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22話『魔蟲』


「豪族の言葉を信じた俺達が馬鹿だった!俺達が娘達を助けに行くんだ!」


「まちな! 今グレードが娘達が助かるように動いているんだ、まさか豪族の館へ攻め入ろうってんじゃないだろうね!?」


 喧々囂々(けんけんごうごう)とはまさに目の前で繰り広げられているような事を言うのだろう。


 すぐにでも農具や漁具を持って飛び出しそうな勢いだな、しかしこのまま一揆となれば昨晩シンゲンが言っていた通りになってしまうだろう。


 この世界の身分制度はよくわからないが、多分俺が生きて来た地球の……令和の現代とは何もかもがちがうのだ。


 権力者らしい豪族が平民の一揆を許してくれるとは思えない。


 村ごと弾圧される可能性が高い。


 はっきり言ってこのオーナガワ村は今後この世界で生きていく上での拠点として使い勝手がいいため無事でいてほしい。


 ただ味をしめた豪族や藩主等に今回のような暴虐を今後も享受するのは正直言っていけ好かない。


「ミチコさん、シンゲンさんはどこに?」


「あの人なら龍魔組の幹部連中と今後について話し合いさ、会いたいなら案内するよ」


「頼んでいいか?」


「あぁ、こっちだよ。 ついといで」


 ミチコに案内されて着いたのは村の出入り口にある門の前だった。


 丸太を並べて村をぐるりと囲う外壁の間に作られた扉は外開きの跳ね上げ式になっておりその前にシンゲン達と村の男達が集まっているようだった。


「あんた、カイトが帰ってきたよ」


「おぉ、良いところに戻った! 君の意見を聞かせてくれ」


「オーナガワ村の者じゃない部外者が村の問題に口を突っ込むんじゃねぇ! 引っ込んどれ若造!」


 こちらを歓迎する様子を見せたシンゲンに対してこちらをぎろりと睨みつけていかにも荒々しい海の男を体現したような壮年の男性が罵倒してくる。


 娘達を人質に取られて開放の条件を提示されその条件全てを達成したにもかかわらず全て反故にされ苛立つのは分かる。


 分かるが、俺は八つ当たりさせる筋合いはねぇんだよ。


 スッと怒りからか失望感からか、顔が強ばる。


 そう、俺は余所者でしかないのだから……村の問題に口を出すべきではないだろうし、他の漁村へ行くべきなのかもしれないな……


「シンゲンさん……」


「黙れよクソジジイ! 行方不明だった父ちゃん達を誰が助けてくれたと思ってんだよ!」


 シンゲンに声を掛けようとした所で俺の横を黒い頭が通り過ぎると、俺を罵倒した壮年の男に殴りかかっていった。

 

「藩主に連れて行かれたあんたの孫娘や村の姉ちゃん達を助けるために大量の魔魚を譲ってくれたのもおやびんだ!」 


 そう叫びながらポカポカと怒りの感情のままに泣きながら殴りつける。


「おい、ゲオやめろ」


 ジタバタと泣きながら暴れ続けるゲオを引き剥がして抱き上げ、向かい合うように腕の上に座らせると、その背中をなでつける。


「ゲオ、俺のために怒ってくれてありがとうな」 


「うっ、ゔぅぅおやびーん!」


 耳元で更に大きな声で泣き出したゲオから少しだけ顔を傾けて距離を取る。


「はぁ、たしかに俺は余所者です。 だからこそこの村とは無関係で動くことも可能です」


 もともと陸とは相性が悪いんだなら……


「この陸地に安寧の地が無いのなら海に出ればいい」


 そう、いくら悩んだところで状況は一切解決しやしないのだから悩むだけ無駄だ。


「反乱でもなんでも好きにすればいい」


 脳裏に浮かぶミチコやユウコ、老いた身体に鞭打って漁に出ていった漁師達、そしてゲオと他の子どもたち……


「だがな戦えない者達を巻き込んでんじゃねぇ! ちったぁ頭冷やしやがれ!」


「あぁ!? 上等だこの野郎! 目にものみせてっ!? うわっ冷てぇ!?」


 こちらに掴み掛からんばかりだった壮年の男性に次々と女性陣から桶に入った井戸水が浴びせ掛けられる。


 終いにはミチコが投げつけた中身入りの桶を背中にくらって痛みに蹲ってしまった。


 女性陣の攻勢は凄まじく、いきり立っていた血の気が多い男達を全員正座させるまで続いた。


「さて、それで話は何だったかねあんた」


 にっこりと迫力満点の微笑みで会議の席についたミチコに話を振られてシンゲンの顔が引きつっている。


「あっ、あぁ……実はミチコにカイト殿を呼んで貰ったのは頼みがあるのだ」


 こちらに身体の正面を向ける形で姿勢を正すとシンゲンが深々とシンゲンが俺に頭を下げる。


「これ以上の被害を減らすために女子供と戦えない老人達は金花山へ移動してもらおうと思う、あそこは孤島だが湧き水が出るからな。 カイト殿すまないが引率を頼みたい」


 真剣な視線に自然と身が引き締まるような気がする。


「儂らは豪族の横暴に不満を持っている近隣の男達と一緒に豪族の館へ攻め入ることになるだろう、すまないが城下町で潜伏中のグレードにこのことを伝えてほしいのだ」


 きっとシンゲンは反乱を起こした責任を取って死ぬ覚悟もしているのだろう。


 ミチコの落ち着いた様子を見れば、きっと既に双方が納得したことなのだとわかる。


「わかった、任せてくれ」


「すまない恩に着る」


 そう言ってまた深々と頭を下げた。


 それからが大変だった、女性陣を中心とした移民計画と並行して奇襲作戦が立てられていく。


 グレードのおかげで魔石燃料が使えるため、物資の移動も含め金花山とオーナガワ村を何度も往復を繰り返す。


 既にミチコを始めとした子供が成人している者以外で子どもたちとその母親、老人達は金花山への移住が完了している。


 そもそも魔魚を半分奪われたとはいえ、既に豪族に反抗しているのだ、それを理由に他の漁村への見せしめを兼ねてこの村を潰してしまおうと考えたのだろう。


 豪族が二百の兵士を指揮し、チェスアントに乗ってこちらへと向かっていると豪族の館を見張っていた龍魔組の構成員の一人から連絡が入っている。


 豪族の館へ攻め込もうといきり立っていた男達を止め、女子ども達の移住を優先させたのもこの展開を危惧した結果だろう。


「なぁゲオ、チェスアントって何だっけ?」


「えっ、おやびんチェスアントも知らないのかよ」


 たぶん前にちらっとゲオの口からそのチェスなんちゃらの説明を聞かされたような気もしなくもないが、あの頃は異世界転移なんて不思議な現象に巻き込まれて混乱していたこともありすっかり聞き流していたのだ。


「すまん箱入りなんだ」 

 

 すっかり言い訳として定着した理由を告げる。


「仕方ないなぁ……」


 ゲオは前回とは違ってチェスアントについて詳しく話しだした。


 チェスアントとはクイーンアントと呼ばれる巨大化した女王蟻を頂点に社会性を築いているこの世界の魔蟲(まむし)の一種だ。


 前に見た海でクラーケンに引きずり込まれそうになっていた巨大トンボも魔蟲だったりする。


 体内に魔石を持つ巨大化した虫は全て魔蟲と呼ばれ、人族と共存する種を益魔蟲(えきまむし)、人に危害を加える魔蟲を害魔蟲(がいまむし)と呼んでいるらしい。


 まむし、蛇じゃないのにマムシ……ややこしいじゃねぇか! 魔蟲(まちゅう)でよくないか?


 しかもなんで虫じゃなくて蟲なんだよ!


 画数多いんじゃ!と心のなかでどうでもいいようなツッコミを入れてしまうのはきっと現実逃避したいからだろうか。


 人と共存する魔蟲は沢山いるが、その中でもチェスアントとチェスビーは別格で藩主がチェスビーを豪族がチェスアントを軍事利用しているそうだ。


 そうだな、昔借りてみた映画にあった騎馬で戦う戦争の馬が全て巨大な蟻だと言えばわかりやすいだろうか、大群で迫りくる巨大な蟻とかどんなホラーだ。


 ちなみにチェスビーは見た目がオオスズメバチでその背中に騎士を乗せて空から敵を殲滅するエリートにしか乗れない魔蟲らしい。


 どんなホラーだ! 日本で春先に飛んでくる二十センチ級の女王蜂ですら恐怖でしかなかったのに人間を乗せて空を飛ぶスズメバチとか勘弁願いたい。 


 そんなもんが平気で飛び回る陸地とか嫌すぎる。


「以上がチェスアントとチェスビーだよ、しっかり覚えるように」


「はい先生!」


 ココテストに出ますよと言わんばかりのゲオに乗っかって良い返事を返す。


「しかし蟻かぁ、なんか良い方法ねぇかなぁ」


 蟻、アリ、あーりー……考えれば考えるほどに迷走していく、駄目な方に……


 蟻で思い浮かぶのは小学生のときに蟻の巣に大量の水を流し込むとか、夏休みの蟻の巣観察キットとか家の中に入ってきた蟻に……っ!


 そう、効くかどうかわからねぇが、何もしないよりはマシかもしれん!


 少量ならば船にストックがあったはずだし、ダメ元でも打てる手は打ってみれば何かしらの足しにはなるだろう。


「よし!ゲオ手伝ってくれるか?」


「もちろんだ! おやびん!」


 こうして一か八かの大博打が始まったのだった。

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