24話『秘密兵器』
さて毒海が強アルカリ性であることを確認できたので、俺は毒海の所意図的に閉じていた生け簀のスカッパーの蓋を開けた。
スカッパーとは船を航行中に船底に開けた2つの穴から生け簀の中の水を船の外の水と循環させるための仕組みで生き餌の保管や獲った魚や蟹等を生きた状態で持ち帰るために使われる。
せっかく清海で獲った活魚をスカッパーに蓋をせずに毒海エリアへと入ってしまい台無しにしてしまった経験から青海にいるうちに蓋をするようにして、毒海エリアはエアーポンプを使って運ぶようにしていたのだ。
そして今日は……その逆をする。
スカッパーの蓋を外すと直ぐに生け簀に薄い青紫色の水が混ざり始めた。
相変わらず何度見てもこの青紫色の海水は慣れないなぁ、海で生きる者の端くれとして海を綺麗にする活動には積極的に参加するようにしている。
漁で網に掛かったペットボトルやビニール袋を見るたびにやるせない気持ちになることも多々あったし、そのゴミのせいで死んだであろう生き物を見るのも辛かった。
もしかしたらこの海の色も小さな汚染がだんだんと蓄積していったのだろうか?
取止めのないことを考えながら生け簀の中を覗き込む。
生け簀の水が全て毒海の水に入れ替わったところで水量調節用パイプの出口と船底の給水口へ蓋をする。
さすが強アルカリ性、直ぐに手を清海で汲んであった水で洗い流すと鼻と口をフェイスタオルをぐるぐる巻きにして覆った。
船自体の電源系統はできれば使いたくないので緊急用の発電機を起動する。
電線も以前暇つぶしに電気分解の実験をした時に使用したものが残っているのでそれを使用する。
毒海の強アルカリ性の海水にプラスとマイナスの電気を帯びた電線を入れてやれば、直ぐに電気分解が始まったのがわかる。
マイナス側の電線に引き付けられた水素がぷくぷくと気泡となり水面に上がってきているのだ。
先程収納を掘り返して発掘した本によれば海水を直接電気分解すればプラス側で塩素を、マイナス側で水素を発生させて同時に苛性ソーダを生成できるらしい。
本当は次亜塩素酸ソーダなるものも生成できるらしいが細かいところは専門家じゃないからわからない。
まぁ中学校は寝て過ごした俺にわかるわけがない!
たまたま暇つぶしに見ていたテレビ番組でやっていたから見様見真似も良いところだ。
とりあえずこの強アルカリ性の海水を苛性ソーダに近づけられればいいのだ、完璧に分解なんてできるわけがない。
はじめは重曹を作り出して砂糖と混ぜてチェスアントの進行ルートにおいてやろうかと考えていたが、面倒になった。
重曹にするためにはただ海水に電気を流しただけでは作れないのだ。
ならどうするか、電気分解だけで出来る苛性ソーダと塩素だけでいいんじゃないかと考えたのだ。
苛性ソーダは頑固な油汚れを落とすのに重宝するが、液体自体が危険なのだ。
皮膚に薬品が付着すれば酷い薬傷となるし目に入れば失明する恐れがある。
口に入ったり吸い込むのもよろしくない、呼吸器官を酷く痛めてしまう。
正しく劇薬、取り扱い注意だ。 良い子は決して真似しないように、約束だぞ!?
心のなかで一人でツッコミを入れる。
そんなわけで劇薬精製にゲオを巻き込みたくなかったというのと、被害者を出さないようになるべく風通しがいい場所まで出てきたのだ。
一度電気を止めてある程度電気分解が済んで煮詰まった物を組み上げてスカッパーのない方の水槽に移し替える。
そしてまたスカッパーを開けて毒海の水を組み上げて満水にしスカッパーに蓋をして電気を流す。
ひたすらこれを繰り返しある程度の量を確保できたところで俺はオーナガワ村へと戻ることにした。
「おやびんおかえり~!」
オーナガワ村へ戻れば港で待ち構えていたゲオが船に気がついて大きく手をこちらへと振っている。
「かわりはなかったか?」
「もうチェスアントが近くまで来てるらしくてシンゲンさんにおやびんに金花山へ連れて行って貰えって言われた」
はじめに予想していたより進軍スピードが速いらしい。
「わかった、とりあえず荷台と液体を入れられる空のワイン樽を3つ用意できるか?」
「直ぐに持ってくるよ!」
そう言って走っていくゲオを見送って減速しながら海賊入江ではない方の港へ船を寄せる。
電気式の組み上げポンプを用意しているとゲオが数人の大人達の手を借りて空のワイン樽を持って戻ってきた。
「これは危ない液体ですので触らないでください、もし誤って触れてしまったら直ぐに井戸水で洗い流してください」
厚手のビニール手袋を着用し長袖の作業用つなぎ服を纏ってワイン樽へと出来上がった苛性ソーダと塩素が混じった海水を組み上げポンプをつかって次々と移し替える。
二つの樽がいっぱいになり3つ目は半分ほどが埋まった。
といっても振動でこぼれない程度に抑えたけれど。
せっかく作ったのに、重さに耐えきれずに倒したらもったいないからな、ここは慎重な行動が大切な場面なんだ、急いては事を仕損じると言うしな。
「船はこのままここに置いていきましょう、もし危なくなったらできる限りの人数を乗せて金花山へ向かいます! これをシンゲンの居るところまで運ぶのを手伝ってくれますか?」
「任せてください!」
「おねがいします」
しっかりと返事してくれた男性たちに礼を告げて俺は船内から発電機とあるものを下船させる。
「おやびんこれなに? 新種のアーティファクトかなんか?」
「ああそうだよ、これも運ばなくちゃならないから手伝ってくれるか?」
「任せて! これくらいなら背負子につめるかな」
そう言って薪を運ぶための背負子を持ってきて一つに発電機、もう一つに秘密兵器をくくりつけた。
「よし、行くか!」
「行こうおやびん! この村は俺達皆で守るんだ!」
………………
ガソリンが詰まった発電機の重さと挌闘しながらたどり着いたのはオーナガワ村から山一つ向こう側にある農道だった。
農道といっても整備されているわけではなく、長年魔蟲が引く蟲車によって踏み固められた道の事だ。
蟲車とはまぁ幌馬車みたいなもので馬が引くから馬車、蟲が引くから蟲車と呼ぶらしい。
「おおカイト殿いらしたのですか」
「えぇ、戦況は? チェスアント部隊が二百、残念ながら情報と変わりがないみたいですね」
簡易的に作った防御柵の三十メートルほど離れた場所にいる黒い巨体の蟻が武装した兵士をその背中に乗せているのが見える。
戦国の武士が纏っていた武具とも西洋の騎士が纏っていた甲冑とも違う装備を纏っている。
なんだろう、全身真っ黒で頭に触覚のような飾りがついた兜を着けているように見える。
これはあれか? もしかして蟻をイメージしているんだろうか?
チェスアントの兵士だから蟻のコスプレか?
まぁいいや忘れよう、いまはそれどころではない。
苛性ソーダ水入の樽のそばに発電機を設置して発電を初め、ゲオの背中からおろした物を設置していく。
発電機の出すモーター音に驚いた数人が奇声を上げて転んでいたけど、まぁ気にしないことにする。
そう、世の中? 気にしたら負けなのだ!
給水ホースを樽に沈めて発電機に電源プラグを差し込みスイッチを入れると、さらにモーター音がチェスアントの進行する地響きと呼応するようだった。
「シンゲンさん、兵を出すのは少しだけ待ってもらえますか? 試したいことがあるんですが、味方が前にいると巻き込み必須なので」
「わかった、カイトを信じよう」
「わかったかお前ら!俺たちのオーナガワ村は自分たちでまもるぞ!」
『おー!!!!』
鬨の声と共に戦いの幕は切って落とされた。




