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16話『ひと狩り』


 辺りを一気に恐怖のどん底に叩き込んだクラーケンの出現にただひとり着々と漁の準備をこなしていく。


 第八豊栄丸の甲板を素早く移動し、普段はしまってある銛を数本引っ張り出した。

  

 通常の素潜りで使うような小型の物も所持しているが、俺が持ち出したのは大型回遊魚を銛で突く伝統漁法に用いられる長銛だ。


 普段はコンパクトに収納可能な長銛を手早く組み立てれば、長さが六メートル程もある銛が次々と船上へ並べられていく。


 マグロやカジキ漁用の銛はよく使うが、コイツは衝動買いしたのはいいものの、出番がなかったからな。


 最後に引き出した銛は捕鯨に用いられる物だ。


 凶悪なかえしがついた銛達のなかで特に強力な大型魚用の銛の先端はツバクロと呼ばれる矢じりがついており、ツバクロと銛はワイヤーで繋がれており、獲物に刺されば先端のみが身体に刺さり棒と一体型の銛に比べて魚が暴れても抜けにくい。


 普段はあえて突きん棒漁では使用していない電気銛のツバクロも用意する。


「ゲオ! 手伝ってくれ」


「はい!」


 打ち寄せる波に揺れる船内から這い出してきたゲオに電気銛の通電スイッチを渡す。


「俺の合図でその赤いところを力一杯押し込め」


「はい!」


 本数が揃ったところでゲオに指示をだし、真っ先に電気銛を構え、船上を走り助走をつけると逃げ惑う魚人たちを蹂躙しているクラーケンの胴体に向けて槍投げの要領で投擲した。


 的が広い分多少的がずれても刺さるから楽でいいな。


 本来ならばその分厚い表皮によって弾かれる銛は、投擲時の落下速度と銛そのものの重さもありしっかりとツバクロがクラーケンの身体に突き刺さった。


 痛みに暴れるクラーケンは捕まえていた魚人を次々と投げ捨て自身に突き刺さった銛を引き抜いたが、ツバクロはしっかりと刺さったままになっている。


 クラーケンが暴れるたびツバクロに繋がったワイヤーが引き出されていく。


 つづけて五本投擲し、二本は弾かれてしまったが三本はしっかりと刺さったのを確認した。


「ちっ! 暴れてんじゃねえよクラーケン! ゲオやれ!」


「えい!」


 ゲオが赤いところをスイッチを押し込むとけたたましいサイレンと同時に300ボルトの電流が流れる。


 電気が通ったため、一瞬で軟体を硬直させクラーケンは動きを止め仮死状態に陥りその巨体が海面へと崩れ落ちる。


「波が来るぞゲオ、振り落とされんじゃねえぞ」


 高波が船体押し寄せ激しく揺れたがどうやら転覆せずにすんだ。


「今夜はイカ刺だな」


 そんなことを言いながら船をクラーケンに寄せ、イカの急所である胴側の目の間よりも少し胴側で筒の手前とゲソ側の急所である丁度目と目の間に銛を突き刺し素早く活け締め(いけじめ)にした。


 せっかくの大物だ、暴れられて体力を消耗し旨味が落ちてはたまらない。


 巨体過ぎて船上への取り込みが出来ないため、船の船体にくくりつけ港がある漁村まで牽引していくことにする。


 味見用には一本下足を切っておくか。


 船体に引き上げたカイトの胴体とおなじくらい太く長い下足を見下ろし、悩んだ俺は船内に戻り鞘付きの包丁を取り出した。


 刃渡りから持ち手まで長さが一メートルに及ぶおろし包丁をスラリと鞘から抜き放つ。


 真っ直ぐな刃渡りは薄く先端がとがっている柳刃包丁を多くしたような形状のきちんと研がれたおろし包丁を両手で構える。


 日本刀は無断で所持すれば銃刀法違反で引っ掛かるが、おろし包丁は登録の必要がないため、ただの漁師である俺にも買うことができた。


 白鋼(シロハガネ)本焼仕様の柳刃包丁と同材質でセットでオーダーメイドした自慢の逸品だ。


 ほぼ船上で過ごす上、陸の娯楽には一切興味がなかったため、稼いだ金は船の維持改造や漁具全般、包丁などの調理器具に惜しげもなく投入された結果である。


 おろし包丁をの使い方としては間違っているが、刀身をやや右の体側に立て、刃先を相手に向けた八相の構えをとり、そのまま上段に振り上げて素早く振り下ろす。


 おろし包丁の刃元を下足に当てて、手前にすーっと引きながら身体をひねり体表を滑らせれば、大した抵抗もなく1回で切り外す事ができた。


 ズシン……と音を立てて船上に転がった下足と切り離された根元はバシャンと波しぶきを立てて海中へと戻っていった。


 上機嫌に船上から海面に浮かぶイカの胴体に飛び移り、その胴体に柳刃包丁を突き刺して胴体の奥にある巨大な腑を引き抜きに掛かった。

 

 そんな俺の姿に呆気にとられた魚人達の中で、真っ先に正気に戻ったアクアリーナが船へと泳ぎより作業を興味深げに見つめる。


「何をなさっていらっしゃるの?」


「んぁ? イカの切り込み作ろうかと思ってな。 食うか?」


「なっ、クラーケンは食べられるのですか!?」


 驚きの声をあげるアクアリーナに俺は手元のイカの胴体を薄く切り取り、皮を剥くとそのまま口の中へと放り込む。


 厚みがあるクラーケンはコリッとした食感があり、噛むほどに弾力と粘り気があって歯応えに深みがある。


「食えるぞ、食うか?」


 俺がクラーケンの刺身をひと切れ手に取り差し出すと、一瞬ためらったあと、覚悟を決めたようにギュッと両目を閉じたアクアリーナが上を向くように口を開けた。


 いや、食うか? とは言ったけどこれは口に入れろってことか?


 悩んだあと、手にもった刺身をアクアリーナの口に入れてやると、アクアリーナの頬がみるみる赤くなり、幸せそうに表情が溶けた。


「んー! なにこれー美味しい!」


「だろ? 刺身は鮮度か命だからな、取れ立てが一番旨いんだ」


 目の前でまた口を開けたアクアリーナにもうひと切れ入れてやると、その様子を見ていたゲオが俺の前にあるデッキにうつ伏せた。


「ずりぃ! おやびん俺も食べたい」


 俺に向けて転落防止用のサイドレールの下を潜るように両手をバタバタと振りながら伸ばしてくるゲオに足元からひと切れ切り出して同じように入れてやる。


「ほらよっ」


「うめぇーおかわり!」


「次は私よ!」


 デッキの上をゴロゴロ転がりながら喜んでいるゲオとさらに追加を要求するアクアリーナを無視して少し離れた場所にいるラグーンに視線を向ける。


「あんたもどうだい? 酒はないが」


「そうだな、いただこう。 しかしまさかクラーケンを倒してしまうとは思わなんだぞ」


 魚人達の介抱をしながらラグーンが俺に向き直る。


「まぁこんなにでかいダイオウイカは初めて仕留めたが、ゲオが手伝ってくれたおかげだな」


「当然じゃん! 俺はおやびんの1番弟子だぜ!」


 誇らしげに胸を張るゲオの頭をぐしゃぐしゃとなで回す。


「そっちの怪我人は?」


「一名亡くなった……カイト殿が早期に討伐してくれたから他は軽症ですんだ。 皆を救ってくれてありがとう、そしてそこで大口を開けている跳ねっ返りがうちの娘だ」 


 その言葉に下を向けば、ゲオとクラーケンの美味しさについて意気投合しているアクアリーナがいる。


「娘を救ってくれたことは父として感謝する……しかーしっ! それと番は話が別だ」


 はぁぁあ、なんだかめんどくさいな。


 自分にわからない話でいつまでも責められるのは勘弁してほしいとばかりにため息をついた。


「どうでもいいが」

 

「わが娘をどうでもいいだと!?」


 そう言ってまたもや激昂しそうなラグーンの言葉に被せる。


「こちらは人を捜してんだよ。 人命救助だ! あんたも部下を治療してやりたいだろう! すまないが船の推進力が落ちるからこのダイオ……クラーケンを預かってくれねぇか」


「はい! 婿様私が責任をもってお預かりいたしますわ」


 ハイハイと手を上げて立候補したアクアリーナの婿様発言に愛娘の名前を呼びながら情けない声を出し項垂れるラグーンは取り敢えず放置する。


「そうか、頼むな。 そうだあんたこの辺で漁師の一団を見なかったか?」


「むぅぅ、あんたではなくアクアリーナ、もしくはリーナと呼んでくださいまし」

 

 唇を尖らせてそう言ったアクアリーナの勢いにおおぅと引いた。


「り……リーナ」


「はい! 婿様」


 満面の笑みを浮かべて笑いかけるアクアリーナに面映ゆくなる。


 いやぁ、相手は十代の子供とはいえ女の子に微笑まれるのは良いもんだなぁ、こんなおやじにもこんな対応してくれるなんていい子だなぁ……ん? 婿様って……


「婿様ってなんのことだ?」

 

 そう問いかければ、目の前の少女がにっこりと微笑んだ。


「お嫁さんにしてください!」


「はぁ!?」


 いやいやいや、流石にもはや四捨五入すれば四十に届くオヤジがどう見ても十代半ばの少女に手をだすのは駄目だろう。 


「だからー、お嫁さんにしてください! って何回言わせるんですか~もぅ恥ずかしい!」


 くねくねと海流に鍛えられた細い腰を振りながら恥ずかしがる姿は確かに可憐であるが、下半身は魚のそれだ。


 恋愛対象にはいるかいなかは別問題である。


 こんなに若い、下手をすれば俺の子供で通りそうな年齢の少女に告白されても、からかわれているのではないかと思ってしまう程度には年齢を重ねてきた。


 まだ金銭でちやほやしてくれるホステスやキャバクラ嬢のほうが報酬が絡んでいる分理解できる。 


 それ以前に相手は人魚、そもそも種族が違う。


「あのなぁ、気持ちは嬉しいが大人をからかうな、年頃の娘が軽々しく男にそんなことを言うもんじゃない、あんたはまだ若いんだ。 これからいろいろな人と出会うだろう」


 釣り上げたとは言え、彼女やその父親の間では俺は彼女の命を救った恩人扱いになっているようだが、彼女が本当に俺を恋愛対象に見ているとは思えないんだよな……


 今は危機を救ってくれた俺に好意を向けてくれているが、それが吊り橋効果によるものではないと言い切れるだろうか?


 ひとによっては歳若い少女に告白されれば、据え膳とばかりに手をだす者もいるだろうが俺に出来るかと言われたら無理だと答えるだろう魚だし。

  

 あー保留だ保留! いまはそんなことグダグダ悩んでる暇はねぇ。


「だからこんなオヤジじゃなくて、他にあんたに似合う同種の男が現れるさ、血迷うな」


 内心でお前がな、と突っ込みを入れながらいえばみるみるアクアリーナの白くすべらかな頬がぷぅっと膨れる。


「血迷ってません! 私は絶対に婿様の番になるんですぅ!」


 否定すればするほど意固地になるアクアリーナに、ため息を吐いた。

 

「そうか、すまないが今は嫁を娶るつもりはない。 ゲオの親父さんを捜さなくちゃいけないからな」


「むぅぅ、婿様信じていませんね? なら私も人捜し手伝わせていただきます」


「海に暮らすあんたらなら俺よりも海に詳しそうだし、それは助かるが良いのか? あれ……」


 アクアリーナの後ろで両腕を組み合わせ渋い顔をしているラグーンを見やる。


「げっ!」


「げっ! っじゃない、カイト殿に迷惑を掛けるな。 彼はマーリーン族をクラーケンから救った恩人でもある。 その人捜しとやら漁師の一団だと言っていたな。 それなら心当たりがある」  


「本当か!?」

 

 ラグーンの言葉に問いただす。


「あぁ、案内しよう」  


  


 


 

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