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11話『海賊入江』


 第八豊栄丸を減速しながら推進力のみでゆっくりと岸辺船を近づけていくと、見慣れない船がやってきたせいか、次第に港には人が集まり始めた。


「なっ、なぁゲオ、本当に寄港して大丈夫なんだよな?」


 しかしなんで他の船が一艘もないんだよ……


 俺の懸念はもっとも、ゲオの話しが本当ならこの港は漁業で生活を立てている筈だ。


 それなのに目の前には空っぽの港しかない。


 小舟すら無いとは思ってもいなかったな。


 時間的にも既に日が傾きかけているのに、まだ漁から帰ってきていないのだろうか。


 夜に漁に出るにしてもまだ出港するには早いように感じる。


 勿論青紫色の海やら魔魚やら人魚やら常識では考えられなかったような事態が多発しているため、既に考えるのを放棄し、考えるより感じろ思考に切り替えた。


 ところ変わればもっている常識やら知識が役に立たないことなんてザラにある。


 ここがどこなのかわからないが、少なくとも日本の上空を多数のミサイルが飛び交ったのを目撃しているし、日本に落ちたのも確認している。


 空爆を海上でやり過ごしたからには、陸地は戦火に荒れ果てているだろう。


 しかし船から見える範囲には緑が広がっているようだし、家と言うよりは小屋と表現した方が正しい気がする平屋の家屋が無秩序に並んでいた。


 そう言えば友人や漁師仲間達は無事に逃げ出すことができたのだろうか、ここがどこなのかも帰り方もわからない今となっては確認するすべも無い。


 仮に外国だとしたらゲオの言葉が分かるのは不思議だが、なぜか人魚姫とも言葉が通じるのだ。


 ならまぁ言葉に不自由しなくて便利だなぁと考えることを放棄した。


 基本的に頭脳労働が苦手で義務教育ですら寝て過ごした俺の頭で悩むだけ無駄である。


 いつ使うかわからない数学や理科、社会、歴史を覚えるよりも漁場や船を動かす為に必要な船舶免許を取る勉強の方が遥かに有意義だった。


 中学を卒業して直ぐに漁師だった祖父に弟子入りし、翌年十六歳で二級小型船舶操縦士の資格を取った。


 外洋まで出られる航行区域に制限がない船長免許である一級小型船舶操縦士の免許も十八歳の誕生日を迎えて直ぐに取りに行った。


 陸地に帰っても陸に興味はなかったし寄港しても進んで上陸しようとしない俺を祖父は呆れながらもそれも一種の個性だからと好きにさせてくれたのだ。


 買い出しやら水揚げには船上に引き籠る俺を祖父が容赦なく上陸させたのは今はいい思い出である。


 もちろんその後動けなくなったけどな!


 日本であろうがなかろうが、食料や燃料の確保には港に上陸し、補給拠点を作らなければならない。


 横目でゲオの顔を見れば船が一艘も寄港していない事実に青白い顔をしていた。


 俺の作業用ズボンを小さな手でギュッと掴みなんとか立っているようすが痛々しい。


 まさか漁にでた漁師全員戻ってきてないんじゃねぇよな……


 ひしひしと嫌な予感が膨れ上がって来る。


 船尾に広がる未だに見慣れない青紫色の海に視線を走らせるがやはり視界には小さな島影がぽつぽつ見えるだけで船らしきものは見当たらない。


「大丈夫……行こうおやびん」


 目に涙を溜めながら無理やり笑うゲオの髪をかき混ぜるように撫でてやる。

 

 既に港では船上のゲオを確認したらしい高齢の女性と子供たちが大きな声でゲオの名前を呼んでいる。


「なんだ? もしかして彼女でも迎えに来てるんじゃないか?」


「ばっ、そんなもん居るわけねぇじゃん! 馬鹿なこと言ってないで行こう!」


 船を岸につけると、ゲオはぴょんと陸に飛び降りた。


「ゲオ! ゲオ! 無事だったんだね!」


 泣きながらすぐさま駆け寄った体格のいい女性にギュウギュウと締め上げるように抱きしめられてグェッと呻いた。   


「母ちゃん、痛いって!」


 そう言いながらもゲオの顔は安堵の色が濃い。

  

 母親と再会できた事で強がって隠していた不安が和らいだのだろう、緊張の糸が切れたように大声で泣き出したゲオを誰が責められるだろうか。


 漁師仲間とはぐれてたった一人で海を漂流したゲオはどれだけの不安と恐怖と孤独と戦ったことだろう。


 ゲオの帰還で少しだけ港の空気が和らいだため、カイトは船を港に固定するためのロープを持って陸へと上がる。


 地面に足をつけた瞬間、ずっしりと身体が重くなる。


 だから陸は嫌いなんだ。


 子供のときから陸との相性が悪かった。 


 海上や海中では驚くほどに軽い身体が。陸地に上がると身動きが取りにくくなるのだ。


「はじめまして、カイトと言いますが、この港の責任者の方にお会いしたい」


 なににしても、挨拶は人付き合いの基本、いきなりあらわれた余所者に厳しいのはどこでもいっしょだ。


 俺の言葉に港に集まっていた人たちがざわめく。


「俺が責任者のグレードだ」


 人並みをかき分けるように現れたのは顔に傷がある獰猛な鮫を思わせる壮年の男だった。


 長年荒れ狂う大海原で大物相手に漁をしてきた今は亡き祖父と似通った威圧感がある。


 右目の上を額から頬に掛けて走る傷を眼帯で隠し、右足の膝から下には気を削って作られた義足が嵌められている。


「この港の利用権が欲しい」


 回りくどい言い回しはいらぬ誤解を招きかねない、ならばストレートに希望を告げたほうがいいだろう。


 ゲオに紹介してもらうつもりだったが、責任者自らやってきてくれたのだ、それならとグレードの目を見て渡り合う。


「……条件次第だ」


 目の前のグレードから引き出せた前向きな言葉に内心歓喜した。


「あぁ損はさせないさ」


 心配そうに母親の胸の中から俺をみるゲオに大丈夫だと伝えるように頷く。  


「すまないが場所を移動させてくれるか? こんな目立つアーティファクトが港にあったんじゃ村がいらぬ争いに巻き込まれるんでな、組のもんに案内させるから組の隠し入江に停泊してくれ。 話し合いが済むまで船の安全はうちの組が保証する」


「わかった、案内してくれ」


 グレードの言葉に頷くと、グレードより少しだけ若い男が俺に近寄ってくる。


 船上に戻ると男もひらりと乗り込んできた。


「案内する、俺はギーラだ」


「カイトだ。 案内頼む」


 ギーラから差し出された右手を掴み、握手を交わし、フロントデッキで指示をだすギーラの水先案内に従って船を動かす。


 案内されたのは漁村からは切り立った崖で隠された場所にある海水が入り込む洞窟だった。


 周りを木々に囲まれており、陸側からは洞窟があるようには見えない作りになっているいわば海賊の入江。


 船を岸につけ、エンジンを切り船内へ入れないようにしっかり鍵を締める。


 単身で乗り込むのは正直避けたいが、ここがどこだかわからない今、魔石を燃料にする技術や水や食料を補給するための拠点は必要だ……拠点交渉の手間はどこでも同じ、それならゲオとの縁を信じてこの村がいいよな。


 まずは自分から誠意を見せなければならないだろう。


 魔石が入った巾着袋と今朝水揚げしたばかりの魔石入りの鰹を二尾ほど詰めた塩が入った氷入りの発泡スチロールケース二つを肩に担ぎ上げて船を降りる。


「こちらです」


 ギーラの案内で第八豊栄丸が三隻は停められるほどの洞窟を奥へ奥へと進んでいく。


 木でできた扉をギーラが独特な拍子をつけてノックすると金属製の鍵をいくつも開けるような音が響き、扉がゆっくりと開いていった。


「ようこそ、龍魔組のアジトへ」


 開かれた扉の先には数人の老人とグレードが待っていた。

 



 

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