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14話『襲撃』


 複雑な形をした入江が続くリアス式海岸を、波を越えるように第八豊栄丸の船体を弾ませて進んでいく。


 大小様々な島が独特に入り組んだこの複雑な地形は、入江の周囲が高い岸壁に囲まれているため海風の影響を受けにくく、港まで波が到達するまでに波が弱まり豊かな漁場になるはずなのだ。


 しかし船の下に続く青紫色の海は毒に汚染された死の海だとゲオは言っていた。


 毒海に生息できる生き物はその毒を制した個体だと言う、巨大な身体の怪物は総じて生命力が強く、人など簡単に海に引きずり込むらしい。


「おっ、おやびん! まえっ、まえまえ」


 船の船首で騒ぐゲオが指差す先には巨大なイカが空を飛んでいた十メートルはあろうかというトンボに似た虫にその太い触手を絡めて海へと引きずり込む。


 お〜、でっけぇトンボだな、しかしダイオウイカがトンボ食うとかなんの冗談だよ、イカにしても何にしてもあんまりデカイと大味だし美味くないんだよな。


 無意識に取り出した銛を床に置いて舵輪をきり迂回するように航路を変更する。


 漁の船同士の場所取りの熾烈さに比べれば、餌に夢中なイカを避けるのは苦ではない。


「なぁ、おやびんはあのクラーケン怖くないの?」


「くら?」


「クラーケンだよクラーケン! この辺りに現れる大魔王魚の一匹だよ」


 大魔王魚とは海に棲む魔魚の中でも恐れられている巨大化した魔魚や魔獣の総称らしい。


「ふ〜ん、ちなみにその大魔王魚って美味いのか?」


 美味い魚なら食ってもいいなぁ。


 船の後方でトンボを食べているクラーケンを確認し、ゲオに聞く。


「災害級の大魔王魚見ながらそんなワクワクした漁師の顔になる強者はおやびんだけだと思うよ、それに今は村のみんなを捜すのが先だって!」


 そうだな、もし気になるようなら後で釣れば良いか。


「わかってるってほらどこで海に落ちたんだ?」


 そう促せば、少し考えたあと更に外海を指し示す。


「ちょうど毒海どくかい清海せいかいの境目にある金花山きんかさんって言う離島の近くだよ、外海へ漁に出れば日帰りは無理だから金花山に数日滞在できるように簡易な漁師小屋と船を停める為の港が作ってあるんだ」 


 とりあえず金花山にあると言う小屋に向かって船を進める。


 港には船の残骸すら一つもなく、港より奥まった場所に木々に隠されるように建てられた小屋にも人らしき姿は確認できない。


「う〜ん、とりあえず上陸して確認するか?」


「なにか手がかりがあるかも知れないし、おやびん頼んでいい?」


「おう、いいぞ」


 船の速度を落として港に寄せ、地面に打込まれた木の杭にロープを巻き付けて船を固定する。


 甲板で助走を付け船から地面に飛び降りると、そのまま小屋がある方へと走っていってしまった。 

 

「こら待てゲオ」


 エンジンを切り陸に上がれば、急速に体が鉛のように重くなる。


 まるで重い足枷を嵌められたような足を動かしてたゲオを追えば、一軒だけだと思われた小屋の他に数軒が周囲の木々に隠れるようにしてひっそりと建てられているようだ。

 

 その全てを見て回ったが小屋にはかんぬきがかかっており、人がいたと言うよりはしばらく誰も来ていないように見える。


 う〜ん、漁の拠点のここじゃないならどこに行った?


「オヤジ……どこいったんだよぉ……」


 しょんぼりと落ち込み涙を堪えるように俯いているゲオの頭を撫でる。


「泣いてる暇はないぞ、父ちゃんを捜して母ちゃんのケツたたきを回避するんだろ?」

  

 そう言ってやれば乱暴に目元を自らの腕で拭った。


「そうだよ! だけど俺泣いてないから!」


「そうかよ、ほら小屋周りも捜してみようぜ」


 強がるゲオを促して小屋周辺を確認したがやはり何も痕跡がなく、二人で船へと戻っていく。


 う〜ん、手がかりなし……かぁ、どうするかな……


 ゲオの記憶が正しければこの辺り漁師の男たちが居たことは間違いようがない事実、しかしその姿は確認できなかった。


「とりあえず島の周りを回って見るか、なにか手がかりがあるかもしれないしな」


「うん!」


 父親を見つけられずに落ち込んでいたゲオの頭をガシガシと少し乱暴に撫でれば、俺を見上げてゲオは鼻をすすると明るく応じる。


 白波を立たせて船を走らせ、ぐるりと金花山を一周したが、やはり漁師たちを見つけることができなかった。

 

 潮の流れに沿って船を走らせてみるか……?


 ディーゼルエンジンで動く第八豊栄丸なら潮の流れに逆らいながらでも船を進ませることはできる、しかし帆船、しかも漁師が使う小型船の機動力がどれほどの推進力を持っているのか、ディーゼルエンジンを搭載したシャフト船に乗りなれた俺には正直想像出来ない。


 帆船なんて身の回りには一隻すらなかったし、レジャー用のボートですら小型のエンジンが付いている。


 ヨットすら実物を見たことがない俺にとって帆船は知識で知っているだけの船だった。


 今後の捜索範囲をどうするかと悩み、手に持つ舵輪をなんともなしに見ていたら、甲板から上がったゲオの鋭い声にハッと視線を前方に向ける。


「おやびん、まえ!」


 波とは明らかに違う何かが、船を取り囲むように迫ってくると海の中から無数の昆布がサイドレールに絡みついたのだ。


「ゲオっ! 直ぐにフロントキャビンへ」


「うん、わかった」


 素直に返事をしたゲオがフロントキャビンへ避難するのに合わせて、クラーケン対策にフロントデッキ下の収納スペースから出しておいた銛を持つ。


 ついでに常備刀の牛刀でサイドレールに絡みついた昆布を切り裂いていく。


 くそっ! きりがねぇ絶対に後で千切りにしてホタテ貝と茹でて食ってやる


 切り裂いても切り裂いても次々と絡みつく昆布に苛立ちながら悪態をつく。


 咄嗟に船につけられたワイヤーを引き出し本体の電源を入れる。


 本来なら魚が見えてきたぐらいで釣り糸のラインに沿って電極を下ろして電極に触れたマグロなどの魚を気絶させる装置だが、この状況では仕方がないと諦める。


 ワイヤーの先端に付けられた円形の電極を投げ縄のように振り回し、水面にいる何かに投げつけては電極の通電スイッチを入れていく。


 すると聞き慣れた感電警告のブザー音と赤いパトランプが回転し感電して気絶したらしい何かが海中から浮き上がってきた。


 何度か電極を引き上げては投げつけ、引き上げては投げつけると言った行為を繰り返すうちに襲撃は止み、周りには人とも魚とも判断がつかない生き物がプカプカと浮いている。


「人間のくせに奇妙な術を使う、うちの若い連中みんなのしやがって、やるな若いの」


 船から電極が届かない距離をとり、水面に姿を現したのは壮年の偉丈夫だった。


 荒波をものともしない鍛え抜かれた強靭な裸体を日の下に晒し、その褐色の肌に走る無数の傷跡さえ男の勇猛果敢さを讃えるようだ。


 彫りが深い顔は欧米人に似た特徴を備えているが、人間の耳があるはずの場所から、魚の鰭に似た物が左右対称に生えている。


 歳相応の威厳を醸し出す相手の登場に俺は姿勢を正す。


「先に有無を言わさず襲ってきたのはそちらだろう、こっちは正当防衛させてもらっただけだ」


 さも当然とばかりに断言した俺に男は豪快な笑い声を上げる。


「面白い男だ、さすが我が娘が選ぶだけのことはあると言うことだな、なお名乗れ」


「人の名を聞く前に自分で名乗ったらどうだ」

 

 俺の返しにニヤリと男は笑う。

 

「クックック、我が名はラグーン・アーリエ、この辺りに一帯の海を治めているマリンピアの領主マリリンの配偶者だ」


 マリンピアもなにもわからないがとりあえず頷いてと自らも名乗りを上げる。


「カイトだ、数日前に気がつけばこの海で遭難していた漁師だ」 


「はっ、気がつけばこの海にいた? 戯言は寝てから言え愛娘に手を出すなど万死に値する」


 眼光鋭い視線がこちらを睨め付ける。


「真実だ、しかし娘が選ぶとはなんのことだ? 手を出すとか女っ気がない俺に喧嘩売ってるのか? 受けて立つぞ」


 ラグーンを睨みつければ、ニヤリと笑ったラグーンは手に持っていた三叉の槍を構える。


 海上では海の中を自由に動ける奴のほうが有利だな……


 くるくるとマグロ用の電気ショッカーを回してラグーンに投げつけられるように対峙する。


「白々しい、しらばくれると言うならば海の藻屑にしてくれる」 


 殺気混じりの緊迫感があたりを覆っていき、一触即発の様相を呈していた海上は、二人の間に割り込むように海底から飛び出した者によって霧散した。


「ちょっと待ったー!」


 海中から飛び出したのは美しい真紅から薄紅へとグラデーションの髪と神秘的なロイヤルブルーサファイアのような一対の瞳と真紅に輝く美しい鱗に覆われた長く美麗な尾ビレにたいへん見覚えがあるそのフォルム。


 正しく一本釣りした食いしん坊人魚であった。

 


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