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20話『厄介事とシンゲンの負傷』


 切り立った崖で隠された龍魔組の隠し入江にある海水が入り込む洞窟へと船を進めながらゆっくりとスピードを下げる。 


 鬱蒼と茂る木々に吸い込まれるように、陸側からは見えるかもしれないなと思う。


 船を岸につけ、船を固定するためのロープを待ち構えていたギーラに渡すと、ギーラは直ぐ様一抱えはありそうな大きさの岩をくり貫いた重しに、素早く固定する。 


 エンジンを切り船内へ入れないようにしっかり鍵を締めて前回来たときのようにギーラの案内で洞窟内を進んでいく。


 陸に上がった途端にいつものごとくずっしりと身体が重くなる不快感を感じながら湿った岩場を進む。


 ん? 前回より人が少ないな……あぁ、もしかして皆で地上に出迎えに行ったのか?


 先の帰還者達の受け入れで今頃街の中は蜂の巣をつついたようなお祭り騒ぎになっているかもしれないなと笑みを浮かべる。


 潮の満ち引きの音と二人分の足音を響かせながら凸凹して歩きにくい洞窟を進み案内されたのは前回と同じ部屋だった。


 しかし岩を削り出して作られた空洞を利用した造りの部屋には誰もおらず、ギーラは部屋を素通りし、神棚の下にあった物置だろう子供の背丈程の小さな扉を数度独特なリズムの拍子をつけて叩いた。


 すると内側から初見の男が扉を開いて俺達を招き入れる。


 ギーラの真似をして両手を地面につき、四つん這いで通り抜けた。


 扉の内側は頑丈な金属で補強されており、錠の役割も果たしているようだった。


 なるほどな、初めて通された部屋はお客さん用の応接室だったわけだ


 もし海側から攻め困れたとしても応接室の部屋には容易にたどり着ける、しかしダミーの大人が出入りしやすい扉があれば招かれざる客はそちらに攻め込むだろう。


 そして本当の入り口はこの小さな入り口のみ、四つん這いで一人ずつ通り抜けなければならないため、攻め込む場合は武器を先に投げ入れるか、通り抜けた後で渡してもらう必要がある。


 なるほどな、この造りなら攻めにくく守りやすい。


 小さな入り口を潜り抜けた先は広間になっているようでそこからも幾重にも枝分かれした通路が続いている。


 これは天然の迷路になっているのだろう、そのなかの一つにギーラは躊躇なく進んでいく。

 

 しっかりとギーラの後ろに付き従って緩やかな坂道を登っていくと、一つの扉の前で立ち止まりギーラが扉をノックすると中からぐぐもった声が響いた。


 扉を開けてグレードが顔をだし、ギーラと俺を招き入れる。


 部屋には簡素な木造のベッドと作業机があり、ベッドに横たわっていたのはこのオーナガワ村の村長兼龍魔組の組長シンゲンだった。


 頭に血が滲んだ布を巻いており、怪我をしていると一目でわかる。


「カイト殿、出迎えに行けずにすまなかった……ちょっと油断してしまってな」


「おい、大丈夫なのか!? この数日でいったい何があったんだ!」


 頭を下げようとするシンゲンを宥めて背中を支えながらベッドへと横たえる。


「こんな姿ですまないが、村人達を救助していただき深く感謝申し上げる、ここしばらく陰鬱としていた村の衆に笑顔が戻った、ありがとう」


「良いってことよ、そのかわりしっかりとアーティファクトの魔導技師を紹介して貰うからな」


 過剰な恩を着せるつもりもなければ気を付かわせるのもいやなのでしっかりと要求は伝えておく。


 もともと異世界で生き抜くには知識や常識、情報が無さすぎる。


 アーティファクトなんて呼ばれる第八豊栄丸を所有する俺はネギを背負った鴨と同じだ。


 なんにせよ協力者は必要になるのだから、友好な関係は築いておきたい。


「しかし男前になりましたねシンゲン殿」


「あぁ、村の者に危害がいかなかっただけましだったよ」


 軽口を叩きあうやり取りをしながらグレードとギーラの様子を見るが、怒りを抑え込み表情を取り繕っているのがきつく握り締められた両手とひきつった唇から見てとれる。


 二人とも両手に布が巻かれているため、こちらも怪我をしているのかもしれない。


「何があったのか話してくんねぇか?」


「知ればカイト殿を巻き込む」


「今更だろうそんなもん、俺は龍魔組が気に入ってんだよだからさっさとはいちまえ」


 ここまで関わったんだ、いまから他の所に拠点を探して人間関係をつくるとかめんどくさい。


 ならばこのオーナガワ村の住人と築いた縁を優先するほうが俺にとって選ぶべき道だった。


「ありがとう、実はな……」


 ギーラが椅子を運んできてくれたため、シンゲンが横たわるベッドに椅子を寄せて座る。


 それからシンゲンの語る面倒事は、俺からしても胸くそ悪くなるような話だった。 


 時は少しだけ遡る、オーナガワ村は突如沢山の兵士を引き連れてやって来た豪族の遣いに困惑していた。


 もともとこのオーナガワ村はヤクザ龍魔組が実権を握っており、税として年に数度魔魚を藩主へ納めている。


 まぁ取れた魔魚のほとんどは闇ルートで売り捌いていた事もあり、特産品のない村としてほぼ捨て置かれていたというのが現状だった。


「この村の村長を呼べ」


 馬車でやって来た豪族の遣いを名乗る男は、飽満な腹部を揺らしギラギラと装飾が施された高価そうな衣類を纏っている。


「私がこの村の村長をしておりますシンゲンと申します、このようになにもない村ではありますが、豪族様の御使者様がいらっしゃっていただけるとは大変光栄にございます。 長旅でお疲れでしょう、すこしばかりではございますが我が家でお食事でもいかがでしょうか?」


 そういってシンゲンは偽装用にしている他の村民と大差ないあばら家を示した。

  

 本来の住居は龍魔組のアジトにあるが、藩主や豪族などに見つかっては不味いため対外的には来客があれば、このあばら家案内する。


「豪族である我々をこんな粗末な小屋へ案内するなど」


 ブツブツと文句を言われながらもシンゲンは笑顔を崩さない。


「申し訳ございません、何分ご覧の通り取るに足りぬ小さな漁村でございますので」


「ふん! まぁ直ぐに帰るのだから良いだろう。 今季の税を納めよ、この規模の村では麦は取れまい! 魔魚で五百だ」


 その言葉に村全体がざわつく。


「りょ、豪族様。 魔魚は今季の税として例年通り五十尾ほど納税済みでございます」


「わからぬやつだな!増税だ」


「そんなっ! 五百だなんて!」


「無理です!」


 村中から絶望したような声が上がるが、豪族が連れてきた兵士たちの武器が村人達に向けられる。


「ご覧の通り毒海に魔魚は居らず、沿岸の清海まで行かねばなりません。 漁船で清海まで行けたとしても、かの海はマーリーン族の縄張りです、とても五百などご用意できません」


「ならば他の手段で回収するしかないのぅ?」


 そう告げると、シンゲン達に白湯を注いだ湯呑を持ってきた女性の尻を撫で上げる。


「きゃっ!」


「豪族様! 何を!?」


「さて期限は二十日後、それまでに魔魚を五百持ってこい! 魔石付きも含めてな、それまでこの村の娘たちは預かる! 奴隷として売られたくなければ精々足掻くんだな、アハハハハ!」


 その宣言に村中から悲鳴が上がり始めた。


 盗賊よろしく民家に押し入っては隠れていた年頃の娘や少女達が兵士達の手によって引きずり出される。


 抵抗した父親や兄弟など男達は容赦なく殴り伏せられる。


 連れ去られた彼女たちを救出すべく、応急処置だけ済ませて怪我をしたまま毒海へと魔魚を取りに行く男達を止められる者は村には居なかった。


 もし、戻らなかった時には自らの命を投げ売ってでも娘たちを取り戻すと龍魔組はオーナガワ村近隣の漁村に足を運び、出来得る限りの魔魚を買い集めた。


 しかし半数にすら届かない。


 漁に出たきり戻る気配が無い男達の安否が知れず、また娘が奴隷として売られるかもしれない不安に、気丈な母親達が殺気立っていく。


 約束の期限は残り五日、豪族の館がある街までの移動に徒歩で三日の時間を考えれば、もう猶予が無かった。


 ある者は農具や魚を捌くためのナイフを、斧やナタ、果ては小船のオールすら持ち寄り、豪族の館へ討ち入りを覚悟していたある日。


 俺がゲオを連れて村を訪れたらしい。


 村の男達の捜索へ出航した俺達を見送ったシンゲンとグレード達は年重の男達を連れてなんとか請求された量の魔魚を持って豪族の館を訪れ娘たちの解放を訴えたものの……


「既に人質は城下町の奴隷市場へと売りに出されていたと、クズだな」 


「あぁ、グレードは城下町へ向かった。 すまない……抵抗したんだが魔魚を半数奪われてしまった」


 シンゲン達の怪我は抵抗したときの物らしい。


「気にするな、魔魚ならまた獲ればいいさ。 魔魚よりもあんたたちが無事で良かった」


 それよりも連れ去られた娘たちとグレードの方が気にかかる。

  

「それで、これからどうするつもりなんだ? 燃料の問題が片付けば魔魚ならまた水揚げ出来る、だがそんなことでどうにか解決出来るような問題でもないだろ?」


「そうだな、とりあえず今夜は帰ってきた男たちの無事を祝うさ、豪族に逆らって娘たちを救出するのなら俺達はもうこのあたりでは住めないだろうからな」 


 ただただ静かに告げるシンゲンの言葉が重い。


 いくら小さくても村を作るのは大変だし、漁を生業にするにしてもどこでもいいわけではない。


 そして一見して港に向いていそうでも近くに湧き水なり川なり生活用水が無ければ村は作れないし、条件が揃っていたとしても既に先住民がいる可能性が高い。


 他の豪族の治める領地に移り住むのも、そう……簡単じゃない。 


 それでもやり遂げるのだろう。


 目の前の男は……


「そうだな、ゲオのケツの心配でもしておくか、さて俺は船に戻るかな」


 陸に居ても良いことはない。 ならクラーケンでも炙って、男達を救出した礼に貰った地酒でも呑んで寝るに限る。


 ボリボリと腰を掻きながら豊栄丸に乗船してクラーケンの足を入れてあった生簀の蓋を開けて固まる。


「あっ、ダーリンおかえりなさ~い」


 口から細いクラーケンの下足をピロリと生やした人魚がいやがる。


「おい、アクアリーナ。 おまえラグーンのおっさんに連れられて帰ったんじゃなかったか?」


「んー? えへ? 来ちゃった」




 


     

 


 

 

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