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18話『帰還への難題』


 ラグーンより地上への帰還を許可されたカイドウは直ぐ様砦内部にいる人族へ帰還の意思確認に奔走した。


 砦にいる人族は五十三人ほどいるらしいが、中にはもう何十年もこの砦で生活しているものもいるようで、そういった者たちは既に魚人族の妻子を得ておりこのまま砦で暮らしていくと決断したらしい。


 まだ独身の者、ゲオの村の住人たちは地上へ戻る事にしたようなので四十七名を引き受ける事になったが、いかんせん第八豊栄丸の定員は十二名まで乗船可能。


 俺とゲオを除けば十名、無理をすればもう少し乗れるかもしれないが、それでも圧倒的に船が足りない。


 救命ボートを出すか……いやそれでも無理か……


 救命用の八人のりボートが二艘あるが、それを出してもやはり足りない。

 

「どうしたもんかな」


「ん? おやびんどうしたの?」


 ぽそりと口からでた言葉をゲオが拾う。


「人数が人数だからな、どうやって運ぼうかと悩んでたんだよ」


 あー、やっぱり二往復しなくちゃなんねぇかな、燃料もつか?


 こちらに来て改造してもらったとは言え、内容は突貫工事だ。 


 航海に不安が残る。


「なぁ、父ちゃんたちが乗ってた船ってマーリーン族の人たちが回収してねぇの?」


 ゲオがラグーンに声をかける。


「はて、どうだろうな……」


 ラグーンはこの砦の責任者であるらしいマーリーン族の魚人に声をかけた。


 鮫を彷彿とさせる姿の魚人はラグーンの問いに何やら答えると、ギョロっとした目を俺に向ける。


 絡んだ視線に僅かに漏れた殺気に背中に悪寒が走る。


「確認を取った、カイドウ達が使っていた船は全てを回収してある、一緒に返そう」


「良かった、ならなんとか引いて帰れそうだ」


「やったねおやびん!」  


 ぴょんぴょんと跳ね回るゲオの頭を撫でる。


 すっかり癖になっちまったな。


 短く刈られたゲオの髪は柔らかな質感も相まってさわり心地が良い。


「ところでラグーン殿が話されていたマーリーン族の方はどなたですか?」

 

「あぁ、彼はこの砦を守る砦長のシャクル。 オオメジロザメのマーリーン族です」


 オオメジロザメ……たしか四メートル近くあるサメだったよな。


 この世界に生息している生物が俺の記憶しているサメの種類と同種であるとは限らない。


 もし同種だった場合、オオメジロザメはサメの中では中型だったと記憶している。


 このサメはとにかく気性が荒く、イタチザメや映画で有名になったホホジロザメとならぶ危険生物だ。


 しばらく沖縄を拠点に活動していた俺も数度遭遇した事があるが、とにかくしつこい。


 船の回りを周回するように付きまとい海水と淡水が入り交じる気水域の浅瀬まで付いてきたことも一度や二度ではない。


 その気性の荒さは第八豊栄丸の船体に頭突きをして攻撃を仕掛けられた経験からも間違いないだろう。


 しかも海水域に生息するサメの中では唯一海水だけではなく淡水でも生息できる珍しい種類のサメだった。


 この砦を守る砦長のシャクルは長を任されているだけの事はあり、体つきはがっしりとしている。


 太い首には水中で生活するためのエラが切れ目のように存在し、ほの暗い黒目がのある顔は鼻が短いためにずんぐりとして見える。


「彼がどうかしたかな?」


 しきりにシャクルを気にする俺の様子にがついたラグーンが声をかけてきた。


「いいえ、少し気になっただけです。 その回収した船を見せていただきたいのですが」

 

「すぐに案内させましょう。 あぁシーバブルで漁船を保護しなければなりませんな」 


「お任せしてもよろしいですか?」   


「もちろんだ婿殿」


 俺にしてみればシーバブルなんてものはこの世界に来るまで聞いたことすらなかった。


 そしてラグーンの婿殿呼びはどうしても慣れない。


「ラグーン殿、すまないがやはりカイ……」


「ダーリーン!」


 砦に来てから姿を消していたためすっかり忘れかけていたアクアリーナの声が砦に反響している。


 移動用シーバブルを腰に巻き、俺へと勢いよく突っ込んでくるアクアリーナからヒラリと咄嗟に身を躱す。


 勢いのままにラグーンへと突っ込んだアクアリーナの姿に、批難するようなゲオの視線が突き刺さる。


「おやびん……あそこは受け止める場面」


「すまん、反射的に避けちまった」


 ゲオの中で俺への信頼度が急降下しているのをヒシヒシと感じながらも、人差し指でポリポリと頬を掻きながら視線をあらぬ方向へさ迷わせた。

 

「痛たたたっ、お父様ごめんなさい大丈夫?」


「こらアクアリーナ! あれほど無闇に速度を上げて泳ぐなと言ったおろうが、うーむ腰が……」


 二人仲良く地面に転がった人魚親子を助け起こす。


「もうダーリン! 受け止めてくれなきゃ駄目じゃない!」


 柔らかそうな桃色の頬を膨らませるアクアリーナの頭についゲオへするように手を乗せる。


「すまねぇな、怪我はねぇか?」


「私の心配をしてくれるの!? 嬉しい」  


 ガシッと俺の腰に抱きついたままのアクアリーナは放置してラグーンの容態を見る。


「大丈夫か?」


 護衛の騎士に支えられるようになんとか立ち上がったものの、ラグーンの額からは冷や汗が浮かび顔面蒼白になっておりあまり状態はよろしくなさそうだ。


「持病のぎっくり腰を再発したようじゃ、すまないが儂は休ませてもらうとしよう。 なにかあればシャクルかアクアリーナへ言付けてくれ」


「お大事に」


 救急搬送用らしいシーバブルに寝かせられたラグーンが運ばれていくのを見送り、小さくため息を吐いた。

 

 最高責任者であるラグーンが救急搬送されていくのを見送った俺達は慌ただしく地上へ帰還するための準備に追われていた。


 マーリーン族に接収されていた船の中には新旧沢山の小型船が有ったものの、廃船か破損が酷くシーバブルを使用しても危なくて使えないものも多々あった。


 その中からこれなら何とか港まで帰れるかもしれないと言うレベルの船を見繕う。


 軽微な破損は有るものの何とか七艘ほど確保出来た。


 一艘辺り五人載せても三十五人、もともと帰還予定者は四十七名居るため十二名は俺の船に載せることになる。


 定員オーバーだな、あんまりやりたくはないがなんとかなるか?


「準備が出来た者から船に乗り込んでくれ! 一艘五名ずつに別れて乗船してくれ」


 応急措置のシーバブルでコーティングした小型船と小型船を数珠繋ぎにして豊栄丸に繋ぎ、それぞれに乗船してもらったが案の定第八豊栄丸に乗りたいと言い出す者が出てきた。 


「おい! 俺をあんたの船に乗せろ!」


 文句も言わず乗り込んでいく帰還予定者の中から現れた若い男が掴み掛かかってくる。


「あんなボロい船になんか乗れるかよ!」


「おい! やめろ」


 帰還予定者達を船に案内していたカイドウが騒ぎを聞き付けて走ってくる。

 

 元々カイドウには誰が第八豊栄丸に乗船するかを話し合って決めた。


 高齢の者と怪我や病を持っている者を優先にしたため、カイドウだけでなく子供のゲオも小型船に乗船することになっていた。


「俺はオヤジと一緒の船に乗るよ、おやびんならちゃんと俺らを村まで連れてってくれるって信じてるからな」


 そう胸を張って断言したゲオの頭を誇らしげにカイドウは撫でていた。


「残念ながらあんたにはあっちの船に乗って貰いたい、俺の船は既に定員数を超えている」


「だったらあんなヨボヨボな老い先短いじじいボロ舟に乗せればいいだろうが!あぁん!?」


 俺の服の胸元に掴みガン垂れる男を引きはなそうとカイドウや他の男達が止めに入る。 


 ボロ舟と称された船に既に乗り込んでいた他の男達が気まずげに自らが乗る船に視線を落とした。


 出来れば立派な船に乗りたいのは誰だって一緒だろう。


「なぁー、嫌ならのらなきゃいいじゃん」 


 殺伐とした空気が漂うなか、場違いなほど高いボーイソプラノが洞窟内に響いた。


「おやびんはさ、別にあんたにボロ舟乗ってくれって頼んでる訳じゃねぇじゃん? むしろ俺らが陸に連れてって下さいって頼んでる、俺の船はこれ、あんたはあれ、嫌なら乗るなや」


「ガキはすっこんでろ!」


 逆上した男がカイトから手を離しゲオに向かって動き出した。


 ゲオに向かって振り上げた手首を掴んで止める。


 釣竿1本で自分の体重と同じくらいの獲物を釣り上げる俺の握力と腕の力は強い。


 ギリギリと力を込めれば、痛みに呻き男の顔が歪む。


「海……こぇーよな、俺……何日も海で漂流してたところをたまたま通りかかったおやびんに拾って貰った……」


 ボソリと告げたゲオの言葉に辺りが静まり返る。  


「海は危険だ、ちいせぇ時から当たり前のように教わってきたけどさ、漂流してたとき……俺死ぬんだなと思ってた……」


 淡々とこぼれ落ちるゲオの言葉は海と共に生きる者達にとって身近に感じるものだ。


「一緒に漁へ出たみんなとはぐれてさ、ちいせぇ板きれに必死にしがみついて周りをみても、島ひとつ……見当たらねぇ」


 現代ですら海難救助は難しいからな。


 それがエンジンやGPSすらない小型船漁船では遭難すればまず助けはこない。  


「海が怖いあんたの気持ちわかるよ、だから俺が乗る船とあんたの場所特別に代わってやるよ」 


 ゲオが乗る予定の船は豊栄丸に一番の近い舟だった。


「俺は一番の後ろの船で良い、だっておやびんは必ず俺たちを連れて帰ってくれるからな! だろ、おやびん!」


「おう! 任せとけ、ちゃんと母ちゃんに尻叩きして貰えるように俺がしっかりと連れて帰ってやるから安心しろ」


「いやっ、そこは安心出来ねぇから! そっ、それに母ちゃんに心配かけてどやされるのはオヤジもだから!」


 あたふたと狼狽えるゲオがカイドウに話をふると、カイドウが盛大に落ち込んだ。


「あいつの鉄拳制裁痛ぇんだよな……」


「カイドウの(かかぁ)は鬼嫁だかんなぁ」


「ちげぇねぇ」


 カイドウの嘆きに同じ村の漁師達が茶々を入れたことで、笑い声が響いた。


「はぁ……もう良いよ、俺も割り当てられた船に乗るさ……坊主に船を譲らせるのは俺の矜持が赦さねぇからな。 すまなかった」


 そう言って深々と頭を下げて、自らが割り当てられた船へと乗り込んでいった。


 そこからは皆もめることもなくスムーズに乗船してくれたことでさして時間も掛からずに出航の準備が整った。


 第八豊栄丸に乗り込んでエンジンを回す。


 鈍い機械音を響かせて船がゆっくりと岸から離れる。


「よし、それじゃあ出航だ!」


『ヨーソロー!』


 まさかここでヨーソローの掛け声を聞くことになるとは思ってもおらずに俺は盛大に吹き出した。


 

 


 

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