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19話『水面へ』


 エンジン音を響かせて海底砦に来たときと同じように護衛となるマーリーン族の戦士達が来たときと同じように第八豊栄丸の船首に掴まり出した魚人たちの重みでゆっくりと船尾が空中へ上がっていく。


 漁船が本来あるまじき角度に傾く異様な光景は何度体験しても本能的な恐怖を感じる。


 しかも今回は定員以上の人数が船首に固まっているため急速に傾き船が海中へと沈んでいく。


 第八豊栄丸が水中に沈めば自ずと船尾に繋がれた小型船も海中へ引きずり込まれる。


「ひっ!」


 小型船から小さな悲鳴が聞こえてくるのでむしろ掴まる事が出来るだけ第八豊栄丸の方が怖くないかもしれない。


 恐怖は募るがみな地上へは帰りたいようで船体に必死にしがみついて船を降りることはなかった。


 はじめは目隠しをして乗船させる予定だったが思った以上に怖がる者が多かった事もあり、海底砦から距離が離れた清海まで移動し、毒海へ入る前に海上へ浮上することでマーリーン族に納得して貰った。


 清海の中は知っている太平洋の景色に似ていた。


 船を動かしながら、嵐の後から考えないようにしてきた事柄を一つ一つ再確認しながら、ゆっくりと自分の身に降りかかったこの不可解な現象を振りかえる。


 異世界……だよなやっぱり。


 今更かと自問自答しながらも、操舵から気を抜かない。


 シーバブルなんて代物は俺が生きていた二十一世紀には存在していなかった筈だし、人魚やマーリーン族なんて種族は会ったことも見たこともない。


 もっとも人魚伝説なんかは世界各国に残されていたから居ないとも断言出来ない。


 そしてクラーケンと呼ばれる巨大なダイオウイカも長い年月生きた個体がいればあり得ないはずもない。


 しかしそのクラーケンが海へと引きずり込んだ体長が第八豊栄丸と遜色ない巨大な蜻蛉は二十一世紀には居なかった筈だ。


 そんな巨大な蜻蛉がいたら大騒ぎになってただろうし、それに……


 カイトの目の前には青紫色の何処までも続くような壁が綺麗な清海との境を作っている。


 毒の海へと近づけば近づくほど水が濁り前方が見えなくなる。


これだけは無かったと断言をできんだよな。


 陸に近い港などは濁った海水の色をしている事もあったが、こんな毒々しい色なんかでは決してなかった。


「そろそろ海上へ上がるぞ」 


 毒海から時折巨大な尾びれが清海へと現れては消えていく、視界が効かないだろう毒々しい海の中を大魔王魚と呼ばれる怪物を避けながら進むなんて無理だ。


 護衛として同行しているシャクルとマーリーン族の戦士達に確認を取れば、船を先導するように海面へとイルカ達がマーリーン族の戦士達を乗せて上がっていく。


「すまないが船首を持ち上げたいから、全員船尾に移動してくれ」


 カイトの指示を聞いてそれぞれが船尾に移動すると、重みで船尾が下がり船首が海面へと角度を変えた。


 エンジンに負荷を掛けて行けば太陽光を反射して海面がキラキラと輝き思わずその美しさに心が奪われる。


 光の壁を船首が割ると船体は大きな波を乗り越えるような感覚を伴って海面へと躍り出る。


 それまで船を覆っていたシーバブルは海面に出るなりシャボン玉のように割れてしまった。


「太陽だっ、太陽の光だぁあああ!」


「うっっくっ! 戻ってこれたんだ」


 帰還者達が皆で肩や背中を叩きあったり、抱き合い歓喜の声を上げているなか、後続の小型船も次々と浮上してくる。


 燃料の残量は既に半分を切ってしまって居るが無くなる前に速やかにゲオの村へ戻らなければならない。


 最後の一艘が浮上した事を確認して毒々しい海へと舵を切る。


 ここから先は大魔王魚の領域、気合いを入れ直し港まで戻らなければならない。


「誰か、この辺りの地形に見覚えがあるやつ居るか?」


 その問いかけに答えたのは第八豊栄丸に乗船するなかで最高齢の漁師だった。


「アージシマの向こうに金花山が見えるから、たぶんアユーカワ辺りだろう、儂らの村はオーナガワじゃからな、金花山と陸の間を抜けて大陸棚沿いに進めば直にたどり着けるわい」


 幸いまだ太陽の位置は高い、これならば第八豊栄丸ならば日暮れ前に着けるだろう。


「カイト殿、我らはこれ以上進むことは出来ませんのでここからは皆様だけで進んで貰いたい」


 海上へ姿を見せながらシャクルが告げた。


「今回はラグーン陛下のご厚情に感謝するんだな、次にマーリーン族の領域を侵した者は死を覚悟せよ」


 一番外側にある歯の後ろに、5列ほど並んだ見事な鮫歯を口から覗かせて威嚇する様は獰猛な鮫そのものだ。


「ラグーン陛下に礼を告げておいて欲しい、それから跳ねっ返りの姫さんにはもう釣られんなよって伝えてくれや」


 嫁だなんだと言っちゃぁいたが、それぞれが生きるべき世界があるからな。


 一筋縄ではいかないだろうことはこの毒の海が物語っている。


 異世界だろうが現実世界だろうが関係ねぇな、清海はマーリーン族の領域、それぞれの領分を侵す事なく、この毒海が綺麗になれば良いんだろうが。


 先ほど老漁師が教えてくれた方角へ舵をきりエンジンの回転数を上げていく。


 元の世界に帰る方法を探しながら、この世界でも釣りライフを送る方法を考えねぇとな。

 

 マーリーン族に別れを告げてゲオの住む村へ、オーナガワ村へ向かって毒海を進み始めた。   


 幸い海上の波は穏やかで空は多少曇ってはいるものの、風も強くないため航海は順調だった。


 北から吹く向かい風に逆らいながら、七艘もの木造小型船を牽引して力強く進む第八豊栄丸に無事海上へ帰還した漁師達は『方舟様』と第八豊栄丸を呼んでいる。


 方舟って聞いて思い出すのは……あれだよな『ノアの方舟』たしか色んな動物乗せて新天地に行くんだったか?


 正確にはノアの方舟はこぶねは、『創世記』と呼ばれる旧約聖書に登場する船である。


 地球上にある堕落した人々に怒りを覚えた神が正しき心を持つ主人公ノアとその家族、多種の動物のみを方舟に乗せて、それ以外の全てを大洪水を引き起こして洗い流してしまった物語である。


 名前はなんとなく知っていても、特定の宗教を信仰する訳でもなく、この話しも方舟と呼ばれる大型船が出てくるからと言う理由だけでかろうじて覚えていたと言うだけだった。


 ちなみに俺の好きな神はポセイドン、ネプチューン、ワタツミとエビスと……まぁ見事に海神ばかりである。 


 陸嫌いの俺が自ら参拝してみたいと願っていた福島にある綿津見神社や対馬の海神神社への参拝は残念ながら叶わなくなってしまった。


 それでも亡き祖父がしていたように年に一度は海にお神酒を供えることは忘れない。


 目的地だったオーナガワ村へたどり着いた時には地平線が夕焼けに赤く染まってしまっていた。


 それでも多くの村人達が外海からやってくる第八豊栄丸の姿を見つけ、港に集結している。


「おーい!」


 そんな出迎えの彼らに小型船や第八豊栄丸に乗った漁師達が嬉し涙を流しながら自らの家族の名前を叫んでいる。


 俺はここにいるぞ、帰ってきたぞと主張するように声を上げ続ける。


 勿論今回の帰還者が全てをオーナガワ村の住人と言う訳ではないが、陸に戻れれば故郷へ帰ることも出来るやも知れないし、新たにオーナガワ村の村人として生活基盤を築くことも出来るだろう。


 生きて大地を踏みしめる喜びが彼らに声を上げさせた。


 第八豊栄丸を港に寄せ、乗ってきた面々を順次下船させながら、後続の小型船を繋いだロープを陸で待機していた龍魔組の男衆へ引き渡す。


 機械も使わずに海底から漁に使う網を引き揚げる豪腕で、小型船を岸に引き寄せては、下船した漁師達が家族と感動の再会を果たしている姿を見つけて、自己満足かもしれないが達成感を感じていた。


「ゲオ! あんた!」


「母ちゃん!?」


 そんな中ゲオの乗った船が着岸するなりゲオの母親が出てきてゲオを抱き締めると素早くその身体の向きを自分の膝にゲオのお腹が付くように入れ替えると、ぺろりとその下履きを引き下ろした。

  

「うわっ、母ちゃんっ! 待って!」


「あんたって子は全く何度母親を心配させれば気が済むんだい!? しかもカイトさんに迷惑までかけてっ!」


「ギャー! ごめんなさいー!」


 ビシッと母親の右手のひらがゲオのぷりりとした蒙古斑の残る尻に当たり港に悲鳴がこだまする。


「おい、マーサほどほどにしてやれよ。 カイドウが両手広げたまんま固まってんぞ」


「カイドウが可哀想だろう」


 そう周りに促され尻叩きが済んだのか泣きながら下履きを引き揚げるゲオの側で立ち上がると、つかつかとカイドウと距離を詰めて服の胸元を鷲掴み引き下げて、マーサはカイドウの唇に自らの唇を重ねた。


「お帰り、あんたなら例え死んでも必ず帰ってくると信じてた」


「すまない、心配かけたな」


 カイドウがマーサをしっかりと抱き締めると他の村人達が囃し立てる。


「くぁー、この万年新婚夫婦めっ」


「あらいやだ、あんたもカイドウを見習ったらいいのに、今度マーサからカイドウの爪の垢でも貰ってきてあげましょうか?」 

 

 そんなやり取りを聞きながらそれぞれが再会を喜ぶ一方で、家族の帰りを待ちわびていたものの今回の帰還者に居なかったのか静かに港から引き返して行くもの達の姿を甲板から見送る。


 今回帰って来られたカイドウ達は運が良かったんだよな。


 助かった者達がいる一方で助からなかった者達がいるのは、仕方がない事だ。


 第八豊栄丸ですらあわや転覆するのではとヒヤリとしたことはこれまで何度もあったのだから、今回帰還者を乗せてきた木造の小型船では更に危険だろう。


 危険だと分かっていてもそれでも愛する家族を守るために海へと出ていく村の男達の姿は、祖父を亡くして以来独り身にとって彼らの姿は眩しく見える。


「カイト殿」


 名前を呼ばれて振り替えれば、豊栄丸のすぐそばにグレードが来ていた。


「カイト殿、この度は村の男達をお助けくださりありがとうございました」


「「「ありがとうございました!」」」


 グレードの言葉に他の村人達が声を揃えて俺へと頭を下げている。


 その言葉だけでも助けに行ったのは間違いではなかったのだと思える。


「すまないが、船を始めに案内した入江にある船着き場へ廻して欲しい、あんたが出港してから色々あったんだ」


 色々ってなんだろう、船が隠せる龍魔組の船着き場へ移動することは問題ないもんな。


 グレードの言葉に違和感を覚えつつ船を動かそうと操舵室(ブリッジ)へ移動しようとしたところでゲオが慌てて寄ってきた。


「おやびん! 泊まるところ決まってないんだよな? だったらうちに泊まってくれよ!」


「いや、遠慮しとくよ。 やっと家族で再会できたんだから話したいことも沢山あるだろうし俺は馬に蹴られて死にたくないからな」


 横目でまだイチャイチャしているカイドウ夫妻に視線を送り、苦笑いを浮かべた。


「なっ、ならどこに泊まるんだよ?」


「そりゃぁ勿論この船だけど」


「おやびん、ずりぃぞ! 俺もっ、俺も泊めてくれよー!」


 たしかに、あれだけ熱々の両親を見るのはこれから思春期を迎えるゲオには辛かろう……だがそれとこれとは話が別。


「マーサさんが許可をくれたら考えてやらん事もないな」


「そっ、そんなの無理に決まってんじゃないかよ~おやびん!」


「がんばれー!」


 エンジンをふかして離岸しゲオを残したまま龍魔組の船着き場へと向かった。 

 



 

     

 


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