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17話『海底砦と涙の再会』


 ラグーンの案内で船を動かして案内されたのは、クラーケンと戦った沖合いから更に外海へと進んだ先だった。


 第八豊栄丸のスクリューの水流に巻き込まれないだけの距離をとってイルカに跨がる魚人達が海中と海面を並走するように上下している。


「しかしこの船は速いのぅ、まさか人間の乗る船がイルカと並走できるとはおもわなんだ」


「そうなんです、カジキに掴まってる位速いんですよ!」


 ちゃっかり豊栄丸に乗船しているラグーンの言葉に、興奮ぎみにはしゃぐアクアリーナがニコニコと自慢している。


「さすがにカジキマグロ程は速度出ないよ」


 二階のデッキから操舵輪を握りしめながら先導するイルカの群れを追い掛けるように波を乗り越えていく。


 多少波は高いが、十分に操舵可能な範囲である。


「おやびんの船は世界一なんだ! スゲーだろ!」


 はじめこそ人魚のアクアリーナやラグーン、周りを並走する魚人たちに恐れを抱いていたゲオだったが、すっかり絆されたようだ。


「どれ、そろそろじゃな」


 先行していた魚人が乗ったイルカが勢いをつけてイルカショーのように宙を舞う。


「カイト殿、速度を落として船を停めてくれ」


「ん、あぁ。 ゲオしっかり掴まっとけよ、落ちんなよ」


 アクアリーナと熱く語り合っていたゲオが俺の指示に顔を青ざめさせて慌てて手摺にすがり付いた。


「旦那様の弟子だもの、もし落ちたら私が助けるから安心していいわよ?」


「いや落ちたくねぇし!?」


 クスクスと笑いながらアクアリーナがゲオの柔らかな頬を人差し指で数度つついた。


「カイト殿、目的地なんじゃが海底にあるんじゃ、ちょっと驚くやもしれんが」


 ラグーンは持っていた三ツ又の槍の矛先を海水に浸しかき混ぜるように回していく。


 ポコリと小さな音を立ててかき混ぜる矛先の中央に小さな泡が出来ると、次第に大きく大きく膨れ上がる。


「おっ、おい! 大丈夫なんだろうな?」


 徐々に船に接近してくる泡の塊に顔をひきつらせる。


「大丈夫ですわ、あれはシーバブル。魚人達が住む海底の楽園、魚人島へ魔ングローブから発生する空気を閉じ込めるために使われている物と同じ物です」


「海底に空気?」


「えぇ、海底で暮らしてはいますが、武器や防具、狩の道具などは火がなければ作れないものも多いのです……」 


 アクアリーナの言葉に周りを見渡せば確かに魚人達の手にはしっかりと鍛えられた鋼の武具が握られている。


 全て海にあるもんで代用してる訳じゃねえんだな……そう言えば人魚や魚人族って何を食べてるのかすら知らねぇんだよな。


 陸に住む人間とはほぼ国交断絶している海の民にとって鍛冶屋は大切な仕事のうちなのだろう。


 そもそも人魚や魚人などの不思議生物が出てくるファンタジーに興味の欠片もなかった俺にとって、海底に暮らす人々が居たところで、興味があるわけでもなく居ても居なくても大差ない。

 

 そんな話をしていくうちに船体を無数泡が完全に包み込み、パチパチと弾けながら大きな一つのシャボン玉に姿を変えた。

 

「さて潜るぞ」


 さも当たり前に告げられた潜る発言に目を見張る。


「ちょっ、ちょっとまってくれ! この船に潜水技能なんてないぞ!?」


「安心せぃ、このシーバブルがあるうちは水中でも船内の空気が保たれるし、船の駆動部は水中のままじゃから普通に運転可能じゃよ」 


 ここに来て第八豊栄丸が潜水艦にクラスアップするとは……


 唖然として原理なんかの説明を聞いたが専門用語が飛び交い全く理解できなかった。


「要は船首を海中に向けて沈めてエンジンふかせば良いと……ってできるかっ!」


 甲板を飲み込むように波の高さが六メートルを越えるような大時化(おおしけ)の時なら、転覆覚悟で行けるだろうがはっきりいって今の魔改造された船の性能でも海底に沈むための初期動作を起こすには無理がある。  


「ふむ、娘婿となればこまめに里帰りしてもらわねばならんからな、腕の良い造船技術者を紹介しよう……しかし困ったな」


 両腕を組ながら悩むラグーンの姿にため息がでる。


 甲板の上を船首から船尾まで全力で走って見るしかないか?


 某海賊映画のようにはいかないだろうが、やってみる価値はあるだろう。


 多少の時化に遭遇しても転覆しづらいように、家具や荷物が動かないように固定されているからひとりでは手間取りそうだ。


「ふむ、仕方ない……皆のもの船首に集まり船を海底に引きずり込むのじゃ!」


 その号令と共に一斉に船首に掴まり出した魚人たちの重みでゆっくりと船尾が空中へ上がっていく。


 漁船が本来あるまじき角度に傾く異様な光景はいくら大丈夫だと言われても本能的な恐怖を感じる。


 一度傾いた船は思いの外あっさりと俺の想定していた抵抗を感じさせる事なく海中へと沈んでいった。


 眼前に広がる空の青とは違う青い海には、沢山の魚が泳いでいる。


 小魚は群れで自らを食べようと襲ってくる魚を避け、キラキラと太陽の光を反射して美しい。


「うわぁー! すげー!」


 両手をシーバブルの膜に着けてはしゃぐゲオは放置してエンジンをふかせば船はゆっくりと水中を進みだす。


 水中ダイビング、または水族館の水中トンネルのようなアトラクションに挑戦したような錯覚を覚えながら、イルカ達の先導で水中散策を続ければ、遠目に切り立った岩壁が現れた。

 

 おいおい、このまま進めばぶつかるぞ!?


 全くスピードを落とす様子が見られない魚人たちの姿に、操舵輪をきつく握りしめる。


 はじめは一枚の岩壁にしか見えなかったが、近づけば大きな亀裂が入っており洞窟のようになっていた。


 光の届かない海底洞窟の岩壁にはぼんやりと光を放つ苔のような何かが自生しているようであったが、船で通れると分かっていても船体をぶつけたら空気の膜に穴が開き流れ込んできた海水で窒息するのではないかと戦々恐々としながら奥へ奥へと進んでいく。


 薄暗い洞窟の出口を抜ければ船が浮上できるだけの広さがある空洞に出た。


 先触れに出ていた魚人が呼んだのか、空洞ないの陸地に武器を携えた魚人や人魚などの屈強な兵士達がいるのを見て俺は顔をひきつらせる。


 先ほどまではしゃいでいたゲオなど半泣きになって俺の足元へ逃げてきた。


「ようこそ海底砦へ」


 そんな俺の気持ちなど知らないとばかりにラグーンは自慢げに告げた。


 海底砦の中をラグーンの案内で船はゆっくりと進んでいく。


 ゴツゴツとした岩壁がのびている難解な迷路のように入り組んだ天然要塞の内部は意外にも新鮮な空気で満たされているようだ。


 海底砦の中では人間も呼吸が可能なようで、海難事故で死にかけているところをマーリーン族に救出され、海底砦で新たな生活をしている人間もいるらしい。


 どういった原理かは不明だがシーバブルで空気を閉じ込めた浮き輪のような物を腰に巻き人魚たちは砦内部を自由に移動しているようだ。


 二足歩行が可能な魚人たちはみな自分の足でしっかりと地面を歩いている。


 人間に入り込まれては困る区域は全て水中に沈んだ通路を通らねばならないようで、その距離はエラ呼吸が出来ない人族が無呼吸で泳ぎきるのはほぼ不可能と言っていい。


 ヘルメットのように頭から被り水中で呼吸が可能な個人用のシーバブルもあるとの事だったが、海底砦の在処やマーリーン族の機密情報を盗まれたり漏洩されないために交付されてはいないらしい。


 その情報の中にはシーバブルの構造や作り方等も含まれるため慎重にならざるを得ないのだろう。


 すっかり借りてきた猫のように大人しくなってしまったゲオの頭を撫でれば、強張った顔が少しだけ緩む。


 何度も分岐点を右へ左へと進んでいけば、急に目の前に大きな空間が姿を現した。


 どうやらたどり着いたのはこの広い空間へ通じる道のうちの一つなのだろう。


「この先が地上人達が住むエリアになっている」


 扉へ出入りする人物を監視する為だろうか、扉の脇には小さな部屋があるようで二人の魚人兵士が扉を守っているようだった。


「魚人や人魚の中には人族に捕まり、奴隷にされ決死の覚悟で海へ逃げてきた者も多数暮らしておる」


 ラグーンの合図で扉が兵によって開かれれば、そこは広い空間となっていた。


 壁にはいくつもの扉がつけられており壁に横穴を掘って部屋がわりにして暮らしているらしい。


「そう言った者達の人族への怨みや憎しみは根深い、互いに嫌な思いをせぬように距離をおいた方が良い場合もある」


 ラグーンに続くように足を踏み出せば、中で暮らしている男たちが一斉にこちらを見た。


「これはいかがなさいましたか?」


 この空間の取りまとめ役なのだろう人族の壮年の男性が顔を出した。


 海が太陽光を反射し長い間潮風にさらされた肌は赤黒く変色し、見事に潮焼けしてしまっている。


 海の荒波の中、船を操り魚をとる屈強な身体はまさに海の男のそれだ。


「父ちゃん!」


 その男性の姿を認めるや否やゲオは俺の側から走りだし、ゲオの胴体とたいして太さが変わらなそうな目の前の男性の太股に飛び付いた。


 まるてコアラが必死に大木にすがり付いているようなその姿に自然と笑みがこぼれる。


「ゲオ! 無事だったのか!? 良かった……」


 直ぐ様しゃがみこみ男泣きしながらゲオを腕に抱き上げる。


「カイトのおやびんが漂流していた所を助けてくれたんだ」


「そうか、俺はカイドウ。 息子が世話になった。 礼を言う」


 そう言って深々と頭を下げる。


「頭をあげてください。 ゲオは運が良かったんですよ」


 そんな話をして挨拶も済んだころ、ラグーンが口を開いた。


「ふむ、やはりここにいる者達で間違いなかったようじゃな」


「あぁ、ここにいたんじゃ俺たちには見付けられなかった」


「そうか、どうせだからなこの砦の人族で地上への帰還を望むものは全て婿殿に引き渡そう」


 その言葉にカイドウが目を見張る。


「解放して……くれるのか?」 


「あぁ、我らの恩人である婿殿の頼みなのでな。 ただし今回地上への帰還をしないものは二度目はないと思ってくれ」


 カイドウに念を押すと、カイドウはしっかりと頷いた。


「すぐに確認をとる。 少しだけ待ってほしい」


「わかった、この砦の場所を知られるのは困るのでな、目隠しをしてもらうことになる。 出来るだけ急いでくれ」


 ラグーンの言葉に了承を伝えると、カイドウは抱き上げたままだったゲオを地面におろした。


「カイト殿ゲオをお願いしてもよろしいでしょうか」


「あぁ」


 短い了承を伝えるとカイドウはすぐに村へと走っていった。


「父ちゃんが無事で良かったな」


「たくっ、心配かけやがって、あとで母ちゃんにシメてもらわなきゃなんねぇな」


 涙に潤んだ目元を腕で乱暴に拭うゲオの頭に手を置き髪をガシガシとかき混ぜた。


 

 

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