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23話『リトマス試験紙』


 明るい女性陣や子ども達の元気な声が消えたオーナガワ村は、ピリピリとした殺気が蔓延している。


 女性陣や子ども達がすでに金花山に避難しているからか、以前のオーナガワ村とはすっかり様変わりしてしまった。


 オーナガワ村の中央にある広場を抜け出した俺は、ゲオを連れて第八豊栄丸が保管されている龍魔組の海賊入江へと戻ってきた。


「ゲオ、すまないがこれに毒海の水を汲んできてくれないか?」


 キッチンからガラス製の中ジョッキを取り出してデッキに乗り込んできたゲオへと手渡す。


「うわっ、この石の器すげぇ! 石なのに向こう側が見える! 良いけど何すんのそんなもの」 


 くるくる回してみたり中ジョッキの内側を熱心に覗き込んでみたりしている。


 その様子が、可愛くてついつい吹き出して笑ってしまいゲオに睨まれた。


「良いから、実験だよ」


 そう、オーナガワ村のために自分にできる限りの事をすると決めた。


 足掻くと決めたからにはなんだってしてやる!


「あっ、待てゲオ! 毒海の毒性はどれくらいなんだ? もし危ないなら無理はしなくていい」


「いや、飲まなければ大丈夫だと思うよ、肌がすべすべになるからってんで母ちゃん達が浅瀬で汲んできた海水をお湯にして身体洗ったり、城下町で買ってきた派手な瓶にそのまま詰めて城下町で高値で売りつけたりしてるみたいだよ?」


「なら大丈夫そうだな、頼んでいいか?」


「すぐに汲んでくるね!」


「こらゲオ、焦らなくて良いから転ばないようにな」


「大丈夫〜」


 中ジョッキを抱えたままサイドレールの下を潜って海賊入江から地上部に続く階段を駆け上がってい後ろ姿に声をかけた。


「さてとあの本はどこにしまったっけかな?」


 フロントデッキ下の収納スペースをあれでもないこれでもないと探し続ける。


「う〜ん、おっこれだこれだ! 懐かし〜」


 探し出したのは数冊の本だ。


『世界が滅んでも生き残るサバイバル術』  


『サバイバル読本完全版』


『異世界転移したら使えそうな知識チートはこれだ!』


 そして化学オタクな学生が原始化した世界で化学知識で無双する漫画本、パラパラとあやふやな知識を頼りに該当する内容を探しだす。


「さてと、リトマス試験紙はどこにしまったかな? これか? 違う付箋だ」


 アチラコチラの収納の引き出しを片っ端から開けていき、簡易キッチンの引き出しから試験紙が入った円柱のケースをとりだした。

 

 リトマス試験紙とはPH値が変わると指示薬という薬物を塗った紙のことだ。


 リトマス試験紙を調べたい液体に浸す事で赤い試験紙が青色に変化すればアルカリ性であると判断することができる。


 そして俺の手にあるものはそれをさらに詳しく判別できるように改良されたPH試験紙と呼ばれるもので、色の見本がラベルに貼ってありその色でPH値を十四段階で判定してくれるすぐれものだ。


 ちなみにPH値とは酸性とアルカリ性の濃度を判断するための基準になる値のことだ。


 PH値は七を中性として七より小さければ酸性、七より大きければアルカリ性と判断される。


 そのためPH値がゼロに近いほど強い酸性に、十四に近いほど強アルカリ性と判断できるのだ。


 海の水がアルカリ性だと知ってなんとなく近隣の海と沖ではその濃度に違いがあるのか、濃度によって生態系に差が生じるのかとか討論している動画企画をみて知識欲が刺激されたのも事実である。


 陸に上がるのが嫌でスマホから通販サイトで購入したが住所がないもので、受け取りを最寄りの市場に許可を取り受け取り住所にさせてもらっていたっけ。


「オヤビーン貰ってきたー!」

 

「おっ、ありがとうな」


 船外から中ジョッキを掲げてくれるゲオからジョッキを受け取り、次にゲオと手を繋いで船内に引き上げる。


「母ちゃんに見せたら藩主様どころか天皇様が使うような物だって腰抜かしてたよ? なぁなぁ今からなにすんの? その白いの何!?」


 どうやらこの世界、ガラスは高級品らしい。


 ゲオが俺の手に持った白い保存用のプラスチック製容器を指さしながらまるで子犬みたいに瞳をキラキラさせて聞いてくる。


「これか? これはだな……ここをこうして」


 ゲオの目の前で実際にケースを開けて中の紙を取り出して見せる。


「うおっ、なんか開いた! そのひらひらはなに?」


 黄色い試験紙を一枚取り出して試験紙に興味津々のゲオにそれを渡して持たせておく。


「うん? これは水の性質を調べるのもだよ、紙に特殊な薬品を塗ったものなんだ」


「へー、カミもヤクヒンも始めてみたよ」


 そう言いながらひらひらと自分の手を振ったりしているゲオの姿に首を傾げる。


「紙も薬品も見たことがない?」


「そっ、もしかしたら城下町に行けば普通にあるのかもしれないけどここらじゃ木の板が普通だからさ」


 なるほどな、あるかもしれないし、ないかもしれない。


 もしあったとしても地方まで流通出来るほど生産できていないのかもしれないな。


 触ったり嗅いでみたりと忙しいゲオに持っているPH試験紙の薬品が塗布してある方を中ジョッキの中に入っている海水へと潜らせる。


 こうして透明度が高いジョッキに入れれば意外と毒海の水が透き通っていることがわかる。

 

「うわっ!色が変わったよ!? なんだこれ!?」


 ゲオの言葉に海水から引き上げられたPH試験紙を確認すると見事に青、いや濃紺に変化していた。


 プラスチックケースに記載してある濃度見本画像と色味を見比べるとPH12から13といったところか、見事に強アルカリだな。


 ちなみに俺が昔地元の海で試したときは海面付近の海水でPH8くらいを示す緑色をしていた。


 そのことを踏まえればこの毒海の汚染具合がよくわかる。


 年々海の酸化が進み中性に近づくことで珊瑚が死滅していくと問題になっていたが、これだけ強アルカリ性へと傾いてしまっては生態系がどう変化したかわからない。


 まぁそれも俺が生きていた日本の話でこの世界に当てはまるかと言われればわからないけどな。

 

「この色に浸した紙の色を比べるとこの水が酸性かアルカリ性かわかるんだよ」


 何か見比べるとわかりやすいだろうか、酸性……酸性……おっ、これがいいな。


 冷蔵庫から焼酎用に買っていたレモン果汁の瓶を取り出して刺身用の小皿に少量注ぎすぐに瓶を冷蔵庫へとしまった。


「ゲオ、さっき使ったやつの真ん中を持って反対側にこの汁を漬けてみろ」


「こう? うわっ、オレンジ色だ! いや、赤? 不思議な色だね」


 レモン汁は酸性で合っていたらしいph2から3といったところだろう。


「まぁこんな感じに色が変わるんだ、面白かったか?」


「うん! あっ、おやびんこれ一枚貰っちゃだめかな?」 


「いいけど何に使うんだ?」


「俺の小便掛けてみようかと!」


 ワクワクしながら言ってのけたゲオに一枚渡してやる。


「やるのはいいけど、ちゃんと手は洗えよ?」


「わかってるって!」


「俺は一旦沖まで行ってくるからな」


「わかったー」


 いそいそと船を降りていくゲオに声をかける。


 豪族のチェスアント部隊がオーナガワ村まで、たどり着くのに時間がどれほど残されているのかわからないけれど、ゲオを載せたまま危ないことはしたくないからな。


 第八豊栄丸のエンジンを掛けて沖に向かって出港する。


 毒海と青海の狭間まで来ると俺は清海側の海水をロープがついたバケツで組み上げてPH試験紙を浸す、案の定色の変化は水色……毒海の影響が強い場所でこの数値なら更に沖へ出れば日本のPH8くらいまで下がるのだろうか…… 


「おっとこうしちゃいられねぇ、はやくやらないとな」


 俺は考えていた作業へと取り掛かった。



 

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