰わなければ出来ない漁法でもある。


 やってみたくて漁具も揃えたし、カジキ漁をしている船に乗せてもらい体験させて貰ったが、その時の突きん棒がクラーケンで役立つとは思わなかった。


 そんな話をしながら、やりを回避してこちらへ来たチェスアント単体を最後の苛性ソーダ水で撃退する。


  殲滅とまではいかないものの、かなり減らせたのではないだろうか。


「よし! 出るぞ! 私に続け!」


 鍬や鉈等の農具を持った村人達が壊滅状態のチェスアント部隊へと突撃していく。


 絶命はしていないけれど動きが鈍ったチェスアントの足を狙って行動不能にしながら、兵士達は可能な限り生け捕りにするようだった。


「た、たいきゃく! 退却だ!」


 そう叫びながら逃げていく兵士は追わずに見送る。


 深追いしても良いことはない。


「や、やったのか?」


「俺たち勝った……のか?」  


「うぉー!チェスアント相手に勝っちまった!」


 あちらこちらで勝利の歓声が上がっている。


 多少のけが人は居るもののこちら側に死者はないようで安心する。


 チェスアント部隊を壊滅状態にしたのだから豪族達もすぐにはオーナガワ村へ攻めては来れないはずだ。


「おやびん! 勝ったよ、勝った!」


 今は隣で喜びのあまり興奮しているゲオを見るだけで満足しておくことにした。

  

 今回の戦はオーナガワ村の勝利に終わった。


 村人に数名薬傷となった人はいたものの、もし異変があれば直ぐに前線から下がり水で洗うよう周知していたおかげで比較的早く処置できたのも大きかった。

 

 対するチェスアント部隊はチェスアントの半数が重度の薬傷や怪我をしており、先に大量の苛性ソーダ水を受けたリーダー格のチェスアントは死亡している。


 何匹かの乗せていた兵士を振り落として離脱し周辺を徘徊していたチェスアントはオーナガワ村で捕獲に成功した。


 すでに捕虜として捕縛した兵士たちの治療は終えてあり、龍魔組の所有する牢屋へ隔離してある。


 パチパチと火の粉を飛ばす焚き火を皆で囲みながら木を削って作ったコップに並々と酒を注ぎ高々と掲げて戦勝を祝う。


「カンパ~イ!」


 危機を乗り越えた反動かオーナガワ村では女性陣がいないのをいい事に戦勝の宴が開かれ大騒ぎだ。


 女性陣がいないので手が込んだ料理はないが、これぞ男の料理と言わんばかりのそのまま姿焼きした豪快な料理が並ぶ。


 龍魔組の保管してあった海産物も振る舞われどんちゃん騒ぎだ。


「でもカイト殿、あのワイン樽の中身は一体何だったのですか?」


 隣で地酒を呑みながら聞いてきたシンゲンさんに話を振られた物の、あれは封印するつもりなので明かすつもりはない。


「あれは今回ばかりの物だとお考えください、何度も使用すれば土地は汚染され住むことが出来ない土地になってしまうでしょうから」


「そうですか……残念です、今回のは戦によって豪族であるマーキイーシ一族(いちぞく)はかなりの私兵を失ったと思われます」


 今回攻めてきたマーキイーシ一族は藩主であるダーテ家からこの辺りの当地を任された一族らしい。


 先代が急死してマーキイーシ本家の正妻から産まれた長子が後を継ぐ予定だったのだが、後妻から産まれた三男が相続争いに名乗りを上げた。


 結局長子は戦いに敗れ失踪し三男が相続したわけだが、この三男がいけなかった。


 今回の騒動の発端となっている無理な増税を求められるようになったのだ。


「先代も次期様も民のことを大切にしてくださる方々だったからな……」


 無念だとシンゲンの心が伝わってくる。


「次期様は時々オーナガワ村にも足を運んでくれていたからな、ゲオもよく懐いておった……」


 ゆらりゆらりと大きな焚き火の炎が酒に反射している。


「次期様は生きているのですか?」


「わからん、我々が助太刀に向かったときには既に姿は見えなくなっておられたからな」


「次期様の名前はなんと?」


「マーキイーシ・マサタカさまとおっしゃった」


 コップの底にわずかばかり残っていた酒を一気に煽りシンゲンさんが立ち上がり他のオーナガワ村や近隣の村から来てくれた者たちを労いに行ってしまった。

  

 俺は騒ぎ疲れて寝てしまったゲオを連れて一度心配しているだろう金花山へと移住している女性陣の様子を見るために移動することにした。

  

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