15話『番(つがい)なんて知らん!』
「私のために争わないで」
そう恥ずかしげもなく叫びながら現れた見覚えがありすぎる人魚姫に俺は溜息をついた。
「お父様、ダーリンに手を出したら私むうお父様とお話してあげないんだからね!」
そう言った人魚姫の言葉に先程まで俺を海の藻屑にしようと殺気を放っていたラグーンがわかりやすすぎる反応で狼狽えている。
「ぐぬぬぅ……実の親を脅迫するとは」
「何でもいいから武器はしまって!」
苦虫でも噛み潰したようにこちらを睨みつけてはいるものの、人魚姫の説得にラグーンは手に持っていた三叉の槍納めた。
戦意はないと判断し、ゆっくりといつでもに取れるようにして甲板に電気ショッカーを置く。
どうやら親子らしいラグーンと人魚姫の喧嘩を眺めつつも、船内に避難させたゲオが物陰から外の状況を観察していた。
暫く様子を見たが一向に収まる気配を見せない言い争いに付き合うのがバカバカしくなる。
「はぁ……用が済んだなら帰っていいか? やらなくちゃならねぇ大切な約束があるんでね」
出来れば早くゲオの父親や村の漁師たちを見つけてやりたいのが本音だ。
「大切な約束? 番よりも大切な約束ですって!?」
人魚姫の口から発せられた番という言葉がいまいちよく理解出来ないが、子孫を残すために雄と雌の一組の事を指す番の事ならば、俺には思い当たる事実はない。
彼女などいた事もなかったし、祖父に言われて地元で開催された集団見合いのTV番組にも参加してみたが、陸に自宅もなく、年がら年中第八豊栄丸の上で生活している俺の元に嫁に来る物好きはいなかった。
三十八年彼女なしの俺には嫁どころか彼女すら皆無。
「番なぞ知らんわ! こっちは人命がかかってるんだ!」
怒鳴り返した俺の視線の先、人魚姫との間にある海面が不自然に盛り上がる。
すると海面に浮かんで気絶していた魚人の一人に海中から伸びてきた触手が絡みつきそのまま海上へ持ち上げるようにして本体が姿を表した。
「ぎゃぁああ!」
断末魔を上げ、捕らえられた魚人を己の何本もある触手のうち触腕と呼ばれる先端が木の葉型の2本の長い腕で掴んでいた魚人を残りの8本の腕でかかえ直し、触手の間にある鋭くとがった口へ持っていくと削り取るように獲物を食べ始めた。
むせ返るような血臭にまだ目を覚まさない魚人を仲間が引きながら距離を取ろうとしたが、それよりもクラーケンの触手のほうが早い。
「オイオイ、やべーなこりゃ」
すぐさま操舵室に駆け込んで推進力を全速力にして腕が届かない範囲まで離脱を図る。
流石にあの巨体で絡みつかれれば第八豊栄丸は容易く海中へ引きずりこまれるだろう。
八階建てのビルに相当するような巨大な茶色い軟体の身体は浮上の勢いで大量の海水を巻き上げる。
その水滴はゲリラ豪雨として周囲に降り注ぎ、その身体を流れ落ちる海水が動きに合わせてギラギラと輝いている。
深い深海でより多くの光を集められるように進化したバレーボール程の大きな目がギョロリと周囲の者たちを見下ろす。
ダイオウイカ、ゲオがクラーケンと呼んでいた災害級の大魔王魚はその圧倒的な力量で威圧し、己のテリトリーに入った生き物は全て餌だとわからせる程だった。
……だだ一人を除いて




